異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
その日はもう残りの時間は殆ど無く、もうみんながお風呂も終えているようなタイミング。私、陽炎の入渠が一番時間がかかっていたことが嫌でもわかるものである。沖波は私のためにいろいろと待っていてくれたようだった。
私への説明がされるまで、『黄昏』の処遇についてはあまり公表されていなかったらしい。そのせいで、医務室の前に人だかりが出来ていたようだった。私が必要という時点で大概察することが出来るとは思うものの、空城司令の口から語られることで確信するために。
そこで聞かされたのは、寝かされている『黄昏』は魂を失った
1つ目は、このまま命を奪い丁重に弔うこと。2つ目は、大本営に引き渡し、今後の戦いのための実験台とすること。そして3つ目は、私がさらなる分霊を施して
「はぁ……どうしたもんかな……」
かなり遅めの夕食を摂った後、さくっと今日のことを終わらせて自分の部屋へ。中にはいつも通りのメンバーが待機していた。医務室での話は全員の耳に入っており、私が溜息を吐いている理由も察してくれている。
3つ目の選択肢、分霊が関わってきていることで、その選択権は私にもある程度与えられている。木っ端な駆逐艦娘とは言っていられなくなってきた自分の立ち位置に精神的にも疲弊しそう。空城司令は弔う方向で考えていると言ってくれているが、その全ての選択肢に良いことと悪いことがあるのが辛い。
「難しいよね……この話」
「全部が倫理的に……ね」
沖波と磯波が話す。私もその辺りがどうしても引っかかっていた。
大本営に引き渡すというのは、3つの選択肢の中でも一番よろしくないと思えた。実験台として身体を滅茶苦茶にされるのは考えるまでもないため、いくら敵でも可哀想だと思えてしまった。あれが人型だからという、なかなか現金な考え方だとは思うのだが、抵抗があるのは確かである。
弔うというのが一番妥当だろう。しかし、あれが亡骸ならまだしも、意思を持たず目を覚まさないだけで生きているというのが厄介。一度
そして分霊。2つの選択肢と違って、『黄昏』を生かしたまま、こちら側に引き込むという私にしか出来ない手段なのだが、そもそも上手く行くかもわからないし、出来たとしてもそれは相手の命を弄ぶような行為。私に抵抗がある。
「姉さんとしてはどう考えてるんですか?」
「私は……弔う方向かな。怨霊が作った身体とかそういうのだったら、ここにあっちゃいけないものな気がするし。でも、今生きてるんだよね……」
正直、自分が深海棲艦相手にこんな情が湧くとは思わなかった。両親の仇である憎むべき敵なのに。『黄昏』自体がそれではないが、それの意思を持つ敵であることには間違いない。
「一番後腐れが無いのはそれだよね。生きているかもしれないけど、意思はないんだから」
沖波もこう言いつつも少し抵抗があるようだった。とはいえ、どれもこれもに抵抗が出てくる要素があるのなら、最も問題にならない手段を取るのがベストである。
やはり、『黄昏』の抜け殻には、あるべき姿になってもらうしかない。本来はそうするつもりで戦ってきたのだが。とはいえ、戦いの中で殺すわけではない。丁重に弔わせてもらおう。そうすれば、成仏した魂に面目が立つ。
「うん、それで行こう。それが良いはずだから」
自分に言い聞かせるようにして、今はこれで終わりにした。『黄昏』の結末は明日の朝。もう苦しむことは無いだろうが、せめて苦しまずに命を奪おう。
深夜、何やら外からの物音で目が覚めた。風の音かと思ったが、そんな単純なものではない。聞こえたのは、明らかに
「んん……?」
こんな夜中に目を覚ますのは、悪夢に魘されて夕立に起こされて以来である。小さな物音で目が覚めるほど敏感なわけではないのだが、遅くまで入渠していたおかげかあまり疲れていないというのもあり、眠りが浅かったのかもしれない。
「ふぁ……どうしたのひーちゃん……おトイレ……?」
私が身体を起こすと、今日はベッド側だった沖波を起こしかけてしまう。寝惚け眼なためか物凄く不躾なことを聞いてきたが、残念ながらそうではない。
