異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
この鎮守府で初めての夜を過ごす依代の少女が気になったため、その様子を見に行くことにした私、陽炎と仲間達。
神州丸さんも部屋の前に居なくなっていた時間帯に部屋の中をそっと覗くと、ちゃんと寝ている寝息が聞こえたのだが、安心したのも束の間、突如悪夢に魘される。
どうにかして依代の少女を起こした私達は、落ち着くまで部屋にいてあげることにした。私の時に慣れていたおかげか、沖波と磯波はタオルやら水やらを用意するために一度退室。私と萩風、ミコトは、依代の少女の震えが止まるまで手を握ってやり、落ち着いてもらう。
「わかるよ。私達もさ、悪夢で酷い目に遭ったから」
経験がある分、この辛さはわかる。どんな夢でこんなことになったかはわからないが、少なくとも当時の行動を反芻させられるのが定番。最愛の者を殺す瞬間を何度も見せられるとか。萩風も少し辛そうな表情を見せるが、今はもう乗り越えられているので大丈夫。
この子はこれが初めてのことだ。最初から最後までを見せ付けられているというのなら、悪夢はこの程度では済まない。
「……嫌でも……思い出すんじゃ……。あの時のことを……」
「あの時って……客船の時のこと?」
「……ああ」
この子にとって一番辛い出来事といえば、この世界を滅ぼしたくなる程に憎くなった当日のこと。
そんなことを私達に溢すほどに精神的にも疲弊している。いざ眠ろうとしてそんな夢を見てしまったら、嫌でもこうなってしまうかもしれない。目を覚ました瞬間に涙が溢れる程だし、当時のそのままを夢に見てしまったのだと思う。
当時のそれということは、襲撃され阿鼻叫喚の最中に逃げ惑い、次々と乗客が殺されていく中で唯一生き残って、静まり返った後に沈んでいく客船の中で助からないことを悟るというホラー映画も裸足で逃げ出すようなノンフィクション。
周りには死体。窓の外は真っ暗闇で、海中に沈んでいくだけの風景。ゆっくりと自分の命が尽きていくなんて、発狂してもおかしくない。むしろ発狂したようなものだ。
「嫌じゃなかったら話くらい聞くよ。独りで抱え込むよりはいいかもしれないし」
「……話すこたぁ無い。別にわしを構わんでええ……」
こう言いながらも、震えは止まらない。一度夢として鮮明に思い返してしまったため、その時の恐怖が身体を震えさせているのだろう。
私達の悪夢は、現実的にはあり得ないような最悪な瞬間。家族が死に、街が滅ぶ瞬間を見せられるもの。恐怖より、悲しみや怒りの方が大きい。しかし、それはこの子の見たであろう
それがあるから余計に心配になる。寝るたびに死を覚悟した瞬間、発狂寸前の状況を何度も鮮明に見せ付けられるとか、私だって嫌だ。それ程の恐怖を感じたことは、おそらく今までに無いのだから、何処までのものかも見当が付かない。
「じゃあ詳しくは聞かない。でも、震えが止まるまでは側にいるから。深呼吸でもした方がいいかもしれない。ほら、私達を早く出ていかせたいなら、息を落ち着けな」
簡単には出来ないだろうが、息が整うように背中を摩りながら深呼吸をさせる。孤児院で暮らしていた時、子供達にこうやることで落ち着かせることもあった。今までの経験がこういうことに役立つというものである。
この子には温もりなんていらない可能性もあるのだが、人間こういう時が一番落ち着けると思う。
「……こがいなことをされたんは、初めてじゃ」
「そうなの?」
「……わしゃあ、基本独りじゃった」
不治の病を患っていたこの子は、入退院を繰り返してたことで友人も殆どおらず、両親もその病を治療するために奔走していたため、常に孤独を味わっていたのだろう。
病院では事務的に扱われ、自宅療養だと尚のこと独りになり、楽しいと思えることなんて殆ど無かったのかもしれない。不幸に不幸が重なっている。いや、重なりすぎている。
「人間っちゅうのは、あったかいもんじゃな……じゃが、昼にもわれにゃ言うたが、わしにゃあそれを受け取る資格なんぞ無い。わしゃあ裏切り者じゃけぇ」
これは罪悪感が表に出ているのだろうか。颯元帥と話をしてからもだし、私と話しているときもそうだった。温もりを受け取る資格なんて、今までやってきたことと、今の自分の考え方に対して罪悪感が無いと出てこないような言葉だ。
それに裏切り者という言葉も。本人にとって裏切ったのは世界の方だし、教祖となった父親だ。だが、自分のことを裏切り者と言うということは、少なからず人間に対して感じるものがあるから。
「こんな時くらい、本心を隠さないでください」
それに対して、萩風が率直に言い放った。
「ずっと本心じゃ」
「違うでしょう。貴女の本心は、
確かに、嫌だ嫌だと言いながらも、震えを取るために握りしめている私達の手をそのままにしているし、出て行けとも言わない。構うなとは言っていたが、本当に嫌ならもっと激しく拒んで然るべき。
私からではこんなこと言ってあげることが出来なかった。村雨との関係で割と強いことを言う萩風だからこそ切り込んでいける。この依代の少女に対しても村雨と同じような態度で行くのは、どうしても今までのことがあるからか。
「言われてから振り払っても遅いですよ。貴女はなんだかんだこうしていることを喜んでいるでしょう」
「そんなん」
「言い逃れ出来ません。現に、姉さんに手を握られて震えは少しずつ治まっています。貴女に必要なのは
真正面から意見をぶつけていく萩風に、依代の少女は何も言えないでいた。図星を突かれているとしか思えない。
