異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
颯元帥の真相説明が終わり、時間はお昼。重い話の後だったからか、緊張が抜けた途端に物凄い空腹感に襲われる。ただでさえ私、陽炎はついさっきまで哨戒任務に出ていたし、そこから帰ってきて真相を2度聞くことになったことで、時間も本来の昼食の時間からは大分押している。こうなってもおかしくは無かった。
「どうせなら、ここで食っていけばいい。どうせ監査も兼ねてここに来たんだろう。元帥閣下直々の監査なんて恐れ多いが」
「体裁は赤い海の対策に動いている鎮守府の監査ということで外に出た。申し訳ないが、お言葉に甘えさせてもらおう。大和、構わないか」
「はい、まだ時間はありますので大丈夫です」
ついさっきまでは今回の黒幕としての認識が強かったため敵対心の方が強かったが、真相や真意が表に出たことである程度は近付きやすくはなっていた。
勿論、苦手意識はそのままだし、自分から近付こうとするものはどうしてもいない。事を大きくしないように裏で教団全員を皆殺しにするという人は、それが正義のためとはいえ怖いものである。
しかし、そういう相手にも一切臆さずに近付く者だっていた。
「
相手が誰であろうと態度を変えないネルソンさんである。のっしのっしと近付いて、握手まで求めた。あまりにも怖いもの知らず。自分の上司のさらに上、むしろこの人より上なんていないというのにもかかわらず、態度を一切変えずに突撃したのである。
颯元帥もほんの少しだけ驚いたようだが、その豪快な態度に気圧されるように握手に応じた。表情は硬くとも、ネルソンさんのこの勢いは誰だって動揺する。
「……呉内君か。彼はよくやってくれている。歴戦の提督だ」
「そうだろうそうだろう!
握った手をブンブン振って、豪快に笑う。
「大本営とは長い付き合いになるからな。またこちらの鎮守府にも来てくれ。My Admiralは恐縮してしまうかもしれんがな」
「機会があれば……また行かせてもらおう。私は人との関わりを断ち過ぎていた」
大本営のトップであるという立場もあるが、颯元帥は人前に出ること自体を控えていたようだ。余計なことをしてこの真相を突き止められたら困ると、感情を押し殺す以上に仕事人間過ぎる気がする。
鎮守府運営も完璧にこなす代わりに、艦娘との関わりを必要最低限に抑えているらしい。それだと、お堅過ぎるとでも思われそうである。
結局、颯元帥は艦娘と一緒に食堂で昼食を摂ることになった。ネルソンさんやサウスダコタさん、さらには引っ張られた霧島さんなどに囲まれての食事風景は、遠目から見ても異様ではあった。
それでも、真相を知る者との交流というのは、それだけでも心を穏やかにするものではなかろうか。
午後、私達は午前と同じように哨戒の予定だったのだが、急な来客の対応があったため、予定を変更。颯元帥に赤い海の現場を知ってもらうことに使うこととなった。報告は行っているだろうが、現場の声を聞くことでさらにわかることもあるだろう。
説明役は何人も用意出来るのだが、今回は鷲の目により現場を確認し続けているアクィラさんと、分霊について語れる私。そして村雨。休日ではあるのだが、説明くらいならさせてほしいと村雨からの嘆願があったため、空城司令も許可を出した。
「……残りの時間は1週間強というところか」
「私の見込みでは。アオバに計算してもらって、そこから再計算を1日2回。今日も午前中に見てきてるから、ある程度は正確よ」
この説明の後はアクィラさんは休息するべきと判断されたので、今日は1回観測が飛ぶことになる。アクィラさんも毎日出ずっぱりであるため、偶には身体を休める必要があるだろう。
「現状の問題点は3つ。赤い海の侵食の回避と、村雨と長門が間に合うか、そして最後の巫女『黄昏』だね。最初の2つは解決も時間の問題だからいいが、『黄昏』は進化したレ級とも言える。一筋縄では行かないだろう」
やはり今一番の問題点は『黄昏』の存在だ。倒さなければ先に進めない。だが、ここで颯元帥がさらに付け加える。
「もう1つ、問題点はある」
「それは?」
「深海日棲姫をどうやって海の上に引き摺り出すか、だ。深海雨雲姫を撃破した時、その後に拠点に近付いても姿を見せなかったのだろう。潜水艦が船に近付いてもだ」
