異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
実戦訓練をした日からさらに10日程。私、陽炎が鎮守府に配属されてから、ついに1ヶ月の時が過ぎようとしていた。
その間はみっちりと訓練を行い、コツも掴んできた。砲撃訓練や雷撃訓練では移動しながらでも大分当たるようになってきたし、対潜訓練は海防艦の子供達とまでは言わないが随分と命中精度が上がってきた。防空訓練も今では3機までなら撃墜出来る。
空城司令の方針として、3日に1度くらいのペースでお休みを貰い、その都度所属している艦娘との親交も深めている。やっぱり一番付き合いが多いのは、私と同じ異端児である駆逐艦の3人。他の全員とも多かれ少なかれ話をしたりしている。
そして迎えた1ヶ月目の朝。一応休日とされているのだが、朝イチに空城司令に呼び出され、執務室へと出向いた。表情からして、少し上機嫌のようにも見える。しーちゃんも笑顔で出迎えてくれた。
「陽炎、そろそろ哨戒任務に出てみるかい」
つまり、私は戦場に出られる程度には成長したと、空城司令のお墨付きが貰えたというわけだ。
哨戒任務ということは、領海を警戒するだけの任務。とはいえ近海に突然深海棲艦が現れる可能性もあるため、かなり重要な任務だ。その任務で以前、不意打ちを受けて菊月が怪我を負っているところを見ている。油断出来ない仕事である。
「いいの?」
「早い段階ではあるんだがね。ここ最近は海が静かだ。一度戦う場所ってのを知るのもいいだろうと思ったのさ」
ここ1週間近くは、哨戒でも深海棲艦の姿を見ていないらしく、穏やかな海が続いているそうだ。今なら初心者の私が出ても問題無いのではと判断された。万が一深海棲艦と遭遇しても、私抜きで対処出来るような面子を揃えてくれるらしい。
初めては必ず哨戒任務。そして比較的危険では無いタイミング。それが今。
「じゃあ、行きたい。私がどんな世界を守るのか、この目で見ておきたい」
「ならそのように手配しておこう。明日の朝だ。構わないね?」
「了解。ちょっと緊張するけど、遅かれ早かれ行くことになるんだから早いに越したことはないよね」
「ああ、それで覚悟が決まるって子もいるもんだからね」
訓練はあくまで訓練。死ぬことが無いように配慮されているため危険ですら無い。そりゃ痛いことはあるし、疲れは尋常では無い時もあるが、それはあくまでも本番では無いのだ。
ならば、本番もあり得る戦いの場に出向くというのはなるべく早くやっておきたいところ。覚悟を決める意味でも、それを頭の中に入れておきたい。
「陽炎、最後に1つだけ思い出すように。艦娘の心得は」
「私達艦娘は、命を奪う存在じゃなくて、命を守る存在」
「いい子だ。それだけは絶対に忘れるんじゃないよ」
これだけはさんざん言い聞かされている。誰もがその胸に艦娘の心得を宿して、覚悟を決めて海に出るのだ。破壊者ではなく守護者として、私は明日、ついに海を駆ける。
翌朝、朝食後に工廠に向かうと、今回の哨戒任務の面子が揃っていた。
鎮守府に所属している艦娘は少数ではあるが、哨戒任務には可能な限り出撃するようにされている。多過ぎても鎮守府の消耗が激しくなるし、少なすぎると万が一遭遇した時に敗北を喫してしまうため、6人という編成となった。
「今日はこの衣笠さんが旗艦だよ。陽炎が初陣なんだよね?」
「うん、初めてなんで、よろしくお願いします」
「うんうん、初々しいね。みんな通る道だから、気を張らないようにね」
旗艦は衣笠さん。前は加古さんがやっていたのを見たが、今日は休日らしく部屋から出てこないらしい。何でも休日はずっと寝ているんだとか。休日に起きているのを見る方がレア。
「気軽に行こうな気軽に。今は静かなもんだし、何も無い無い」
肩をバンバン叩いて激励してくれるのは、軽空母の隼鷹さん。静かだからこそ万が一を考えて、艦載機による周囲の警戒も入れてくれた。これにより、不意打ちの可能性が極端に低くなる。
うちの鎮守府は正規空母の天城さん、護衛空母の大鷹、そして軽空母の隼鷹さんで成り立っているとのこと。空母は戦場でもかなり重要な位置を占めるらしいので、そんな人が編成されているというのはそれだけでも安心。
