異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
ヤンデレ姫との戦闘後、すぐに鎮守府へ帰投。怪我を負った中でも特に重傷だった青葉さんと夕立は、すぐにドックでの治療に回される。青葉さんに至っては気を失っており、鎮守府に到着するまでに結局目を覚ますことはなかったため、整備班の人達が力を合わせてドックへと運んでいった。
艤装を外した時点で人間に戻るわけだが、最悪な場合それで身体が耐えられずに命を落とすというケースも無くはないと聞いた。そんなことが無いようにするために、大急ぎで治療を開始する。
夕立も主砲が持てなくなるくらいの重傷を負っていたため、急ぎでドックへ。酷く落ち込んでいたものの、今は傷を治さないとどうにもならない。爆発を喰らったことで治療が必要な霧島さんに連れられて、工廠の奥へと消えていった。
「陽炎、ちょっといいかい」
空城司令に呼び止められる。
「今回の姫のことは神州丸から聞いた。大丈夫かい」
「あはは……まぁ、今までとは違う意味で衝撃的だったかな」
狂った好意をぶつけられ続け、さらには15歳の私には相当刺激の強い行動の数々を目の前で見せつけられたのは、大きなショックだったと思う。そりゃあ私だって年頃な女の子なのでそういう知識くらいは持っているが、それを人前でああやってやらかすのは、おかしいとしか言いようがなかった。
ある意味トラウマになりそうなものを見たので、空城司令はそこを心配してくれているのだろう。
「大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったら、大丈夫じゃないけど、今は気にしてる暇もないかも」
当然ショックは受けている。私がようやくトントンくらいになれた夕立が一撃の下にやられてしまったのを目の当たりにしたのだ。あの時奴は私を相手としても見ていなかったが、もし戦うことになったら今の私では100%負ける。そうなった時のことを考えると怖くて怖くて仕方がない。
だからこそ、まだまだ鍛えなくてはいけない。焦ってはいけないとは思うが、なるべく早く強くなりたい。何せ、今度は自分からこちらに来ると言っていたのだ。それまでに、私でも撃退出来るくらいにはなりたかった。恐怖を払拭するためでもあるが、それ以上に自らの手でアレをどうにかしたい。
「精神的に折れているような事はないんだね?」
「それは無い……と思う。嫌な夢は見そうだけど、大丈夫。私、もっと強くなりたいもん」
少し驚いたような表情を見せるが、すぐにそれをやめて笑顔でグシグシと頭を撫でられる。
「また落ち込むかと思っていたが、十分強くなってるじゃないか。子供の成長ってのは早いもんだ」
「怖いよ、すごく」
何度も負けて、酷い目に遭って、悪夢まで見て心が擦り切れかけたけど、今は少しだけ自信がついてきた。これもみんなのおかげ。訓練に付き合ってもらったり、眠れない夜を一緒に寝てもらったり、艤装の改修をしてもらったりで、私は以前よりも格段に強くなれただろう。
心身共に鍛えて、私はもっと強くなりたい。まずはあのヤンデレ姫を、私の手で追い返すことが出来るくらいにまで強く。
「目覚めがどうとかさんざん言われたけど、そんなことになって堪るかっての。私は私、陽炎のまま、アイツらをぶっ飛ばしてやるんだから」
「その調子だ。なら、アタシもアンタをもう一段階上に上げられるようにしてやらないとね。強くなりたいって願い、叶えてやれるかもしれない」
強くなれるならいくらでもバッチコイだ。今以上にハードな訓練だってやってやる。
そこで、と空城司令が私に向き直り話してくれる。
「アンタの艤装には、もう一段階の改装があるんだ。通称、改二だよ」
「改二……」
今の私は陽炎改、つまり一段階目の改装が終わったところである。そこにもう一段階の改修を施すことが出来るらしい。改装をすればするほど艤装そのものが強化され、延いては私自身が今以上に強くなれるのだ。それは願ってもないことだ。
しかし、改まって言うくらいなのだから、何かしら問題点があるのだろう。改装を施すこと自体に抵抗があるような言い方。
