異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
太陽の姫の巫女『黄昏』の圧倒的な力の前に成す術もない実験部隊。至近距離での砲撃により由良さんが瀕死の重傷を負い、沖波は主砲を持てなくされ、衣笠さんは緊急回避のためにヒトミの力を借りて水没。私、陽炎も致命傷では無いが、尻尾による薙ぎ払いを脇腹にモロに喰らったことで吐き気に襲われている。
小さく笑みを浮かべた『黄昏』が憎たらしくて仕方なかった。感情的になってはいけないとわかっていても、手が震える程に怒りが湧き上がってくる。
「デモ、ジリ貧ナンジャナイカナ。ソレナラ、全員纏メテ」
御高説を垂れていた瞬間、『黄昏』の背中が突然爆発した。それは砲撃でも何でもない。本来海上では使われない、
「ゆるさない……ゆらおねぇちゃんをこんなにして……みんなを……みんなをいじめて……ゆるさない!」
それは怒りに顔を歪めた松輪による一撃だった。
先程までは由良さんに抱きつかれて守られている状態だったが、今は違う。もう殆ど動けない由良さんを休ませて、その前に立っていた。少し息は荒く、涙目だが、『黄昏』の背中を睨みつけている。
対潜特化の装備のため、まともに機能しそうな武器は爆雷のみ。だが、今は完璧な精度で『黄昏』の背後から投射し、見事に命中させて爆発を起こした。
「痛イネ。爆雷?」
しかし、『黄昏』は殆ど無傷。深海棲艦の服はそれだけでも強固な装甲であるようで、レ級特有のパーカーも例外ではなく、巫女のそれなだけあってヤケに頑丈。背中を焼く程の爆発だったはずだが、少し汚れた程度で済んでいる辺り、本格的にまずい敵であることを実感する。
爆雷が投げられ、怒りに満ちた幼女の声がした方を振り向く『黄昏』。視線が合った瞬間に松輪がビクッと震えた。許さないとは言ったものの、恐怖心が取り除かれたわけでもない。ただでさえ松輪は幼いのだ。仲間達が倒れていく戦場で、気丈に振る舞うには無理がある。
だが、涙目でも松輪は『黄昏』から視線を外すことはしなかった。自分の後ろで倒れている由良さんを守るため、艦娘としてどうにか自分を奮い立たせて、震える脚を抑え付ける。
「守ラレテイルダケノ子供ジャナイノカ。今、許サナイッテ言ッタ?」
瞬間、松輪の眼前に立っていた。あの瞬間移動のような高速移動は、私の脱力回避の応用に近いと思うのだが、全容がまだ掴めない。同じだとしても、私とは違う力の使い方なのだと思う。そこはもう菊月に任せるしかない。
松輪が危ないと理解した瞬間に私は動き出していた。『黄昏』に追い付けるかはわからないが、小さな松輪の身体では、どんなことをされても致命傷は免れないだろう。ならば、松輪を守るためにもまず動く。考えている暇なんてない。内臓が揺らされたせいで本調子では無いが、松輪を救うためにも、すぐにでも動かなくては。
「僕ハ子供ニモ容赦ハシナイ。弱イナラシャシャリ出テコナイ方ガイイヨ」
猛烈な蹴りが松輪に放たれた。尻尾でも砲撃でもなく、蹴りでどうにかしようとした辺り、奴は慢心しないだの容赦しないだの宣言している割には、松輪のことを子供だからと完全に見縊っている。
しかし、松輪だって艦娘だ。覚悟を持ってここに立っている。こうなることを想定して爆雷を投げたはずだ。行き当たりばったりじゃない。本質を見抜く力を持っている松輪だからこその対抗策がある。
「ひっ……!」
その蹴りを、紙一重でも無いくらいに大きく回避した。小さな悲鳴は聞こえたが、衝撃とかそういうのも受けていない。全くの無傷。
