異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
深夜に鎮守府に忍び込み、『黄昏』の抜け殻を盗み出そうとした深海棲艦の潜水ソ級は、私、陽炎の分霊により無事成仏。この世から消滅した。その時の表情は、少し嬉しそうな、穏やかな表情だった。
深海棲艦を討ち倒す方法として、これが最も効果的であることが理解できた。これならば、無限湧きも回避出来るだろうし、何より後腐れが無い。しがらみを失わせる行為に他ならないのだから、こんなやり方ならいくらでもやろう。体力が続くなら。
「……なるほど、分霊は魂の解放となるのか。『黄昏』は特殊ということだな」
「うん。そもそも魂が幾つもあったし、全部成仏させても身体は残ったままだし」
「確かにそれは扱いに困る」
一部始終を見ていた颯元帥も、これで『黄昏』の特異性が正確に理解出来たようである。身体が消えないというのはそれだけおかしなこと。
「分霊により敵を倒せば、
「予想ではそうだろうね。だが、分霊が出来るのは陽炎だけなんだ。1人であの量は流石に不可能だよ」
怨念に蝕まれた魂を成仏させれば、深海棲艦の無限湧きは解消出来るだろう。注ぐだけ注いでも巫女になることなく消滅してくれるのなら万々歳だ。余計な面倒事は増えないし、さらには敵が確実に減るというのは今後の戦いにもありがたいこと。
しかし、そもそもの量がとんでもない。一斉射とネルソンタッチで蹴散らし、さらには他にも全身全霊で仲間達が処理してようやく一息吐けるというレベル。24個の魂を成仏させただけで倒れた私に、文字通り桁違いの量をどうにかするのは不可能である。
「時間をかけるわけにもいかないからな。他にも同じように分霊が出来るものがいればいいのだが……」
「それは
「よろしくないな。人としての性質を無視することに他ならない」
颯元帥もよくわかってくれる。人間を巫女に変えるというのは、その者の全てを破壊することだ。元に戻す手段も無いのだから、絶対に選択してはいけない。
とはいえ、手が足りないのは確かなのだ。太陽の姫を倒せば、あの無限湧きが無くなるというのならいいのだが。
以前の颯元帥なら、躊躇なくやれと言いそうではある。正義のためなら巫女となって人格を破壊されるようなことも必要悪と考えそう。しかし、今は違う。それは良くないことであると理解してくれている。
「そこはまた後から考えればいい。次の問題は」
みんなが一斉に伊58の方を向く。私が指先1つで深海棲艦を消滅させたことを目の当たりにしたことで、酷く怯えていた。私がどういうことが出来るかくらいは頭に入っているとは思うが、分霊により深海棲艦が消滅するなんて誰も知らないだろう。何せ、私だって初めてなのだから。
故に、自分もこうされてしまうという錯覚をしてしまったようだ。私が胸元に指先を突き刺した時点で死が確定するみたいな。何処の漫画だ。
「洗いざらい話してもらおうか、伊58」
「は、はいっ! 全部話すでち!」
明らかに私を見る目が変わっている。さっきは気丈にも何も話さないという意思があったが、今はもうそんなこともない。見た目通りの普通の艦娘である。
怖がられるというのは予想外。まぁ今までにないことが目の前で起きてしまったのだから、こうなってしまっても仕方ないことなのかもしれない。私としては少し落ち込みそうだが。
恐怖心からの尋問になってしまったが、ひとまずはこの伊58の鎮守府についてはしっかり話してもらおう。人様の鎮守府に盗みに入る程なのだ。余程酷い鎮守府なのだろう。
結局、伊58から聞き出せたのは、颯元帥が考えていた通りのことだった。『黄昏』の抜け殻を研究し、深海棲艦の力を艦娘に与えることが出来れば、この戦いは確実に勝利の方向へ持っていけると考えての行動だそうだ。それによって艦娘がどうにかなってしまう可能性は完全に度外視である。
小坂大将の鎮守府は、いわゆる実力至上主義であるらしく、力を持つものが正義であり、使えないものは切り捨てられるという極端な環境なのだそうだ。そのせいで普段からとてもギスギスしているらしい。
