異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
私、陽炎は、何もない空間にいた。
こうなる寸前、私は太陽の姫から最後の攻撃を受けていた。依代の身体を使い、影ではなく邪神そのものが私を侵食してこようとしてきたのだ。結果的に依代の少女は人間へと戻り、邪神は私の身体に入り込んできた。
私の身体を新たな依代とし、新たな太陽の姫として利用しようとしていたのだ。そうなれば、世界に選ばれし者が失われ、今まで以上の邪神が生まれてしまうようなもの。これだけは阻止しなくてはいけない。
「……そうだ。私、自分で自分に分霊したんだ」
本来ならやるべきではない異常行動。しかし、身体が勝手に動いて分霊を始めたのだ。体内に太陽の姫が入り込み、魂への侵食を阻止するため、身体がそれを即断した。無意識の時のように。
「身体が勝手に動いた……え、もしかして、艤装が私を守ってくれた!?」
今までもちょくちょくあった、艤装による私の身体の操縦。基本的には無意識下に入る脱力回避の時にそうなる。私の意思なんて関係なしに、私の最善になるように動かしてくれた。それが今回も起きたのだと思う。
やはり一番の相棒だ。私を守ってくれる、最も近い位置にいる仲間。こんな状況でも最善をとってくれた。
「そっか……自分を分霊したからいろいろバグったのかな」
少しだけ思案し、こうなった原因はピンと来る。事前にやってたのは分霊なわけだし、私は
本来ならやることのないことをやっているため、私の精神的な部分がバグってこんなことになっているのではないかと思う。私の中で私が循環してしまうというか、言い方は悪いが想定されていない挙動を引き起こしてしまったというか。
だとしたら、私を侵食しようとしてきた太陽の姫は何処にいる。ここがまさに魂だというのなら、確実にここにいるはずだ。
「対トナル者……ココマデ追ッテクルノカ」
「追ったんじゃない。ここは私の魂だろ」
ズルリと這い上がるように、私の魂に侵入してきた。海上で戦っていた時の神秘的な雰囲気はそのままに、姿がガラリと変化している。あの時はやはり依代の少女を素体にした姿だったのだろう。今の太陽の姫は、
はっきり言って気分が悪い。私がここで屈してしまった場合、今目の前にいるそれが、表で仲間を滅ぼしてしまうだろう。あまりこんなことは言いたくないが、今の消耗した状態で、さらには私の力まで取り込んだ太陽の姫は、手が付けられないとかそういうレベルではない。
「アンタはここで終わらせる。私の魂から出ていけ!」
「断ル。ココデ貴様ヲ滅ボセバ、マダ続ケラレル」
太陽の姫は、私を滅ぼさんと即座に攻撃の姿勢へ。奴の艤装は表の時と同じ、獣のようなものと神々しい光背。身体の部分が私に差し代わっただけ。対する私も、表側で戦っていた時と同じ。結局はお互いに、こうなる前と同じ状態での戦いである。
私の魂の中での戦い。何も無い空間ではあるのだが、私の今の感覚が海上だからか、海面に足をつけているような感覚はあった。まさに、さっきの戦いの延長戦。私達の勝利のはずなのに、無理矢理延長戦に持っていかれた。反則も反則。
「続けさせるわけないでしょ。私の身体で、アンタなんかに!」
「貴様ノ意思ナド関係無イ。サァ、我ニ魂ヲ明ケ渡セ!」
ただの強盗に成り果てた邪神をここで倒して、この戦いを終わりにしてやる。依代の少女から抜け出て、私の中で終わらせてやれば、邪神はこの世界から消えて無くなる。私達が求めている最高の勝利まであと一歩だ。
「誰がくれてやるか!」
先制攻撃は私だった。海上と同じく光速の世界へ没入し、一気に決着をつける。しかし、ここに来て太陽の姫はそちらにも反応してきた。時は止まらず、お互いに完全に同じ速度での戦闘に。
「馬鹿メ! 今ノ我ハ貴様ヲ侵食シテイルノダ! モウ貴様ニ後レハ取ラヌ!」
