異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
鎮守府に安置された『黄昏』の抜け殻を狙って、2つの勢力が深夜に侵入してきた。
1つは深海棲艦の潜水艦。ほぼ確実に太陽の姫の手の物。失われた巫女の抜け殻を奪取し、本拠地に持ち帰って改めて分霊するのが目的だろう。そうなることは想像は出来た。
そしてもう1つは、明らかに艦娘だった。本来の潜水艦とは若干装備が違う、深夜に忍び込むためのスタイルで入り込んでいた。
あちらは艤装を装備しているが、こちらは真夜中に装備しているわけがない。医務室から持ち出す者達の猛攻に成す術が無く、医務室からの逃走を許してしまった。私、陽炎と夕立はその時に吹っ飛ばされて壁に叩きつけられたことで少し怪我を負ってしまったが、逃走経路となるであろう工廠へと急いで向かう。
「お疲れ様でした。2人とも、こちらで確保させていただきました」
すると、そこには颯元帥の鎮守府所属の大和さんが、逃走しようとしていた2人、艦娘の潜水艦と深海棲艦の潜水艦をしっかりと捕まえており、私達と一緒に行動して先に追ってもらった沖波と村雨が、手放された『黄昏』の抜け殻を大事に抱えていた。
「や、大和さん!?」
「はい、大和です。夜分遅くごめんなさいね」
捕まえつつもしっかりと絞めあげ、気を失った2人を工廠に放り投げた。どちらも完全にダウンしており、床に放られても目を覚ますことは無い。だが、死んでもいないようなので、ある程度の手加減はされていた。
艦娘の方はさておき、深海棲艦の方まで締め上げて気絶させるとか、大和さんも大概である。しかも、深海棲艦を生け捕りにするという快挙を成し遂げてしまった。
「事前に空城司令と打ち合わせ済みということを聞いていたんですが、もしかして皆さんには話が行き届いていなかったんですか?」
「そんなの初耳なんだけど!?」
「そうですか……深夜のうちに全て終わらせるつもりだったので、あえて何も言わなかったんですかね」
ふぅ、と一息吐いて、何者かに電話をかけていた。おそらく颯元帥。
「終わりました。はい、予想通り、侵入者は伊58です。ご丁寧に夜に紛れるような水着艤装まで用意されています。あと、ですね。何故か深海棲艦まで現れてしまって」
この潜水艦の艦娘は伊58というらしい。変わった名前だが、ネーミングとしてはヒトミやイヨと同じか。やはり本来の艤装ではなく、深夜に忍び込むために作られたもののようである。
ということは、この潜水艦はそういうことを専門にやっているのだろうか。他人の鎮守府に忍び込んで情報を手に入れるスパイ的な。
「はい、流れで生け捕りに……どうしましょう。海に帰すわけにもいきませんし。……はぁ、ひとまずは捕虜ですか」
この深海棲艦の潜水艦は確実にイロハ級。人語を介することは出来ないだろう。捕虜としても何の情報も引き出すことは出来ないが、そのまま帰すことは論外とはいえ、この場で殺すのも若干戸惑われた。
なので、ひとまずは拘束して逃げ出さないように捕らえておくとのこと。最終的な判断は颯元帥がしてくれるそうだ。
「申し訳ないんですが、空城司令を呼んできてもらえますか。こんな時間でも起きているはずなので……」
「ああ、大丈夫だ。アタシもしーも起きてるよ」
「私もいまーす」
話している内に空城司令としーちゃんも工廠に現れた。その後ろには夕張さんの姿も。段取りとして、大和さんが生け捕りにした敵艦娘を捕虜とし、夕張さんがそこから艤装を剥がす。潜水艦ではない可能性も考えたら、誰か1人整備班は必要だったのだろう。
私達が起きてしまったことは想定外だったようだが、段取りに支障が無かったのは良し。出しゃばったせいで私と夕立は身体を傷めることになってしまったが。
「夕張、すぐに段取り通り頼む。まだ夜も深いからね」
「了解しました。大和さんも一晩休むんですよね。艤装を下ろしますよ」
「あ、ではお願いします。このまま放置されるのかなって、少しヒヤヒヤしてました」
その前に、伊58と深海棲艦の潜水艦を工廠の奥に引きずっていった。どうやら、深海棲艦からも艤装は剥がしてしまうようである。潜水艦は水着が艤装なわけで、伊58は全裸にひん剥かれることになる。
