異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
翌日、体調が良くなった私、陽炎は、空城司令にもう一度検査をしてもらえるようにお願いした。夕立をはじめとしたD型艤装の異端児からいい匂いがすると言われるようになったからである。夕立だけならば別にと思ったが、そういう冗談を言うことがない磯波や由良さんにまで言われてしまっては流石に自分自身を怪しむ。
匂いがどうのこうのの件は空城司令も聞いていたらしく、私に対しての検査の必要はあると考えていたらしい。私の方から話を振らなくても、今日はそれに時間をとるつもりだったそうだ。私も不安だが、空城司令的にも少し不安になったようである。
「記憶を取り戻すごとに、アンタは何かの段階が進んでいるように思えるね。自分で意識出来るところに何か変化はあるのかい」
「今のところは何も。昨日は体調崩しちゃったけど、今はすこぶる元気だし。外見も変わってないでしょ?」
「ああ。今のところは何もないようだね。今はそのままにしておくが、何かあったらすぐに言うんだよ。アタシにもよくわからないことになってんだアンタは」
空城司令にもお手上げ状態らしい。私のことは私にしかわからないということか。
ひとまずは再検査をすることで、何かしら変化があることがわかればいいのだが。
「もう一つ聞いておきたい。昨日見た悪夢ってのはどんな内容だった。話したくないのなら話さなくていい。嫌なことを思い出させる可能性もあるからね」
母さんが殺された後の夢。思い出すだけでも気分が悪い。だが昨日のように体調が悪くなるようなことは無かった。耐性がついたのか定かではない。
今回の夢で一番印象的だったのは、やはり赤い深海棲艦が何か意味不明な言葉を呟いていたこと。あそこまで近付かれた記憶は、当然今回が初めてのこと。
「なんか喋ってた。妙に聞き取りづらい声だった」
「なんて言ってたかわかるかい」
おかしなことを言っていたのは覚えている。その言葉の意味はわからなかったが、断片的にでも頭に染みついている言葉がある。
「我は日って言ってた。あと、陽炎となれとも」
「ふむ……意味がわからないね。独特な言い回しをする輩もいるってのは知っているが、そいつは特におかしな奴のようだ。始まりの襲撃をするような奴だし、普通とは違うことはわかるが」
私にも意味はわからない。特に後半。陽炎になれとはどういうことなのか。今の私は陽炎ではあるが、私がこうなっていること自体が、奴が仕組んだことみたいに思えてしまう。
「とにかく、今日は検査を受けてもらう。その言葉の真意はこちらでも調べてみよう。物部にも話を通しておく」
「うん、了解。検査は速吸さんでいいのかな」
「ああ、それでいい。艤装は整備班に任せる」
私の身体に影響があるのはわかるが、艤装側からの何かの可能性も考慮して、どちらも調べることになった。艤装の方は整備長と夕張さんが徹底的に調べ、私本人の方は速吸さんに隅々まで調べてもらうことに。
身体のことは相変わらず速吸さんに調べてもらう。以前にしてもらった以上の調査となるため、上から下までやれることは全て。体臭とかも測れるのなら測りたいところなのだが、その辺りはどうにもならないためパス。念のため身体測定までされた。
なんだか最近は制服を着ている時間の方が短い気がする。2日間は訓練も出来ていないし、鈍っていなければいいのだが。
「身体測定の結果として、少し言いづらいけど体重が増えてます。これは単純に筋肉がついたことで起きることなので何も問題はないです」
「ドキッとするなぁ」
「艦娘になりたての子は大概こうなりますよ」
その辺りはまぁ仕方ないこと。あれだけ運動しているのだから、腕やら腹やらに筋肉がついてもおかしくない。いろんな訓練が身になっている証拠でもあるので、危機感を覚えるようなことではない。
「で、ですね。同期値の再検査をさせてもらいました。以前の値が、M型が0、D型がマイナス……3万弱というとんでもない数値でよかったですか?」
「うん、それで大丈夫。細かい数字は忘れたけど、そんなだった」
