異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
その日の夜、何処か懐かしい
5歳の私が、両親と共に幸せに過ごしている夢。浜辺を散歩している時の夢だった。右には父さん、左には母さんがいて、私は2人と手を繋いで笑いながら歩いていた。
浜辺を散歩するのは、小さい頃の私の楽しみでもあった。波打ち際で海を感じたり、砂浜に落ちている貝殻を拾ったり。暑い時には泳いだりもした。それを両親とするというのが特に楽しかった。だから私は海が好きだった。
だが、それをぶち壊されたのだ。あの侵略者達に。
その日もいつものように両親と共に浜辺を歩いていると、水平線の向こう側に見たこともない
あれは何と指差しながら、私は父さんに問う。それを見た父さんは嫌な予感がすると私を担ぎ上げ、すぐにそこから退避した。父さんがそんなことをし出したから、慌てながらも母さんもそれに追従する。私は訳もわからず、楽しみの時間が突然失われたことに泣き出した。
そのすぐ後だった。私達がいた浜辺が爆発したのは。私の住む街が侵略を受けたのは。
夢はここで途切れる。これが私の、1つの終わりの日。幸せだった家族との生活は破壊された日の記憶。
目を開くと慣れない天井。昨日までは孤児院の自分の部屋だったが、今日からは鎮守府に与えられた自分の部屋。
「……あの時の夢だ……」
私の頭からすっぽり抜けていた、10年前のあの出来事。侵略者により両親の命を奪われ、私自身も大怪我を負った時の記憶だ。ずっと忘れ続けていたのに、今になって何故突然思い出したのだろう。ここに来たからだろうか、それとも艦娘として戦えるようになったからだろうか。
そうだとしても、私がずっと忘れていたことの断片を思い出したのは紛れもない事実だ。両親を殺された時の始まりを思い出したことで、深海棲艦への復讐心が刺激されたかのように思えた。仇討ちをしなくてはと、変に力が入った。
「父さん……母さん……ううん、クヨクヨしてらんないよね」
酷い夢を見たため、涙目になっていたようだ。寝間着の袖でぐしぐしと目元を拭き、顔をパンと叩く。今日から訓練が始まるのに、いきなりこんなでどうする。
昨日の夜は歓迎会まで開いてくれた。同期値マイナスの件で誰もが驚いたのは言うまでもないが、その時に鎮守府の全員が私を即座に受け入れてくれたのだから、悪夢如きで潰れるわけにはいかない。
「よし、やるぞー!」
気を取り直してベッドから飛び起き、すぐに着替える。いつもと違うクローゼットの中には、昨日のうちに聞いていたいろいろな服が所狭しとかけられていた。昨日着ていたものと全く同じ制服を取り出しつつ、同じところにかけられた水着に目が行く。
「念のため着た方がいいって言ってたよね」
今日の訓練は、艦娘としての第一歩、海の上での移動。人間には絶対に出来ない
そこは夕立の忠告を守り、用意されていた水着を着ることにした。さすが鎮守府の用意してくれたもの、飾りっ気の一切ない実用性一辺倒の競泳水着。しかもサイズは完璧。検査の時にスリーサイズまできっちり測るだけのことはある。
「こういうのは着るのも初めてだなぁ。初めて尽くしだ」
その水着の上に制服を着ていく。胸元のリボンも昨日夕張さんに教えてもらったからバッチリ。下着ではなく水着を着ていること以外は昨日と同じに出来た。
ちょっとした身体への締め付けも、気を引き締める要因となり得た。気合が入るというものだ。これなら今日からの訓練にも全力で取り組める。
朝食後に執務室へ呼び出される。今日からの訓練のことを話されるのだろう。
中に入ると、案の定木曾さんも待ち構えていた。昨日のうちに聞いていたので、これからの訓練を見てくれるというのは知っている。
執務室に入るのは当然初めてなのだが、中は別段何もないというか、結構雰囲気ある机と周辺の海の地図に大きなソファがあるくらい。多分よくある執務室。あとはしーちゃんが書類の中に紛れ込んでいる感じがしてちょっと面白かった。
「言っていた通り、今日から艦娘としての訓練を始めてもらうよ」
「はーい。よろしくお願いしまーす」
新しいことをするというのは楽しいものだ。それで痛い目を見るかもしれないが、私にはこれが念願だった。
「昨日聞いていたろうが、訓練は木曾に見てもらうよ。何をするかも聞いているね」