その中でも伊58は、ここ最近あまり良い成績が残せていないらしく、今回のこの任務が最後のチャンスみたいなもの。切り捨てられる寸前の位置に立っていた。
「これに失敗したら、ゴーヤは酷い目に遭わされるでち……。だから、だからあの深海棲艦の身体を引き渡してほしいんでち!」
必死な懇願である。『黄昏』の抜け殻を奪うことが最優先事項であり、それにより鎮守府に貢献しなくては、伊58が切り捨てられるということだ。同情を誘おうという魂胆にも見えてしまうが。
とはいえ、そんな酷い鎮守府があるなんて知らなかった。そちらの司令官に言わせてみれば、私達の鎮守府のやり方はヌルイとか言いそうであるが、こちらから言わせてもらえば、艦娘のことを人間ではなく道具と思っていそうな司令官なんてこちらから願い下げである。
「渡せるわけが無いだろう。研究をさせたら、今度は他の艦娘まで被害を被る可能性があるんだ。勿論アンタだってタダじゃ済まない可能性がある」
「それでもっ……それでも、提督の言うことは絶対でち……」
「そんなもん、提督でも何でもない、ただのゲス野郎だ。目を覚ましな伊58」
空城司令の訴えにも殆ど聞く耳持たず。『黄昏』の抜け殻の奪取は、絶対に果たさなくてはいけない使命という認識を覆さない。鎮守府の内情は全て説明するものの、それが間違ったものという認識が出来ていない。思考が凝り固まってしまっている。
そんな環境で戦い続けているせいか、伊58は心を大分擦り減らしているようで、取り返しがつかないようなことでも使命と認識してしまっている。こんなもの、艦娘の正義感を盾にした洗脳教育みたいなものではないか。
「ふむ……そういうやり方をしている鎮守府があるとは聞いていたが、まさか大本営側にもいるとはな」
呆れたような声色で颯元帥が溜息を吐く。
「もっと早く知りたかったが、話すことも出来なかったのだろう。これは頃合だと思う。小坂大将にはそれ相応の罰を与えよう」
正義を重んずる颯元帥だからこそ、そういう輩がいるという事実を悔やんでいるようである。
また、そんな輩がいることに気付くことが出来なかった自分にも怒りが込み上げているようだ。沈没船の件を隠し続けるために人との付き合いを極力控えていたのが、完全に裏目に出ている実例である。
「大和、最悪の場合は
「了解です」
他の鎮守府のモノを奪おうとする輩だ。如何に組織のトップであろうとも、何かしらの事故に見せかけて殺害しようとする可能性だってある。ここまでの強硬手段に出てくるのだし、艦娘を切り捨てるということまでする司令官なのだから。
故に、抵抗した場合は征圧という形で鎮守府を差し押さえるとのこと。そうなった場合、そこに属していた艦娘達は、メンタルケアの後に退役か別の鎮守府に移籍するかのどちらかになるとのこと。
それに対して伊58はというと、自分がやったことに対する罪悪感に押し潰されかけていた。命欲しさに鎮守府の内情を全てペラペラと話し、鎮守府が征圧されるかもしれないことを悔やんでいる。やはりこれは洗脳教育の賜物なのでは。
私にはそういうブラックなやり方がよくわからないが、戦時下だからといってもこれは流石にやりすぎだろう。味方の妨害や盗みはどんな状況にあってもやってはいけないこと。環境がそれを強要したと言われても納得は出来ない。
「……教団の関係者の可能性も無いとは言えない」
ボソリと呟く。沈没船絡みの者は大本営に所属させていないと颯元帥は言っていたが、その捜査網を掻い潜って教団の生き残りが大本営に所属していても、何の疑問も浮かばなかった。
そうなってしまうと、また颯元帥の落ち度となってしまいそうで少し可哀想なのだが。
「伊58、君には感謝している。大本営にそのような者がいることに気付かなかったのは、完全に私の落ち度だ」
「う……」
「私から謝罪させてほしい。そんな鎮守府に配属され、身を粉にして働いているのに報われない環境を作ってしまい、本当に申し訳ない」
「そ、そんな、元帥が頭を下げなくても……」
元帥閣下に頭を下げられ、伊58もあたふたし始めてしまった。これでようやく、小坂大将に対しての考えが変わったようだった。
