異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
激戦の末に撃破した『黄昏』は、全ての怨念を成仏させた後に新たな魂が生まれてしまった。そのため私、陽炎が分霊を実施し、最初で最後の陽炎の巫女、ミコトとして生まれ変わらせた。もうこの戦艦レ級は私達の仲間であり、深海棲艦ではない。
「ミコト、その艤装はどうにか出来る?」
「艤装……尻尾のことかな。これはね、ん、んんっ」
少し身震いすると、ガチャンガチャンと音を立てながら折り畳まれ、尻の奥の方へと消えていった。生えたのだから、仕舞うことも出来るようだ。深海棲艦というのは艤装を仕舞う必要が無いのでそんなシステムは不要だったとは思うが、ミコトの場合は普段の生活まで考慮された仕様。
仕舞い込むともう一度身体を震わせて、小さく息を吐く。仕舞うのに多少は時間がかかるものの、私達のようにわざわざ工廠に置いておく必要が無いのは違う意味で優秀。とはいえ、定期的にメンテナンスをする必要はあると思うので、その構造は整備班の人達に周知してもらわなくてはいけないが。
「1から10まで特殊なのはよくわかった。艦娘寄りなのかもしれないが、基本的には深海棲艦と考えればいいんだろうね」
今の光景を見て、空城司令が感嘆の声を上げる。しーちゃんも無言ながら驚きを隠せていない。
ミコトがどういう存在かというのは、そう簡単には解明出来ないだろう。見た目は人間かもしれないが、やれることは深海棲艦に近い。むしろ深海棲艦でも出来るかわからないことをやってのけている。
「この処置を人間でやっていたら……皆こうなっていたのか」
颯元帥も、そこについては思うところがあるようだ。艤装の出し入れが出来るとか、私達ではあり得ないこと。そもそも深海棲艦化した時に装甲やら艤装やらが何も無いところから生えてくるのだから、それこそオカルトに近いもの。
陽炎の巫女というのは、やはり人間とは違う生物に変化してしまうと考えていいだろう。D型でいう深海棲艦であり、M型ならば何と言えばいいのだろうか。明確な名称は何とも言えない。ほとんど人間なのだから、人間でいいのだ。
「僕はどうすればいいの?」
艤装を仕舞ったミコトは、次にやることを私に聞いてくる。自分の意思が無いとか私の命令を待っているとかそういうのではなく、ただ単に何も知らないのだから無邪気に聞いてきているだけ。
見た目は私と同い年くらいなのだが、精神的には少し幼いように思えた。生まれ変わったばかりなのだから、年齢としては0歳。『黄昏』であったときのことは何も覚えておらず、陽炎の巫女となったことでそれを思い出すことも無い、真っ白な存在だ。
「まずは身体のチェックだね。生まれたばかりだもの」
「うん、わかった。
思い切り吹き出してしまった。言うに事欠いてご主人様はまずい。確かに私が生み出してしまった存在ではあるが、主従関係を持とうだなんてカケラも思っていなかった。
ミコトには自由に生きてもらいたい。束縛ではなく、解放するために巫女へと変えたのだ。せめて友達……いや、ギリギリ姉妹くらいの感覚であってほしい。萩風や秋雲くらいの。
「ミコト、ご主人様はやめて。私はミコトの主人なんて思ってない。対等だよ」
「でも、ご主人様が僕を僕にしてくれたんだよね。陽炎の巫女だもん。だったら、ご主人様はご主人様だよ」
「私がそういうのを嫌ってるの。だから、それはやめて」
少し真剣に言い聞かせると、少し残念そうに渋々受け入れた。私が嫌がっていることはしないようにしてくれるという時点で、若干の主従関係が出来てしまっているようなものではあるのだが、それは友人関係でもあることだし、まだ大丈夫。大丈夫なはず。
「じゃあ、
また吹き出しそうになった。主従関係が無くなったように見えて、まだ残っている。言葉が柔らかくなっただけ。
ミコトにとっては、私という存在はそれだけ重たいモノになってしまっているのだろう。自分を生み出してくれた神とも言える存在。だから最初はご主人様。それを否定されたから今度は母。
「ご主人様よりマシかもしれないけど、まだ私そんな歳じゃないからね?」
「これもダメなの? お母さん文句ばっかり。決めた、僕はお母さんのことお母さんって呼ぶから。もう変えないから」
ここに来てちょっとワガママな感じを出してきた。そういうところは確かに子供。だが、そう言いながらも別に私を困らせようとかではなく、自分の望みを表に出しているに過ぎない。だから、こう話しながらもニコニコしている。
一度は否定したことなのだから、次も否定するのはあまり良くないかもしれない。
