異端児だらけの遊撃隊   作:緋寺

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進んだ悪夢

 その日の夜、あの時の悪夢を見た。

 

 鎮守府に来てから度々見るようになった悪夢だが、今まではずっと同じような夢だった。

 真っ黒な水平線の向こう側、一際目立つ赤い深海棲艦の姿を、私は泣きじゃくりながら目に焼き付けていた。父さんに担ぎ上げられているためすごい揺れの中、涙のせいでその姿はボヤけているが、あの赤いのだけはしっかりと判断出来た。

 

 だが、今回は夢の内容が更新されていた。

 

 黒い軍勢から大きな魚のような化け物が近付き、口の中から弾を撃っては浜辺を爆破していく。そんな中、父さんと母さんはそこから必死に逃げていた。何かを叫んでいたようだが、何を言っているかはわからない。とにかく生きるために必死だった。

 そこに目を付けられたのか、化け物とは別の人型の深海棲艦までもが近付いてきた。魚のような化け物よりも近くを撃ってきた。その爆風に足を取られても、振り返りもせずに走り続けた。

 

 近付いてくるのは、赤い深海棲艦もだった。何かに興味を持ったように、()()()()()()()()()。顔がよく見えないため表情はわからないが、明らかに私のことをどうにかしようとしている。

 何かを持っている手をこちらに向けたかと思うと、飛行機のようなものが私や両親目掛けて飛んできた。今なら知識があるからわかる。奴の艦載機が、父さんを殺そうと猛スピードで近付いてくる。

 

 そして……殆ど真上で何かが落とされた。あれは爆弾だ。砲撃は何とか逃げ続けられたが、艦載機から直接の爆撃は免れることが出来ない。

 

 母さんが何かを叫んだ。そして、その直後に私の世界が爆炎に包まれたのだ。

 

 

 

「ゲロちゃん! ゲロちゃん!」

 

 夕立の声で目が覚める。そうだ、昨晩はパジャマパーティーと称して初陣の話を夕立に話しつつ、そのまま眠くなるまでお喋りしていたんだった。夕立は私のベッドで一緒に寝ると言い、それを受け入れて添寝状態だった。磯波と沖波は消灯時間に部屋に戻ったため、今はここにいない。

 そんな状態で私が悪夢に魘されていたのだから、焦りで私を起こそうとするのも無理はない。まだ薄暗い部屋で、私は涙を流しながら荒い息を吐いていた。

 

「ご、ごめん……酷い夢見てた……」

「もしかして、松輪が言ってたヤツ?」

「……うん。アレの続き」

 

 涙目を腕で拭う。まだ心臓がバクバク言っている。あの夢、夕立が起こしてくれなかったら、母さんが死ぬその瞬間まで進んでいた気がする。

 赤い深海棲艦が放った艦載機による爆撃が、浜辺を母さん諸共吹っ飛ばす瞬間だったのだから。身元がわからないくらいにまでズタズタになっており、身元判明も私がいたから出来たというレベルなのも頷ける。

 

「夕立も経験あるっぽい。酷い記憶って変に夢に出てくるよね」

「私はその辺りの記憶が無いんだけどね……ここに来てから夢って形で思い出すようになってきてさ……」

 

 夢が更新されるきっかけになったのは、やはり哨戒中の戦闘か。手負いだったとはいえ、私の手で深海棲艦を撃沈させることに成功した影響で記憶が戻ってきたというのも、あながち間違いでは無さそう。

 撃沈したことというよりは、()()()()()()()()()()()がきっかけか。今回撃沈した駆逐艦の化け物も、夢の中に出てきたのだから。

 

「お水でも飲みに行く?」

「……そうだね。夕立は寝ててもいいよ」

「乗り掛かった船っぽい。艦娘だけに」

 

 ここに磯波がいたら軽く破裂してたかも。

 起床時間まではまだ少し時間があるものの、あんな夢を見てしまったせいで眠気は妙に覚めてしまった。それに、喉がカラカラだ。落ち着くためにも水一杯くらいは飲んだ方が良さそう。冷や汗でビッショリな顔をタオルで拭いてから、私は夕立と部屋を出た。

 

 こんな時間に食堂に行くのは当たり前だが初めて。まだ誰も起きていない時間のはずなので、大きな音を立てないように静かに向かった。

 いつも騒がしい夕立もこの時ばかりは静か。だが、いつもはやらないようなことなので、眠気も飛んだか満面の笑み。

 

「薄暗い食堂って初めて。夜も来ないし」

「夕立も!」

 

 用は水を貰うだけなのでさらっと終わらせることに。食堂には備え付けのウォーターサーバーがあるので、変に食器を出すようなこともなく水分補給が出来るからありがたい。

 カラカラの喉が潤うまでグビグビと飲んでようやく落ち着く。これならもう一眠りしてもいいくらいだ。眠気は覚めているが。

 

