異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
悪夢に苛まれていた依代の少女を落ち着かせている過程で、ふと気になった。この少女の不治の病は、本当にそのままなのだろうか。一度深海棲艦となり、救出され人間に戻った今、もしかしたらその不治であるはずの病が治っているのでは無いだろうか。
邪神の依代として使われているのだから、免疫力が極端に低い病弱な身体をそのまま使ってるとは思えない。特にあの邪神は、妙に慎重なところもあった。そんな奴が、少しでもマイナスになることは省いていくはずだ。
そして、それが予想通りなら、依代の少女が開き直ることの出来るきっかけになるかもしれない。人間に戻ることが出来ても不治の病のままならばお先真っ暗だとは思うが、それが失われているのなら考え方が少しは明るい方向に向かってくれるかもしれない。
「磯波、司令はまだ起きてたんだよね」
「うん、バスタオル取りに行った時に会ったから、まだ起きてると思うよ」
磯波が起きている司令を確認しているのだから、この件はすぐにでも話が出来る。やれるなら今からでも検査がしたいくらいだ。
「ごめん、今の件を司令に伝えてきてもらっていいかな。出来るなら今から検査したい」
「うん、わかった。少し行ってくるね」
私は依代の子の側にいてあげようと思うので、実際に会った磯波に向かってもらう。バスタオルを取りに行ってもらってから、まだ時間はそこまで経っていないため、おそらくすぐに出会えるはずだ。
結果として、流石にこんな時間から検査なんて出来ないと呆れられてしまった。しかし、深海棲艦化したことにより不治の病が治っている可能性というのはありそうというのも司令は理解してくれたため、明日の朝イチに検査出来るように手配はしてくれるとのこと。
そもそもどういう検査をしていたかを調査するため、そこは明日の早朝から物部司令に話を通してからのことになる。当時この子が入院していた病院に問い合わせて、検査の方法がこちらでも出来るかを確認するとのこと。
「じゃあ、明日の朝まではどうにかしないとダメだね。独りで寝られる?」
「本心を曝け出さないと損しますよ。今回は私達がたまたま気付けましたけど、ここから離れたら誰にも気付かれません。辛い思いをすることになりますけど」
萩風の言い方は少しキツめだが、スッパリと私の言いたいことを言ってくれている。
要は、明日の朝までは私達のところに来いと言っているだけだ。私が提案した時はみんな否定的だったが、こんな姿を見たら同情したようである。ミコト以外の全員が悪夢を経験しているし、その辛さを知っているのだ。
「……人間は嫌いじゃ……じゃが、あったかいところで寝たい……じゃけぇ……頼んでもええか」
「喜んで。辛いのわかってて放置するのは私達が嫌な思いするからさ。頼ればいいんだよ頼れば。私達はもう仲間なんだから」
「……わしゃあ仲間と違う」
日中の暴言は嘘のように消え、今は弱々しい女の子になっていた。悪夢を見たことで精神的にもかなり大きなダメージを受けている。しおらしくなるほどに辛い夢なのはわかるので、誰もそのことについては言わない。
一応軟禁という体裁上、部屋から連れ出すのはよろしくないように思えたが、こうなることも予期して磯波が司令から追加で許可を貰ってくれていた。なので、なんの問題もなく私達の部屋に招き入れることが出来る。
「どうせ今からは寝るだけだからさ、何も考えずに寝よ寝よ」
「あったかいのがいいなら、一緒に寝るのがいいよね。僕の隣来る? お母さんの隣は僕のモノだけど!」
「……どうでもええ……隅っこにでも置いてくれりゃあ」
「なら、私と磯波ちゃんで挟んであげよう。いいかな」
「うん……あったかい方がいいんだもんね。朝までグッスリ眠れればいいね」
依代の少女の意思はここぞとばかりに無視され、沖波と磯波に引きずられて真ん中に置かれる。サンドイッチのように挟まれることで、嫌というほど温もりを得ることに。下手したら暑いくらいかもしれなかったが、それについて何も文句を言わなかったため、2人もこのままで眠りにつくことに。
