異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
出来る限りの速度で援軍として来てくれた夕張さんの大発動艇で、命の危険に晒されている由良さんを輸送。猛烈なスピードで海上を駆け抜ける中、速吸さんによる応急処置も続く。
私、陽炎は松輪と共に、速吸さんの処置に支障をきたさないように、揺れる大発動艇の上でも由良さんの身体を固定していた。処置している速吸さんは勿論、私と松輪も由良さんから流れる血で真っ赤に染まってしまっている。
「全速力だけど大丈夫!? スピード落とした方がいい!?」
大発動艇を操縦している夕張さんが後ろも向かずに叫ぶように速吸さんに問うた。
速度は相当なもので、どうしても髪が靡いてしまう。速吸さんは髪が短いのでまだ何とかなっているが、私と松輪にはちょっと辛い。だが、髪に触れるわけにもいかなかった。両手で支えておかないと、その揺れで手元が狂いかねない。
「大丈夫です! 2人のおかげで処置が順調に進んでいますから!」
「なら、このまま行くからね!?」
「構いません!」
止血をし、流れた分の血を輸血し、そして意識を失わないように声をかけながら、由良さんの命を延ばしていく。それでもギリギリだ。何もしていなかったらもうダメだったかもしれないが、速吸さんのおかげでまだ先がある。
声掛けをしているのは松輪だ。由良さんの耳元で、涙ながらに応援している。由良さんもそれに応えるように、か細いながらも返事をしていた。それが出来ている間は大丈夫。
「輸血のおかげで、鎮守府まではギリギリ行けると思います。問題は、艤装を外した瞬間です」
艦娘の特性として、艤装を装備しているから痛覚などがある程度抑えられている状態。艤装を下ろしてから少しの猶予があるとはいえ、ここまで激しい怪我をしていると、その猶予の間でもえらいことになりかねない。
艤装を外すのはドックの真横で無ければならないくらいに逼迫している。最悪、艤装に抑え込んでもらっている激痛に襲われて、それが原因でショック死なんてことまであり得てしまう。
「艤装を外して、短い猶予の間にドックに入ってもらい、妖精さんに処置をしてもらいます。手荒な真似をするつもりはありませんが、多少強引になるかもしれません」
「それが最後の勝負所ってことだよね」
「そうです。その時には消耗もピークになっているでしょう。艤装を外すということは、一番有用性の高い延命措置が失われるということですから」
応急処置を続けながら淡々と話すが、速吸さんも大分緊張しているのが見て取れた。私も固唾を呑むほどである。
「今のうちにどうしていくかを伝えておきます。とにかく時間が無いです。陽炎ちゃん、鎮守府でも手伝ってください」
「了解。本当にまずいと思ったら言って。分霊まで考えておくから」
「……そうですね。でも、そんなことは絶対に起きません。消耗はピークだとしても、適切な処置と順序さえ守れば、命を落とすことはあり得ません。これは自信を持って伝えられます」
いつになく強気に話す。そうでもしなくては折れてしまいそうだからだとすぐにわかった。
だからこそ、私も余計な不安は振り払った。分霊は最後の手段だが、それに手を出すことは無い。絶対に無い。そう信じて、運命の時を待った。
ギリギリの状態を維持して、ついに鎮守府に到着。もう大発動艇の中も血塗れ。私と松輪は支え続けていたことで消耗が激しく、速吸さんもかなりキツそうにしていた。
だが、張本人である由良さんはもっと苦しいはずだ。輸血していても顔色は悪く、松輪の声に対する反応も徐々に鈍くなっていた。鎮守府に到着した安心感で意識を手放すようなことが無いように、無事だった方の手を松輪が握り締め、より一層声をかけ続けている。
「ゆらおねぇちゃん、ちんじゅふですっ、もう、だいじょうぶですっ」
