異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
たまたま出向いた医務室で海防艦の健康診断が行なわれていたのだが、そこで松輪のM型同期値が爆発的に跳ね上がっていたことが判明した。今までの値の10倍にまでになっていたことでいろいろと心配されたが、松輪としては何も変化が無いようで何よりだった。
しかし、私、陽炎と村雨は、そのM型同期値を聞いたことで少し悪い作戦を思い付いてしまう。太陽の姫が選ばれし者を狙って動いてくることが多いため、松輪も例に漏れないのでは無いだろうかと。本拠地に限りなく近付いたとしても現れないような者を誘き寄せることが出来るかもしれない。
とはいえ、松輪のような子供を囮に使うような作戦はよろしくない。こういう案もあるという程度に留めて、その先は空城司令に任せることにした。松輪自身は、おそらくまた対潜部隊として出撃することになるとは思うし。
「そういえば、陽炎ちゃんと村雨ちゃんは何故医務室へ? 具合でも悪くなりました?」
健康診断を終え、海防艦達が医務室から撤収した後、速吸さんに聞かれる。そういえば松輪の同期値で驚いてしまっていて本題を忘れていた。
医務室に来た理由は、今までの過酷な訓練を耐え続けていた村雨の身体に疲労が蓄積されている可能性が高いので、マッサージをお願い出来ないかということ。なんだかんだで明日からもまた酷使することになるので、お風呂だけでは抜き切れない疲れを取ってもらいたかった。
松輪の件の報告はこれの後でいいだろう。緊急事態というわけでもないし、勘付いたあちらが今からの時間に襲撃に来るとは到底思えないし。
「実は、マッサージしてもらえないかなって」
「なるほど、それくらいお安い御用ですよ。村雨ちゃん、大分しごかれていましたもんね」
体力作りのメニューは速吸さんが作っているので、しごいている一員に含まれているのは突っ込まないでおく。
「長門さんも午前中に来ましたよ。あの人、すごいことになってましたから」
村雨を揉み解しながら、長門さんのことも話してくれた。村雨と同じように長門さんも今日はお休みだったのだが、真っ先に速吸さんにマッサージをお願いしに来たらしい。村雨とは酷使の仕方が違うとは思うが、しごかれ方が別次元であるのは私もわかるくらいだった。
しこまれているのが鎮守府の守護者たる間宮さんと伊良湖さんの技であり、陸戦最強の神州丸さんの技に加え、陸奥さんの一斉射も一緒に出来るように鍛えている。さらには、ここ最近ではネルソンさんまでもがちょっかいを出そうとしているらしく、ありとあらゆる戦況にも対応出来るようにされているらしい。
「おかげで午前中全部使ってマッサージですよ。でも、筋肉とか大分仕上がっていましたね。短期間でアレは、やっぱり艦娘でないと出来ないことです」
「見た目はあんまり変わってないみたいだったけど」
「艦娘ってそういうものですよ。ほら、陸奥さんや霧島さんだって、あんなにスタイルがいいのにすごいでしょう」
確かに。艦娘はそういうところの見た目に出ないようである。陸奥さんとか、見た目はどう考えても女性らしい体型ではあるが、スタミナもあれば筋力も鎮守府の中で一二を争うレベル。ちなみに争っているのは霧島さん。
もしかしたら私も、こんな見た目でも普通の人より筋力があったりするのかも。周りがとんでもないため実感は薄いけど。
「村雨さんも大分蓄積されてましたね。今来てくれたのは正解ですよ」
「そ、そうなんだ……っく、良かった……」
的確に疲労の溜まった場所を揉み解すため、ちょくちょく声が出ている村雨。M型になった夕立みたいなものということは、こういうところで声は抑えないし、そういった事に対してオープンなところがある。性格まで似通わなくてもいいのだが。
「明日からまた頑張らないといけませんもんね。しっかり揉み解しておきましょう」
「お、お願い……んんうっ」
結局この後、村雨は全身を揉み解され、何度も声を上げることになる。痛みではなく快感というのなら、マッサージがしっかり効くほどに無自覚の疲労が蓄積されていたようである。