「ふぅ……」

「ゲロちゃん、ホントにもう平気っぽい?」

「大丈夫。連続であの夢を見たことは今までに無いから」

 

 一番短いスパンの時では2日くらいしか間は無かったが、基本的に眠るたび見るような悪夢では無い。一度見たら少しの間は何事もなく眠りにつくことが出来るので、それだけは安心している。

 おかげで鎮守府に配属してから1ヶ月、睡眠不足などに悩まされたことは今のところ無い。酷く疲れて目を覚ますことはあっても、二度寝すればある程度はスッキリ出来た。

 

 しかし、あの悪夢も少しずつ核心に触れようとしてきている。あの記憶が全て蘇った時、私はどうなってしまうのだろう。

 

「なら部屋に戻るっぽい?」

「そうだね。付き合わせちゃって悪いね夕立」

「ん、大丈夫っぽい。さっきも言ったけど、夕立にも経験あるから」

 

 夕立は私よりも壮絶な過去を持っているのだから、こんな悪夢だって度々見ていたのかもしれない。

 

 ふと、気になることがあったので、いい機会だし聞いておこう。壮絶な過去に踏み込む行為のため少し抵抗はあるが、どうしても知りたい1つのこと。

 

「夕立、嫌なら言わなくてもいいんだけどさ」

「ぽい?」

「夕立も昔深海棲艦に襲われて怪我をしたって言ってたでしょ。その深海棲艦、どんなのだったか覚えてる?」

 

 もしかしたら私と同じものかもしれない。あの空城司令もすぐに答えが出せなかった赤い深海棲艦のことも何か知っているかも。

 

「んー……なんか真っ黒な群れだったよ。で、その中に頭張ってる奴がいたっぽい」

「そいつのこと、何か覚えてる?」

「ちょっとだけかな。そいつは全身真っ黒で、なんかデッカイ人形みたいなの使って攻撃してきたの。夕立はそれくらいしか覚えてないんだよね」

 

 夕立も私と同じように、怪我をした当時の記憶が頭から抜け落ちているようだ。自分で言うのも何だが、子供の頃にあんなものを見たら、その部分だけでも自分で封じ込めるものだろう。

 夢で見るなんてことはなく、普通に自分の体験として覚えてるらしい。そもそも夕立は私と違って10年前の始まりの日に怪我をしたわけではなく、その数年後に怪我を負ったに過ぎないらしいし。

 

「私のとは違うんだ……ん、ありがと」

「ゲロちゃんはどうなの? 始まりの襲撃なんだよね」

「そうだよ。夢でさ、そいつが出てきたんだよ、顔は全然思い出せないんだけど、とにかく赤いってことしか」

 

 あとは艦載機を扱ってきたということくらい。それは今回の悪夢で思い出したことではあるが。

 

「赤いのは夕立も見たことないっぽい。ほら、基本深海棲艦って黒でしょ?」

「まぁ確かに」

 

 だからこそあんなに印象的なのだが。赤くて、人間のような形を取った深海棲艦なんて、多分私の見たそれくらいしかいないのではないだろうか。

 

「今は気にしなくてもいいっぽい。それを見つけたらぶっ壊せばいいだけだし」

「そりゃそうだけど、もう少し言い方ってのが」

「夕立間違ってる?」

「何にも間違ってない」

 

 極論だが、夕立の言っていることは一切否定出来ない。両親の仇、復讐の相手なのだから、そいつを見つけたらこの手で沈めたいと思う。

 だが、復讐とかそういうの以前に、私は艦娘。命を奪うより、命を守ることを優先しなければならない。目の当たりにしても理性を失わないように努めなくては。

 

「それは今措いといて、ゲロちゃん二度寝しないの? まだ時間早いっぽい」

「目が冴えちゃったよ。今日はもうこのまま起きてる。夕立は自分の部屋に戻って寝てもいいよ」

「んー、なら夕立はそうさせてもらうっぽい」

 

 私が落ち着いたことで眠気が戻ってきたか、夕立は大欠伸をしていた。二度寝すると言っても、もう1時間も無いくらいなのだが。いやまぁそれくらいが一番気持ちよく眠れるくらいなのかもしれないが。

 休日に惰眠を貪るところから始めているみたいなので、早起きはあまり得意では無いのだろう。今だってまだ日が昇る前だ。

 

「これ、このまま借りてもいいっぽい?」

 

 シャツをめくり上げて見せてくるのは、寝る前に貸し出した私のスパッツ。素っ裸で寝られても困ると私が貸し与えたものだが、最初は否定していたのに妙に気に入った様子。

 とはいえ、あまりそうやって見せるのは良くないと思う。今は私しかいないからいいが、海防艦がいるところとかではやるべきではないだろう。松輪は心配ないが、占守や大東が真似したらどうする。