あとは残された『黄昏』の抜け殻だが、前と同じように医務室に安置されるとのこと。運び出されたので少し汚れてしまったため、出来る限り綺麗にしてから同じように運ばれるとのこと。
「アンタ達は寝ておきな。朝に全部話す」
「うん、そうさせてもらう。身体が痛いよ」
「ぽい……早く寝よ寝よ。終わったから眠くなってきたっぽい」
この晩はこれでおしまい。ただただ巻き込まれただけだが、真相は明日、しっかり聴かせてもらおう。
そして翌朝。食堂に大和さんがいることにみんなが驚いていた。みんなが寝静まった夜のうちに到着しているのだから、私達以外は誰も知らない。
そこから、朝食の場を借りて昨晩のことが説明された。『黄昏』の抜け殻のことを大本営に報告したことで、まず確実にそれを狙って何者かが鎮守府に忍び込んでくるだろうと、空城司令も颯元帥も考えていたようだ。そのため、最初からそうなるように仕向けて、深夜にその侵入者を捕らえるつもりで動いていたとのこと。
「その結果が、本当に予想通り侵入者が現れたわけだ。今はふん縛って執務室に置いてある。食事くらいは提供するが、アイツは盗人だからね。それ相応の罰を受けてもらわなくちゃあいけない」
当然、そうなってもらわなければ困る。同じ人間同士で何をしてくれているんだという話だし。
あの伊58を送り込んできたのは、おそらく深夜に電話をかけてきた輩だろう。最初は私を引き渡せなんて言ってきたが、今度は抜け殻。
戦いを早く終わらせたいという正義感か、得体の知れないものを知りたいという探究心かはわからないが、少なくともこちらのやり方を考えずに自分の意見だけを押し通そうとしてくる辺り、信用は出来ない。
「まぁ、今が罰を受けているようなものではあるがね」
「え、まさか……」
「捕虜にしている深海棲艦の潜水艦……ありゃ潜水ソ級だったかな。奴と同じ場所に置いているからね。ストレスは半端じゃあ無いだろうさね」
非武装にしているとはいえ、深海棲艦と同じ部屋に入れられるというのは怖いものだろう。
深海棲艦も艤装を奪えば人間と同じかと言われれば何とも言えない。ソ級というのも今は伊58と同様に素っ裸にされているらしいが、その状態でも人間とは比べ物にならない力を発揮する可能性がある。
そのため、拘束は艤装のパワーアシストがあっても千切れないような鎖によって行なわれている。流石に砲撃をまともに受けたら木っ端微塵になるだろうが、そういう武装がない事は確認済み。
「そのうち颯元帥がここに到着する。そうしたら尋問だ。だが、深海棲艦の方はどうしたもんか。生け捕りに出来ちまったが、だからといって大本営に送るのはね」
敵の捕虜だからといって、好き勝手していいかと言われればそうではない。勿論、戦いに優位になれるように敵を解析するというのは重要な仕事だとは思うが、生きているそれに対して拷問をかけたり解剖したりするのは倫理的によろしくないと思う。
ならどうするか、と考えたら、結構簡単に結論が出た。『黄昏』にはやってきたのだから、そのソ級にも私が分霊を施して成仏させるべきなのでは。
「司令、私が分霊する。深海棲艦の魂は、中和したらそのまま消滅……成仏することは実証済みだから」
「それが妥当かね。なら、元帥が来たらやってもらえるかい。わざわざ
とはいえ、『黄昏』のような抜け殻がまた出来ないとも限らない。やらないよりはマシだが。
「陽炎、すまないが午前中はこちらの作業を手伝っておくれ。他は予定通りだ。よろしく頼むよ」
ソ級が捕獲出来たのは完全に想定外ではあるのだが、概ね元帥と司令の作戦通りと行ったようである。なら、この後も予定通りに進めていくだけだ。
そこから少しして颯元帥が到着。大本営からあまり動かないという元帥閣下が、この短期間に2回も鎮守府来訪という事実に戦々恐々としているが、今回は事が事である。大本営も納得して元帥を送り出したとのこと。
何せ、たまたまではあるが手に入ってしまった深海棲艦の抜け殻を、抜け駆けして自分のものにしようとした者が現れてしまったのだから。私達が太陽の姫の弱点を調査するために沈没船について調べていたのとは訳が違う。
「策が上手く行って何よりだ。だが、想定外のものも釣れたようだが」
「ああ、『黄昏』の抜け殻は、太陽の姫としても手放したくないもののようだね」
