異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
駆逐水鬼の中から出てきた女の子は、私、陽炎が今向かっている破滅への道の成れの果てとも言える者だった。私と同じように、だが少し違う間接的な分霊を受けたことで深海棲艦と化し、5年もの間、あの巣の場所でこちらを監視していたのだ。
そうなった時のトリガーについては私には話されなかった。それを知ってしまった瞬間に私の記憶が戻ってしまう可能性が高いため、気を遣ってくれている。私としてもそれはありがたいことだ。
だが、人間としては成立しているものの、今まで深海棲艦として生きる羽目になった弊害というのも存在していた。その長い年月の間、深海棲艦という身体に堕ちていたせいで、私への執着心は後遺症とも言えるくらいに身に染みてしまっており、どうしても身体が反応してしまうらしい。
私に近過ぎるとその要素が嫌でも出てしまい、私から離れると禁断症状のようになりかねない。どうしてもメンタルケアが必要になる。
「ひとまず、各種手続きは明日やらせてもらう。待たせるようで悪いね」
「いえ……私は特殊な経緯ですから……」
やはり少し落ち込んでいた。人間に戻ることが出来たとはいえ、もう家族も友人もいない、天涯孤独の身となってしまっている。それこそ、そういうところも私と同じ。
「部屋と服は今妖精が用意している。明日改めて、皆にアンタのことは伝えよう」
「……はい」
ならせめて、これからの人生は楽しいものにしてもらいたい。人として死に、深海棲艦として死に、また人として戻ってこれたのだから、孤独を感じないようにこの鎮守府で笑顔を取り戻してもらいたいものである。その痛みと辛さを私は理解しているのだから、尚更手伝ってあげたい。
「まだ体調が大丈夫なら、陽炎に話せないことをアタシらに話してくれるかい。なるべく知っておかなけりゃいけない事なんだろう?」
「はい……お話しします。えぇと……司令、でしたか。よろしくお願いします」
「ああ、アタシらを頼ってくれりゃいい。これからのことも話していこうか」
ここからは私抜きで。検査をしていた速吸さんも退室することになった。このことは空城司令としーちゃん以外には知られないようにするとのこと。変に知って意識するくらいなら、速吸さんも別室で検査の続きをすると部屋を出た。
「メンタルケアには陽炎ちゃんにも手伝ってもらうかもしれません。構いませんか?」
「大丈夫。あの子は私と同じだから、気をかけていきたいなって思ってた」
「陽炎ちゃんもあまり気負わないようにしてくださいね。ストレス感じるなら安定剤とかありますから」
さすが元医療従事者。その気持ち、ありがたく受け取ろう。もしまた体調を崩すほどのことが起きたら頼らせてもらいたい。
翌朝。戦闘をしたことで刺激を受けたが、悪夢の更新は無し。それでも分霊の悪夢を見たので、少し気分悪く起床。魘されて飛び起きるようなことは無くなったのは喜んでいいのか悪いのか。みんなに心配をかけないようになったのは素直に喜ぶべきだとは思うが、魘されないくらいに慣れてしまったことを心配されそうでそれは良くない。
「……はぁ、憂鬱な朝だ」
魘されてはいなくとも、涙は流していたようで、グシグシと目元を拭い身体を起こす。若干の気怠さはあったものの、悪夢を見たときは毎度こうだから気にならなくなっていた。やはり慣れちゃいけないことに慣れている気がしないでもない。
「んっ、よし! 気合入れて行こう!」
頬をパンと叩いて気合を入れ直した。今日からは救出されたあの子も鎮守府に加わるのだから、暗い雰囲気でいるのはよろしくない。あの子の方がきっと辛いんだから。
手早く着替えて部屋から出ると、ちょうど真正面の部屋の扉がゆっくりと開いた。この鎮守府は廊下に対して向かい合う形で部屋が並んでいるのだが、私の部屋の真正面は空き部屋だったはずだ。なのでそこから人が出てくることはないはず。
「あっ……」
そこからおそるおそる出てきたのは昨日救出された子だった。そういえば昨日、私と速吸さんが退出する前に部屋を用意されていると言っていた。それがここだったわけだ。
