異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
翌日、相変わらず先日と同じ悪夢を見て目が覚める私、陽炎。母が死に、赤い深海棲艦に近付かれ、意味がわからない言葉を呟かれて手を伸ばされたところで夕立に揺すり起こされた。周囲を見ると、磯波と沖波も心配そうな顔でこちらを見ている。まだ外は暗いため、私が魘されたことでみんなを起こしてしまったらしい。
ゼエゼエ言いながらも、3人の姿を見たら少しだけ落ち着けた。ここで独りだったら余計にダメだったかもしれない。
「ゲロちゃん、やっぱり魘されてたっぽい」
「タオル用意してるから、顔拭いた方がいいよ」
沖波がタオルを用意していてくれたので、汗びっしょりになった顔を拭く。身体も汗でしっとりと濡れてしまっている。
案の定、寝る前に言っていたことが現実になってしまった。トリガーとなったのは、あの痴女にさんざん言われた私に仕込まれた謎のことだと思う。悪夢自体は進まなかったのでまだマシだが、トラウマを刺激する要因になったのは確か。
今後敵と戦って余計なことを言われるたびに悪夢を見るかもしれないと思うと萎える。
「陽炎ちゃん、お水」
「ありがと」
磯波が事前に水を用意していてくれたおかげで、カラカラの喉がすぐに潤せた。息切れも多少は落ち着く。
眠ったことで身体自体は休まっているのだが、気疲れが酷い。夢とはいえ、何度も何度も母さんの死んだ姿を見るのは辛い。
どうしても手が震えるため、誰でもいいから手を握って欲しかった。一番近くにいたのは夕立なので、夕立の手を取る。
「ごめん、ちょっとこのままでいさせて」
「大丈夫っぽい」
息が落ち着き、震えが止まるまで数分、ずっと手を握っていてもらった。辛い悪夢ではあるものの、一度見たことのある夢のおかげが、落ち着きを取り戻すまでの時間は前回よりも短かった。嫌な言い方ではあるが、2回目ともなるとあの夢に
「いてくれて本当に助かったよ。ありがとうみんな」
「どういたしまして。頼ってくれていいからね」
「うん……私達も力になるから」
困ったことに、今の私の精神状態では1人で寝ることすら出来ないらしい。今後しばらくの間、せめて悪夢を見てもここまで取り乱さなくなるまでは、誰かについてもらわないとダメかもしれない。
この後、湿ってしまった服だけは着替えて二度寝することに。布団そのものも汗で少ししっとりしてしまったがまだマシな方。
結局震えが止まった後も、夕立には手を繋いでもらっていた。おかげで今度は熟睡出来たと思う。人の温もりが一番熟睡出来る方法なのではなかろうか。
翌朝、昨日に話していた通り、空城司令に相談することにした。多分適当に話すだけでも多少は何か掴めると思う。
「で、何が相談したいんだい」
「……私って何者なのかなって」
昨日の間に諜報部隊から報告を受けているため、私が敵に言われたことも伝わっている。加えて、私が夢で聞いた赤い深海棲艦の言葉も伝えている。そこから私が思うことを打ち明けた。今日もまた悪夢を見たということを含めて。
正直な話、私が艦娘としての陽炎になったのも仕組まれたことなのではないかと思っている。何かを仕込まれたから突然マイナス同期値なんてわけのわからない数値が出ているのでは。
調査したのは1ヶ月ほど前でそこで初めて判明したわけだが、諜報部隊が赤い深海棲艦を見たのが半年前。調査していなかっただけで、半年前に私の同期値はおかしくなっていたのでは。それならいろいろと納得が行く。私の同期値がおかしくなったことを嗅ぎつけ、赤い深海棲艦はあの場所から私を見ていたというのが妥当。
そしてその同期値はついに計測不能。D型異端児にしか感じられない匂いといい、目覚めへの段階は着実に進んでいるのではなかろうか。
「アンタは陽炎だろうに。同期値が壊れちまったことは速吸から聞いているが、
だが、空城司令は私が打ち明けたことなど一切気にせずに、腕を組みながら素っ気なく言い放つ。何を当たり前のことを言っているんだと言わんばかり。
「それだけって言うけど、それがとんでもないことで……」