今までやってきたことは、世間的にも良くないことであることはわかっていたのだろう。だが、それが世界平和のためになるとか戦いを終わらせるために必要とか言われていたであろうことと、今までの張り詰めた鎮守府での生活で擦り切れた心では、その善悪の感情も壊れてしまっていたのかもしれない。
「伊58、君達の環境を必ず良い方向に持っていくことを誓う。小坂大将には私が問い詰めるから何も心配しなくてもいい。気に病む必要もない」
小さく、本当に小さくだが、颯元帥が笑みを浮かべた。無表情を貫いているような人の表情変化はそれだけ小さくてもかなりわかりやすい。
それを見て伊58は壊れた心が少しでも癒されたのか、ワンワン泣き出してしまった。自分が間違っていたことにようやく気付くことが出来たのだ。
伊58は泣き疲れて眠ってしまった。今まで酷使され続けていて疲労もそこまで取れていなかったところに捕縛され、さらには深海棲艦と一緒の部屋にぶち込まれたことで精神的な疲労もピークに達していたようだ。緊張の糸が切れた瞬間にそのまま落ちた。
「伊58には先んじて移籍してもらおう。他の者も順次移籍させるが、伊58が先駆者となっていいだろう」
鎮守府の移籍には、当該艦娘、移籍元鎮守府、移籍先鎮守府全ての同意の下に執り行われる。私の時は半強制的に移籍させようとしていたようだが、そのうちの2つが拒否していたのだから不可能だった。
しかし今回は、移籍元鎮守府は颯元帥の力で処罰を受けるため同意したも同然という形に置き換えられる。そうなると、伊58の意思と、移籍先さえ探すことが出来れば、すぐにでも移籍が可能となるだろう。
「なら、ちょうどいい鎮守府があるよ。うちでもいいが、ここだと罪悪感が増すだろうからね」
「ふむ、そこは?」
「影野のところの鎮守府がいいと思うんだがね。あの子は想像するまでもなく伊58のことも同情して引き取ろうとするだろうよ」
確かに、影野司令ならいろいろと安心出来る。私達の境遇を聞いて号泣しながら協力を約束してくれたくらいだし、この伊58に対しても同じようなことをするだろう。
強力な対潜部隊を有している影野鎮守府に潜水艦が所属するというのも、実は相性が良かったりしそうだ。海中の目として活躍出来れば、対潜攻撃はさらに強化されると思うし。
で、早速こちらから影野司令に連絡を取ってみる。最初はこちらで活動している五十鈴さんと龍田さんの近況について説明していたが、途中から伊58の話題に変わった瞬間、電話の受話器越しでも声が聞こえる程の号泣。あまりに酷くて空城司令が耳を離したのは言うまでもない。
『是非とも! 是非とも私に引き取らせてください!』
最後は完全に私達にも声が聞こえた。あれは受話器から耳を離すレベル。そしてすぐに後ろで香取さんに引っ叩かれたのも、姿が見えなくてもわかってしまった。
「知り合っておいてよかった。あの子ならきっといいように使ってくれる」
「小坂大将のやり方に加担したという罪状は嫌でもついて回るだろうが、その辺りは私がどうにかしておく。これはどう考えても鎮守府の方針の問題だ。悪いようにはしない」
組織のトップがこう言ってくれているのだから安心だ。それに、『黄昏』の抜け殻の奪取は未遂に終わっているのだから、伊58の罪状はそこまで重くしないと保証してくれた。
「一旦寝かしておく。空城大将、私にも『黄昏』の抜け殻を見せてもらえるか」
「ああ、そうだね。帰投で一緒に運んでもらいたい。やはりアタシらの意思は、後腐れなく弔う方向で一致したんでね」
意思を持たずとも生きている『黄昏』の身体だが、今こうやって別の戦いの火種になってしまっているのなら、やはり弔うのが一番いいことだろう。それを聞いて颯元帥も一言そうかと呟いただけだった。
しかし、事態はそう簡単には行かなかった。
安置されている『黄昏』の抜け殻を確認するために医務室に来たところ、その異変に気付いた。
その抜け殻が、
ブラック鎮守府所属の伊58は、影野司令の鎮守府で幸せを掴むことが出来るでしょうか。あの提督だし、罪悪感が払拭出来れば、面白おかしく生きていくことも出来そう。