異端児だらけの遊撃隊   作:緋寺

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明るい未来へ

 不治の病に冒されていた依代の少女だったが、依代、つまり深海棲艦化したことにより、その病が一切無い健康体へと変貌を遂げていた。世界を呪う要因となっていた病が失われたのは、他ならぬ邪神のおかげとなったことで複雑な気分ではあるが、依代の少女としては父親の選んだ手段により願いが叶ったという事実に感極まっていた。

 その手段は決して褒められたものではない。娘の病気を治すために世界を滅ぼしかけたのだ。

 

「その……1つやりたいことがあるんじゃが……ええか」

「やりたいこと?」

「外にな、行きたいんじゃ。構わんじゃろうか」

 

 健康体であると言われたことで、どうしてもやってみたいのだと話す。

 病弱だった頃は、まともに外で遊んだことも無かったそうだ。感染症に満遍なく感染すると言われれば、周囲も気にするし自分だって外に出ようとは思わなくなるだろう。子供時代にそれでは嫌でも孤立するし、学校に通うこともなかなか出来ない。

 それが今や完全に払拭されたのだ。自由に外に出られるし、なんなら海にだって行ける。ここから行ける場所なんて高が知れているかもしれないが、どんなことでも、この子にとっては何もかもが新鮮な行動なのだ。

 

「司令、いいかな」

「ああ、構わないよ」

 

 この期に及んで鎮守府の中で暴れ回るようなことはしないだろうし、私達への敵意も今はかなり抑えられている。というか全く感じない。そのため、司令はすぐに許可してくれた。

 私に外に出ることを懇願したときの声はとても穏やかだったし、まだ笑顔は取り戻していないものの表情も柔らかかった。

 

「拘束服じゃあ外にも行きづらいだろうしね。適当な服を見繕ってやんな」

「了解。万が一のことがあっても、ミコトがいれば大丈夫だしね。監視はどうしても必要だから、みんなを呼んでくるよ。その間に着替えてもらおう。ちょっと準備しよっか」

「ああ」

 

 こうなると途端に素直になる依代の少女。負の感情はまだまだたっぷりだろうが、今は健康になった身体を知りたいという好奇心が溢れていた。

 

 

 

 準備を終えたのはなんだかんだで昼食後。拘束服を脱がされ、手っ取り早く体型が近い磯波の制服を貸してもらった。シンプルなセーラー服だが、それだけでもなんだか嬉しそうな雰囲気を醸し出している。

 

「……まともに学校も通えんかったけぇ、制服も憧れじゃった」

「わかるなぁそれ。私も制服着たのここが初めてだったからね」

 

 今日はもう鎮守府も通常運営。訓練や演習、哨戒なども執り行われている状態。完全にフリーになっているのは、明日帰投するために今日いっぱい自由に出来る支援艦隊の面々と私、陽炎。そして、異端児駆逐艦である。依代の少女と同年代であり、同じ異端児であるということで、私達が随伴に選ばれた。

 ただただ外を散歩するだけなのだが、それなりの人数になっているので、かなり規模の小さい遠足気分である。孤児院では近場の公園にみんなで散歩するなんてイベントもあったので、それを思い出した。

 

「……潮風の匂いじゃ。わしゃあ、こんな何処にでもあるもんすら、満足に感じられんかった」

「ここにいたら嫌ってほど感じることが出来るっぽい」

「みたいじゃな。そのうち飽きるのかもしれんが、今のわしにゃあ新鮮なもんじゃ」

 

 ただ外にいるだけなのに、本当に初めて見たと言わんばかり。実際、こうするのは初めてなのかもしれない。大きく深呼吸して、鎮守府の空気を堪能する。

 

「……ほんまもんの花だって殆ど見たことが無かったんじゃ」

「もっと……近くで見ていいよ」

「そうさせてもらうわ」

 

 磯波の花壇を見てもコレである。私達には至極当然なものでも、この子にとっては全てが珍しい……というか新鮮なものだった。

 テレビや動画越しになら全て知っているだろうが、触れることすらしたことがないものばかり。そこからまた病気になる可能性があるとなれば、誰も近付かせないだろうし。

 

「土は触れるなと言い切られとった。ほんの少し学校に通うときも、身体を全部包んで空気に触れんように念入りに準備させられたもんじゃ……。でも、今は触ってええんじゃな」

 

 花壇の中の土に突くように触れた。当然指先は土で汚れる。それを愛おしそうに眺めていた。土で汚れるだけでも嬉しそう。

 

