異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
その日の夜、案の定悪夢を見た。あのヤンデレ姫のせいで、今回は悪夢が
「我ハ、日。貴様ハ、我ガ熱ニテ現レル、陽炎トナレ」
あの赤い深海棲艦のよくわからない言葉。その後、私に骨のような指を向けた。以前はここで終わっていたが、今回は違う。さらに先へ。
怖くて怖くて泣きじゃくっている私の胸元に、赤い深海棲艦の指先が突き刺さらんとしていた。しかし、まだ動ける父さんがそれを阻止してくれていた。爆発で身体を強打しており、下手をしたら骨だって折れているかもしれないのに、私を守るために必死に動いてくれていた。
おそらく、娘に手を出すな的な言葉を赤い深海棲艦に叫んでいたのだと思う。震える手で骨のような指を掴み上げていた。だが、そんなことお構い無しにさらに近付いてくる。怪我をしているとはいえ、大人の男性の力でも一切止まることがない。むしろ軽く払われるだけで父さんはその場から退かされてしまった。
これにより、涙が止まらない私と赤い深海棲艦は目を合わせで相対する形になっていた。怖い。辛い。痛い。助けてほしい。あらゆる負の感情が次々と溢れ出してくる。
赤い深海棲艦はさらに近付き、もう手が届くところに来ていた。父さんが必死に止めようとするが、全く止まる気配が無い。逆に私は腰が抜けていて動くことも出来なかった。逃げればいいのに、立ち上がることすら出来ない。
「貴様ハ、陽炎」
そして、その指先が私の胸元に突き刺さった。だが、不思議なことに痛みは無かった。
「
何かが注がれるような感覚だった。これがおそらく、私がされた『何か』だ。得体の知れない『何か』が、私の中に入れられた。
ここで夢は終わる。やはり始まりの襲撃で私は赤い深海棲艦に身体を弄られているのは確定した。今までの敵の物言いからして、それくらいはわかっていたのだが、この悪夢でしっかりと自覚出来た。
翌朝、普通に目が覚めた。悪夢を見たというのに魘されていなかったらしく、冷や汗や涙などの感覚は無かった。こんなことは初めてだ。何事もないのなら素直に起きよう。
しかし、目が覚めても身動きが取れなかった。添い寝した夕立が、しっかりと私の身体を抱き枕にして眠っているからである。ガッチリとホールドされているため、私の片腕は夕立の胸に押し付けられ、下半身は蟹挟みのように抱きつかれている。
おそらく夕立も悪夢を見ていたのだと思う。しっかりと掴まれた私の腕、その袖の二の腕辺りは、涙で濡れていた。誰も気付かず静かに魘されていた可能性がある。もしくは、早い段階で魘され終わって、今は落ち着いているか。
それだけ夕立にはトラウマだったのだろう。昨晩もかなり落ち込んでいたし。私達が慰めていてもまた泣きそうになっていたし。
「夕立、朝だよ。早く起きな」
「……ぽいぃ……もう朝ぁ?」
眠そうに私の腕で目を擦りながら大欠伸する夕立。それに合わせて磯波と沖波も目を覚ます。
昨晩は夕立を慰めるために少し遅くまで起きていた。そのツケが回ってきている。私も悪夢を見たこともあり少し眠い。
「もう少しこのままがいいっぽい」
腕だけでは飽き足らず、顔を胸の方にまで持ってきた。私の胸の弾力を感じつつ、クンカクンカと匂いまで嗅いでいる。これはこれで変態っぽいのでやめていただきたい。あのヤンデレストーカーに近しい存在になってしまう。
パジャマなので制服の時よりは素材が薄く、夕立の頭の感触が割と強めに感じられる。まだ少し辛そうに、小さく震えていたため、早く起きなくてはいけないことはわかっていても頭を撫でてしまう。
「嫌な夢、見てたんでしょ」
「……うん」
予想通り。私達が起きてしまうほどに酷い魘され方はしなくても、寝ている間もトラウマを刺激されてしまったことで、また雰囲気が暗くなりつつあった。
甘えたければ甘えればいい。
「あの時の夢?」
「……ぽい。あのヤンデレストーカーにボコボコにされる夢。すごくムカつくけど、ゲロちゃんの匂いがあると落ち着くの」
D型異端児にしか感じ取れない匂いにそういう作用があるのかは知らないが、それで精神状態が安定するのならいくらでもやればいい。