「あー……よく寝られた?」
「そ、それなりに」
ギクシャクした会話になってしまった。お互いに落ち度があるわけではないのだが、何となく顔を合わせづらいのが私達である。特にあちら。
私の顔を見るだけで身体が反応してしまうという酷い後遺症のせいで、今も少し顔が赤い。最悪な場合、あらぬ妄想まで駆け巡ってしまうのかもしれない。深海棲艦と違って理性はちゃんとあるため、いきなり行動に移すようなことはしないが、悪化したらそれも時間の問題かもしれない。
「あれ、その制服」
「あ……その、妖精さんが用意してくれたのがコレで。なんでも、艤装が陽炎さんの物と同じようなものだったらしくて」
その子が着ていたのは、私と殆ど同じ制服。この子が自分から望んだわけではなく、何も言わずとも用意されたのがこれだそうだ。私と違うのはスパッツが無いことくらい。
理由はとても簡単で、この子が救出された時に最初から装備していた艤装が、まさかの陽炎型。つまり、私と同じ艤装だったからである。駆逐水鬼の艤装から生えた剛腕が、私の艤装に備え付けられているマジックアームに変化したような、そんな感じ。
「なので、艤装から名前も貰いました。今日から私は、陽炎型駆逐艦17番艦の萩風となります。陽炎さんの艤装姉妹ということになるみたいです」
「そっか、妹2人目だなーって17番艦って言った? 私艤装姉妹で言ったら妹16人もいるの!?」
「そう……なんですかね?」
いや、確か秋雲が陽炎型の末っ子とか言ってたから、最低でも17人いるということか。孤児院にいた頃でもそこまででは無かった。
実際は秋雲が19番艦であり、妹が18人いることを知るのはまだ先の話。
「なので……その、姉さんと、呼ばせてもらえると嬉しいです」
「あはは、それくらいなら大丈夫。先に1人いるからさ。好きに呼んでよ」
「ありがとうございます、陽炎姉さん」
少しだけ表情が明るく。ただでさえこの子、萩風は残念ながら私と同様に天涯孤独の身。私がそういう形で心許せる場所になるのもいいことだと思う。
だが、萩風はあまり距離を詰め過ぎると後遺症が悪化しかねない。メンタルケアに支障が出る可能性もある。その辺りは速吸さんと相談が必要かも。
「……姉が出来るというのは少し嬉しいです」
少しだけモジモジしていた。姉妹という形で距離が近くなったことで、やはり後遺症として残ってしまった私への執着心が反応してしまっている。
「大丈夫? 相当重いんでしょ?」
「は、はい、大丈夫です……陽炎姉さんと一緒にいると、自分で考えている以上に幸福感があるんです。これがいいことなのか悪いことなのか……」
「すごく複雑かなそれ……」
執着心が満たされているのだと思う。特に今は廊下とはいえ私と2人きり。駆逐水鬼が望んでいた状況を簡易的に作り出せている状況。あの時に叶わなかった理想が今出来上がっていることに幸せを感じてしまっているのではなかろうか。
「と、とにかく、今後ともよろしくお願いします。一応艦娘
見習いとついているのは、萩風としての艤装の適応者としてここにいるだけであり、正式に戦闘に参加出来るかどうかはまだ不明だからだそうだ。
空城司令の言っていた通り、艤装は持っていても艦娘として戦うことが出来ない可能性だって無くはない。戦場がトラウマになっているかもしれないし、萩風自身の思いもあるだろう。そこは強要しない。
「そうなんだ。じゃあ、よろしくね萩風」
「はい、よろしくお願いします。陽炎姉さん」
不意に握手なんてしてしまったものだから、萩風が大きく震えてしまった。声を上げなかったから良かったものの、これは本当に重症。本人の意思なくこうされているのが残念でならない。
とはいえ、友好的に接してくれるのはまだマシかと思えた。あれだけのことがあったのだから、私に対しても嫌悪感とかがあってもおかしくないと思っていたし。仲間なのだから、明るく楽しく付き合っていきたいものである。
「ところでさ、1つ聞きたかったんだけどさ、萩風って今いくつなの? 艤装姉妹で私が姉ってことになるかもしれないけど、敬語とか使われる方が余所余所しくて苦手なんだよね」