27000だかなんだかって言われたのは覚えているが、細かくは覚えていない。とにかく大きな値とだけは覚えている。
「今回ですが、M型は相変わらず0でした。それはいいです。問題はD型の方ですね」
「どうなってた?」
「あー……心して聞いてくださいね」
真剣な顔でこちらを見据えてくる。ここの値が変わっていると言っているようなものだ。
同期値は艦娘となってから多少変化することはあるらしい。艤装を装備したことの影響なわけだが、だからと言って異常値ギリギリの者が艤装を装備したことにより異常値になる、なんて変動は無い。誤差範囲の変動だそうだ。
だが、心して聞けというほどだ。前例が無い値になってしまっているのでは無かろうか。4万くらいにまで行ってしまっているのでは。
「
「……え?」
「ですから、計測不能です。測定器がエラーを出しました。こんなことは前代未聞です」
まさかの数値すら無し。測定器で測れる範囲を超えたということか、それとも全く違う理由なのか。
「それと、それ以外は何も変わっていません。ただただ同期値がわからなくなりました。それだけです」
「え、怖い怖い怖い」
「速吸もすごく怖いです。だって、測定で見えない部分が変化しているようなものですよ。脅しているわけじゃないですが、誰も見えないところが変わってるとしか思えません」
本来艦娘となるために調査出来るあらゆることを調査しても、同期値がふざけたことになっていること以外は何も変わっていない。以前に艤装を装備したら変わるであろう場所も何も変わっていないと言われているため、ますます不安が大きくなるばかりである。
何もわからないところ、全く見えないところばかりが大きく変化しているとなったら、止めようがないということでもある。
前にも速吸さんに同じようなことを言われたが、相変わらずそこばかりが変化しているようだ。そこを検査出来る装置というのは開発してもらえないのだろうか。私だけのためになるが。
「速吸にはそうとしか言えません。力及ばず、です」
「そ、そっかぁ……私一体何なんだろうね」
「艦娘であることには変わりないですよ。数値が見えないのは怖いですが、心持ちが変わったわけではないですよね」
それは勿論だ。
母さんの死に際を思い出したことで、あの赤い深海棲艦に対しての憎しみはより増した。だが、私は艦娘であるということも自覚している。心得は刻まれ、捨てることなどしていない。匂いがどうこう言われても、
私は艦娘をやめようだなんて思っていない。どんな結果が出ようとも、それは変えるつもりは無かった。
「怖いかもしれませんが、陽炎ちゃんは陽炎ちゃんです。いつも通りの生活を続けましょう。もし精神的に辛いなら、そういうのに効く薬を用意してもらいますよ。精神安定剤みたいなものですが」
「や、やめとく。まだそこまで追い込まれてるわけじゃないし」
薬を使わなくてはいけないほど消耗はしていない。眠れないのならまた松輪に手伝ってもらうし、普段の生活には全く支障が無いのだから。今だって昨日の体調不良が嘘だったかのようにピンピンしている。
本格的にダメになったらお願いしよう。そして、その時は来ないと信じている。
「最後に一応問診という形にもなるんですが、身体に異常を感じますか?」
「今のところは何も。夕立達がいい匂いがするって言ってきたくらいで」
「その件は速吸も聞きました。速吸には感じることが出来ないのに、D型艤装適応者である異端児にしか感じられない匂いがあるんですよね」
それに関しては速吸さんもお手上げらしい。今回の検査でもその原因になりそうな部分は見当たらず、体質変化は数値上では無いと判断されている。
やはり本来確認出来ないところが確認出来るようにしていただきたい。私の心の安寧のために。
「体調が悪いわけでもなく、ただいい匂いがする……謎ですね」
「本当に。自分が何者なのかわからなくなっちゃうよ」
「さっきも言いましたが、陽炎ちゃんは陽炎ちゃんです。誰も付き合い方は変えません。何かあったら速吸を頼ってくださいね。こんな見た目でも大人ですから」
体力作りの訓練といい、この医療関係といい、本当に頼りになる人だ。見た目は同い年くらいだけど。