「改二は選ばれた艤装にのみあるリミッターを外すような行為だ。ある程度練度を上げて、心身共に鍛えてからでないと出来ない。艤装の影響を受ける普通の艦娘はその影響が段違いに上がっちまう。鍛えておかないと身体が耐えられないんだ」
例えば既に改二改装が施されているのは木曾さん。普通ではない量の魚雷を放つことが出来、屈指の雷撃能力を手に入れているが、加古さんや衣笠さんも改二のようで、それ故に旗艦に選ばれることが多い。
それに至るまでは相当な努力を積んでいるという。血の滲むような努力であの力を手に入れたのだそうだ。そうでなくては、艤装の影響で身体が壊れてしまうのだとか。
私の場合は逆、影響を受けるのではなく与える方なので、改二でどうなるかわからないが、鍛えておかないと耐えられないというのは同じの可能性がある。むしろ、他よりもさらにハードルが高くなってしまっている可能性がある。
「その辺りは工廠の整備班が調べてくれている。アンタはそこに辿り着けるように鍛えてもらう。他の連中も、出来ることなら全員そのレベルに達してもらう必要があるんだ。構わないね」
「勿論。絶対強くなる。やれることは何だってやるよ。そうしないと、あんな変態ヤンデレストーカーにめちゃくちゃにされちゃう」
私をどうこうするというのもあるが、あんなのを野放しにしていたら護るべき世界がめちゃくちゃにされてしまう。私は艦娘なのだから、私への被害よりもそちらの方が心配である。
「よし、なら明日からは改二改装のための訓練をしてもらう。いいね?」
「了解!」
より強くなるため、私は新しい道を提示された。その道を避ける理由はないため、喜んで歩いて行こう。それが荊棘の道だとしても、一向に構わない。
夕立の治療は、夕食後には終わるということなので、迎えに行くことにした。今日は私ではなく夕立に添い寝が必要な精神状態な気がしたからだ。それこそ私ではなく夕立が悪夢に魘される可能性だってある。
夕食後に異端児駆逐艦総出で工廠に迎えに行くと、ちょうど夕立の治療が終わったらしく、どんよりとした空気の中俯いた夕立がトボトボと歩いてきていた。しっかり折られた腕も動いているため、治療は成功したようだ。相変わらずここの技術は凄まじい。
「夕立……」
「あ、みんな……夕立治療終わったっぽい」
声からしていつもの雰囲気と違う。あの時の敗北を嫌でも反芻してしまっているらしく、笑顔もなく目を合わせることも出来ない。
「夕立ちゃん、大丈夫……?」
「……大丈夫じゃない。悔しい。すごく悔しい」
やっぱりヤンデレ姫との戦闘による敗北を物凄く気にしていたようで、思い返すだけで泣きそうになっていた。
声をかけた磯波も、それだけで口を噤んでしまった。あまりにも悲痛で、いつもと違う雰囲気に言葉も出しづらい。沖波に至っては何も声をかけられなかった。
「夕立、あんなにあっさり負けたの初めてだった。まるでゴミみたいに殴り飛ばされて、それだけで戦うことが出来なくなって」
話しているうちに、床にポタポタと涙が溢れ落ちていた。
天才の夕立は、今までも殆ど負けたことが無いのだと思う。鎮守府内での訓練では、新人ということもあって勝ったり負けたりを繰り返していたのだろうが、初陣から今までの実戦では負け無し、もしくは撤退したとしても自分は無傷ということばかりだったのだろう。私が知る限りでは、今回以外で夕立が傷付いているのを見たことがない。
それが、今回は一番最初に想定外の攻撃を受け、本人の言う通りあっさりと退場。その後トドメを刺されるわけでもなく放置。まだやれると言っていてもどう考えても復帰は難しく、由良さんや霧島さんにやめろと言われてしまった。
夕立の自信を叩き折るのにはそれで充分だった。ちょっと自信過剰で、何をするにもドヤ顔を見せていた夕立が、今ではとても小さく見えた。
「みんなは夕立よりいっぱい戦ってきてる。ソナーもオキも、夕立からしたら先輩だもんね。夕立はみんなより経験が無いけど、センスがあるからって追い付いてきた。自分でもそう思ってた。でも、センスだけじゃダメって、今日嫌なくらい思い知った」
俯きながら話す夕立の腕は自然と震えていた。
