異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
戦いを終えたその日中に、ある程度の事後処理は終了。怪我人の入渠は次々と行われているものの、それが終われば鎮守府としては機能が完全に取り戻される。明日には全員完治し、決戦の前の日常に戻るだろう。
最終決戦に駆けつけてくれた颯元帥と大和さんは、依代の少女が目覚めるまではここにいるとのこと。少なくとも入渠は一晩かかりそうなため、一泊するらしい。大本営を丸一日空けることになるのだが、それは事前にそのように予定を組んでいたそうだ。ここで太陽の姫に勝ち、依代の少女を救出するところまで計算しての日程調整。流石である。
「多分、明日の朝には起きるよね……今までのことを考えると」
「ですね。村雨さんが一晩くらいでしたし」
戦いが終わっても私、陽炎の部屋に屯するのは変わらない。夜寝る前に異端児駆逐艦が集まりお喋りに興じる。夕立はもう村雨と一緒にいることが当たり前になっているため、昨日と何も変わらない夜である。
話題はやはり、依代の少女のこと。今までのことを考えると、入渠終了は明日の朝。身体の治療は順調に進んでいるというのだから、まず間違いなくいつもと同じ流れ。
「私は多分、それに付き合うことになるだろうね。訓練とか哨戒とかはもう出来ないしさ」
「そっか……ひーちゃんは明日からは毎日フリーみたいなものなんだ」
「その分違うことでやることいっぱいだろうけどね」
明日は決戦後ということで全員の休息日ということになっているのだが、毎日が休日みたいなことになりかねない私は、依代の少女のメンタルケアをやれるならやろうと思っている。
「……依代の子が、また世界を滅ぼしたいって言い出したら……」
「説得する。上手く行くかはわからないし、余計なお世話かもしれないけど、せっかくこの世界に戻ってこれたんだからさ」
邪神の言っていたことを信じるのはアレだが、私や村雨を巫女に変えたのは、友人が欲しいという願いを最悪な形で叶えられた結果だ。それが本当なら、依代の少女は今でも友人を欲しがっているはず。
ここにいるみんなは、拒んでも仲良くしてこようと近付いてくるものばかり。友人には絶対に困らない。だから、まずはここで穏やかになってもらいたい。その筆頭が私になれるなら、それに越したことはない。
「今までが物凄く不幸だったんだから、ここから幸せになってもらいたいなって思ったよ」
「ひーちゃんは優しいね」
「お母さんだからね!」
ミコトが胸を張ってどうする。だが、そう言われるのは嫌な気分ではない。
今までは最悪だったかもしれないが、ここから新しい人生を歩いてもらいたい。
そして翌朝、司令からの呼び出しが入る。ついに依代の少女が目を覚ましたとのこと。朝食後までかかった辺り、順調に治療が進んでいたとはいえ、身体の機能をまともに戻すのには相当な時間がかかったのだと思う。
沈没船の中で浮かんでいる状態を10年以上続けてきたわけで、最後は邪神が強引に動かしてきたとはいえ、長い年月をピクリともせずに過ごしてきたのだから、そうなっても仕方なかった。
「アンタ達は希望者だから呼び出したが、覚悟は出来てんだろうね」
「勿論。心が染まったままだったとしても、私は大丈夫だから」
「私も巫女だったわけだしね。因縁としては強いし」
私以外には、司令としーちゃん、颯元帥といつもの面々。そして、太陽の姫に直々に巫女にされている村雨とミコト、そして諜報部隊の3人である。
ミコトは控えてもらった方がいいかとも思ったのだが、陽炎の巫女だからと私から離れないつもりでここに立っている。もし依代の少女が私に危害を加えようとしたら、ミコトが守ってくれるそうだ。頼もしい限りである。
「録画もしていますぅ。諜報部隊は待機させていただきますね」
「資料として、纏めさせてもらうのであります」
録画はされているものの、秋雲もスケッチブック片手にスタンバイ。録画を落とすことは無いとは思うが、2名体制なら情報を漏れなく手に入れることが出来るだろう。
「じゃあ、ドックを開ける。何かあったら、ミコト」