「変な音しなかった?」
「へんな音……?」
部屋の中で耳を澄ませる。私達の部屋は海に近いわけではないが、神経を集中したら波の音くらいは聞こえるような場所だった。
そんな中、また小さな小さな人為的な音。それは、風で起きた波ではなく、何かが海を波立たせる音だった。物が流れ着いたのか、
いつもならこんなことはないのに、今日に限って冴えていた。まるで誰かに導かれるように目を覚まし、鋭敏に音に気付いた。
隣の沖波がそれに気付いていないというのがアレだが、こうなってしまうと気になって目が冴えてきてしまった。
「ちょっと部屋出る。おっきー眠かったら寝てていいよ」
「んん……私も行く……」
本当に大丈夫かと思いつつ、磯波と萩風を起こさないように部屋から出た。流石に真横にいたわけではないので、2人に迷惑をかけることなく外に出ることが出来た。
すると、向かいの部屋から同じように夕立が出てきたことに気付く。隣には村雨の姿も。何というか、流石としか言いようがない。夕立がここまで反応をしていることからして、あの物音は気のせいではないということだ。
「ゲロ様、音に気付いた?」
「うん。夕立も?」
「ぽい。誰かが泳いできた音っぽい」
私と同じ見解。こんな時間に誰かが泳いできたなんてまずおかしなことだ。うちにいる潜水艦は、午後の哨戒とあの戦闘でグッスリ眠っているはず。
つまり、完全に外部の者。今この状態で、外からこの鎮守府に侵入しようとする連中は、軽く見積もって2つだけ。1つは太陽の姫の手の物。そしてもう1つは、
どちらにしろ、狙われているのはおそらく『黄昏』の抜け殻だ。それ以外にここに今のタイミングで来るような者はいない。前者は太陽の姫のことだからこちらの状況が把握出来ていそうだし、後者は颯元帥への報告を盗み聞きして行動に移したと考えられる。
「『黄昏』のところに行こう。多分狙いはそれだよね」
「じゃあ医務室?」
「だね。急ごう」
4人でなるべく静かに医務室へ。多分全員起こした方がいいと思うのだが、もしこれが何事も無かった時には大迷惑になる。2人して勘違いなんてことだってあり得るので、事は慎重に。
だが、それが勘違いではないことがわかる。医務室に続く暗がりの廊下の先から、より鮮明な物音が聞こえた。確実に人がいる音。しかし、事態はそんな簡単なことでは無さそうである。
「これ、艤装取りに行った方がいいんじゃないの」
「自分で装備出来ないっぽい。整備班の人がいなくちゃ」
「う、確かに……。でもそのまま突っ込むのって危険なんじゃ……」
音が聞こえたからと手ぶらでここまで来てしまったが、敵は艤装装備でこちらは丸腰というのは、ある意味自殺行為ではないのか。だからといってここで引き返すことももう出来ない。
ここで逃したら、本当に取り返しのつかないことになりかねない。特にこれが太陽の姫の手の者だった場合、どうにか倒した『黄昏』が、再度の分霊で復活なんてことすらあり得てしまう。気付いてしまったのだから、見過ごすわけにはいかない。
「とりあえず行くしかないか。覚悟決めるよ」
「ぽい! 突撃突撃っぽい!」
ここで夕立がダッシュ。いきなり先手必勝と言わんばかりに、医務室へと駆け出した。こういうところで独断先行が出てしまうのが夕立の悪い癖なのだが、今回はこの勢いで突っ込むことが得策だったかもしれない。『黄昏』の抜け殻を運び出そうとしている者がいるとしたら、突撃も慎重さをかけさせる要因になる。
私達も先陣を切る夕立を追いかける。その時に、廊下が微妙に濡れていることに気付いた。泳いできたというのだから、今この物音を立てている犯人は、全身ビショ濡れだろう。歩いた場所が濡れるのも当然のこと。物音が気のせいということは無くなった瞬間である。
「誰かいるっぽい!?」
そして、『黄昏』が安置されている医務室に勢いよく突撃。私達も同じように中を確認。
そこには2つの人影があった。
片方は、明らかに潜水艦娘。何処の誰かはわからないが、ヒトミやイヨと違って真っ黒な競泳水着のその者は、確実に潜入するための装備を身につけていた。暗がりで目立たないようにするため、どちらかといえば深海棲艦の姿を真似ているようにも思える。