私の身体が深海棲艦化しているということは、私の魂をそれなりに侵食しているということでもあった。すなわち、私と同じ力を使うことが出来るということにもなってしまうのだろう。
この中では艦娘も深海棲艦も無い。同じことが出来るのなら、深海棲艦の方がどうしても有利となってしまうものの、ここは私のホームグラウンドだ。故に、完全な互角。一瞬の隙が命取り。
「全テヲ蝕ミ、貴様ノ何モカモヲ我ノモノニシテヤル! ソレダケ我ハ貴様ヲ認メテイルノダ! 光栄ニ思ウガイイ!」
「っざけんな! アンタなんかに認められても吐き気がするだけだ! とっとと出ていってこの世から消えろ!」
あちらが戦艦並みの主砲だとしても、お構いなしに撃ち合う。撃っては避けられ、撃たれては避けの繰り返しではあるが、時間をかければかけるほどまずい。
今でこそ拮抗しているものの、今は侵食と分霊が鬩ぎ合っている状態だ。神そのものが侵食している方が当然ながらに強いため、ジリジリとだが押され始める。それがわかっていて、奴も時間をかけていく方針になっているようだ。
神だというのに、何処か人間味を感じさせる堅実さ。この世界に降り立ってその辺りを学んでしまったのか。自らの落ち度を認められる程の寛大さを持っている程なのだから、やはりコイツは精神的な成長をする厄介な神。往生際の悪さまで人間らしくならなくてもいいと思うのだが。
「ワカル、ワカルゾ、貴様ヲ穢シ、侵シ、蝕ミ、我ガモノトシテイル。貴様ノ抵抗ハ無駄ナノダ。身ヲ委ネヨ。悪イヨウニハシナイ」
「馬鹿なこと言わないでくれる。アンタに屈するくらいなら死んだ方がマシ。それに、私は諦めていない。諦めるもんか!」
この空間に入り込む前に聞こえた何者かの言葉を思い出す。とても優しく、心を落ち着かせるような声で、諦めてはいけないと私を励ましてくれた。
そうだ。諦めるわけにはいかない。ここで諦めたら世界が滅びる。私のためにも、みんなのためにも、世界のためにも、私は守護者としてここで戦い続けなくてはいけない。こんなふざけた邪神如きに、負けるわけにはいかないのだ。
『そう、諦めたらダメだ。ここにいるのは、君だけじゃない』
またこの声。何者かの声。
『わかるんじゃないかな。鼓動が、仲間達の魂の脈動が』
私は1人じゃない。この場では私以外の姿は見えないが、この魂の外ではみんなが側にいてくれている。だったら、私1人で戦っているわけじゃない。
それを理解出来ればすぐだった。表側では私に対して、ミコトが分霊を試みようと必死になっていることに気付いた。目覚めたばかりの時、ミコトは私の魂に触れることが出来たのだから、今この場にも干渉することが出来るかもしれない。
それだけじゃない。みんなが、私の仲間達が、私の奮闘を応援してくれている。その声は聞こえなくても、その意思は私に伝わってくる。陽炎の巫女を通して、私の魂の中に直接、その脈動を届けてくれている。
何故こんなことに早く気付かなかったのだろう。目の前の邪神が私自身の姿で立ち向かってきたから、そんな考えにも及ばなかったのか。必死すぎて視野が狭まっていたのだろうか。
だが、わかってしまえばこちらのものだった。さっきのように、私に力を分けてくれる。真なる太陽の姫として、私の力を無限に増幅してくれる。私の力は仲間達の力だ。
──お母さん!
真っ先に声が聞こえたのはミコトだった。瞬間、私の尻の辺りから
なるほど、魂の力。ここは私の魂そのもの。そこに対して力を貸してくれる魂の力を、そのまま体現することが出来た。
「ミコトの魂、借りるよ!」
尻尾を前方に振り、艦載機を発艦させながらも主砲まで撃ち放つ。戦術が突然変わったことで、邪神も能面の奥の瞳を驚愕に歪ませた。
私の魂は侵食出来たとしても、仲間達の魂は侵食出来ない。私が得られる力は、奴には得られない。
私は、仲間達と一緒に戦っている。
──陽炎、勝て!
──ゲロちゃん、行きなさい!
