異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
私、陽炎の、仲間達の魂が乗った渾身の砲撃は、太陽の姫の頭を能面ごと撃ち抜いた。いくらここが私の魂の中、いわば精神世界だとしても、邪神の本体の頭を破壊したのだから、これで終わりだ。
邪神は頭部を失った後も、私に向かって手を伸ばす。終わりを認められないかのように、宙空を掴もうとして、そのまま消滅していった。
私の目の前には虚空のみとなった。私の邪魔をするものはもういない。私を襲うものも、侵食するものも、穢すものも、何もない。今ここにいるのは、私だけだ。太陽の姫はもういない。私の魂への侵食はこれで止まった。
「……終わった……これで、本当に終わったんだ……」
まだ精神世界ではあるが、大きく息を吐き、その場で膝をついた。本当は大きく叫び出したいくらいだったが、それはちゃんと表に出てから、仲間達とやることにしたい。
今はとにかく、この喜びを静かに噛み締めたかった。世界を守ることに成功したと同時に、私が常々思っていた仇討ちにも成功した。ここでの戦いも終わりだ。良いこと尽くめである。
『お疲れ様、陽向』
何処からか聞こえてくる声……なんて言っても、その主はわかっている。私の背中でずっと戦いを見守っていてくれた艤装。私が従えていたと思っていたが、本当は艤装自身が意思を持ち、私に協力してくれていたのだ。
初めて艤装とリンクするとき、普通の艦娘とは逆に私から艤装に干渉したと思われていた。そのせいで暴君なんて呼ばれたのも懐かしい。だが、実際は私が干渉したのではなく、艤装が私に干渉
「……ありがとう。一応聞いておくんだけど……えっと、
いや、それだけじゃ無い。この艤装に宿っている意思は、私の父さんである。そうでなければ、私の本名を知るはずがない。いや、
『ああ、ようやく話すことが出来た』
艤装側も肯定。こんなとき、私はどういう表情をしたらいいのだろうか。父さんの意思は感じるし、声も聞こえるが、私の背中にあるのは無機質な艤装。
「いつから……って、最初からか」
『ああ、初めからずっとここで、陽向の戦いを見守って……いや、
やっぱり。ならば、工場でサルベージされた時からもうずっと私のことを待ち続けていたとでもいうのか。
『ああ、実際は陽向が鎮守府に来てからあの艤装に……
母さんは私を生かすために力を使ってくれた。たった一度きりの、女神としての力を使って消えていった。
父さんは私を助けるために艤装へと姿を変えていたらしい。しかも、私が装備するということを確認してからその艤装に乗り移るように。
これも私を選んだ世界の意思なのだろうか。母さんを女神にしたのも世界に選ばれたからみたいに言っていたが、結局のところ世界が何なのかはわからずじまいである。
『だが、僕の選択は間違っていなかったと確信出来る。意思の疎通は出来ずとも、結果的に陽向を何度も守ることが出来たからね。戦いの真っ只中で力を抜いた時には、手間がかかる娘だと驚いてしまったけど』
脱力回避のことか。確かにあの時は咄嗟にだったとはいえ、本当に力を抜くとは思わなかったのだろう。父さんも咄嗟に私の身体を動かしたらしい。それがまた上手いこと行ったものだから、私も父さんも常に使っていく方針になってしまった。
『だが、こんな姿になっても娘のために働けるというのは、父親冥利に尽きるというものだね。陽向は目に入れても痛くないくらいの可愛い娘なんだから』
戯けたような話し方。本当に父さんなんだとわかった途端、ボロボロと涙が出てきた。
太陽の姫からの分霊により巫女にされ、私が手をかけてしまった父さんと、こうやってまた話せる時が来るなんて思わなかった。最後の最後に母さんであるとわかった女神とは、海中だったせいもあってまともに会話することも出来なかったが、今はこんなにも仲良く言葉を交わせる。