そしてもう片方は、何度も見たことがある深海棲艦の潜水艦。陸に上がってきた姿を見るのは初めてだが、その姿は殆ど人間そのもの。こちらは『黄昏』奪還用に作られた個体なのかもしれない。
「ちょっ、なんで艦娘と深海棲艦が協力し合ってんのさ!」
「ち、違う! 協力なんてしてない!」
だが、この現場はそう考えるのが妥当だろう。2人並んで諍いにもなっていないとか、確実に協力関係だろう。
まさか裏でこんなことが起きているなんて思わなかった。既に深海棲艦と手を組んでいる鎮守府があるだなんて。太陽の姫の存在が知られてから出てきたとなったら、どうやって連絡を取り合っているのだ。この潜水艦を使って秘密裏にとか。
「話を聞いて! 深海棲艦と協力なんてしてないから! むしろ、居合わせて驚いてただけだから!」
そんなこと言われても、現状でどう信じろというのか。現にこの深海棲艦は攻撃の意思を見せていない。
「まぁいいや、とにかくそれは持っていかせないよ」
「それは困るでち。使命が果たせなくなるから」
妙な語尾が聞こえたがそれは置いておいて、私達が目の前にいてもその意思は変えないようである。目的は『黄昏』の奪取。夜中のうちに忍び込んでいる辺り、この潜水艦娘の上司は性根が腐っていそうである。まるで、眠気で判断能力が低下している時に電話で私の身柄を要求してくるような。
そして、潜水艦娘と話している内に、深海棲艦の方が抜け駆けしようと『黄昏』の抜け殻を運び出そうとしていた。こいつ、陸での動きも思った以上に速い。暗がりの中でもスイスイと動き、固定もされていない『黄昏』の身体を抱え上げている。
「なっ、おいこら待つでち!」
「やらせるかっての!」
こんな狭いところで三つ巴の戦いが起きようとしている。だが、私達は人数がいるにしても丸腰。この潜水艦娘と深海棲艦が陸上で使える武器を持っていないにしても、艤装を装備している分、体力や腕力は私達の数倍にはなっている。
今この深海棲艦がやろうとすることは、確実に強行突破だ。潜水艦娘の方はさておき、私達では体当たりすらも止められない。ちょっと手を払われるだけで、一番戦えるであろう夕立でも吹っ飛ばされる可能性が高い。
しかし、『黄昏』を持っていかれるわけにはいかない。ここで私達が食い止めるしかない。
「ああもう! それはこちらが貰うでち!」
「アンタのモノでも無いっての! 止めるよ!」
とは言ったものの、この2人の突撃は私達では止められない。どうにかしようと前に出たものの、簡単に蹴散らされてしまう。
私と夕立が前に出たが、その猛烈な体当たりのせいで吹っ飛ばされ壁に激突。それを食い止めようと沖波と村雨も手を伸ばしたが、艤装の力を借りた脚力のせいで走るのも速く、伸ばした手は空を切った。
「ひーちゃん大丈夫!?」
「夕立!?」
「だ、大丈夫だから、早く追って……!」
思い切り叩きつけられたことでかなり痛いが、骨とかそういうのにダメージはいっていないので安心。しかし、このままではそのまま工廠から逃げられてしまう。
潜水艦娘の方も深海棲艦を追うように駆けていってしまったため、沖波と村雨には先に行ってもらう。私と夕立も少しフラつきながらそれを追った。
「一番まずいところの手に渡っちゃったよ……絶対に逃しちゃダメだ」
「ぽい……背中痛いっぽい……でも頑張る」
そして、どうにか工廠に到着。最悪既にここから離れていってしまっている可能性も……。
「お疲れ様でした。2人とも、こちらで確保させていただきました」
そこにいたのは、颯元帥の大和さん。気を失った潜水艦娘と深海棲艦が捕まえられ、『黄昏』の抜け殻は沖波と村雨が大事に抱えていた。
定番となってきた深夜の潜水艦強襲。今回は『黄昏』の抜け殻争奪戦。
支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/89128679
MMD静画のアイキャッチ風加古。こちらはスイッチが入っているイケメンモード。戦闘中はカッコいいけど、普段はグータラというギャップが良き。リンク先にスイッチが入っていないモードもいらっしゃいます。