異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
午前中の哨戒で、赤い海の拡張の速度が上がっているという情報が入った。私、陽炎は全体報告される前に沖波から聞いていたが、昼食終了時に全員集まっているところを見計らって、空城司令がそこで発表する。
「タイムリミットまでの時間を再計算したんだが、その結果、陸への到着の時間は以前から早まり、残りの時間は3日と判断された。4日経過で赤い海が陸に辿り着いちまう」
つまり、最終決戦はもう間近ということだ。
陸に辿り着いた時点でおしまいというわけではないが、少なくとも本来より強化された深海棲艦が陸を侵略してくる可能性が非常に高くなるというところが問題。そうなったら、沈没船がどうこうとか言っていられなくなる。
陸も守りながら防衛線を突き抜けて、『黄昏』を撃破しつつ太陽の姫を誘き寄せて倒す。さらにはその敵は無限に湧いて出てくるというのだから、もうこの鎮守府の人員だけでは手に負えない。支援艦隊を含めても手が回らないだろう。
「準備期間はあと2日……いや、今日も含めて2日半か。そしてその翌日、リミットの3日目に決戦とするよ。今日の残り、明日、明後日で万全にしていくから、覚悟をしておきな」
ちなみに対策インナーはもう全員分完成しており、全員に行き渡っているとのこと。試着も終わって不具合も無し。普段使いしている磯波以外は部屋に厳重に管理しているそうだ。
「村雨、アンタは一度練度を測っておく。上手くいけば今日達成で、明日には改二改装だろう。急がせちまってすまないね」
「ううん、大丈夫。みんなのおかげで、私は戦える力が手に入ったから」
「長門もそうだが、初陣が最終決戦なんて酷い環境だが、それが終われば普通に艦娘としてここで働いてもらうさね。今回を全員で乗り切るよ」
深海棲艦相手に戦ったことが無いのが村雨と長門さんだ。強力な戦力となるまで必死に訓練をして、その力を存分に振るう場が、太陽の姫との最後の戦いである。この時のために鍛えてきたと言っても過言では無いが、それまでに一度も実戦が無いというのは、結構怖い。
とはいえ、深海棲艦であったときの感覚が残っているため、既に実戦は経験済みとも言える。戦う相手が変わり、戦う手段が変わった。ならば、初陣というわけでも無いかもしれない。
「この戦いも大詰めだ。だが焦るんじゃないよ。アンタ達は、勝つためにここまでやってきたんだ。勝てる見込みが無いなんてこたぁ絶対に無い。戦わないアタシが言うのもなんだがね」
本当に大詰め。終わりが明確に近付いた。残りの日にちは少ないが、やれることを全てやっていこう。いくら鍛えてもいいくらいなのだから。
午後イチ、午前と同じように連携演習なのだが、村雨が一度練度を測るということで少しだけ待ちの時間。その間に私達の横を通って哨戒部隊が再出撃となる。
今回は大分近付いてきてしまったことと、拡張速度が上がったということで、潜水艦隊も含めた少し多めの人数で哨戒に向かうことになったらしい。そのため、念のためということでM型異端児以外は対策インナーも着込んでいる。
「ユーとウィーはちょっと違うんだね」
「ちょっと無理言っていつも使ってる水着の型も形にしてもらったんだ。あい!」
「いつもの物と近い方がいいかなって……思って」
ヒトミとイヨがハイネックな水着型であるのに対し、ユーとウィーはウェットスーツのような型。全身タイツとは違い、水着型の下の部分が少し長いスパッツ丈になった程度なのだが、そこに普段使いのニーハイソックスのような追加艤装を穿いているため、全身が埋め尽くされているように見える。
ユーとウィーの普段使いの水着は、この国のものではないからか全身を覆うような形状をしていた。対策インナーもとい