「夕立、バカだったんだと思う。調子に乗って、あの変態ヤンデレストーカーのこと完全に嘗めてた。あんな気持ち悪い奴より、夕立の方が絶対強いんだって、自分でも思ってた。それでこれだもん。みんなもそう思うでしょ。バカみたいだって」
いきなり話を振られても正直困る。夕立の独白が悲痛で、なんて言ったらいいかわからない。磯波も沖波も、黙ってそれを聞いていた。
だが、夕立相手には私自身を取り繕う必要は無いと思った。思ったことを口にしてやればいいのだと、直感的に導き出した。
「バカじゃ無いでしょ。知らなかっただけで」
「でも……」
「いいじゃん、夕立。今回で今まで知らなかったこと知れたんだよね。負けて悔しいって気持ちがさ」
ちょいちょいと招き寄せる。おずおずと近付いてくる夕立の手を取ると、引き寄せて抱きしめた。身長は同じくらいだが、引っ張ったことで少しつんのめったので、夕立の顔は私の胸の中に。
孤児院でもこういうことはあった。そのときは先生や私がこうやって抱きしめて、泣き止むまで頭や背中を撫でてやる。そうすれば自然と落ち着いていくものだ。今回は背中で。
「別にさ、夕立は何も悪くないよ。何事も経験でしょ。何処で聞いたかわからない言葉だけど、死ななきゃ安いよ。しなやすしなやす」
私の胸に顔を埋めてブルブル震えている夕立。さっきももう泣き出していたが、悔しさが耐え切れずに今はもう本気で泣いてしまっている。静かではあるものの、肩がずっと震えている。
泣くことは恥ずかしいことじゃない。むしろ感情を抑えている方がストレスになって心が疲れてしまうだろう。夕立はそういうところは無意識に弁えているような気がする。いつでも感情的だから、こういうときはボロボロに泣いてしまうのは無理もない。
「夕立ちゃん、次に勝てばいいんだよ。今回は負けちゃったけど、死んでないんだから」
「うん、死ななきゃ安いよ。鍛える時間はあるんだから、みんなで頑張ろ。ね?」
磯波と沖波もそれを囲うようにして夕立を慰める。それで完全に決壊したか、声を上げて泣き出してしまった。元々少し幼い感じの夕立だったが、今は輪をかけて幼い。まるで海防艦の子達くらいにまで子供になってしまったかのように、感情的にワンワン泣いた。
少ししてようやく泣き止んだ夕立。私の服は涙やら何やらで濡れてしまったが、今からそのままお風呂なので問題は無い。夕立も夕食は後回しにして一緒にお風呂に入るということにしたようだ。
「ほら、夕立。お風呂行こ」
「……もう少しこのままで」
だが、泣き止んでもまだ私の胸から顔を離そうとしない。おそらく酷い顔になってしまっているのが恥ずかしいとかだと思う。あれだけ泣いたのだから、目元は腫れぼったくなっているだろうし、誰が見てもさっきまで泣いてたなとわかる顔になっているだろうから。
むしろ、顔をさらに押し付けるようになってきた。そういえば、と夕立の過去を思い出す。あまり甘えられることもなく、虐待まで受けていた経験があるのだから、今だけは私に思い切り甘えているのではなかろうか。それならそれで構わないが。
「ゲロちゃん、たまにこうさせて。何だかすごく落ち着くの」
「はいはい。今日辛いだろうから、また一緒に寝ようか?」
「……うん。いつもと逆だけど、一緒に寝てほしいっぽい。夕立が魘されたらゴメンね」
「いいよいいよ。私も魘されるかもしれないからさ。いつもとは違う悪夢になるかもしれないけど」
あのヤンデレ姫の夢を見てしまいそうで怖い。いつもの悪夢を塗り潰すほどのトラウマになりかけている。狂った愛情を敵から向けられるというのは、それだけでキツイ。
「磯波と沖波もまた付き合ってもらえる? 2人揃って魘されるとかあったらさ」
「うん、いいよ。私達もあの現場見てるし……」
「あれはトラウマになってもおかしくないよ。私も怖かったもん。変態ってああいうのなんだね」
私だけでなく、あの戦場にいた全員に何かしらのショックを与えたのかもしれない。そういう意味では普通以上に難敵な気がしてきた。
多分またあの姿を見たら、トラウマを呼び起こされるだろう。むしろトラウマを更新される可能性だってある。
ストレスはみんなで乗り越えていきたい。精神的な部分を鍛えるのは難しいのだから。
ヤンデレストーカーは戦場の者全員にトラウマを刻んでいったようです。