だが、今は時間がよろしくない。普段と同じくらいの時間に目を覚ましているが、このままズルズル行ったら朝食を逃すことになりかねない。
「しばらくこうしてあげたいのはやまやまだけど、早く起きないと朝ご飯食べられないよ」
「それは困るっぽい。ゲロちゃんのおっぱいもう少し感じてたかったけど、今日はこの辺にしておく」
もう少し言い方というのがあると思うのだが。
と、ここで少しだけバタバタしてしまったからか、夕立だけならず布団を畳んでいる磯波も周囲の匂いを感じ取っていた。クンと鼻を鳴らすと、少しだけ疑問を感じたような表情に。
「あれ……陽炎ちゃん、匂いが少し強くなったみたいに思えるよ」
私の匂いなのに私が気付かないこの件。磯波が言うのだから間違いない。夕立が真正面から匂いを嗅いできたのはそれもあるからだろうか。磯波もなんだかうっとりしているような表情に見えた。
勿論沖波はそれを感じ取ることは出来ないため、相変わらず怪訝そうな顔をする。ちょっと羨ましがっていたが、私としては匂いだのどうなの言われるのは恥ずかしくもある。
匂いが強くなった理由なんて1つしかない。悪夢を見たことだ。
「実はね……悪夢見てたんだ。魘されるほどじゃ無くなったみたいなんだけど。その内容も更新されてたから、そのせいかもしれない」
「えっ!?」
悪夢の更新は目覚めに近付いているのと同様なのかもしれない。そう思うと、みんなの動揺は仕方ないことに思える。
しかし、それでまた落ち込んでいては前に進めない。私は私、陽炎だ。ギリギリまで向かってしまっても、目覚めなければいいだけ。それに、みんなが味方なのだから不安は無い。
「聞いていいことかわからないけど、どんな夢だったの?」
「……そうだ、ちょっと待って」
夕立が私から離れたところで、夢に出てきたことを確認したくなった。あの赤い深海棲艦は、私の胸元に指先を刺している。何かしら痕がついていてもおかしくない程に。
あの時から10年経って、その間に私は自分の身体を見続けているのだから、そんな痕が無いことくらいは理解している。それでも確認だけはしておきたい。あんな夢を見たら不安にもなる。
パジャマを思い切り脱ぐと、自分の胸元を見る。
普通。どう見ても普通。傷や痣なんて何処にもない。色が違うなんてこともない。昨日まで見続けている私の身体だ。お風呂の時に誰からも何も指摘されないのだから、見慣れているこれが一般的なもの。触れても膨らんでいるとかそういうのは無かった。
「いきなり脱ぎ出すとか、ゲロちゃん大胆っぽーい」
「ま、まさかあの変態の影響を受けちゃったとか……」
「それはない。絶対に無い」
奴は戦場でも悶えるくらいの真性のヤバい奴ではあるが、私はそう言った嗜好は持ち合わせていない。
「夢の中で、あの赤い深海棲艦の指先がここに刺さったんだ」
「さ、刺さった!?」
「うん、確かにここだった」
胸元、今で言えば谷間の一番上の辺り。
「何もおかしなところは無いけど……」
「だよね。私だってもう15年付き合ってる身体なんだから、おかしなことがあったらわかるはずなんだけどさ」
「私も5年前に見てるけど何も無かったよね。その時から変わってないし……サイズアップはすごくしてるけど」
沖波とは子供時代に一緒にお風呂に入ったこともあるが、その時から何もなく、今も当時のままの肌だ。サイズアップというところに若干力が入っていたのは気にしないことにする。こればっかりは個人差としか言えない。
まぁ今は気にしていても仕方がないか。何かされているのはわかっていたことだし、刺されたというのがわかった分進展はしたようなもの。何をされたかはわからないままだが、一生わからないままの可能性だってあり得るのだから、そこまで深刻に思わないようにしよう。
ただ、奴は気になる言葉を残していた。最後の最後、私に指を突き刺す直前の言葉。
「分霊の儀……とか言ってたんだよなぁ」
これは空城司令にしっかり説明しておこう。当事者の私にも理解が出来ないところにある。
朝食後、悪夢が更新されたことについて空城司令に説明する。覚えている限りのことを全て洗いざらい話すと、ふむと一息ついたあと深く考える素振り。