「まずは海の上に立つこと!」
「そうだ。それが出来なきゃ艦娘じゃないからね」
艤装を装備したら何でも出来るというわけではないことは理解している。霧島さんと陸奥さんの激しい訓練を目の当たりにしているし。強くなるために訓練はするし、強くなったって訓練は続ける。そうしなければ艦娘としての自分が維持出来ないのだと思う。
「まぁ最速でも今日中ってとこだろ。誰が一番早かったっけか」
「アタシが記憶している限りでは霧島の初日だね。何回か水没はしてたが、あの子は意地だけでどうにかしちまった」
「単純にすげぇよ霧島さんは」
霧島さんとも歓迎会の時に話をさせてもらった。訓練の時のような苛烈さは何処へやら、とても話しやすい礼節を重んじる人で安心したのを覚えている。いつかあの人の下で働くこともあるだろう。あれなら従いやすい。
「一応中に水着着ておいたよ。夕立がビショビショスケスケになるって言ってたから」
「賢明だね。制服を着てきているのも間違っちゃいない。実際に戦場に立つ姿で訓練するべきだ」
今回の選択は間違っていないようだ。事前に警告してくれた夕立にも感謝。
「ちなみに聞いておきたいんだが、陽炎、アンタは泳げるかい」
「うん、元々海の近くの街に住んでたからね。その時から泳げるよ。ここ最近は海に出れてないけど、大丈夫だと思う」
「なら万が一のことが起きてもいいね。稀にいるんだ。カナヅチの子が」
この訓練で水没した時に泳げなかったら大変なことになる。私は大丈夫だが、訓練中に艦娘が溺死なんて目も当てられない。
「じゃあ、行ってきな。工廠のジジイと夕張が、アンタの艤装をきっちり整備してくれているからね」
「はーい」
これより艦娘としての活動が始まるのだ。ワクワクしながら、私は訓練に向かった。
最初の訓練の場所は工廠。いきなり海に出ることなんてするわけがないとは思っていたが、まさか工廠でそのまま始めるとは思わなかった。工廠は海と繋がっているため、ここでも訓練場と同じことは出来る。
というのも、万が一艤装側の問題で海の上に立てないということが無いように、木曾さん以外にも夕張さんが訓練を見ることになっているからだ。緊急時に即整備してもらえるのというのは、なかなかの安心感である。
「はい、陽炎の艤装。初リンクの時のデータ使って、さらに馴染むように調整しておいたからね」
今回は整備長はおらず、夕張さんだけが対応。昨日と同じように専用の車で持ってきてくれた。
整備長は別件で他の艤装の整備をしているとのこと。他の整備員の人達や妖精さんも、せかせかと働いているため、工廠はいつも忙しいように見えた。
「じゃあ、前と同じようにリンクしてね。一度やってるから、イメージも簡単よ。使いたいと思えばすぐに使えると思うから」
「はーい」
今回は台座に置かれることもなく、ちょうど腰の部分に接続出来る高さに持ち上げてくれているため、そこに背中を合わせるようにしてすぐにリンク。確かにあの時とは違って、これは自分の身体だとか思い込まなくても、自在にコントロール出来そうだ。
艤装に取り付けられたマジックアームを動かして装備出来たことを確認し、艦娘としての私が出来上がる。だが、海の上に立たなければ艦娘とは言えない。
「バリ、俺の分も頼む」
「ちゃんと用意してあるよ。ちょっと待ってて」
木曾さんも私の横に立つために艤装を装備してくれる。まるで自転車や水泳の練習のように、手を繋ぎながらの訓練になるらしい。
やることはローラースケートやアイススケートと同じだ。脚だけでバランスをとって直立。そこからは滑るように移動するそうなのだが、スケートとは当然違う。
「よし、じゃあ俺が先に降りる。手、貸せ」
「う、うん、ちょっと緊張しちゃうなぁ」
艤装を装備した木曾さんが先に海に入り、こちらに手を伸ばしてきた。それを握らせてもらって、私も慎重に1歩踏み出す。
本来なら足は沈んでいくのが当たり前だ。人間が海の上に立てるわけがない。それを実現するのが、今私の背中にある艤装だ。足の裏が海面についた瞬間、
「うわ、うわっ、なんで!?」
「なんでと言われてもな、それが艦娘ってもんだ」
もう片方の足も海に下ろして、両足で海を踏み締める。木曾さんの支えがあるにしても、本当に海の上に立っている。