そのおかげか、今までと外見がほとんど変わっていない。フリルのような如何にも水着というパーツが排除された、性能一辺倒な見た目になった程度。その上からジャケットなどを羽織っているため、やはり違和感は無かった。
「この子達が行くから、私達も行くのよ〜」
「潜水艦隊を見たからあちらも潜水艦を出してくるって可能性はあるものね」
海上の哨戒部隊には対潜部隊である五十鈴さんと龍田さんも参戦。勿論中には対策インナーを着込んでいる。龍田さんはさておき、五十鈴さんは着ていることがわかるくらいには目立っていた。
「増員した状態で向かうけど、やることは大概変えるつもりはないわ。赤い海に踏み込んだら、『黄昏』が突撃してくる可能性があるんだもの。哨戒で危険は冒したくないわ」
そして、午前と同じ哨戒部隊であるアクィラさんがやってきた。残りのメンバーは、旗艦が加古さん。随伴はアクィラさんを除くと沖波、秋雲、由良さん、青葉さん。少し軽めの部隊ではあるが、哨戒はフットワークが大事。むしろアクィラさん自身が自分が一番遅いから足手まといにならなきゃいいけどと冗談めかして話しているくらい。
沖波以外は勿論対策インナー着用済み。他の者はそこまでなのだが、普段お腹がほとんど出ている加古さんが着ていると違和感が凄まじい。本人もいつもと違うことに少しだけ違和感を覚えている模様。
「んなことが起きないようになるべく近付きゃしないけどなー。聞いてるだけで厄介なヤツなのはわかってんだし。触らぬ神に祟りなしってね」
「勿論。私もアレには万全の態勢で挑みたいもの。それに、それ相応の部隊で行く必要があるものね。あくまでも哨戒、様子見だから」
戦うつもりはなく、赤い海の状況を逐一確認することが目的だ。戦いと哨戒では装備が違う。ある程度は戦えるようにはしているが、勝つための装備では無いと言い切れる。
とはいえ、合間に雑多なイロハ級を相手にする可能性は今までよりもかなり上がっているだろう。それこそ、小粒なものなら赤い海から飛び出してこちらを襲ってくるかもしれない。それを対処するくらいは出来るように装備は整えてある。
「陸側は少し強めに哨戒しましょう。もしかしたら、湧いてしまった深海棲艦が向かってしまうかもしれないので」
「陸に行かれたら大惨事になりかねませんからねぇ」
由良さんの提案にみんなが同意。赤い海が拡がっているということは、その分陸に危険が及ぶ。それは特に避けたいことだ。海だけでも手一杯だというのに、陸まで守れるわけがない。野次馬みたいな輩だって出てくるだろうし、最悪な場合、潜伏していた教団の生き残りみたいなのが出てくるかもしれない。
まだそうなるかはわからないが、踏み込んだ時点で深海棲艦化の恐れがある赤い海が陸に到着した場合、
「それじゃあアンタ達、頼んだ。もし何かあったら増援はすぐに出すから、連絡するんだよ」
「了解了解。あんま気負わないように行くわ。あくまでも哨戒だけど、万が一戦闘になるようならすぐに逃げて増援を待つからさ」
あくまでも戦闘は可能性としてあるというくらい。無いなら無いに越したことはないし、そうならないように立ち回る。緊張して行くのは最終決戦だけにしたいものだと軽い気持ちで哨戒任務に向かった。
こういう時も脱力は大事なものだ。十全の力を出さなくてはいけないのは、何も戦闘だけでは無い。哨戒だって平和を守るための立派な仕事。それに対して力を発揮するために、しっかり気の抜けるところは抜いて向かうわけだ。
こちらはこちらでやれることを進めて行く。村雨の練度の計測が終了したため、連携訓練は再開。
気になる練度は、あと僅かで改二に到達する段階にまで来ていた。今日みっちり訓練をすれば、ギリギリ届くのではとのこと。
「俄然やる気が出るね。萩風と連携始めてから一気に上がったみたいでさ」
「つまり、私のおかげということですか」
「まぁそうなるよ。ありがとね、萩風」