 

「いいよ。後から返してくれれば」

「ありがと。なんかこの締め付けが癖になってきたっぽい」

 

 夕立はそういうところが変にオープンなので心配になる。お風呂で人の胸を揉んできたり、やたらスキンシップが過剰だったり。

 

「それじゃあおやすみっぽい。また後からね」

「うん、おやすみ」

 

 そして夕立は自分の部屋に帰っていった。夕立は寝付きもいいし、戻ってベッドに入ったらそのまま寝息を立てていることだろう。

 

 1人残されたわけだが、さっき夕立にも言った通り、もう眠気も無く目が冴えてしまっている。だからと言って誰もいない食堂で寝間着のままウロウロしていても仕方ないので、自分の部屋に戻ることにした。そこで眠気が来るのなら二度寝すればいいし。

 

「あら? さっき夕立ちゃんの姿を見たけど、陽炎ちゃんもいたのね」

 

 などとウダウダしているうちに、食堂に間宮さんが入ってくる。

 朝食の準備のために、誰よりも早く目を覚まして食堂で作業を始める給糧艦娘なので、ここで顔を合わせるのも当たり前。というか、なんだかんだでもうそんな時間だったか。

 

「ああ、ごめんなさい、間宮さん」

「もう起きちゃったの? 朝ごはんの準備は今からだから、すごく時間がかかるけど」

「酷い夢を見て喉がカラカラだったから、水を飲みに来たんだ」

 

 そう、とにこやかに返すと、そのまま厨房の方へと入っていった。今からこの鎮守府にいる全員分の朝食を作っていくのだから、これだけ早くから準備するのも仕方ないこと。

 私も孤児院で子供達の朝食作りを手伝うために早起きすることがよくあったが、それでも結構大変だった。鎮守府はそれ以上の人数だし、そもそも戦場に出る者のための食事を作るのだからカロリー計算やら量の配分やらが完璧に管理されている。

 それを、伊良湖さんもいるにしろ、一手に引き受けている間宮さんは正直恐ろしい。手際の良さも然ることながら、これを休みなく毎日こなしているのだから。

 

「落ち着かないのなら、ご飯が出来るまでここにいてもいいわよ? あ、でも寝間着のままというのはちょっとやめた方がいいかもしれないけれど」

「あはは、大丈夫。水飲んで落ち着いたし。でも、気持ちはすごく嬉しい。ありがとう間宮さん」

「どういたしまして。じゃあ、もっと気分が晴れるようにちょっとだけサービス」

 

 冷蔵庫の中から何やら取り出して私の前に置いた。いつもの間宮アイスや伊良湖最中とは違う、黒い塊。

 

「切れ端で申し訳ないんだけど、秘蔵の一品、間宮羊羹。落ち着いてるかもしれないけど、甘いものは摂ってもいいと思うわ」

「あはは、じゃあ遠慮なくいただきます」

 

 切れ端というだけあって1口で終わるサイズではあるため、摘んで口に放り込む。普通の羊羹とは違って甘さは控えめだが、上品な味と言えばいいのか、とても心が安らぐ感覚を覚えた。これが極上の物であることがすぐにわかる。

 

「美味しい……」

「それはよかった。若い子はアイスの方をよく食べてるから、こっちは少し生産量が控えめなの。提督やしーちゃんはおやつに食べているのだけどね」

 

 もしかしたらアイスよりも好きかもしれない。私だって普通に女の子しているので間宮アイスも毎日のように食べるほど甘党ではあるが、これはそれと違う理由で好きになりそう。

 何かで焦るようなことがあったら、これを食べる方がいいかもしれない。疲れには間宮アイスや伊良湖最中、精神的なものには間宮羊羹。今後はこれで行こう。

 

「ありがとう間宮さん、すごく落ち着いた」

「どういたしまして。私は戦場に出ないから、こういうところでサポートしなくちゃね」

 

 こういう人が後ろにいるだけで本当に助かる。そして、人間以外でも護らなくてはいけない存在だと理解する。艦娘のモチベーションのためにも、間宮さんと伊良湖さんは、ここにいてもらわなくてはならない。

 

 

 

 嫌な夢を見たが、今は随分と落ち着いた。これなら今日一日も乗り越えられそうだ。

 あの赤い深海棲艦が何者かは早く知りたいが、焦りは禁物。だが、空城司令には伝えておく方が良さそうだ。手掛かりは何でも知っておいてもらいたい。

 




赤い深海棲艦への記憶が追加。何かを持っており、艦載機を使うこと。そろそろ何者かはわかってくるかもしれませんね。答えは言いませんが。
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