確かに、何が起きても沈没船の中に引き篭もられ続けたら、倒せるものも倒せない。戦いにすらならない間に赤い海の侵食が拡がり、最終的には手が付けられなくなるだろう。
それは『黄昏』を撃破出来たとしても変わらない。余裕が出来たところで、表に出す手段が無ければまた振り出しに戻る可能性すらある。
「村雨、その辺りは何かわかるかい。奴が表に出てくる条件とか」
「知っている限りのことを話すわ」
ここからは太陽の姫を最も知る者として、村雨が奴の在り方を話してくれる。約10年を共に生き、側近として朝から晩まで側にいた村雨なら、何か攻略のヒントがわかるかもしれない。
「前にも言ったと思うけど、太陽の姫は沈没船の中にある依代がそこにある限り不死身。海上に出てきているのは、ある意味影みたいなものなの。だから、そっちのけで依代を壊すことを優先した方がいいと思うわ」
これは私も以前に聞いた。沈没船の中には、太陽の姫が元々人間だったという証といえる依代が存在していると。つまり、その依代は人間であると考えた方がいい。それが生きているのか死んでいるのかは村雨にもわからないようだが。
「その影が海上に出てくるのに決まった日時とかは無いと思うわ。でも、完全にタイミングはわからなかったけど、気まぐれに浮上することはあった。あの時にはわからなかったけど、その名の通り、太陽の光を浴びるためかもしれない。あとは、何か気になることがある時に出てくるくらいかな」
気になること。例えば、沖波のようなM型異端児の存在を認識した時、脅威となり得るため先んじて排除しようと動き出した時か。あの時はいきなり鎮守府に現れて驚いたものだが、やはり法則性というものは無い。
新たに強力なM型異端児が現れた時、それを巫女へと変えるために表舞台に上がってくる可能性はありそうだ。とはいえ、今は赤い海を拡げることに躍起になっていそうなので、余程強くなければ優先順位が変わることは無さそうだが。私があの場にいても出てこなかったくらいだし。
「仮に表に出てこないとして、依代ごと沈没船を破壊するということは可能なのか」
「現場で確認したけど、渦潮が見たことないくらい大きかった。試しに爆雷を放り込んでみたけど、ちょっと沈んだ時点で爆発しちゃってる。艦娘が巻き込まれたら大変なことになっちゃうよ」
「ならば、潜水艦に破壊出来る兵装を装備させることは」
「あちらさんは抵抗が激しいそうだ。4人で向かって1人近付けるのがギリギリだったそうでね」
依代の破壊自体が現実的ではないというのが現状だ。海上から沈没船を破壊することも難しく、海中から向かうのも至難の技。潜水艦に負担がかかり過ぎている上に、それでも成功するかはわからない。
「……さっき話題にも出ていましたが……その依代というのは教祖なんでしょうか」
「それはまだわからない」
大和さんがおずおずと会話に参加。この中で教団の教祖を知っているのは、元教団の一員だった大和さんだけ。依代の姿形を伝えれば、それが何者かはわかるだろう。流れからして、十中八九教祖だとは思うが。
「村雨、その依代はどんなものなんだい」
そういえば、依代があるということしか聞いておらず、それがどんなものかは聞いていなかった。ここ最近の村雨は忙しかったし、問題が山積みだったせいでそちらに気が回らなかった。
「私が見たのは……大体私と同い年くらいの女の子だったかしら。深海にいるのに、生きてるように見えたの。でもピクリとも動かないから死んでるようにも見えて……」
海中だけならまだしも、潜水艦でなければ潜れない深海に生身で浮かんでいるというのだから恐ろしい。普通なら息とかそういうの以前に水圧で死んでいる。それが全く無いというのだから、その依代は見た目は人間だとしても深海棲艦として成立しているのだろう。
むしろ、意思も魂も全て太陽の姫に移し替えた抜け殻みたいなものなのかもしれない。ただし、その殻があるから太陽の姫は不死身。
「えっと、その依代というのは15歳前後の女の子……ということになるんですか?」
「私が見たものはそうね。それが何か?」
少しだけ目を逸らした後、意を決したように大和さんがとんでもないことを言う。
「