そんな声にも、あまり強く反応しない。視線だけを向けて、小さく微笑んでいるだけ。動けば動いただけ血は流れてしまうし、じっとしていたらそのまま意識を失ってしまいそうなため、体力の温存のためにも必要最低限の動きしか出来なかった。
最大戦速で工廠に突っ込むわけにもいかないので、徐々に減速。この時間すらもどかしかった。こうしている間にも由良さんの命は死へと向かってしまうのだ。ギリギリでも向こう側に
「陽炎ちゃん、いいですね。何度も言いますが、ここからはスピード勝負です。艤装的には陽炎ちゃんの方が力が出るので」
「うん、大丈夫。ドックの位置はちゃんと把握してるし、夕張さんもいるからね」
状況説明なんてしている余裕は無い。空城司令もこれは察してくれるはず。先に工廠に入った夕張さんが手短に説明してくれていたおかげで、スムーズに事を成すことが出来そうだ。
艤装を外すのは、整備班である夕張さんが一番得意であり早い。ドックの真横で手早く艤装を解除し、猶予があるうちに中に入ってもらう。たったそれだけだが、緊張感が半端ない。
夕張さんの説明を聞いた途端、司令としーちゃんもドックの方に走り出した。先んじてそちらの準備をしてくれておけば、より早く終わらせられる。
「オーライ、オーライ、止まった! ドックへ!」
夕張さんが慎重に横付けしてくれたおかげで、最短距離を確保。ここからは私の仕事だ。松輪に手を離してもらい、由良さんをなるべく担ぎ上げる。艤装のおかげで人1人を運ぶことくらいなら辛くもない。
一番やりやすかったのは、正面からの抱っこ。艤装も邪魔にならないし、振動もなるべく抑えて走ることが出来る。由良さんは力なく私にもたれかかるが、耳元で呼吸が聞こえるし、心臓が動いていることはすぐにわかるため、そういう意味でも安心出来る。
「少しだけ我慢して。すぐに運ぶから」
「……お願い……ねっ」
絞り出すような声だった。由良さんも限界ギリギリである。艤装を装備していてもこれなのだ。本当に時間が無い。
命を落としてしまったら、分霊自体ももう出来ない。決断の時は迫っているのはわかる。だが、間に合わせればいいだけの話だ。
丁寧に、だが迅速に、由良さんをドックまて運ぶ。私の隣を夕張さんが、それを追うように速吸さんと松輪もついてきてくれた。もし何かがあったとしても、サポートしてもらえる。
「こっちだ! もう全部準備はしてある!」
空城司令の声が響く。あと少し。足下に気を付けながら駆け抜ける。
「陽炎、そこでストップ! 艤装を剥がすから、みんな離れて!」
ここで夕張さんが艤装の解除。今回は時間が無いので、かなり雑に外すとのこと。そのため、散らばることも考えて周りから人を離れさせた。今でこそ装備しているからこうやって持てるのであって、落ちたパーツなりが直撃したら本当に危ない。特に今はここに空城司令やしーちゃんまでいるのだ。全ての安全も確保しなければ。
「陽炎、うまいこと支えておいてよ。このまま落とすから、足も気をつけて」
装備から外した後、そのまま真下に落ちると言っているわけだ。確かに姿勢次第では私の足が艤装に潰される。
由良さんを突き出すように抱え上げ、夕張さんに艤装を託す。やはり正面から抱っこする形で運んだのは大正解だった。由良さんと艤装との接続部分が弄りやすいようで、あっという間に解除してくれた。ガシャンと音を立てて艤装が落ちる。
「っあ……!?」
途端に由良さんが苦しみ出した。艤装により抑え込まれていた痛覚が徐々に戻ってくるため、猶予があるにしてもゆっくりと痛みが強くなっていく。
か細い声で反応が薄いよりは生を実感出来るが、これが最後の灯火となってしまう可能性もあるのだ。それに、痛みで悶え苦しむ姿は見たくない。
「もう少しだから!」
あと数歩でドックの中に入れられる。苦しむ由良さんの声が耳元で響くが、それで私が焦っていては、その分時間がかかってしまう。あくまでも平常心。確実に、丁寧に、だが迅速に、残りの数歩を歩む。