目が覚めてから今まで、私を筆頭に鎮守府の仲間達がちょっかいをかけ続けた。それによって、生前……と言っていいのかはわからないが、依代となる前よりも他者と関係を持つ機会が一気に増えている。それに対して、この子は少なからず喜んでいたと言える。
最初は出て行けだの構うなだのと言ってはいたが、蓋を開けてみればコレだ。本心から嫌がっていない。心の奥底では、人の温もりを求めている。
「友達が欲しいの? なら、僕は友達になるよ! 喧嘩するより仲良くしてた方が楽しいもん」
ミコトはより一層温もりを与えるため、手だけではなく抱きつくまでしてしまった。あまりにも急なことだったため、依代の少女は完全に硬直してしまう。
「んー、なんかしっとりしてる」
「魘されて汗だくだったんだから、仕方ないでしょ。ほら、ちょっと困ってるから放れな」
「はぁい。でも、僕はそれだけ本気ってことだからね!」
今の言動は、私に言われたからやったわけではない。ミコトが自分で選んだ言葉だし、依代の少女を受け入れているという証明でもある。ミコト自身の気持ちがちゃんと出ていた。僅かな時間でも、しっかりと成長している。
「お水とタオル、持ってきたよ」
「バスタオル……で良かったよね」
ここで沖波と磯波も帰還。魘された時に必要なアイテムを手に入れてきてくれた。水は飲みやすいようにペットボトルで、タオルは全身が拭けるようにバスタオル。私のことで慣れてくれている2人ならではの完璧なチョイス。
水を渡されても拘束服で飲むのが難しそうなため、私が受け取りそのまま飲ませてあげる。なんだか嫉妬のような視線を感じたが、それは気にしないことにした。今の主役はこの子なのだから。
これも拒まず、素直に飲んでいた。単純に喉がカラカラだったからというのもあるだろうが、やはり私達を拒絶しない。萩風に指摘されたように、独りでいたくないというのが本心。
「取りに行った時に、提督に会ってね……拘束服を脱がしていいから、身体を拭いてやれって言われたの」
「オッケー。これ、ベルトで留まってるだけだよね。ちゃちゃっと脱がすよ」
まだ全員が寝静まった時間でもないだろうから、空城司令も活動中。たまたま会ったことでその辺りの許可が貰えたのはラッキーだった。
本人が来るのは控えたらしい。私達が既に対処しているというのもあるが、司令にだと反抗的な態度をとってしまいそうだし、今は同年代に囲まれていた方が落ち着けるだろうという配慮。
「……そこまでせんでも……」
「はーい、脱ぎ脱ぎしましょうねぇ」
「こ、こら、わしは砂利じゃないけぇ」
拘束服の中も、魘されていたせいで汗びっしょり。これは着替えも必要なのではないだろうか。身体を拭いた後でもこれを着直すのは少し可哀想。
と、それを見越してか磯波はバスタオルの他にも寝間着を持ってきてくれていた。寝間着と言っても替えの拘束服という感じ。信用とかそういうものではなく、体裁としてそれが選択されていた。
「大丈夫大丈夫、私これでも子供の扱いに慣れてるから。孤児院でも熱出す子とか結構いてね」
「ああ、いたいた。かくいう私もそれなりに看病してもらった思い出があるなぁ」
「そういう時は一蓮托生だからさ。身を任せて身体を拭かれなさい」
こういうことは慣れているのだ。依代の少女がそれを拒んでも、しっかり身体を拭いて綺麗さっぱりにしてあげることは出来る。流石に前を拭いてやることは出来ないから自分でやってもらうが、すぐに汗は全て拭き取られ、新しい拘束服を着せることくらいは出来た。
その間、依代の少女はダンマリ。自分の手を見ながら何かを考えているようだ。さっき起こした時も自分の手を見ようとしていたが、これは何かあるのだろうか。
「手がどうかした? ちゃんと可愛い人間の手だよ。骨じゃない」
「っ……わしゃあ……あの神様たぁ違うんじゃな。わしゃあ……もう人間なんじゃな」
やっぱり。これはおそらく夢の中で自分があの邪神となって人々を殺戮して回っている光景を見てしまったのだろう。
邪神の行いを見ていただけと言っていたが、
「そうだよ。アンタはもう人間なんだ。だから、新しい道を歩こうよ。戦いは終わったんだからさ」
「……まだ……整理出来ん。わしの身体をこんなにした世界が許せんのは変わらん。こんな身体を持ったから……おとんは狂ったし、死ぬことになったんじゃ。わしもあんなことになった。じゃけぇ……やっぱり許せん」
不治の病があることが全ての原因だと思い始めている。それはさらに良くない。
だが、ちょっと気になることがある。その病気、
「あのさ、その病気ってどんな病気なの?」
「……わしにもようわからん。免疫力っちゅうのが極端に低いらしくての、この世にある全ての病気に絶え間なく罹るようなもんらしい。ワクチンも効かんらしくての、よう言うじゃろ、一度罹った病気には耐性出来るみたいなのを。わしにゃあそういうのが無いんじゃ」
確かにそれだけ聞いたら大変とかそういう問題じゃない。感染症があれば外には出歩けないし、そうでなくても病気がついて回る、ある意味最悪な身体だ。
「それ……本当に今もなの?」
「どういうことじゃ。わしゃあもう人間の身体に戻ったんじゃろ」
「でも一度深海棲艦の身体になってるんだよね。そこから戻ったってことは、もしかしたら……」
これは可能性はある。検査する価値はあるだろう。
もしこれで病気が治っていたら、明るい一歩目が踏み出せるのではないだろうか。
こんな夜ではあるが、今後のことを考えたらそこはすぐに調べておきたい。この子の今後のために。
深海棲艦化したことにより身体が健康体になっていたら、依代の少女の気持ちはきっと変化があるでしょう。