次は長門さんと陸奥さん。ミコトの艤装は消え去り、次は艤装そのものが戦艦のものへと切り替わる。魂の力を借りて、私は今だけ戦艦へと変化した。
「一斉射! てぇーっ!」
1人だけど、1人ではない。そんな私の一斉射は、長門さんと陸奥さん2人分の威力を見せた。
それを必死に回避する邪神だが、まだまだ致命傷が与えられない。近付かせないように出来ているだけマシだが、まだまだ拮抗は拭えない。
──行け、陽炎!
──大丈夫、私達がついてるわ。
艤装が切り替わる。その手には木曾さんの軍刀が握られ、背中からは霧島さんの鋏が現れた。一斉射でもまだ怯ませられないのなら、接近戦でカタを付ける。
「っらああっ!」
まだ一斉射が残っている内に突撃。回避し切ったところに鋏を突き立てる。まだミコトの艦載機も残ったままのため、艤装が切り替われば切り替わるほど、私の攻撃は激しくなるようなもの。
「貴様……ッ」
鋏は避けられてしまったが、即座に逆方向から軍刀を振るう。魂の脈動のおかげで、今ここでだけなら木曾さんと同等の技能が持てていた。これが初めて邪神にダメージを与える。
止められない一撃により、邪神の胴を袈裟斬りに出来た。だが、まだまだ浅い。これでは消し去るにはまだ遠い。
「小賢シイ! 滅ビルノハ貴様ダ!」
だが、近付きすぎたことで、あちらの攻撃をモロに受けることになってしまう。流石にこの距離は回避がかなり難しい。
──陽炎、貴女なら自分の身だって守れる。
衣笠さんの声が聞こえたかと思えば、私は自分自身へと全自動防衛が利いていた。いや、これは衣笠さんの魂が私を守ってくれたのだろう。外側だけならず、内側でも守護者。
超至近距離の攻撃すらも当たり前のように避け、もう一度鋏を突き立てる。今度は本体には当たらなかったものの、後ろの艤装の拳を1本千切りとった。
──姉さん、行ってください!
──そうよ、陽炎!
艤装が今度は私のものへと戻るが、艤装のアームが萩風の如く動かせるようになり、手には村雨の主砲。軍刀や鋏とは違う、砲撃による近接戦闘のスタイルへ。
「私は負けない! こんなにも仲間達が力を貸してくれるんだから!」
主砲を殴り付けるように放ち、邪神の肩を撃ち抜いた。そして同時に手に持つ主砲でもう片方の肩も撃ち抜く。
みんなの力を借りたことで、互角だと思っていた力量差は、徐々に私が上回ってくる。私の攻撃は避けられることなく命中するようになってきた。
「コノ……ッ」
しかし、奴も怯まない。お返しと言わんばかりに光背から猛烈な砲撃が放たれる。
──ゲロ様!
──陽炎様、勝って……!
その放たれる瞬間は、磯波のように理解出来た。撃たれる時の挙動、身の振り方が何もかも筒抜けになっていたかのような感覚。
故に、即魚雷を放って爆破し、新たに現れた夕立の艤装の帆で爆風を受けて大きくバックステップ。身近を撃とうとしていたため、少し離れれば射軸からズレることが出来る。
「私は勝つよ。みんなの思いを、魂を、これだけ背負ってるんだから!」
艤装が私のものへと戻った。最後はこれで終わらせる。私の手で、みんなの力を借りた、私自身の手で。
──ひーちゃん、頑張って。絶対大丈夫だから!
視野が一気に拡がる。全ての行動が予測出来る。邪神の次の動き、次の次の動きまで、全てが理解出来る。沖波の予測の力が、私に勝利を齎してくれる。
『そうだよ。君には仲間がいるんだ。世界を守るために、仲間達の力を込めて、撃つんだ!』
何者かの声も、より強く私の力を増幅させてくれた。その声と同時に、艤装が私と共に照準を合わせてくれた。
この謎の声が、
私の力が邪神と同等の神の域に達したその時に、ついに話が出来るようになった。これは奇跡のようなもので、今だけだとは思うが、ここで会話を交わせるようになったことはとても嬉しかった。
「これで! 終わりだ!」
そして、みんなの力を込めて放つ。私1人の力ではない、仲間全員の力だ。その回避方向も全て予測済み。避けさせない。
「ナッ……何故ダ……我ハ……」
その全員の魂がこもった砲撃は、その能面ごと頭を撃ち抜いた。
『よく頑張ったね、
最後の艤装からの声は、それはそれは優しい声だった。