速吸さんの検査の後は、そのまま工廠へ。身体の検査中に、艤装の検査も徹底的にやってもらっている。
とはいえ、そもそも私側が艤装を支配するという体質上、何かしらおかしくなっていることはあっても、私の体調に関わるようなことは見当たらないと思う。艤装から何かが私の方に来ることは無いようなものなのだし。
「あ、来た来た」
「おう、お嬢ちゃん、待ってたぜ」
私が工廠に来るのを待っていた整備長と夕張さん。そこには一度バラして調査し、綺麗に磨き上げられて元に戻された私の艤装が鎮座していた。つい最近まで使っていた時より綺麗になっている。
「頼まれてた通り、中の隅々まで調査と検査をしてみたよ。D型艤装だから少しだけM型とは仕様が違うけど、一通りはやったから安心して」
「ありがとう。で、どうだったのかな」
「全く異常なしだ。中身も普通のD型艤装と何ら変わりねぇよ」
つまり、今回の件は私がただただおかしくなったということになる。これに関してはある程度予想はついていた。
悪夢を見始めたのは、艤装を装備出来るようになり艦娘となったその日の夜からだ。普通なら艤装がきっかけと考えてもおかしくない。しかし、私の場合は艤装から干渉されるのではなく、艤装側に干渉しているために、その可能性は他より少ないわけだ。
とはいえ艦娘となったこと、艤装に触れたことがトリガーにはなっているだろう。影響を与えられたから始まったのではなく、影響を与えるようになったからいろいろと始まった。何故かは不明。そこが一番怖い。
「艦娘がやれないわけじゃない。そこはお前さんの心持ちだが」
「やめるつもりは無いよ。同じこと速吸さんにも言われたけど、私は艦娘を続けていく。せっかく念願叶ったんだから」
その根幹にある理由はさておき、私は選ばれたのだ。なら、この力をそのために使っていかなくては。
「んなら人生の先輩からのアドバイスだ。挫けそうになったらすぐ他人に頼れよ。ここにいる連中はお人好しばかりだからな。悩みがあれば聞いてくれるし、手を貸してほしいなら確実に手伝ってくれる。最初からここにいた俺が言うんだから間違いないぜ」
それは何となく感じ取れた。体調不良の者がいれば、休日の者が看病するのが暗黙の了解となっている時点で、ここにいる者全員がお人好しというか優しい心根を持っているということがわかる。加古さんや隼鷹さんのようなおちゃらけている部分が目立つ人だって、根幹にはその優しさがあることだって。
なら、頼れる部分はどんどん頼るべきだ。それこそ空城司令が言っていた通り、子供は大人に甘えればいい。そして頼られたら出来ることを手伝えばいい。持ちつ持たれつがいい関係を長続きさせる一番の方法。
「艤装のことなら私達を頼ってくれればいいからさ。整備班一同、好きでこの仕事やってるんだからね」
「好きすぎて、うちの孫娘は艦娘になっちまった。こいつは戦場でも頼りになるから、甘えまくってくれ」
「たまには私も戦場に出るから、その時は頼ってくれていいよ。兵装実験軽巡夕張は伊達じゃないからね」
頼もしい限りだ。これから何度も折れるようなことがあるかもしれないが、私にはこんなにも頼れる仲間がいる。みんな優しくて泣いてしまいそう。
私の謎が解けなくても、そんなことお構いなしに関係を続けてくれるのは本当に嬉しい。
「うん、よろしくお願いします」
「素直でいい子だ。孫娘が増えたみたいに思えちまうねぇ」
「艦娘全員にそれ言ってるでしょそれ」
ケラケラ笑う整備長と夕張さんを見ていると、私の心も躍るようだった。周りが明るいと私も明るくなれる。暗いよりは明るい方がいいに決まっている。
今は気にすることはないのだ。あんな夢を見て、あんなよくわからないことを言われたとしても、私は私、艦娘の陽炎だ。信念は変わらないし、心得も忘れない。
まだ本格的な戦いに身を投じたわけではない新人も新人だが、私はこれ以上変わらない。明るく楽しいこの鎮守府で、自分の道を一歩一歩進んでいく。
結局謎はわからずですが、周りの明るさに陽炎は前向きに歩き出しました。いい匂いがするだけの普通の艦娘、今はそれでいいのです。