「父さん……ごめんね。全部思い出した時から、ずっと謝りたかった。私のせいで父さんは……本当にごめんなさい」
『陽向のせいじゃないさ。アレは事故みたいなもの。それに、今その元凶を倒すことが出来たじゃないか。だから、もう泣かないでいい。謝らなくてもいい。陽向はもう、復讐から解き放たれたんだから』
姿も見えず、声だけなのに、背中の艤装はビクともしていないのに、父さんが私に微笑みかけているように感じた。私のせいじゃないと父さん自身に言われたら、もう何も言えない。むしろ泣いていることの方が失礼になる。
どうにか泣き止み、袖で目をゴシゴシと拭った後、その場で立ち上がる。そうやったところで父さんの姿が見えるわけではないのだが、せめてシャンとした姿を見せておきたい。背中側からずっと見られているのだから、変な姿は見せられないだろう。
「うん……これで、私の仇討ちも終わりだね」
『ああ、ありがとう。僕と母さんのために、ここまで戦ってくれて』
また泣きそうになってしまったが、ぐっと堪える。もう父さんの声を聞いているだけでも涙腺が緩む。
『最後の仕上げだ。陽向の魂はまだ侵食されたまま。それが止まっているとしても、全部浄化出来たわけじゃない』
「なら、全部綺麗にして、太陽の姫の痕跡を一片残らず消してやらないと」
『ああ。そうしたら……この奇跡もおしまいだ』
そうか、そうなるのか。自分自身を浄化するという本来なら考えられないようなことをしたことで、精神世界に没入して決戦を行うという奇跡のような現象が発生したが、浄化が終われば同時に奇跡も終わる。
そうなるともう父さんと話すことも出来なくなる。名残惜しい。とても名残惜しい。ずっと話していたい。積もる話は沢山ある。声を聞いていたい。だが、それだと私は永遠にこの空間から出ていけない。本来の私が動かないままだ。
『最期に話せてよかった。これでもう二度目は無いだろう』
「……そっか、そうだよね。私も、最後に父さんと話せてよかった。でも、これからもずっと艤装の中にいると思えば」
『いや、そうもいかないんだ』
少し悲しそうな感情が乗った声に。
『陽向が選ばれし者になったのは、あの邪神がこの世界に現れたからってことは知っているね』
「うん、均衡を保つため……だっけ」
『そうだ。で、今はその邪神が消滅した。そうなるとどうなると思う?』
マイナスがあまりにも大きかったから、バランスを取るために同じだけのプラスを用意するというのが、私が選ばれた理由だ。陰と陽の太陽の姫を作り出すことによって、プラスマイナスゼロにまで持っていった。
そのうちのマイナスが、今完全にこの世界から消えた。そうなると、世界の均衡がプラス側に大きく傾いてしまっている。それがいくら有益であろうが、バランスが悪いのは最終的に不和を呼ぶだろう。ただでさえ私がこんな力を持っているせいで、人間同士の争いに発展しかけているし。
つまり、世界からしたら、
『陽向の持つ太陽の姫としての力は、この魂の浄化が終わった時点で失われる。そうすれば均衡は元通りだからね。だがそれによって、定められた全ての目標は完了となり、陽向からは、
私が艦娘では無くなる。普通の人間……といえるかはわからないが、戦力の無い、ただの人間に戻ることになるということだ。
私が艦娘をやってこれたのは、あくまでも世界に選ばれた対となる者だったから。その相方がいなくなったのだから、私もいなくなるのが道理。私そのものが無くなるわけではないからいいかもしれないが、艦娘ですら無くなるとなると少し悲しい。
「そうなったら……艤装も使えなくなっちゃうね」
『ああ、そうならずに万が一艦娘として戦えたとしても、今までやってきた分霊やそれに準ずることは出来なくなるだろう。太陽の姫がいなくなっても、深海棲艦が全て消えるということは無い。残党……というのかな、戦いはまだ終わらないだろうから、戦える力だけは残されるかもしれない』