この話題を出したら途端にまた震えた。これは今までのものとは違う、あまり聞かれたくないことを聞かれたときの反応か。
「あ、話したくないのなら別に」
「いえ、これは一応話しておきます。私、正確には
ちょっとどころかかなり意外だった。学生にしか見えない大人の速吸さんタイプか。成人しているとなると、この鎮守府では軽巡洋艦や重巡洋艦も通り越して、どちらかといえば年長組に入ってしまいそうな勢い。
「あ、あの、そういうことじゃなくてですね……その、深海棲艦にされる前に15歳だったんです。それで……深海棲艦は
「あ、あー……そういうこと。実年齢20歳ってことか。身体は15歳で止まっちゃってるんだ」
「はい……なので、同い年みたいなものです」
なら尚更余所余所しさは無くしてもらいたい。磯波だって私とタメ口で話すようにしてくれているわけだし、そういうところから仲を深めていきたいものだ。
「でも、私は前からこんな感じでして……ゆっくり、ゆっくりいきませんか」
「あはは、萩風がそう言うなら、ゆっくり行こう」
「はい、そういう方向で」
元々の性格をねじ曲げろとは流石に言えない。私としてはもう少し馴れ馴れしくしてもらいたいものではあるのだが、難しいのなら無茶はさせられない。
その馴れ馴れしさが後遺症を悪化させるというのなら尚のことまずいし。
朝食の後、萩風は全員に紹介された。実際は朝食の時間から見慣れぬ艦娘がいるといろいろとちょっかいをかけられていたが、正式に人前に出たのはその時。
駆逐水鬼の中から出てきたということもしっかり話され、さらには異端児であることも説明された。D型艤装の同期値が計測不能となってしまっていたようで、そういうところも私の辿り着いてしまう終点にいたことが理解出来た。
私は先に聞いているが、艦娘としてやっていくかは今のところ考えていない。艦娘の適性があるとしても、本人の気持ちの部分もあるし。私としては無茶はしてもらいたくない。
「萩風には、巣の破壊に協力してもらうことになっている。これは昨晩に本人から申し出があった」
「はい……私はまだ場所を覚えていますので、せめてもの罪滅ぼしをさせてください」
「罪だなんて考えるんじゃないよ。アンタは利用されていたに過ぎないんだからね」
昨日の今日なのだから、表情が暗くなるのは仕方ないこと。気にするなという方が無理。身体のことも含めて、時間をかけてゆっくりと癒されてもらいたいものである。
それはそれとして、萩風は元駆逐水鬼というだけあり、自分の拠点の正確な位置はまだしっかり覚えているらしい。そういうところまではっきり覚えているから苦しんでいるわけなのだから、一長一短である。
「萩風はまだ海上移動が出来ないと思うからね。大発動艇で現地に向かってもらう。そこで巣を破壊して早々に撤退だ」
非戦闘員を戦場に連れて行き、護りながらの戦いになる可能性もある。少し難易度は高いが、この戦いを確実に終わらせることが出来るのだから、これは是非ともやっておきたい任務だ。
幸いにも、巣の周辺の深海棲艦の情報まで全て出揃っているため、対策も用意出来る。想定外は無いと言っても過言では無い。故に、駆逐艦と潜水艦、そして一番厄介な小鬼群の対策さえとれば、あの海域は攻略可能だろう。
「距離があるからね、今からすぐにやってもらうよ。萩風、アンタにも念のため艤装だけは装備してもらう。構わないかい」
「はい、大丈夫です。それで皆さんのお役に立てるのなら……」
「気負うなと言ってんだろうに」
あの場所に戻るのだって、萩風としては苦痛を伴うことなのかもしれない。それでも自分から協力してくれるというのなら、その思いを無下にしないようにしなくては。
代わりにさっさと終わらせて、萩風の気持ちを楽にしてやりたい。あの場所が無くなれば、吹っ切れることは出来ずとも、心の余裕も少しは取り戻せるような気がする。
新たに加わった仲間、萩風の明るい道は、私達が照らしてやらなくては。
元駆逐水鬼、萩風。陽炎と共にいるとどうしても身体が反応してしまう酷い後遺症持ち。感情の方はあまり表に出していませんが、混沌としたものの可能性もアリ。