「アタシにゃアンタは可愛い部下で、自分のやれることを頑張っている艦娘の1人にしか見えないがね」
どうしても私がウジウジしてしまうので、空城司令は立ち上がると私の側に立った。そして、いきなり私の頭を掴むように撫で回してくる。あまりにも乱雑で、髪がクシャクシャにされてしまった。
「深海棲艦にあんなこと言われちゃ不安になるのもわかる。すまないがアタシらも解決策なんてすぐにゃ出せない。だけどね、何かあっても必ず救ってやる」
そしてそのまま抱き締められた。
「いいかい陽炎。アタシも含めて、鎮守府にいる奴らは全員アンタの味方だ。何があっても見捨てないし、最悪なことがあっても離れない。これは全員が全員に対して考えていることだ。アンタはもし誰かに何かあったら見捨てるかい?」
「そんなこと絶対にしない。私が出来ることをやる」
「いい子だ。それでこそこの鎮守府の艦娘だ。だから、アンタがどんな奴だろうが関係無いんだ。また不安になったらアタシのとこに来な。同じことをしてやるさね」
さらに撫で回された。心地良さまで感じ、思わず顔が綻ぶ。長らく忘れていた母さんの温もりに近しいものを感じた。自分でも信じられないくらいに心が落ち着いている。ずっとこうしてもらいたいと思ってしまうほど。
「あとはまぁ、強くなった実感が薄いから自信があまり持てないんだろうと思うんだアタシゃ。まだ戦いを3回しか経験していないのに、初陣は勝てたにしても2回連続で敗けてるだろう。2回目のさっさと逃げた潜水艦はともかくとして、3回目は馬鹿みたいな力を持つ姫だ。そりゃ引っかかることもあるってもんだよ」
確かに、私には勝ちの経験が殆ど無い。実戦訓練でもボコボコにされ、他の訓練でも私自身がしっかりやれたということの方が少ない方だ。周りが経験者ということもあるため、追い付くのがやっと。足を引っ張っているのでは無いかとすら思える。
「まずは強くなることだね。アンタはまだまだ伸び代があるんだ。鍛えて鍛えて、奴らの目論見なんて蹴散らしちまえ」
そうだ。昨日撤退しているときに、特訓するんだと意気込んだのだ。悪夢で落ち込んでそのことを忘れてしまっていた。
空城司令の温もりと共に、改めて決意する。私は強くなる。心身共に強くなる。そして艦娘として、世界を護るために働く。
「昨日気持ちを整理させたつもりだったのに、悪夢のせいでまたガタガタになってた。私、もっと強くなる。身体も心も、強くなるよ」
「その意気だ。アンタなら強くなれるだろうさ」
空城司令のお墨付きがあるのなら百人力だ。本当にみんなが背中を押してくれている。その期待にも応えたい。
気分も晴れやかに、今度は空城司令としーちゃんも一緒に工廠へ。強くなる第一歩として、昨日夕張さんが言っていた艤装の改修が実施されていた。
実はこれ、私以外の全員がされているものらしく、その時点で性能差というものはついていたそうだ。故に、実戦訓練でもボコボコにされるのも無理はないとのこと。最初からそれを言ってくれれば良かったのに。
「つーことで、KC-KG01-DR、陽炎改だ。今までになく気合が入ったってもんよ」
「予算超えていないだろうね」
「俺ぁその辺りはキッチリやるぜ真弓ちゃんよ。限られた予算と工数で、最高最善の改修を施してんだ。これがプロの技ってもんだろ?」
私が昨日ここに戻った後、遅くまで残り且つ今日も朝早くから作業していたという整備長が言うには、今まででも渾身の改修らしい。鎮守府にいる艦娘の艤装の改修を引き受けてきた整備長のノウハウを全て盛り込んだようなもの。
私の今までの訓練の結果を反映させ、それを最大限にまで活かせるようにした至高の逸品と自信満々に言い放つ。
「じゃあ、お嬢ちゃん。早速装備してもらえるか」
「うん、わかった」
言われるがまま、いつも通りに背中に押し当てて装備。改修されていたとしても、これは今まで私が使っていた艤装だ。改めてリンクし直すとかそういうのはなく、スムーズに装備が出来る。