深海棲艦も長くこの世界に定着してしまったことで、その親玉が消えたとしても、この世界に居残り続けるとのこと。それこそ、太陽の姫のような存在は出てこないだろうが、新たな深海棲艦は生まれ続ける。海に怨念がある限り、それが形作ることはもう止められない。それらを全て殲滅し、真の平和を取り戻すにはまだまだ時間がかかるそうだ。
だが、元凶がいなくなったことにより、この世界は緩やかにいい方向に向かっていくだろう。命を懸けた戦いの終わりは、視野に入ったようなもの。暗中模索ではない。ハッキリと終わりが見えた。
『あ、ミコトのことは心配しなくていい。あの子はもう艦娘として確立しちゃってるからね。あの子からも分霊の力は無くなるとは思うけど、艦娘ではあるはずだから』
そもそもの生まれ方が特殊すぎるミコト。心は私が、身体は太陽の姫が作り上げたようなものだ。片方が欠けても存在を維持出来なそうだったが、この短期間でヒトとして成立する程にまで充実した生活をこなしたことにより、ミコトはミコトとして確立された。
それだけは安心出来た。私達の戦いの結末に巻き込まれて、せっかく得ることの出来た幸せな人生を不意にするなんて私も嫌だ。
『僕は世界の選択でこの艤装にさせてもらっている。それが失われるということは、僕もあるべき場所に還るしかない。だから、これで終わりなんだ』
「……そっか……私はやるべきことがやれたし、正直もう悔いは無い……かな」
これからも仲間達と一緒に戦っていきたいという気持ちは勿論ある。しかし、それは無い物ねだりだ。これ以上の結末を望んでどうする。悔いは無い。名残惜しいだけ。
「うん、大丈夫。本来話せないはずの父さんと、こうして話せたんだ。二度とないことの二度目があったんだから、それで満足しなくちゃ」
『……じゃあ、浄化を始めよう。そうしないと、陽向は人間に戻れないからね』
何も無かった魂の中が徐々に明るくなっていく。これも太陽の姫の侵食があったことを如実に表していた。
それと同時に、私の力が失われていくような感覚もした。艦娘陽炎は、おそらくここで消える。これで、私の戦いは終わる。
「……父さん」
『なんだい?』
「今まで、傍で見守ってきてくれてありがとうね。艦娘じゃなくなっても、この艤装は大切に保管してもらう」
記念、というのは間違っているかもしれないが、これだけは大切にして欲しかった。長く使い続け、苦楽を共にしてきた相棒であり、父さんなのだから。
『ああ。それじゃあ、僕ももう行かなくちゃね。迎えが来たようだ』
「そうなんだ。じゃあ……うん、またねじゃダメだから、最後は笑顔で! 父さん、バイバイ!」
涙は止まらなかったが、頑張って笑顔を作って、何もない空間に手を振る。父さんは結局声だけだったが、これだけ話せたのだから、きっと私の側にいる。この姿を見てくれている。
だから、最後は惜しくないように、笑顔で。
『さようなら、陽向。僕も母さんと共に、いつまでも見守っているからね。
『ええ。これからもずっと、
最後の最後に、2人目の声が聞こえた。ほんの一瞬だが、あの時の、10年前から変わらない2人の姿が、目に映った気がした。涙で前は見えなかったけど、その姿だけはハッキリと捉えることが出来た。
父さんを迎えに来たのは、母さんだったのだろう。それなら、尚更悔いは無い。私が力を失ったことで、私にずっと寄り添ったままだった父さんは、ようやく母さんと再会出来たのだ。これからは2人で、私を見守っていてくれるだろう。
「お墓参り、絶対に行くから! だから! ずっと見守ってて! 私、頑張って生きていくから!」
その瞬間、何も無かった空間は輝きに包まれる。目が眩む程の眩しさに、思わず目を瞑った。
次に目を開いた時には、私は海の上にいた。仲間達に囲まれ、赤から青に戻った海の上で、私は戦いの終わりを実感した。