そして、避けつつも顔面にぶつけるように爆雷を放っていた。背後からはパーカーに守られてダメージにすらならなかったが、真正面からならノーガードの顔がある。そのおかげか、即座に追撃されるようなことが無かった。
「ット、ソレハ小賢シインジャナイカ」
その爆雷を軽く弾き飛ばして、改めて回避した松輪に追撃。蹴った脚をそのまま返し、方向を変えて再度蹴ろうとした。1発目は蹴り飛ばしだが、2発目は踏み付けるような一撃。
「ううっ!」
しかし、それも空振り。海面を強く踏み付けるような形になったが、こちらも紙一重ではない大きな回避。そして、置き土産のように爆雷が放られていた。当然狙っているのは顔面である。
ここまで来ると何かがおかしいと『黄昏』も感じ始めるだろう。松輪には
私達と戦っている時とはまた違った動き。抵抗しているのではなく、ただただ
「オ前、何ダ」
またもや爆雷を払い退けたあと、近接攻撃が良くないと思ったのだろう、逃げる松輪に向けて主砲を構えた。あんなものを喰らったら、松輪の身体では衝撃だけでも致命傷だ。
だが、その瞬間にまた顔面に向けて爆雷が放られていた。撃つ前に視界を遮るように投げ付けられているため、あの『黄昏』でもほんの少しだけ驚いていた。
二度も三度も同じようなことが起きていれば、どうしても疑問に思うだろう。避けると同時に爆雷がそこにある。変わり身の術と言うのは大袈裟だが、まるで攻撃が来る方向が予測出来ているかのように、松輪は攻撃を
「マタコレカ。同ジコトバカリ」
砲撃をやめ、爆雷を払う。さっきから同じことを何度も何度もやらされているからか、『黄昏』にほんの少し苛立ちが見えたような気がした。嘗めていた相手がちょこまかと動き回り、自分の力が振るい切れない不完全燃焼な状態を続けさせられたことで、冷静さが少しずつ削られていく。
立ち向かってくる私達に対しては対等な関係の敵として認識出来ていたからあの態度でいられたようだが、松輪は私達とは全く違うタイプなため、調子を狂わされている。戦場に出てきておいて逃げ腰というのは、確かになかなかいないタイプ。
「許サナイト言ッタ割ニハ、タダ逃ゲ回ルコトシカ出来ナインダナ。口ダケハ達者ナガキメ」
今度は松輪の足下を爆破するかのように砲撃を放った。直撃狙いではなく、まずは足止めをしようと考えた結果だろう。少しだけ、ほんの少しだけ、ムキになっているようにすら見えた。
爆発と同時にとんでもない大きさの水柱が立ち、松輪の姿が見えなくなる。
はずだった。
「こ、こわい……っ」
既に水柱から外れた位置に松輪はいた。私達のような見てから高速移動をしたわけでもなく、単純に
松輪は見ての通りとても内向的で怖がりで人見知り。相手のことをよく見てその本質を見抜くのも、この性質があるからだ。怖いからこそ慎重。勇気を出すまでに時間がかかる。でも、
怖がりであるが故の、危機回避能力が異常にまで進化した自己防衛力特化。勇気を持って前に出た時点で、怖がりながらも全ての動きが自分にとっての最善となる。
この追い詰められた状況で目覚めた、松輪の
「コイツ……!」
自らが作った水柱を目眩しに使い、それをぶち破るように突撃し、松輪に掴みかかろうとした。今までは見えていたから避けられていたのであって、見えないところからの攻撃なら当たると考えたのだろう。
だが、松輪はあの海防艦。陸の上で無限大の体力を使って鬼ごっこを逃げ回ることが出来る子供達の内の1人。鬼ごっこが出来るということは、つまり
「ひゃっ!」
伸ばされた『黄昏』の手は空を切る。むしろ違うものを掴んでいた。松輪の首のつもりで掴んだものは、松輪がその場に置いてきた爆雷である。
「ナッ」