だが、改修されているというだけあって、感覚的にこれが大きく変わっていることが理解出来た。いろいろなものの動きがスムーズであり、私に与えてくれる力もより大きくなっているような気がする。
「全体的に出力が上がってるからな。多分、海を疾るのも速くなってると思うぜ」
「テストした方がいいかな」
「ああ、それで不具合が見つかったらすぐに教えてもらいたいからな。その辺を軽くグルッと回ってきてくれ」
「了解」
海の上に立った時点で感覚が違う。身体が軽い。これなら今まで以上に素早く動くことが出来そうだ。
「じゃあ、行ってきます!」
軽く流してみた感じでも、小回りがやたら利く。回避性能も上がっているか。
今まで以上に私の思い通りに艤装が動いてくれるように思えた。今は武器を装備していないが、各種スペックがしっかり底上げされているのが今の時点でわかった。
「みんなが私を後押ししてくれてる。ここの人達は本当にいい人ばかりだ」
少し沖に出たことで誰からも聞こえないところに来たので、独りごちた。
仲間は空城司令や艦娘だけじゃない。整備班や妖精さんみたいな、この鎮守府にいるみんなが私のことを強くしてくれる。いろんな人の手を借りて、私は強くなっているのだ。なら、その人達のことを護らなくちゃいけない。恩を仇で返すわけにはいかない。
「勿論、アンタもだよ」
本来の在り方とは変えてしまった、私が支配してしまったという艤装に向けて呟いた。無機質で感情もない機械かもしれないが、私の一番身近にいる、私を守ってくれる相棒だ。私の思い通りに動いてくれるからこそ、私はより高みへと向かえる。
「一緒に行こう。艦娘陽炎として、ねっ」
空を仰ぐと、雲一つない晴天。その空と同じように、私の心は澄み渡っている。悪夢を見て魘されたことも嘘のように、穏やかな気持ちだった。
私は艦娘としてまた一歩進めたのではないだろうか。艤装を改修してもらって強くなっただけじゃない。艦娘としての在り方が、次のステージに進めたのだと思う。
その後、近海を適当に駆け回り、艤装のスペックアップを大いに実感したところで工廠に戻る。不思議と疲れもそんなに感じていないような気がする。普通これだけスペックが上がっていたら燃費も悪くなっていて然るべきだと思うのだが、そこは気の持ちようかもしれない。
「どうだったよお嬢ちゃん」
「うん、すごいね。使いやすくなってる。悪いところなんて見つけられないくらいだったよ」
「そいつぁよかった。俺の最高傑作だからよ」
渾身の自信作が気に入ってもらえてよかったと、ニコニコしている整備長。実際、昨日まで使っていたものよりも数段上の力を発揮しているように思えた。海を駆けるだけでコレなのだから、武器もそれ相応に強化されているのだろう。
「今までのデータが貯まってたからな。武装も全部お嬢ちゃん専用にチューンナップしてるから期待してくれ」
「わ、楽しみ! 整備長、ありがとう!」
「おう、どういたしましてだ。あと、武装のフルチューンは俺じゃなく整備の若い奴らがやってるからか。アイツらにも礼を言ってやってくれ」
工廠の裏側で、若い人達がみんな手を振っていた。あの人は主砲の、その別の人は魚雷の、また別の人は高角砲の、と担当する武装も千差万別。そのスペシャリスト達全員が、私の成長に貢献してくれている。
海の上でも感じたみんなの力をまた実感出来て、感無量だった。これだけ大勢が後押ししてくれているのだから、ウジウジしている余裕なんてない。
「ありがとうみんな! 私、もっと強くなるから!」
拳を突き上げて、整備班のみんなに向けて宣言した。私の叫びに、工廠が沸いた。
みんな私の事情は知っていることだろう。それでもお構いなしにここまで尽くしてくれるのだ。本当にありがたい。
まだまだ私の進む艦娘の道は中盤にすら差し掛かっていないだろう。でも、今の私なら足取り軽やかに進むことが出来そうだ。
私が前に進むための力は、私だけの力じゃない。みんなが後ろから押してくれるから進めるのだ。
今回の鎮守府は、提督以外の非艦娘雇用者が結構多いです。そちらにスポットが当たることもあるかもしれませんね。整備班の若い兄ちゃんが陽炎のことを……みたいな。