異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
物部司令の調査結果を聞き、太陽の姫が教団が崇拝していたという本当の邪神であることが判明した。人間は元より、艦娘や深海棲艦という括りからも逸脱してしまっている存在だ。あまりこういうことを考えたくないのだが、正直勝てるかもわからないような相手。
しかし、臆するわけにはいかない。この戦いで勝たなければ、世界はそのまま滅ぼされてしまうまである。奴がどんな存在であっても、明日の最終決戦で決着をつけなければならないのだ。
「そうやって聞くと、その依代の子は可哀想よね」
全ての話を聞いた後、陸奥さんがポツリと呟く。邪神が相手であるという今までに考えられないようなことが判明したことで静まり返っていた会議室だと、そんな呟きでも結構聞こえてしまう。
「病弱で世間もあまりわからない状態で、お父さんは教団の教祖やってて、初めて旅行に行くと思ったらミサで、挙句に船を沈められて……」
「邪神の依代にされて、沈没船の奥深くに幽閉だものね。今の話を聞いている限り、本人の意思があるかもわからないんだもの。確かに可哀想かも」
陸奥さんの言葉に霧島さんも同意を示した。
確かに、その依代の少女は、生まれて幸せだったことが無かったかもしれない。聞いている限り、孤独な人生を送ってきたかのように思える。孤児というわけでもなく、両親が奔走するが故に人の温もりをあまり知らず、学校も行ったり行かなかったりで友人も少なく……と考えている時点で、私、陽炎もその子がとても可哀想に思えてきた。
「救えるものなら救ってあげたいけどね。やり方がわからないけど」
「お母さんが分霊してあげるのじゃダメなの? 僕もお手伝いするよ?」
ミコトがなんで難しいのかわからないと言わんばかりに聞いてくる。残念ながら、分霊が出来れば苦労はしない。
「多分ね、太陽の姫には分霊は出来ないんだ。私が太陽の姫からの分霊が効かなかったから、逆も効かないんじゃないかな。やってみなきゃわからないけどさ」
そもそも、私が太陽の姫からの分霊を弾くことが出来たのだから、逆も然りなのでは無いだろうか。つまり、私は太陽の姫に分霊が出来ない。私が出来なければ、ミコトはもっと無理。指を突っ込むことくらいは出来るかも知れないが、施そうとした瞬間に吹っ飛ばされる。
そうなると、最も適した救いはそれこそ他の怨念と同様に成仏。そもそも依代が生きているか死んでいるかもわからないのだが、討ち倒すことによって何かしら変わるか。
「でもでも、すごく可哀想だよ。昨日みんなに聞いたけど、お母さんはみんな救ってきたんだよね。だったら、その太陽の姫も救ってあげたい」
「ミコトの気持ちはわかるよ。痛いほどわかる。だから、やれることは全部やるよ。その代わり、まず絶対に勝たなくちゃいけない」
全部やるためには、少なくともあの太陽の姫を相手に、確実に勝利を収める必要がある。負けているようでは、やれることは何も無い。分霊もそうだし、依代ごと破壊することなんて以ての外だ。
「だったら、僕いっぱい頑張る。絶対勝って、太陽の姫を救うよ」
「……そうだね。出来ることは全部やろう」
などとミコトに話を合わせているが、危惧することは沢山あった。上手く出来たとしても、それが通用するかは全くわからない。
そもそも依代の少女が生きていたとしても、邪神に呑み込まれ、依代となってしまう程の絶望を味わっているのだ。精神的にも壊れており、負の感情に支配され、もう人としての原型を留めていない可能性すらある。
そんな者を救う手段なんてあるのだろうか。全ての記憶を消し飛ばすくらいしか、私には思いつかない。そしてその手段は、陽炎の巫女にすることなのだが、おそらく分霊が効かないためにそれも不可能。