 今まで病のせいでずっと禁じられてきたことが、今や何の影響もない、たわいも無いことになった。念願の()()を、これでもかと満喫する。

 ただ潮風を肌に受ける。ただ土の温もりを知る。ただ花の匂いを嗅ぐ。たったそれだけのことが、この子にとっては小さな小さな望みだったわけだ。

 

「わしにゃあ、もう制約なんて何もない。自由に生きることが出来る」

 

 空を見上げる。今日はまた言うことないくらいに晴れ渡ったいい天気。日差しが少し暑いかなと思えるくらいだったが、爽やかで気持ちいい空気。

 

「……こんなに明るい世界を、わしゃあ見たことが無かった」

 

 生まれてずっと病に苛まれ、事あるごとに床に臥すことになる人生なんて、この子にとってはお先真っ暗だっただろう。まともに生活することすら出来ず、周りに人もいない。孤独に孤独を重ねて、生きる気力すら失われていたかもしれない。

 さらにそこからは依代である。最愛の父親に裏切られる形で邪神が降臨し、さらには精神的に全てを失った。物理的にも孤独にされたことで、負の感情が爆発してしまった。

 

 だが、今は違う。病による束縛は失われた。自分の足で、何処へだっていけるようになった。失われたものは戻ってこないが、向かう先が真っ暗というわけでは無くなった。一歩踏み出すことが出来れば、明るい未来が待っている。

 

「まだ全部は取り払われとらん。あんな身体で生み出した世界は憎いし、人間のあかんところを嫌というほど見てきたから許せんのも変わらん」

「……そっか」

「じゃが……それはわしが自分から動けんかったけぇ、あかんものばかりを見せられてたのが原因じゃ。今なら……もっと世界のええ部分が見られるかもしれん」

 

 嫌なものしか見えないなら、そこから離れればいい。だが、この子は今までそれが出来なかった。身体がそれを許してくれなかった。それももう終わりだ。なんの柵もない、新しい人生が今から始められる。

 世界は悪いところばかりじゃない。ごく僅かな黒い部分に浸かってしまっていただけ。そこから外に出てしまえばいい。

 

「わしは……踏み出してええんか」

 

 そこに罪悪感が邪魔をする。自分のせいでは無いとしても、今まで依代として邪神をこの世界に留めてきたという事実がそれを阻む。それに、本人が言っていた通り、世界への恨みと人類への憎しみは残ったままなのだ。簡単には踏み出せない。

 だからこそ、私達がいる。仲間である私達が手を引っ張ってあげればいい。

 

「構わないでしょ。何のための私達だと思ってんのさ」

 

 手を差し出し、握手を求める。これがこの子の一歩目になるように。

 

「1人じゃダメなら、私達がいる。それが仲間……()()ってもんだよ」

「友達……」

 

 この子の本心は萩風が看破している。独りでいたくないこと。そして、それをどうにかする手段はとても簡単。友達を作ることだ。家族もいないこの子にとって、最も深く繋がることが出来るのは友達しかいない。

 私達はそれになれる。私だけじゃない、ここにいる全員がその気がある。そうで無かったら、独りにしないようにちょっかいをかけに行くなんてするわけがない。

 

「だからさ、まずは友達になろう。それが一歩目。その一歩目は私でどうかな」

 

 笑顔で握手を求め続ける。この手を取ってくれれば、この子は明るい未来を文字通り掴み取れるはず。

 

「……わしはまだこの世界を許しちょらん。それでもええんか」

「何も問題ないよ。みんなといれば、時間はかかるかもしれないけど薄れてくよ」

 

 沖波も一歩前に出て手を差し出す。

 

「私が馴染めてるんだから、アンタもきっと馴染める。アンタ次第だけどね」

 

 そして村雨も。長きに渡って縛られ続けていた村雨がここまで馴染めているのだから、この子が馴染めないわけがない。

 その手を取るのにはまだまだ躊躇いがあるようだ。少し俯いて考える。本当にそれでいいのか、踏み出していいのかと。私達はきっかけを作るだけ。最後に決めるのはこの子。

 

 少しだけ時間を置いて、意を決したように顔を上げる。

 

「……陽炎……沖波……村雨」

 

 初めて名前を呼ばれた気がする。何かを決意したような表情と声色。

 

「わしが言うても意味が無いかもしれんし、言うたところで気も晴れんとは思う。じゃが、わしはうぬらに言う義務がある。此度の件、げにすまんかった」

 

 不治の病が治り、心に余裕が出来たことで、この言葉に辿り着いた。決してこの子のせいでは無い。教祖となり邪神に頼ったこの子の父親が根本的な原因。だから、謝られても構わないとしか言えない。