そして、手放す暇すら与えず爆雷が爆発。今まで顔面に向けて投げられていた爆雷は、全て不発だった。近くに由良さんがいたというのもあっただろうが、これも松輪が無意識下で選択していたものかもしれない。
爆発は『黄昏』の全身を焼くように拡がる。パーカーで守られていない素手を爆破したのだから、ダメージにもなっているはず。巫女の割には両腕が装甲に包まれていなかったのは気になるが、それが今回のダメージに繋がった。
「ッアアアッ! コノッ、ガキィ!」
あれだけ冷静ぶっていた『黄昏』が、予想外の伏兵によるダメージで、ついに本性を現した。やはり元は戦艦レ級。半狂乱状態で、自らを焼く爆炎を振り払っていた。
侮っていた松輪が予想外の反抗をしてきたので、冷静に見えた『黄昏』もムキになっていたのだと思う。放っておけばいいものを、松輪を殺すことに力を集中しようとしてしまった。それでも本気を出さずに小虫を潰すかのように摘み取ろうとしたのは、どう考えても慢心である。こんな子供に負けるわけないと、心の何処かで思っていたのだろう。
私達を攻撃していた時の無敵のような強さは嘘のように失われ、最終的な結果がこれだった。海防艦が戦艦相手に一矢報いる大番狂わせ。まさにジャイアントキリング。
「今! 撤退撤退!」
瞬間、衣笠さんが叫んだ。この隙を逃さず、この海域から離れることを優先した。『黄昏』にトドメを刺したい気持ちもあるが、ここで怒りに任せて深追いしたら、これ以上の損害が出てしまう。ただでさえ由良さんがかなり危険な状態であり、今からですら鎮守府まで間に合うかもわからない。
「逃ガサナイッテ、言ッタロ!」
その声が聞こえたからか、爆炎を振り払いながらも尻尾からありったけの艦載機を発艦させていた。自分が動けない分を艦載機で補おうとこの場で思い付けるだけ、戦艦レ級としては賢い。
「僕が逃げ道を作る! 撤退に専念してくれ!」
そしてそれに即座に対応するのが初月だ。どれだけ膨大な数の航空戦力を持ってこられようが、全てとは言わずとも逃げ道だけは確実に作り上げてくれる。
酷い量の爆撃が所構わずバラ撒かれるものの、対空砲火により被害を最小限に食い止めてくれた。
「松輪!」
「お、おねぇちゃん……!」
その場から撤退するため、まだ比較的無事な私が松輪の手を取り、すぐにそこから離れた。
「由良さんは菊月が運ぶ! 他の者は全力で下がれぇ!」
この中でも傷が一番少ないであろう菊月が、倒れ伏す由良さんに近付き優しく運び上げる。衣笠さんも海中への緊急回避で艤装にガタが来ているし、初月は対空砲火に専念し続けている。手が空いているのは菊月だけとしか言えない。
そこに浮上してきたヒトミも合わさり、『黄昏』から全員が離れることに成功した。
「来た、離れて!」
衣笠さんがもう一度叫んだ瞬間、私達が撤退して孤立した『黄昏』を、護衛艦隊による強烈な空爆が呑み込んだ。それでも沈められるかはわからないが、逃げる時間を作るくらいは出来る。
今までの戦い方から空爆をずっと出せなかったが、こうなってくれればようやく使える。私達に被害が無くなったところを見計ってくれた。
「……今ハ預ケル。次ハ全員殺ス」
空爆の中から『黄昏』の声が聞こえた。この場はもう無理と判断したか、あちらからも深追いしてこなかった。空爆を受けることで冷静さを取り戻すとかなんて奴だと思ったが、逃がしてもらえるのなら逃げさせてもらおう。
最後の松輪の一撃は、相当効いていたのかもしれない。これで慢心は完全に消されそうだが、今はあの存在がわかっただけでも良しとしよう。
むしろ問題は由良さんだ。『黄昏』の主砲をほぼまともに喰らったようなものだ。ダメージが大きすぎる。早く治療しなくてはまずい。