これが悪夢を失わせる要因になればよかったのだが、深夜にもう一度目を覚ますことになってしまい、まだまだ根深いことがわかる。人間に戻ったのが昨日の今日なのだから仕方あるまい。
翌朝、依代の少女は軟禁の部屋に戻し、神州丸さんにもよろしく伝えておいた。最初部屋の前に来たときにもぬけの殻だったことに驚いたようだが、すぐに事情を理解してくれた。
「それならば事前に本艦に教えていただきたかったでありますな」
「ごめんなさい。昨日の夜のことだったから、伝える時間が無くて」
「まぁ、事情がわかったので良しとしよう。脱走したかと思い、心臓が飛び出るかと思ったでありますよ」
これは本当に申し訳ないことをした。神州丸さんも寝静まったと思ってこの場を離れたようだが、その後にこんなことが起きるだなんて思っても見なかっただろう。悪夢のことを知っていたとしても、それを私達がたまたま見つけて自分の部屋に匿うなんて流石に考えない。せめて扉の前に手紙でも貼っておくべきだったと反省する。
「我々の提督殿に、彼女の診断方法を聞くのでありますな。確かに、不治の病が深海棲艦化で治療されるという可能性は無いとは言えない」
「だよね。だからって推奨なんて絶対出来ないし、もう今は無理な話なんだけど」
「うむ。これは報告書に記載するのみにして、公表されないようにしなくてはならないな。それこそ、新興宗教が生まれかねない」
深海棲艦になれば、不治の病が治る。そんなことが世間に知れたら、それこそ颯元帥が最も嫌うであろう世界の平和の崩壊に繋がってしまいかねない。
当然これについては諜報部隊として資料に纏めてもらうつもりだ。難しいとは思うが、是非とも報告してもらいたい。
「では、時が来るまでまた本艦が監視しておくのであります。ご苦労であった」
「うん、よろしくね。あと、出来れば神州丸さんもお話ししてあげて」
「ふむ、心得た。本艦で良ければ、話し相手になっておくであります」
話題があるかはさておき、孤独を拒むのなら神州丸さんとも何か会話をしていた方がいい。
私達とは年代が少し違うものの、時が止まっていた依代の少女に対しては誰が話しても共通の話題なんて難しい。だったら、何を話すかより誰と話すかに重点を置くべきだと思う。この鎮守府の仲間達全員と話せるのがベスト。寂しさは確実に紛らわせることが出来るだろう。
今の精神状態なら、拒絶では無く放置を選ぶはずだ。私は度々会いに行っていたから会話も出来たが、他はそうはいかないだろう。とはいえ、グイグイ行く者の方が多いのがこの鎮守府、嫌でも慣れていくことになる。まずは時間が残り少ないネルソンさん辺りを嗾けてみるか。
朝食後、早速物部司令との連携で検査方法を調査。調査を早急に終わらせるために、あらゆる場所にコネを持つしーちゃんも調査に参加している。追加で道具や機材の搬入が必要なら、即座に対応。使えるものを全て使って、依代の少女を調べるために尽力する。
なんとここまでを午前中で終わらせてしまった。どういうコネがあれば機材をその日中に手に入れられるのだろうか。一発モノになる可能性も加味して、まずは今日だけレンタルという形にしたとは言っていたものの、それにしても手際が良過ぎる。
それについて聞くと、たった一言『秘密です』と言われてしまった。結局最後までこの人の謎は解けず仕舞いである。流石は
その間、依代の少女の部屋には何人もの仲間達が押しかけていた。最初はやはりと言ってはなんだがネルソンさんである。まだ今日いっぱいはこの鎮守府に滞在するということで、最後の1日は楽しみたいように楽しむとのこと。
結果、依代の少女は一度も退屈することは無かったようだ。笑顔は見せないし会話らしい会話は出来なかったにせよ、拒絶も無かったとみんなが話していた。
「本当に全部揃ってますね……では、不肖速吸、やらせていただきます」
「そんなに緊張しなさんな」
「いやいやいや、これは緊張しますよ。これ大分高価な機材ですからね?」