 

「……本当の世界を見てみたい。わしの知る真っ黒な世界じゃない、もっと広い、明るい世界を、見てみたい。それを、おぬしらは見せてくれるんか」

「勿論。まぁ私達だって知ってる範囲っていうのは狭いかもだけど、少なくとも病室一部屋だけでは収まらないくらいの世界を知ってるよ」

 

 この子の思っている世界は、本当に一部。一握りの悪い部分を凝縮したような真っ暗闇だ。

 だが、本当の世界はもっと明るい。外に出ることが出来たことで、その片鱗を知ることが出来たはず。私達の手を取れば、それをもっと知ることが出来るはず。

 

「ええんか、わしが、それを求めても」

「くどいですよ。被害者である私達がいいと言ってるんですから」

 

 やはり萩風の口調は少しキツめだが、思い遣った結果の言葉だ。優しさだけでは一歩踏み出すことも難しいかもしれない。

 

「ぽい。また嫌な気分になって世界をぶっ壊そうとしても、夕立がボコボコにしたげるから安心するっぽい」

 

 ニッコリ笑って物騒なことを言い出したが、それでこそ狂犬夕立。脅しでも何でもなく、何かあっても任せろという意味での言葉だ。

 萩風と夕立は少しだけ毛色が違う言葉をかけたが、それがまた弛緩剤となって心に染み渡る。

 

「世界は……明るいよ。ここでいろいろあったとしても、みんな笑っていられるんだもん」

 

 磯波もここでいろいろあった被害者。私のせいな部分もあるが、今でも後遺症に苛まれている。だが、それでむしろ明るくなった。

 

「僕もまだこの世界あんまり知らないけど、お母さん達がこれだけ言うんだもん。きっと楽しいよ。ここがこれだけ楽しいんだから、もっともっと楽しいよ。だから、僕ともお友達になろ!」

 

 そしてミコト。これは私達に先導された結果ではなく、自分から掴み取った意思。私が望んでいる、ミコト自身の意思の片鱗だ。この場でもまだまだ成長している。

 

 ここにいる異端児全員から手を差し出され、困惑してしまっていた。私も含めた総勢7名が、その一歩目を今か今かと待ち望んでいる。誰の手をとってもいい。決意して、踏み出してもらうことが重要。

 

「……ええんか……本当に……わしが進んでも」

 

 ポロポロと涙が零れ落ちる。自分で言うのはアレだが、ここまで優しさに触れるのは生まれて初めてなのだと思う。そのせいで、感情が大きく揺さぶられているようだ。

 一歩だけ私達の方へと踏み出す。そして、

 

「ありがとう……少しずつでも、前を向けるようにやってみるけぇ……よろしく頼む」

 

 私の手を握った。これがこの子の、明るい未来への第一歩。世界への恨みと人類への憎しみを振り払う第一歩に繋がることになる。

 

 それをきっかけに、みんなが握手をしていき、さらにテンションの上がった夕立やミコトが抱きついたりベタベタ触ったりとえらいことに。それを困ったような、しかしながら一切拒むことなく受け入れていた。

 

「ぽい! それじゃあ、定番の仇名をつけないとね。あ、でも本名禁止だし、まだ艤装決まってないし、名無しなんだよね。うーん、どうしよう」

「……禁止かもしれんが、うぬらには知っておいてもらっていいじゃろ。わしの本名は……日奈(ヒナ)じゃ」

 

 なんだか親近感が湧く名前。依代の少女、日奈。

 この名前を使えるのもあと僅かとなるだろう。新しい人生のために、本来の名前を捨てる可能性もあるのだから。

 

「じゃあ、ピヨちゃんね。雛だし」

 

 速攻で決められた仇名に磯波が破裂した。相変わらずの命名センスの発揮で、明るかった世界がより明るくなる感覚。

 

「……仇名をつけられるなんて初めてじゃけぇ、なんちゅうか変な感覚じゃ。でも……はは、嬉しいもんじゃな」

 

 ようやく笑顔を見せた。ぎこちない、下手をしたら人生で初めての笑顔だったかもしれないが、門出に相応しい時間となった。

 

 

 

 ようやく、依代の少女、日奈も明るい未来に向かうことが出来る。これを以て、太陽の姫との戦いは、真に終わりを迎えたのだ。

 




本名には何処かしら艦娘名の一部が含まれるようになっています。艤装がそういうところから惹かれてくるのかもしれませんね。
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