執務室に現れた颯元帥は、以前に見た時よりも顔色がいいように見えた。それに、ガチガチな無表情だったのも少しだけ柔らかくなっているようにも。
抱え込んでいたことをこの鎮守府で話したことで、ここにいる者達は心許せるものとして認識してもらえているのかもしれない。
「伊58。
颯元帥から詰め寄られた伊58は、無言で目を逸らす。こんな状況にあっても、上に対する忠誠心というか自分の在り方を変えないようだ。いい事ではあるのだが、こちらとしては厄介。
「『黄昏』の抜け殻を狙ったのは、深海棲艦の力を分析して自らのモノにすることで、さらなる力を得ることが目的だろう。陽炎を欲しがったのも、その力を自分の手に置くことで、艦娘の増産と部隊の強化をすることが目的だろうな」
その小坂という司令はとんでもない野心家だったようである。どの鎮守府よりも、それこそ颯元帥よりも強い力を手に入れ、この世界のトップに立とうとしていた。戦いの最中にある今の世界では、強い力で深海棲艦を殲滅出来るものが上に立てる条件と考えるのも無理はない。
だが、その人は1つ大事なことを忘れている。艦娘は破壊者ではなく守護者。ただ強くなるだけではダメだ。他者を守るために力を使うのが私達の役目であり、それを統括するのが鎮守府の在り方だろう。それを蔑ろにし、ただただ野心のために力を得ようとするのは違う。
「貴様の鎮守府には後日罰則を通達する。話は後から嫌というほどさせてもらうから、覚悟しておくように」
絶望的な顔をしたようだが、少し放置。今はそちらよりも重要なことを先にしておかなくてはいけない。
「先にこちらをどうにかしようか。生け捕りというのは流石に初めてだ」
ソ級の方に目を向ける。今は何も起きないように大和さんが側で監視しているが、艤装も身包みも剥がされたことで、完全に無力化されてこちらの行動にも無反応。イロハ級というのもあるかもしれないが、本能的に敗北を悟って何もしてこない。
「こちらの言葉が理解出来ているのかもわからない。で、陽炎が分霊を施して魂を中和させるという案が出ている。深海棲艦の魂に干渉した場合、それは成仏という形で消滅するそうだよ」
「成仏、か。ならば、それで頼めるだろうか。怨念というのなら、最期は浮かばれてもらいたい」
少し悲しそうな目をした。これを生み出したきっかけを作っている颯元帥だから、そういう形ででも救われるのなら救われてほしいと感じるのも無理はない。
しかし、伊58が同じ部屋にいる以上、真相の部分は表に出さないようにしている。ほんの少し変化したものの、すぐにいつもの無表情。
「陽炎、いいかい」
「オッケー。じゃあ、やらせてもらうよ」
項垂れているソ級に近付き、その胸元に指を突き入れる。『黄昏』の魂を見た時のように、その魂は真っ黒かつ穢れに塗れていた。しかし、『黄昏』と違って魂がいくつもあるなんてことはなく、1つだけ。これが普通。『黄昏』がおかしかっただけ。
私のその施術を目の当たりにして、無言を貫いていた伊58が目を見開いて驚いていた。初めて見る者は大概こういう反応をする。
「……村雨や『黄昏』を中和するよりはまだ簡単かも。回数こなしたってのもあるけど、手早く終われそうだよ」
魂に分霊を注ぎ込んでも、ソ級は殆ど反応が無い。知性が無いというのもその理由かもしれない。人語も介さず、本能のみで生きている怨念の塊だというのなら、分霊で感じるものも感じないか。
そして、そのまま施術を続け、魂を中和しきった。瞬間、指先に触れていた魂の感覚がなくなり、ソ級の中から消滅。怨念は見事に成仏した。
「終わりだけど……あ」
同時に、ソ級の身体が塵になって消えていく。何処か安らかな表情で、私に礼を言うかのように、最期は少し嬉しそうな表情で消滅。その塵も小さく舞い上がったと思ったらこの世から全てが消え去った。
これにより、生け捕りにした深海棲艦は無限湧きの輪廻からも解き放たれたわけだ。深海棲艦を倒す最も効果的な方法が、この分霊であることはある意味実証された。
最期の安らかな笑みは、多分忘れられない。深海棲艦もあんな顔をするのだと、少し驚いてしまう程だった。
無限湧きを回避する方法は、分霊による成仏。でもあの量を分霊するとか、陽炎の身体が保たない。