「まずは撃破出来なけりゃ話にならない。依代がいる限り、表に出てくるのは影だって話だったが、その影を圧倒するくらいでなけりゃね」
これで話は一旦終了。最後は前向きな言葉で締め括られたが、敵が神であるという常識的に考えられない最終決戦が待ち構えていることになり、緊張感は膨れ上がっていた。
最後の1日を有意義に過ごすため、各々が好きなように過ごすことになる。物部司令はまだ帰投はせず、最後の段取り合わせに付き合うとのこと。
ミコトのように最後まで鍛え上げたいという者は、空城司令に許可を貰って訓練を。ただし、明日に響くような訓練は差し控えるようにとなった。
今日に限っては哨戒任務も中止。ここまで来たらもう計算も狂わないと判断している。むしろ、哨戒部隊を襲うことで再び襲撃を受け、沈めることで瘴気を拡げるなんてことをされる方が厄介。
私は時間が許す限り、ミコトの訓練を遠目でもいいので見てあげることにしていた。ミコトからのお願いでもあるのだが、やはり陽炎の巫女という唯一の存在なのだから、気にかけておきたい。
そのミコトは今、あらゆる訓練を一通りやっていくことで、スペシャリストの技を盗むことに躍起だ。浅くてもいいので、全てを叩き込まれることで、その師となる者と仲良くなりつつ、力を底上げしていく。
そして真っ先に選ばれたのが、一番最初にその案を出していた長門さんを含めた戦艦隊一同と、イントレピッドさんを含めた空母隊一同。演習という形を取りつつも、自分達のノウハウを叩き込んでいた。
「勝手が違うだろうに、ミコトはホント呑み込みが早いなぁ」
その訓練を少し遠目に見守りながら、私は1人、物思いに耽ける。最初はミコトと一緒に訓練に参加してはどうかと誘われたのだが、少し考えたいことがあるからと参加まではしないでいた。
考え事なんてみんな察してくれているだろう。依代の少女のことだ。
ミコトはさっき簡単に言ってくれたが、もし分霊が出来たとしても、私は依代の少女を本当に救おうと思えるだろうか。私の心境としても、最後の相手は私にとっても因縁の相手。その不幸すぎる境遇から救ってあげたいとは当然思っているのだが、家族を奪われた恨みと憎しみも当然ながら同居している。
そこに少女の意思があるかどうかはわからない。降りてしまった邪神が主犯なのは理解している。少女自身に罪はない可能性だってある。だが、迷いがあるのは痛感していた。
「……はぁ」
考えれば考えるほど気が滅入るものである。この迷いはどう考えても私怨から来るもの。しかし、両親を殺した相手を許すことが出来るのか。答えは否だ。
艦娘としては救ってあげたい。そのための艦娘だし、今までそのために戦ってきたのだから。太陽の姫の境遇がわかってしまったからこそ、ここまで私を迷わせる。
「おうおうどうした陽炎。悩める仔羊ってかい?」
そこにやってきたのは隼鷹さん。ミコトの訓練の最中ではあるが、私が浮かない顔をしているので少し気になったとのこと。そんなに顔に出ていたかと驚いてしまった。それだけわかるなら、ミコトにも勘付かれていたかもしれない。
「……あの依代の子、私は救えるのかなって」
「あー、そりゃあ悩むな。うん、悩む悩む」
隼鷹さんの態度は軽い。いつものことだし、この緊張感の無さが戦場でも戦いやすくしてくれる。しかし、今の私の心境的には、この軽さは軽薄とも感じとれてしまう。
だが、それを感じ取ったかのように隼鷹さんは続けた。
「あたしの意見なんて役に立つかはわかんないけどさ、それ、
「それって……」
「不毛なら後回しにしちまえってことさ」
ケラケラ笑いながら、酔っ払っているかのような話し方。実際アルコールの匂いはしないのだが、隼鷹さんは普段から常飲しているような人なので、実は既に呑んでいるのではと思ってしまった。