短期間の訓練はこういうところでしっかりケアしなくては、後々大変なことになってしまうのがよくわかった。
マッサージ終了後、速吸さんは執務室へ向かうということで去っていった。松輪の同期値について報告するのだろう。そこからどんな考えに至るのかは、空城司令次第。
で、私は村雨を任されたのだが、マッサージが余程気持ち良かったか、それほどまでに疲労が溜まってしまっていたか、医務室のベッドで爆睡。全身揉み解されて疲労は全て飛んだ代わりに、見たことが無いくらいにダルンダルン。
「村雨、終わったよ。起きなー」
「……んん……私……寝ちゃった……?」
揺すれば起きるくらいではあったものの、まだ寝ぼけ眼である。なんやかんやでベッドから立ち上がろうとしないでウダウダ。
時間はまだあるので、寝ようと思えばまだ寝られる。あまり午後に寝すぎると、夜の本来の就寝に支障が出そうではあるが、そこまで疲れているのなら大丈夫だろうし。ここで寝続けるのはあまりよろしくないと思うので、まずはここから出ることを促す。
「まだ寝たいなら部屋に戻ろうね」
「そうね……そうしないとねぇ……」
などと言いつつも、その目は徐々に閉じていく。もしかして村雨は低血圧か何かか。寝起きが非常に悪い。そういえば、私の部屋で寝ていた時の夕立も似たような感じだった。私が押し潰して無理矢理起こしたりしていたのも、まだ数日しか経っていないのになんだか懐かしい。
「ああもう、ちゃっちゃと動く。寝るなら自分の部屋」
「はいはぁい……陽炎持っていって」
何を急に甘え出すのだ。だが、それくらいしないとここから動かなそうなので、渋々おぶる羽目に。実際、まだ微睡んでいるような雰囲気はあったので、それくらいしてやらないと動かないような気もしたし。
最初は寝ている体勢から運ぶためにお姫様抱っこでもしてやろうかと思ったのだが、あれが存外に難しく、同年代を抱えるのは結構しんどかった。まだ鍛えが足りないだろうか。
「村雨、結構重い」
「乙女に向かって失礼な」
冗談を交えつつも、難なく村雨の部屋まで持ってくることが出来た。こういう時に限って誰ともすれ違わないという。夕立とかが起きていたら、確実に代わりに運んでくれていただろうに。
ベッドに放り投げてやろうかと思ったけど、さすがにそれは雑過ぎるかなと思い、ちゃんと優しくベッドに寝かせてやる。
「そんなに眠いの? ちゃんと夜寝れてないの?」
「……恥ずかしながら、全然寝れてない」
苦笑気味に、少し沈んだ声で返してきた。
よくよく考えてみれば、村雨は今の身体に戻れて、治療まで終わって、それでもまだ1週間足らずしか生活が出来ていない。見た目では大分吹っ切れられていても、内心ではどうかなんて私にわかるはずがなかった。
私だって何度も何度も記憶を取り戻すように悪夢を見せつけられ、実際に巫女となり元に戻った後も悪夢は見た。これは萩風や長門さんだって経験している。村雨が私達より特に長い期間あちら側だったのだから、その分重たい悪夢を見てもおかしくない。
村雨の場合、その悪夢が巫女にされた当時の記憶だけではなく、その後の活動も入ってくる。私は幸いにも、鎮守府で深海棲艦と化し、鎮守府で元に戻された。だが、村雨は『雲』として10年もの間を深海棲艦として活動し、街を滅ぼすこともしてしまっている。萩風や長門さんの暮らしていた街を滅ぼしたのも『雲』だ。それを反芻させられるのは悪夢以外の何物でもない。
「……夕立と五月雨にも、結構迷惑かけちゃってる。夜中に起きることも何度もあるし……魘されてるところを夕立に起こしてもらうこともあった」
「……そっか」
さっきのマッサージの後は、まだ短時間だったから悪夢を見るようなことは無かったようだが、そのままグッスリ眠っていたらダメだったかもしれない。私も最初、外で昼寝した時に悪夢にやられた。
「最近はスパンが減ってきたけど……やっぱり、ね。まだまだ私は吹っ切れられないみたい」