皮肉を言ったつもりなのに素直に礼を言われて、少し恥ずかしげに目を背ける萩風。良かったね萩風、この場に秋雲がいたら確実にネタにされていたよ。ツンデレだツンデレだと。
「貴女達の連携自体は、荒削りだけどいい具合に洗練されてきたわ。決戦の時にも、一緒に行動していいと思うんだけど」
「私はM型で萩風はD型だから難しいんじゃないかしら……出来るならやりたいところだけど」
「私も太陽の姫には恨みがありますが、悔しいことにD型なのでいろいろと危険ですし、攻撃が通らない可能性もありますので。即席ペアは出来て防衛線までですね」
少しだけ名残惜しそうに見えたが気のせいだろうか。やはりこの2人、遠慮が無くなってしまえば結構気が合う仲のようである。口論が激しいだけで、口喧嘩では無いし。
「赤い海の拡張が早くなっているというのも、ある程度は計算に入れていたわ。その上で、村雨のこの成長速度は正直ありがたいわね。今日中に達成して明日改二改装出来れば、1日テストに使えるもの」
「ギリギリだなぁ……自分のせいでもあるけど」
「でも充分よ。長門もそうだけど、最終決戦に間に合わせられたこと自体を誇ってもらいたいわ」
午前中の説教とは正反対に、褒めて褒めて褒め落とす。事実、連携訓練で連携しようともしないことを叱っただけで、ちゃんとやってくれれば叱るところなんて無かったのだ。
「全員いい感じに仕上がってる。これでも勝ち目が100%では無いのが悔しいけれど、半分以上になれば充分ね。さ、午後からも頑張ってちょうだい。たまにはペアを替えてもいいかもしれないわね」
「確かに、今回の私の連携訓練って、その場で誰とでも連携が出来るようにって話だもんね。じゃあ今度は……陽炎、私と組んでくれないかな」
「そうだね。現場では私と連携する可能性が結構あるだろうし、ここで慣れておくのもいいね」
午後からはペア自体を替えての訓練も入れていく。村雨を劇的に成長させたのは萩風との和解ではあるが、萩風とばかり組んでいると戦い方が偏る。勿論、どちらも前衛として戦うスイッチ戦法は素晴らしい戦術ではあるので、もっと洗練させたいという気持ちがあるはあるのだが、連携訓練の最初の目的、その場で臨機応変に連携が出来るようにするためには今のままではよろしくない。
「なら、夕立はハギィと一緒っぽい。よろしくね」
「はい。ではまずは村雨さんを集中砲火で」
「本人の前で作戦言うのどうなの」
そういう冗談が言えるくらいの仲になるまで行けたのは本当に喜ばしいことだ。いつもぎこちなく、接することすら憚っていたときとは雲泥の差。これでも仲がいいと思える。
萩風が唯一ここまでの物言いを出来る相手なのだから、この関係は大事にしてもらいたい。私も艤装姉妹とはいえ姉として嬉しいものである。
「あ、そういえば。親分は実弾装備しておいた方がいいと思うっぽい。もしさっきの哨戒の人達に増援頼まれたら、すぐに行けるようにした方がいいよね」
「確かに、夕立の言う通りね。上手く連携が出来るようになったら、また私が相手をしようかと思ったけれど、万が一のことを考えたら念のためそうしておいた方がいいかもしれないわね」
艤装を装備している私達が増援に向かう可能性はかなり高いだろう。今でこそ演習用のペイント弾を装備しているが、その辺りの換装はすぐに出来るはず。
それでも、霧島さんだけは速攻で向かえるようにしておけば、それだけで救われるものはありそうだ。
「換装はすぐに終わるから、訓練はその後から始めましょう。それまでに作戦会議でも何でもしておくこと。心配は要らないとは思うけど、ちゃんと話をしなさいね」
村雨も萩風もばつが悪そうな顔をしたのは言うまでもなかった。
こうやって演習をしている間に、哨戒任務で何も起きなければいいのだが。事態はいい方向にのみ進展してもらいたい。
タイムリミットが明確になりました。さらに早くならないことを祈りながら、力を付けていきましょう。