しかし、隼鷹さんは隼鷹さんなりに考えてこの言葉を私に送ってくれたらしい。
「アンタ今、堂々巡りしてんだろ。自分は艦娘だし、その子があまりにも不幸だから救ってやりたい。でも、救いたい相手が親の仇だから救うことに抵抗がある。ほれ、ぐるぐるぐるぐる回ってら」
「……そんなにわかりやすかった?」
「んなもん、誰が見たってわかるってもんよ。あたしですらわかったんだから、まぁミコト以外は察してるんじゃないかね」
隼鷹さんは決して鈍感というわけではない。どちらかと言えば加古さんと似たようなタイプ。戦場では頼もしく、普段はのんべんだらり。戦場でのそれがあるからこそ、だらけている普段でも直感とかそういうのは強い。
「で、話を戻すけどさ、今悩んでるくらいなら、とりあえず後回しにしちまえってことよ。依代がどんな奴かわからないわけだし」
「そうかもしれないけど……」
「太陽の姫が依代の意思か邪神の意思かなんて、今考えてもわかんないだろってことさ。んなことで悩むのは無駄無駄。それで迷ってまともに戦えないってなったらもっと無駄」
そう言いながらも、隼鷹さんの目はあまり笑っていない。私の悩みをちゃんと汲んでくれている。
「いいかい陽炎。あたしらは破壊者じゃなく守護者だ。敵を叩くのが仕事じゃなく、世界を守るのが仕事だ。それはわかってんだよね?」
「勿論。艦娘の心得はずっと思ってるよ。だからこそ、依代の子も救ってあげたいって思ってるんだし」
「そいつ救うために悩んで、その間に世界ぶっ壊されてもいいのかって話なんだよ。迷ってたら取り返しがつかなくなる」
そんなことはわかっている。わかっているのだが。
「とはいえ、依代の子が可哀想なのは確かなんだよな。迷うのもわかる。だったらさ、
「救ってから……?」
「それが最善だろ。依代の子を救って、それで精神的にも狂ってるようなら、また邪神を呼び込むようなら、そこからどうにかすりゃいいんじゃないかい。迷ってるくらいならまずは救っちまえ。その方が後腐れ無いだろ」
後回しにしろというのは、救うか救わないかの選択ではなかった。
艦娘である以上、救わないという選択肢は出てきていない。太陽の姫は倒す。依代は救う。それはもう揺るがない目標。救った結果が救われないというのなら、そこから悩めばいい。
「つっても、依代殺さないと太陽の姫がどうにか出来ないとかになったら話は変わるか。あー、そりゃ悩むな。殺すことは救うことに繋がらないか。かーっ、説教垂れといてあたしが悩んでちゃ意味無いねぇ」
調子は一切崩さず、今度は目も笑っていた。少し冗談交じりになっていたが、心は少し楽になっていた。
確かに、救うか救わないかで迷っているくらいなら、救ってから考える方が建設的かもしれない。私の両親を殺したことが依代の子の意思だったとしたら、その後に処遇を考えればいいだけのことだ。
艦娘としては迷うまでも無かった。ミコトの言った通りだった。全てを救えばいいのだ。簡単ではないが、手が届く範囲だけでも。
「その時に考えるよ。戦場でみんなで考える。それでいいよね」
「おう、それでいいんだ。やーっと表情が良くなったんじゃないかい」
頭をポンポンと叩かれて撫でられた。まるで子供扱いだが、隼鷹さんから見れば私もまだまだ子供か。
「あたしの考え方が正しいなんて思っちゃいないけどさ、こういうときは後回しがいいんだよ。決意が揺らぐくらいならさ」
「だね」
常にそれだと良くないかもしれないが、今はその方がいいと思えた。
ちょっと気持ちが軽くなった。私怨は一回置いておいて、今は私に出来ることをやっておこう。今はミコトの訓練に便乗することくらいか。
隼鷹さんも大人。人生経験があるから、後回しを優先するのかもしれません。