「私もそうだったよ。みんなが私の部屋で寝てくれてるのって、その名残なんだ」
「……そうよね。陽炎はかなり特殊だもの」
そんな身体でよくここまでの訓練に耐えられたものだ。その分やる気があったと言えば聞こえはいいが、艤装を装備していればある程度補助が利くとはいえ、取り返しのつかないことになりかねないだろうに。
しかし、私がこうやって横にいるとまた違った安心感があるようだ。艤装姉妹が構ってくれるのも心が癒されるようだが、私は村雨と境遇が似たようなもの。同じように太陽の姫の巫女としての
「ちょっとだけ……甘えさせてもらっていいかしら」
「構わないよ。どうせ私もお休みだしさ」
「グッスリ眠れる気がするの……今だけ近くにいてもらって……いいかしら」
それくらいならいくらでも。村雨だって散々な目に遭っているのだ。異端児駆逐艦の中ではトップクラスとも言える。なら、助け合うのが私達のやり方だ。今までだってそうしてきたし、これからだってそうしていく。
「ご飯の時間になったら起こすよ。だから、今はゆっくり寝ればいい」
「ありがと……」
言うが早いか、村雨はそのまま眠りについた。さっきのマッサージの後のように、熟睡と言ってもいいほどに深く。
「夕立、いるんでしょ」
村雨が眠りについたところで、部屋の外に声をかける。ああやって話している内に、夕立が外で待っていることに気付いた。いつもなら気にも留めずに大きな音を立てて入ってきそうだが、村雨のこととなったら話が変わるようだ。
「ぽい……むーさん寝た?」
「うん、ちゃんと寝てる」
そろりそろりと部屋に入ってきて、村雨の寝顔を見て安心したような顔。先程村雨も言っていた通り、真夜中に悪夢に魘されて夕立が起こすということが何度もあったみたいなので、ここまで安らかに眠っている姿を見ると、それだけでも嬉しいようである。
「むーさん、ゲロ様よりも酷いっぽい。夜に2回起きちゃうこともあるし、今のところ毎日続いてるの」
「そっか……10年だもんね」
蓄積の年月があまりにも違うし、活動の幅も私達とは比べ物にならない。潜み続けて監視をしていたとかでもなく、侵略という行為をやり続けていたのだから、トラウマは私達が思っている以上に根深くて重い。
「ハギィやながもんさんの街を滅ぼしたこともずっと覚えてるみたいだし、人間を殺した感覚もまだ染み付いちゃってるって。夜は夕立とサミーに愚痴ってくれてね」
「それで少しでもストレスが発散出来るならいいけど」
「その時はスッキリしてるけど、結局悪夢は見るみたいだから、モヤモヤしてるんだと思う」
自分でその10年間のことを口に出すことは出来るようでも、それだって無理をして吹っ切れている振りをしているだけなのかもしれない。私達に心配させないように振る舞っているという可能性すらある。
「でも、強くなるんだーって物凄いやる気っぽい。ゲロ様が治してくれたからって、すごく感謝してるっぽいよ」
「そっか。ならやっぱり治療して大正解だったね」
「ぽい。治さないなんてこと選べないっぽいよ。むーさんだって被害者だもん」
グッスリ眠る村雨の髪を弄りながら、寝顔を眺めてはニコニコ笑みを浮かべる。夕立としても、村雨のことは姉として気にかけているようだ。
「よし、夕立もここにいるっぽい。むーさんがまた魘されるかもしれないしね」
「ん、そうだね。私だとわからないかもしれないから、一緒にいてくれると助かる。でも、ここで一緒に寝ちゃうようなことはしないでよね」
「……善処するっぽい」
結局夕立もうつらうつらし始めて、最終的には村雨の隣で眠ることになるのは言うまでも無かった。夕立だって、村雨の悪夢を止めるために夜にあまり寝ていないのだから、こうなってもおかしくはないのだ。
村雨のトラウマは根深い。簡単には払拭出来ないだろう。
みんなが側にいればきっといつかは断ち切れるはずだ。それまでは、こうして一緒に暮らしていくのが一番だ。
10年間、太陽の姫の巫女をやって沈没船の中も知っているくらいに深い繋がりだったのですから、悪夢もそれ相応に酷いものばかりでしょう。村雨だって被害者。