チラリと見えたドックの端で、妖精さん達が待ち構えていた。工事現場の如く忙しなく動き回り、由良さんが入った瞬間からフル稼働して命を繋ごうとしてくれていた。この辺りの準備をしてもらうために、司令としーちゃんが急いでくれたのだとわかる。
「っあっ、ぅっ……」
「耐えて、耐えて!」
徐々に痛みに対する吐息もか細くなってくる。脈も小さくなってきた。これは本当にまずい。私も泣きそうだったが、それでも焦ってはいけない。
妖精さんの助けも借り、ドックの中に由良さんを寝かせる。まだ息はある。虫の息なのはわかるが、まだ0じゃない。生きているのならそれでいい。間に合え間に合えと心の中で祈りながら、それでも放り込むような雑なことはせずに、全神経を集中して由良さんを妖精さんに託した。
「ドックを閉める! すぐに離れな!」
司令に言われ、すぐに離れた。その時、最後に見えた妖精さんが任せろと言わんばかりの顔で親指を立てていた。もう私達にはどうもしようがない。全部任せるしかないのだ。
ドックが閉まったことで、由良さんの姿は私達から見えなくなる。こうなってしまったら、中で実は息絶えていましたと言われてもわからない。
「……もう、大丈夫なのかな」
私も絞り出すような声だった。願いを込めた一言。
「ああ、妖精は命の維持には一家言ある。ドックの中で死ぬようなことはない。死んでいなければここから確実に治療してくれる」
つまり、
「アンタ達の勝ちだ。由良の命は繋がった。時間はかかるだろうが、由良は治療されて帰ってくるよ」
もう歓声すら無かった。ただただ疲れた。安心感から力が抜け、膝から崩れ落ちた。
身体は由良さんの血で塗れ、変に力んでいたせいで手も震えている。そして、堪えていた涙が溢れ出た。死による終わりでもなく、分霊による間違った治療でもなく、艦娘としての由良さんを繋ぐことが出来たのがとても嬉しい。
「ゆらおねぇちゃん……たすかったんですか……?」
「ああ、もう大丈夫だ。あとは妖精が全部やってくれる。明日の朝には全部治ってるさね」
司令の言葉に松輪も決壊。わんわん泣きながら由良さんの無事を喜んだ。
「本当に良かった……分霊での治療なんてすることにならなくて」
「大分ギリギリでしたが、何とかなって良かったです」
速吸さんも疲れ果てた顔で笑っていた。大発動艇の上で延々と応急処置を施し続けてくれた速吸さんが、今回のMVPだ。私達だけでは由良さんは救えなかった。それこそ、分霊で巫女にすることで治療していた可能性が高い。
「アンタ達も疲れたろう。もう安心していいから、休んできな。残りの部隊は後から帰ってくるだろうから、話は後から聞かせてもらうよ」
「了解……松輪、行こっか」
「えぐ……ぁい……よかった、よかったよぉ……」
まだ涙が止まらなそうな松輪を抱きかかえ、私達は休息のためお風呂へ。速吸さんも今回ばかりは説明は後にすると、私達についてきた。みんな血塗れだったが、すぐに洗い流せる。身も心も清めて、由良さんの回復を待とう。
お風呂の中で、泣き疲れたか松輪は眠ってしまった。私もかなりキていたが、せめて部隊のみんなが帰ってくるまでは起きていたかった。松輪は私から離れてくれなそうだったので、今はこうしておいてあげよう。松輪も頑張ってくれたのだから、今はゆっくり休むべき。
実験自体は成功と見ていいだろうが、最後の巫女と見てもいい『黄昏』の登場により、新たに考えなくてはいけないことが増えてしまった。
インナーのおかげで赤い海に入れるようにはなったので、全艦娘が出撃可能になった。『黄昏』撃破も視野に入れつつの最終決戦は、もうそろそろである。
だが、まずは由良さんの回復を待とう。それが今一番の望みだ。
先日、またもや支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/88331290
MMD静画のアイキャッチ風夕立。笑顔で主砲を構える戦闘狂。それでこそ夕立。