ならば、依代となっているのは教祖ではない。そうなると、その依代は何者なのかという話になってくる。少なくとも客船の中にいたことから、教団の一員と考えるのが筋だが。
「そうだ、アキグモに似顔絵を描いてもらうのはどうかしら。そうしたら、その教祖と依代の子がどんな感じかわかるわよね」
「ふむ、それはいいかもしれない。元帥、どうだろうか」
「その方がいいだろう。頼める者がいるのなら、今この場で形にしてもらうべきだ」
アクィラさんの提案。確かに、それがどんなものかを可視化すれば、調査とかもしやすいだろう。村雨はともかく、大和さんは今この場にしかいない。
その時間からかなり時が経っているのだから、教祖自体は調査されているかもしれないが、依代は確実に誰も知らない。沈没船のことを突き止めた物部司令も、中に生き残りがいたのかもしれないとわかった時に本気で驚いていたくらいだし。
しーちゃんが秋雲を執務室に連れてくる。最初は何事かとビクビクしながら入ってきたが、似顔絵とはいえイラストの依頼ということで途端に目を輝かせて取り組んだ。
颯元帥の前で絵を描くというのは緊張感があるだろうが、これは颯元帥からも頼まれた大切な仕事。
「うわ、すっげぇ緊張する。こんな環境でイラスト描くとか初めて」
「依頼出来るの秋雲しかいないんだからさ、頑張って」
「なら後からゲロ姉もデッサンモデルになってよね。御褒美くらいそろそろ欲しい」
などと言いながらも、その特徴を確実に捉えてイラストにしていく。今回は漫画テイストではなく、ガッチガチの似顔絵なので、タッチもそれらしく。だんだん指名手配書みたいになってくるが、そこは秋雲が上手いこと濁して。
太陽の姫のイラストを描くのとは違って、実物を見たわけでは無いので、あらゆる部分に憶測が混ざってくるが、実物を見ている者がそこにいるのだから、本物に限りなく近付いていった。
「こんな感じでいい?」
「うわ……凄いね。依代こんな感じだったわ」
秋雲が描きあげた依代のイメージイラストを見て、村雨が感嘆の息を吐く。それくらいに再現が出来ているということなのだろう。
その少女は、確かに私達と同い年くらい。やたら髪は長く、それ以外は少しスレンダーな体型。見た目としては沖波や磯波に近しいと思われる。
そんな少女が、沈没船の奥底で眠るように蹲っているらしい。いわゆる体育座りでフヨフヨ浮いているような。それこそ、漫画で試験管の中に入れられている人工生命体みたいな感じか。
「で、こっちがその教祖サマね。こんな感じかな」
「……凄いですね……殆ど完全再現ですよ」
証言をそのままイラストに起こした結果、大和さんが驚くほどの再現度を叩き出していた。ここまで褒められると秋雲も少し照れている。
その男は、見た目としては中年。30代後半くらいなのだが、やたら身なりがいいという感じ。役者と言われても納得出来そう。
イメージをそのまま描いているからか、人が良さそうではあるものの、確かに人心掌握に長けていそうな胡散臭さまで醸し出している。目の奥で何を考えているのかわからない。
「これは秋雲さんからの意見なんだけどさぁ。2人分描いたじゃん? そうなると、ちょっと気になることあんだよね」
「気になること?」
「この2人、
描いている時にピンと来たらしい。パーツとかに似通った部分があるらしく、さりげなくそういう要素を入れたところ、現物を知っている2人から否定されることなく通ったということは、その感覚が正しかったということ。
教祖の男を30代後半、依代の少女を15歳前後と見たとき、年齢的にも繋がる。親子関係と見ても間違いでは無い。
「ならば、その線で調査を依頼しようか。物部君に頼めばいいのか?」
「お、うちの提督使っちゃいます? いいっスよー。諜報部隊はその辺りも受け入れてますんでね」
どうせ今わかっていることは情報共有するのだから、その際にこの似顔絵を使って何者であるかを調査することになる。颯元帥がそれを良しとしてくれるのなら、すぐにでも始められるだろう。
問題点はまだ山積みな上、タイムリミットも刻一刻と近付いてきているが、新たに元帥という協力者が加わってくれたおかげで、解決もより早く出来そうである。今はやれることをやっていくしかない。
依代の少女がどんな外見かは、説明は要らないでしょう。