「分霊と来たかい。ますます奴は自分のことを神とでも思っているようだね」
私には意味がわからなくても、空城司令にはわかることのようだ。
「分霊…… 神の神霊を分けたものを指す言葉ですね。新しく神社を建てたりする時に聞く言葉ですが」
「そこから考えりゃ、陽炎は赤い深海棲艦の
私に埋め込まれたのは赤い深海棲艦の一部、その魂。それが今は目覚めていない状態。赤い深海棲艦そのものが分け与えられたようなものなのだから、それが目覚めたら私は奴と似たようなものになるというのも頷ける。
「身体に何の影響もないのかい」
「うん。朝に改めて確認したけど、傷とか痕とかは何も無かった。今日から突然出てきたってことも無いよ」
改めて見てもらうため、上を少しだけはだけて肌を見せる。はしたないかもしれないが、証拠を見せるためにもこれは仕方ない。
席を立って私の胸元を見に来る。しーちゃんもこれは確認しておくべきと2人して胸を凝視されることに。
「綺麗なもんだね。女の子の柔肌だ」
「少し触れますね」
しーちゃんがその場所をそっと触れた。触ったところで普通の人間の肌だと思う。さわさわと撫でられるような触れ方なので少しくすぐったい。
「違和感は何もありませんね。魂というだけあって、形のないものが入れられているのかもしれません」
「注がれてるって感じだった。何処かで眠ってるなら形があってくれてもいいんだけど」
「そういう概念からは離れているのかもしれませんね」
ありがとうございましたとしーちゃんが離れたので、服を正した。身体的な変化はやはり見られない。内面的な部分に集中している。
「磯波から、匂いが強くなったっていうは聞いてる。やっぱりまた進んじゃったのかな」
「匂いは見えないからアタシらにゃわからんが、磯波が言うんだから間違いはないだろうね。目覚めとやらにまた近付いたのは確かだろうさ」
前までならまた不安に押し潰されていたかもしれない。だが、今は違う。私は私、艦娘の陽炎だ。それに、この鎮守府のみんながついていてくれる。私が思い、周りが思ってくれるのだから、折れる要素は何処にもない。少しは強くなれたかなと思えるようになった。
「大丈夫、もう不安に押し潰されたりはしないよ。私は強くならなくちゃ」
「ああ、いい子だ。その調子で今後も頼んだよ、陽炎」
最後に頭を撫でられた。空城司令に撫でられると、何処か安心する。
「じゃあ、今日から改二を目指す訓練だ。哨戒任務や他の任務にも参加してもらう。構わないね?」
「うん、大丈夫。むしろバッチコイだよ。あの変態ヤンデレストーカーをぶっ飛ばさないといけないからね」
当面の敵は奴だ。あちらから迎えに来るとまで言っているくらいなのだから、この鎮守府近海が戦場になる可能性は大いにある。
逆に、本来の目的である工場から視線を逸らすことには成功したといえる。あちらが私に依存してくれているおかげでどうとでもなった。被害は最小限に食い止められるだろう。
「2日3日で改二に耐えられる身体を得られるなんてことは無いがね。長い目で見なくちゃいけない。だが、強くならなくちゃいけないのは確かだろう。アンタはやたらめったら狙われているからね」
「うん、自分の身体は自分で守れるようにしなくちゃ。だからもっと強くなりたい」
「いいだろう。訓練のメニューはこちらで決めておく。今日は体力作りだろうから、速吸に一任してるよ。あの子に従ってくれ」
全ての訓練がハードになると宣言された。それは一向に構わない。私は強くならなくちゃいけないのだから。
悪夢は更新されたが、まだ異変らしい異変は起きていない。なら、その間に出来ることは全部やっていこう。まずは鍛えて鍛えて鍛えまくる。身体が強くなければ耐えられるものも耐えられない。
私に魂を分け与えたことを後悔させてやる。両親の仇であることには変わりないのだから。そのためにも、私は強くなるのだ。
何処とは言いませんが、異端児駆逐艦4人の比較は夕立>陽炎>>>沖波≧磯波です。陽炎って中破グラ見ると思ったより小さめに見えるんですが、この世界線では大きい方という設定。