「はぁい! すぐに艤装出せるようにしておく!」
そういうところは本当に便利。整備員要らずで艤装を装備出来るミコトにのみ許された特性は、このいざという時に役立つ。
そして、ドックが開かれた。中に入っているのは、運ばれてくる間にさんざん見ることになった、人間に戻った依代の少女。ドックに入る前からもそうだったのだから、当たり前のように全裸であるため、すぐにバスタオルが投げ込まれる。
見た目は私と同い年くらいではあるのだが、少し幼めな印象。沖波や磯波に近いくらいに見える。不治の病にかかっていたということで、成長が少し遅れてしまっていたのだろうか。
「さて……話くらいは出来るかい」
まず最初に空城司令が話しかける。その声に反応してピクリと動き、ゆっくりと目を開いた。心が壊れ、こちらの言葉を聞くこともないということは無いようで少しだけ安心した。
だが、その安心はすぐに撤回することになる。
その目には光が無かった。私達を映すことなく、虚無のみを見続ける虚な瞳。視力が無いとかではなく、
「アタシの声はちゃんと聞こえているようだね。身体の調子はどうだい」
その言葉に、瞳はチラリと空城司令の方を向く。その視線には感情が乗っていないように見えて、負の感情が渦巻いている真っ暗闇。空城司令に対してとかではなく、世界の全てに恨みを持っているような、ドス黒い感情が見え隠れしている。
邪神が依代として使わなくなったとしても、その感情は一切消えていない。長年の小さな不幸を、父の裏切りから始まる大きな不幸で覆われ、幸福な道を全く見えなくなってしまっている。
「アンタのことは調査済みだ。どういう境遇でああなったのかは大概わかっている。だから、その時のことは何も聞きやしない。それを忘れろとも言いやしない。だがね、少しばかり前を向いてみないかい」
出来る限り優しく、しかし腫れ物を触るようにするわけでもなく、率直に今の意思を伝える。
今までのことを忘れろなんて言えない。というか忘れられるわけが無いだろう。私達が
「……われに何がわかる」
ようやく言葉を口にしたと思えば、呪詛を吐くかのように真っ黒な感情。たった一言でも、今までの不幸が全て詰まっているかの如く重たい言葉。少し知らない地方の方言が交じっているように聞こえたが、確か元々遠方の地方の者だったらしいし、そういうこともあるか。
私達にこの子の気持ちなんてわかるわけが無い。幸福と不幸をどちらも知る私達と違って、この子は不幸ばかりの人生だったのだから。ささやかな幸せも、親によって破壊されてしまったせいで負の感情しか無くなってしまっている。
「こんな世界いらん……もういらんのじゃ。病気も治らん。親にゃ裏切られとるし、もう死んどる。なのにわしゃあ死ぬることも出来んかった」
一言口に出してしまえば、そこからは溢れるように言葉が紡ぎ出される。それはもう呪詛そのものであった。
この世への悪意、味わった恐怖、現状への憤怒、今も湧き上がる憎悪、先のない絶望……蓄積された負の感情が溢れ出していた。それ故に闘争を求め、殺意の中、破滅を願い、人類を絶滅させ、世界を滅亡させようと考えてしまったのだ。
それを邪神降臨の媒介にされたわけだ。今でこそ邪神なんていないが、ここまでの感情は簡単には消えない。当時のままの思考のまま、今に至っていた。もしここにあの邪神が残っていたら、嬉々としてまた依代にしていただろう。当人もそれを望むだろうし。
「もう何も信じられん。だからあの神様と組んだんじゃ。わしの願いを叶えてくれる言うたからな。わしの身体がありゃこの世界に顕現出来る言うから、喜んで使わしたった」
「その結果がこれかい」
「ふざけた世界が端から壊れる様は、正直せいせいしたわ。わしゃあ海の底でそれを見ているだけじゃったが、あの神様はようやってくれた」
完全に壊れている。悪意に呑み込まれて、善悪の区別も出来なくなっている。いや、むしろその区別が
過去を知っているからこそ同情の余地があったのだが、本人の口からこれを聞いてしまうと、その意思が薄れていってしまう。