「何かあったら守ってあげるからね。ねっ」
そして軽巡洋艦の由良さん。D型の異端児であり、哨戒任務では常連とのこと。手慣れている人が一緒に来てくれるのは本当にありがたい。
軽巡洋艦も多種多様のようだが、木曾さんが重雷装巡洋艦という特殊な立ち位置であり、夕張さんが工廠からなかなか出てこないため、実質阿賀野さんと由良さんで回しているようなもの。レベルも高いらしい。
「で、駆逐は磯波と沖波ね。妥当っちゃ妥当かな?」
「安定していると思います。陽炎ちゃんの初陣にはちょうどいいかなと」
駆逐艦は毎回2人から3人は置くようにしているらしく、今日は私の他には磯波と沖波。夕立が駄々をこねたそうだが、今日は我慢してもらうことに。
「あらら、あたし以外全員異端児じゃん。まぁいっか」
「異端児だろうがそうじゃなかろうが、戦力に大した差は無いんだし、気にすることでもないでしょ」
「ちょっと疎外感。こりゃ酒飲まないとやってらんないねぇ」
言われてみれば、隼鷹さん以外は全員異端児である。だが衣笠さんの言う通り、異端児だからといって何か変わるわけでもない。むしろこの中では隼鷹さんが一番強いまであるとか。
何かにつけてお酒に走ろうとするのはこの人の癖。ただの呑兵衛ということは聞いているため、はいはいと誰もが相手にしない。そうなることがわかっているため、隼鷹さんもすぐに気を取り直す。
「じゃあ、哨戒任務、行きましょっか」
「うーい。いつものコースでよかったかい」
「そうね。西に向かってからのグルッと一周ルートよ」
その距離がどれだけかはわからないが、午前中全てを使っての任務だそうなので、かなりの距離を駆け回ることになるのだと思う。艤装の推進力で進むのみではあるが、大分疲れそうな任務。
だが戦うよりは全然マシなのだろう。精神的な疲労がまるで違う。なら、あまり見たことのない風景を楽しみながらでもやっていきたい。
海に出ると、やはり今までとは違う感覚がした。
今までも訓練という形で海に出ていたわけだが、そこから見える風景は鎮守府が必ず視界に入るような位置である。だが今は違う。西に向かって海岸線を疾っているため、見たこともないような風景がずっと続き、私としてはとても新鮮で楽しい。
「こっちの方は初めてかい?」
「うん、小さい頃は海沿いに住んでたけど、ここまでは来たこと無かったよ」
隼鷹さんに聞かれ、素直に答える。私が元々住んでいた街は、うちの鎮守府の領海とは別のところになるため、今どうなっているかを確認することは出来ない。そのため、今日の哨戒で見て回る海は全てが初めての場所だ。
今の海沿いに人の住んでいる形跡は無くなってしまっている。私の街の二の舞になってはいけないと、人間は全員、海から離れて生活するようになってしまった。
それでも、海に人がいないわけではない。陸路だけでは賄えない物資輸送や、どうしても海沿いで作業しなくてはいけない業種は、今でも人間の手で行なわれている。海沿いの工場などは、国が定めたルールで領海内に1つだけとされており、艦娘はその護衛をすることもあるそうだ。複数あったら手が足りない。
「今日はこの景色を覚えとくんだよ。何度も何度も、それこそ飽きるほど見ることになるからね」
「敵が出なければ飽きるかもだけど」
「あっはは、違いない。ただただのんびり見回りしてりゃいつか飽きるわな。でも、そんなことになんないのがこのご時世なんだよねぇ」
隼鷹さんが手持ちの巻物を広げると同時にそこを紙が滑走したかと思うと、それが艦載機へと変化して飛び立っていく。天城さんの旗竿からの発艦も驚いたものだが、こちらも負けず劣らず不思議だ。
隼鷹さんの制服は何処か
「お、今日はおっちゃんがいる日か。ちょっと寄ってくかい?」
「ああ、稼働日だっけ。なら挨拶していきましょ。陽炎の紹介しておきたいしね」
艦載機からの定期報告で何かを見つけた隼鷹さん。敵がいたならすぐに警戒態勢に入るが、何でも顔見知りの姿を見つけたようだ。