それに、私はこんなこと言いながらも、ここまで人間らしい感情を持ってくれたことに少し喜んでいる。呼び方はもう諦めてもいいかもしれない。夕立や磯波からの様付けもなんだかんだで慣れてしまっているし。
「……はぁ、わかったよ。それでいい」
「わぁい。ありがとうお母さん」
私の腕に抱きついてくる。やたらと甘えん坊な感じになっているので、あの『黄昏』とはまるで違うとすぐにわかった。少しはあの時の名残はあるものの、ミコトはミコト。そういう存在。
「じゃあ、検査でいいかい」
「うん、私がついてあげていた方がいいと思うから、このままでいいかな」
「ああ、それでいい。速吸を呼んでこよう」
ひとまず、陽炎の巫女がどういう存在なのかを検査することを優先しよう。人間関係は後からでも築くことが出来る。もうタイムリミットまで僅かだが、こういうところにも後腐れが無いように。
医務室に呼び出された速吸さんは、まずひとしきり驚いた後、息を整えてからミコトの検査に乗り出してくれた。私が側にいれば安心だし、私が見ているからととても聞き分けよく検査を受けてくれている。
逆に、私が見ていないところでは何をするかわからないのが不安ではあるが、きっといい子にしてくれると思う。
「M型の同期値が計測出来ません。陽炎ちゃんと同じですね」
「巫女は異常値になるのは変わらないってこったね」
その辺りはやはり陽炎の巫女。私と同じ状態になっているとのこと。
私も太陽の姫の巫女を経験した時は、D型の同期値が計測不能になっていた。それに関しては、穢れだったり魂の黒ずみだったりがそこに影響を与えていたのだが、ミコトの場合はまた違った要因だろう。黒ずみが無いことは確認済み。ならば、
「身体の成分が、より人間に近くなっていました。でも、人間とは少しズレている……という感じですね」
「そうかい。分霊を受けたからと言っても、元が人間じゃ無ければ、どれだけやっても人間にはなれないってことか」
「そうですね。人間というよりは、
言葉はどうであれ、ミコトは生まれが生まれなので人間では無いということは確定。これはもう仕方ないことだ。分霊で人間になってしまったら、私の力は一体何なのだという話になる。
「僕、何かおかしなところあったの?」
「いいえ、言うほどおかしなところはありませんでした。安心して陽炎ちゃんの側にいてくださいね」
「はぁい。ありがとう速吸先生」
装置が外されると同時に、またもや私の腕に抱きついてきた。やはり甘えん坊。私のことを母と呼ぶだけあり、親子のように接してくる。周りに誰かが増えようが、そのスタンスは一切変えるつもりはないようだ。
とはいえ、ミコトの外見は私とそう大差が無い。姉妹と言えば通りそうかなという程度。やはり友人というのが一番しっくりくると思う。本人の心持ちがこれだから、もう尊重するしか無いのだが。
「正直、まだ驚きが終わらないな」
この一部始終を見ていた颯元帥が呟いた。検査という形で最も信頼出来る数値でその存在が表されてしまったのだから、それがどれだけオカルトであろうが認めざるを得ない。
「いの一番に大本営のトップに見てもらえたのは良かったよ。こんなもの、本人を見てもらわないと説明がつきやしない」
「ああ。現場を見ていなければ処分を下していただろう。沈めた深海棲艦が人間に戻ったところまでならまだ理解出来るが、これは流石に理解の範疇を超えている。全てを見届けたことでようやく納得が出来た」
確かにこれは説明がつかない。状況が状況だけに全員何も考えずに処置をはじめたが、青葉さんに録画してもらうことすらしていないのだ。大本営の者が既に現場にいるのだから報告も必要ないことかもしれないが、こんな荒唐無稽な話、映像があったところで信じてもらえるかわからない。
まぁ、既に鎮守府中に出回っている私の深海棲艦化の映像が信じてもらえたのなら、ミコトの存在もまだ理解してもらえるとは思う。かなりギリギリな気がするが。
「ミコトは空城鎮守府に配属されるという形で手続きを通しておく。それで構わないな?」
「ああ、よろしく頼むよ元帥閣下。というかなんだい、やけに話が早いじゃないか」
「……これも私の決断の結果だとするのなら、無下には出来ん」
あまり強く触れられないことなので、空城司令も追及をそこで止めた。とにかく、ミコトは鎮守府の一員として正式に登録されることになる。
「艦種はどうするかね。戦艦にしておくかい」
「それがいいだろう。レ級と同様なら、名目上では戦艦だ」
やれることが滅茶苦茶ではあるものの、戦艦は戦艦ということで、登録もそれに準拠させるということ。しかしながら、持てる兵装がえらいことになっているのは確かなので、『特殊戦艦』として登録されることになった。何事も例外はあったりするものである。