村雨のときのように魂が邪神に侵食されたままという可能性もある。奴そのものはこの世界から消えているが、その身体を捨てたとはいえ、この依代の少女に対して分霊による治療をしたわけではない。
しかし、私から分霊の力は失われてしまった。同期値がどちらも0なのだから、魂に触れることも出来ないだろう。試したわけでは無いが。
「で、わしをどうするつもりじゃ。殺すんなら殺しとくれ。わしゃあこんな世界にいたくない。壊そうとしても壊せんかった。なら、わしがいなくなるのが一番手っ取り早いんじゃ。ほれ、殺しとくれ」
「アンタねぇ……」
「何を躊躇うことがある。わしゃあ街をいくつも滅ぼしておる。人も何人も殺しておる。裁判にかけられたら間違いなく死刑じゃ。誰に殺されても変わらん。早けりゃ早い方がええ」
こうなってくると、もう自暴自棄にも見える。この世界が嫌だから、まずは邪神と組んで壊そうとした。それに失敗したから、今度は死にたいと駄々を捏ね始める。
それは私が許せなかった。邪神と同調していたとはいえ、その意思があったのなら罪はあると考えてもいい。この子の意思が交じった状態で、私の両親は殺されたと言える。
村雨だってそうだ。依代の少女の言葉を聞き、握り締めた拳がプルプルと震えているのが見えた。
「……アタシの意思を伝えよう。アタシはアンタを殺すつもりなんて毛頭無い。むしろ、今の言葉を聞いて尚更だ。命は絶対に奪わない」
「なんでじゃ」
「その死は逃げだ」
言いながらも、傷付けるようなことはしない。殴ることも蹴ることも、むしろドックから引っ張り出そうとすらしなかった。
「アンタの今言ったことが本心であると仮定しよう。だが、そうだったとしたら尚更死んで逃げんな。邪神に全てを奪われた奴らに対して、何の言葉もないまま罪も償わずに死を望むなんざ、調子いいこと言ってんじゃないよバカタレ」
ドスの利いた声で、殆ど脅すような言い方。竦み上がる程の恐怖で、ミコトが私の腕を掴んできた。その手は微かに震えており、空城司令の気迫に気圧されている。自分が言われたわけでは無いのに、心臓を鷲掴みにされたかのような緊張感。
それを真正面からぶつけられている依代の少女も、その声と睨み付ける顔に、冷や汗をかき始めていた。
「アンタが死を望むなら、絶対に殺さない。むしろなんでそんな奴のためにこっちが手を汚さないといけないんだい。少し考えればわかることだろうに」
「なんじゃ、甘ちゃんか?」
「アタシらをキレさせて自分の思い通りにしようったってそうはいかない。アタシは激戦潜り抜けてきたオトナなんでね。そんなゴミみたいな煽りで感情的にゃならないんだ。残念だったね」
まだ威圧は終わらない。むしろどんどん増している。表に出していないだけで、空城司令の怒りは頂点に達している。その言葉通り、そこまで行っても感情的になっていないだけ。ギリギリ我慢出来ている私達とは違う、大人の対応。
「そもそも今の言葉がアンタの本心かどうかもわからないからね。それがわかるまでは少なくともアンタをどうこうすることは無い」
「どういうことじゃ」
「アンタがわからないわけ無いんじゃないかい?」
ピクリと反応したがそこまで。確かに本心を隠しているような言動。私や村雨には気に入らない態度も見せたが、それは本心を隠す虚勢だったとしたら、それをどうにかして探りたい。
「元帥閣下。この依代はこちらで預からせてもらっていいかい。陽炎や村雨がいる中で生活させた方がいいと思うんでね」
「……救出した者はここに所属する流れになっている。何かあったらすぐに連絡するように」
「ああ、勿論だ」
颯元帥からの許可も貰えたため、この依代の少女はこの鎮守府所属ということになる。その間に、本心を探りたい。
最悪な目覚めとなった依代の少女だが、本当に救えるのだろうか。今口にしていた言葉が本心だった場合、こんなものどうにもならないのではないだろうか。
いや、ここで諦めていてはいけない。救うと決めたんだから、前向きにいかなくては。
悪意に満ちた依代の少女。あれだけのことがあったら仕方ないかもしれないけど、その心の奥には何があるのでしょうか。