哨戒コースとして、海沿いで作業している工場の近くを通るらしい。本来なら用が無い限り立ち寄ることはないのだが、今回は私がいるということで、軽く立ち寄って話をすることにした。
しばらく進むと、海沿いに大きな建物が見える。海洋資源を採掘したりで、鎮守府を助けてくれている工場である。そのため、鎮守府との付き合いも長い。
先程隼鷹さんが言っていたおっちゃんというのは、ここの工場長のこと。私達が工場付近を通りかかろうとする時、外に出てきてくれていた。
「おーう、精が出るねぇ」
「そりゃあ毎日やんないとおっちゃん達の命がいくつあっても足んないだろう?」
「がはは、違ぇねぇ」
隼鷹さんと顔を合わせるや否や、豪快に笑いながら出迎えてくれた工場長。少し足を悪くしているようで杖をついているが、そんなこと気にならないくらいに元気なおじさんである。
「お、知らないお嬢ちゃんがいるじゃねぇか。衣ちゃん、その子は新人かい?」
「ええ、今日が初陣なんだ。これからはこの子も哨戒メンバーに入るから、顔を合わせてもらおうかなって」
由良さんに背中を押されて前に出る。値踏みされるように上から下まで見られるが、そこまで嫌な気持ちにはならなかった。工場長の人柄が見た目に出ているからか、嫌味がない。
「新人の陽炎。よろしくね」
「おう、よろしくな」
ガシッと手を取られて力強く握手。
「お前さんらのおかげで、オレ達は仕事してられるんだ。頼りにしてるぜ、艦娘」
「うん、私はまだまだひよっこだけど、ちゃんと海の平和を守るから」
「その意気だ。子供に頼らなくちゃいけねぇのは不甲斐ない限りだが、その分全力でサポートするからな」
出来ることなら自分の手で深海棲艦を撃退したいと工場長は語る。しかし、奴らは人間の手で撃退することがかなり難しく、艦娘のシステムがあるから均衡を保てているに過ぎない。
それを悔やむ人というのはやはりそれなりにいるらしい。工場長もその1人。故に、自分が出来ないことをやれる私達を強く支援することにしたそうだ。実際にここで発見された海洋資源は鎮守府で大いに役に立っている。
「ん? お前さんの艤装、もしかしてアレか、KGうんたらかんたらっていう」
「あ、うん、確か整備長がそんなこと言ってた」
「そりゃあここで拾った艤装だ。資源と一緒に海の底からサルベージしたんだ」
海洋資源は艤装そのものも含まれているらしい。それこそレアメタルとかそういうものの比ではないくらいにレアらしいが、前例が無いわけではないのだとか。今までにこの工場では3つの艤装が見つかっているのだとか。
その艤装は鎮守府で製造したわけではないのでD型艤装扱い。事実、D型の同期値があるものにしか使えなかったらしいし、それも当然のことか。
「へぇ、いい具合に磨いてやがる。完璧な整備じゃねぇか」
「そうなんだ。私が見たときは最初からこれくらい綺麗だったから」
「アイツだろ、整備長って言われてるオヤジ。オレのツレでな」
なるほど、そういうところでも繋がりが。空城司令と整備長が友人のような関係だったが、ここにもそういう関係の者がいるから鎮守府はより良く成り立っているわけだ。
「あんまり引き留めてちゃいけねぇな。哨戒任務なんだろ」
「また今度一杯やろうよ。おっちゃんと呑む酒は美味いからさぁ」
「んなこと言ってこっちに奢らせるんじゃねぇよ高給取りがよぉ」
ゲラゲラ笑う隼鷹さんと工場長。鎮守府と工場がとてもいい仲であることが窺える。
「由良達はこういう人達を護るために艦娘をやってるの。陽炎ちゃん、しっかり覚えておいてね」
「うん、すごく励みになるね」
人間と艦娘の仲がいいのはそれだけでも戦いやすいことだ。護るべきものの姿をこうやって目に焼き付けておけば、艦娘の心得を忘れることも無いだろう。
私は破壊者ではなく守護者。この工場長みたいな人間を護るべく、海を駆けるのだ。艦娘という仕事に俄然やる気が出るというものである。
哨戒任務は始まったばかりだが、幸先のいいスタートを切れた。こういう付き合いは私も大事にしたい。
鎮守府メンバー最後の2人、空母の隼鷹と軽巡の由良。隼鷹はクセが強いですが、その分扱いやすいっていう。
あと、隼鷹の進水日が作者の誕生日と同じというのもあって、少し思い入れが。