「正式に登録されるなら、みんなに紹介しないといけないね。ミコト、ここにはいっぱい仲間がいるけど、ちゃんと仲良く出来る?」
「勿論。僕はお母さんに迷惑かけないよ。お母さんが仲良くしろっていうなら、ちゃんと仲良くするよ」
ニコニコしながら返してくるが、ちょっと不安。ミコトからは仲良く出来るかもしれないが、『黄昏』に酷い目に遭わされたものは何人もいる。ミコトはそのことを覚えていないものの、その姿に怯えたり怒りを覚えたりする者がいてもおかしくない。
特に由良さんと松輪である。由良さんは『黄昏』に殺されかけているし、松輪はそれがきっかけで覚醒している。共にトラウマに近い感情を持っていても仕方ないだろう。
由良さんはあの戦場にもいたが、『黄昏』の抜け殻を運ぶ時にどんな顔をしていたのだろうか。分霊による疲労の蓄積のせいで意識を失っていた私には、その時の状況がわからない。
「事情は先に全員に伝えておく。その後に顔合わせをしようか。それでいいかい」
「うん、その方がいいと思う。何の説明もなくいきなりミコトの顔を見たら、さっきの速吸さんみたいになると思う」
「あれは驚きますよ……目が覚めないと思っていたものが起きて動いて話しているんですから。知らなかったら普通にホラーです」
機材を片付けながらも、速吸さんはさっきの動揺を恥ずかしがっていた。
「あと、ミコトちゃんはそのままで行くんですか? 最近は潜水艦の子が水着のまま行動しているのであまり違和感を覚えなくなってきてますけど」
確かに、今のミコトの姿はあまりよろしくない。露出度とかそういうのではなく、陽炎の巫女としての姿だ。今は検査のためにパーカーを脱いでいるため、身体に張り付いたレオタード姿である。
潜水艦は潜水艦であるという免罪符があるので仕方ないかで済むのだが、ミコトは海上艦なのだからもう少しまともな服装でもいいと思う。例えば、私達駆逐艦の制服とか。
「んー、僕はこのままがいい。お母さんがくれた服だし。あと、普通の服だと尻尾が出しにくくなると思うから」
「そういう理由があるなら仕方ないか。そのうち見慣れるだろうから、全裸で歩き回るようなことが無きゃ構わないよ」
「いくら僕でもそんなことしないよ!」
そういう羞恥心はちゃんとある様子で何より。見る人が見れば、この格好の方が煽情的に見える可能性はあるが。
「あの、1つ気になることがあるんですけど」
そして今度は大和さん。ミコトを見ながらほんのり頬を赤らめているのは触れないことにして、まだ何かあっただろうか。
「ミコトちゃんは、分霊って出来るんでしょうか。巫女、なんですよね」
「……確かに」
太陽の姫の巫女は、本人よりは劣化しているとはいえ分霊が出来ていた。私が太陽の姫と対をなす者なのだから、扱いとしては同じになる。ならば、ミコトにも分霊の能力があってもおかしくはない。
今ここでするわけにはいかないが、試してみなくてはいけないだろう。なら、身体を張るのは私の仕事。
「ミコト、分霊ってわかる?」
「お母さんにやってもらった、あの魂に触れるーってヤツ?」
「そう、ミコトもあれ、出来たりするかな」
「多分出来るよ。ほら」
不意打ち気味に私の胸に指を突き入れてきた。あまりの出来事に驚いたが、ミコトの指はしっかりと私の胸に入り込んでおり、分霊と同じように痛みはない。
おそらく分霊は出来ないと思う。言い方は悪いが、私は同種といえどもミコトの上位種であり、敵対種である太陽の姫からの分霊も受け付けなかったくらいだ。
しかし、私以外には普通に効いてしまう可能性が高い。太陽の姫の分霊がD型異端児に効きやすいのと同じで、M型異端児にはより効きやすい分霊になっているのでは。
「お母さんの魂、すっごく綺麗。宝石みたい」
「そ、そっか、ありがとう。これ、絶対に許可なくやっちゃダメだよ。やってくれって言ってくる子がいるかもしれないけど、絶対にダメだからね。私がいいって言った時だけだからね」
「はぁい。お母さんの言いつけは守るよ。僕は陽炎の巫女だもん」
指を引き抜かれる。気が気でなかった。
「だったら、ミコトちゃんの力を使えば、防衛線の深海棲艦達を成仏させることも出来るのでは?」
「ふむ、それは確かにそうだね」
そういう意味でも即戦力。命を持って数日しか経っていないのに、最終決戦のメンバーに名を連ねることになりそうだった。
ミコトはこのまま一員として受け入れられるか。この鎮守府の人達はみんな優しい。きっと受け入れてもらえる。不安はあるものの、暗い未来ではないはずだ。
明確に陽炎の娘となりました。ご主人様よりは多分マシな呼び方。