調査出来る環境が整ってしまえば、今度は速吸さんの出番。医療に携わっていたとはいえ、ここまで濃密な検査をすることなんて初めてだと、少し緊張しながら依代の少女を調べ上げていく。
依代の少女が検査を受けていた10年以上前からは医療科学も大きく躍進しており、検査に丸一日はかかるようなものも、今では小一時間で確認出来る程になっていた。それには流石に驚いていたようだ。
「……わしの時は随分と止まっておったんじゃなぁ……」
「海の底で10年以上いる間に、こっちは艦娘の技術作れてんだ。それを医療にも役立ててんだよ」
「人間とはぶち恐ろしいもんじゃ。やっぱり信用出来ん」
最初のこともあり、司令に対しては憎まれ口は出てしまうものの、それが寂しさから来るモノだと理解しているからか、司令は生温かい視線でニヤニヤしている。なんて意地が悪い。
「はい、検査完了です。免疫力の項目でしたね」
調査の結果をさらさらと見ていく速吸さん。依代の少女は緊張が表に出てしまっており、昨晩のように小さく震えていた。
「……えぇと、心して聞いてくださいね」
「勿体ぶらんでくれ」
「貴女は今、
一瞬静まり返る。依代の少女は驚きで目を見開いていた。
「免疫力もそうなんですが、それ以外も全て調査しているんです。その結果、えぇと貴女はおおよそ15歳前後ですか、その平均値を少し上回るくらいの健康ですね。病気も無し、身体や骨にも異常は無し。体力面はおそらく長年に渡る依代生活で衰えてしまっているでしょうけど、それだけです」
「……ちゅうことは……」
「おめでとうございます。不治の病と言われていた病気、完治です。手段は褒められたものではないですが」
素直に喜んでいいものかはわからない。だが、長く身体と心を苦しめ、親を狂わせる程に蝕んでいた病は、今この時を以て完全に失われた。
教祖のやった邪神降臨は、奇しくも望みを叶えるに至ったのだ。娘の病を治すという念願は叶い、完全な健康体としてここにいる。
その後に長い年月を戦火に包まれてしまったため、手段としては最低最悪と言われても過言ではないため、誰もそれを讃えるものはいない。だが、もしこの少女の姿を見ているのなら、大いに喜んでいただろう。
「……そうか……そうか。なんでこんな病を寄越したのかと世界を恨んでいたが……おとんのおかげで治ったんじゃな……」
グスッと鼻をすする音。今までずっと見せてこなかった表情を、こんな人前で見せるようになった。司令としては何か言いたいことがあったようだが、ここは空気を読んで何も言わず。
勿論罪悪感が取り払われるようなことはないし、結局のところ親が殺されたことには変わりない。人類への憎しみと世界への恨みはまだまだ払拭はされないだろう。
だが、この不治の病が治療されたことによって、自由気ままに行動することが可能になった。明るい道への一歩を踏み出すことが出来たと言ってもいいだろう。本人が踏み出すか次第ではあるが。
「これでアンタは自由に動けるようになったわけだ。何処にいてもその病気に悩まされることはない。で、アンタはどうしたい」
「……急に言われても困る。治っとるなんて思っとらんかった。考えさせてくれんか」
「ああ、好きに考えればいい。アンタの話を聞いてくれる連中は沢山いることくらい、この1日半で痛いほど理解出来たろう」
ここからどうしたいかはこの子次第だ。拘束服はまだ脱がされるようなことはなさそうだが、扱いは大分軽くなると思われる。何せ、部屋にいても仲間達が押し掛けてくるのだから。その間にどうしたいか考えればいい。
だが、殺してくれなんて言うことはここから無くなる。病気が無くなったことで、生きる希望が少しだけでも湧いてきていた。それだけは喜ばしいことだ。
長かった後日談もそろそろ終わり。あと数話で最終回となるでしょう。依代の少女の選択は如何に。
支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/90052058
MMD静画のアイキャッチ風陽炎。137話『女神の加護』での陽炎轟沈の瞬間。絶体絶命となった瞬間、現れる女神。緊急ダメコン発動。