とはいえ、支えてもらいながら立つだけなら誰でも出来ると言われる。大苦戦して酷い目に遭ったという夕立も、ここまではすぐに出来たそうだ。そこから調子に乗ったことで水没したらしいが。
「移動もイメージだ。自分が海の上を滑走しているイメージをすることで、艤装が汲み取ってくれる。そのアームを動かすみたいにな」
どういうシステムかは知らないが、装備している者の考えを読み取って、それを実現するのが艤装なのだそうだ。だから、動けと思えばそのように動く。アームもそうだし、移動もそう。
動けと思えば動くわけだが、そのスピード調節が難しいということなのだろう。いきなり最高速が出てしまって身体が置いていかれるとか、水没を怖がってゆっくりしか動けないとか。そもそもバランスを取るのはイメージでどうにかなることではない。
「まずは手を離す。支え無しで立てるかどうかだ。ダメなやつはここでまずこける」
「ちょ、ちょっと怖いね。でも頑張る」
「なら俺からアドバイスをやろう」
手を離す前に、木曾さんからのアドバイス。
「いいか、イメージしろ。艦娘ってのは艦船、つまり船だ。船は海に浮かんでいるものだろう。今のお前はそれなんだ」
私は船である。船とは海に沈まず浮かぶもの。形は違えど性質は同じ。なら沈む道理は無い。何もしなければその場で浮かび続けることが出来る。錨が無ければ流されるかもしれないが、少なくとも沈むことは無い。
「そしてお前は人間だ。地に足付けて生きる人間だ。人間はただ立っているだけでは倒れないだろう」
私は人間である。人間とは地に足付けて立つもの。まさにそれなのだから倒れる道理は無い。何もしなければその場で立ち続けることが出来る。風があれば押されるかもしれないが、少なくとも倒れることは無い。
「人間であり船である。それが艦娘だ。
すっと、木曾さんが私から手を離す。支えの一切無い状態にされた。
私は船だ。海に浮かぶことが出来る。私は人間だ。その場に立ち続けることが出来る。それこそ、
「ほらな」
気付けばしっかりとそこに立つことが出来ていた。バランスを頑張って取っているわけでもなく、さも当然のように。これが艦娘。人間と船をどちらも成立させるもの。驚きよりも先に納得が来た。
「いや、これすごく早いよ。初っ端から普通に立てたのって誰がいたっけ」
「少なくとも俺は無理だったな。バリもだったか」
「うん。どうしても自分は人間だーってのが強くなるから、どうしても最初は沈んじゃうのよね。もしくはバランス崩して倒れるか」
夕張さんも少し驚いていた。訓練初日、しかも1発目に即座に直立出来たのはなかなかいないらしい。
「私、筋があるのかな、かな?」
「調子に乗るとこけるぞ」
「気を付けまーす」
波打つ地面に足を付けて立つだけ。そんなに難しくは思えなかった。何というか、全てが綺麗に
「じゃあ次は移動だ。さっきと同じだが、俺は意識を船側に寄せる。船はそのままの姿勢で前に進むだろう。お前もそれだ」
「ここで人間と明らかに変わるから、苦戦する子が多いのよね。夕立もここからが長かったの覚えてる」
移動は船寄り。そのままの姿勢で動く。まずはゆっくりと、そして少しずつ速度を上げる。船とはそういうもののはずだ。遠目に見たことがあるだけだが、そのように動いていればいい。
そういうイメージをした瞬間、私の足下は地面を滑るように動き出す。まるで足の下にローラーでも出来たかのようにスムーズに。しかし、足だけが先行してしまう。つまり、思い切り転ぶことになった。
「あっ、そういうことね!?」
足は意識せずに海から離れ、体勢が嫌でも崩れ、背中から着水。艤装は完全防水のため、こんなことになっても故障なんてしないが、私はずぶ濡れになってしまう。夕立の言っていたことを実感した。
下に水着を着てきて本当に良かった。私のカッターシャツは白なので、少し濡れただけで肌に貼りつき、下が透けてしまう。
「理解出来たようで何よりだ。誰でも1回は濡れるもんだからな」
「洗礼を受けた気分……」
「そいつはいい。身体で覚えてる感じがして身につくだろ」
ケラケラ笑う木曾さん。夕張さんもわかるわかると頷いている。これが艦娘みんなが通ってきた道だというのなら、逆にやる気が出るものだ。
艦娘としての生活は、いい一歩目になったのでは無いだろうか。経験出来ることは全て経験していかなくては。
陽炎はその場でサマーソルトキックした感じになりました。足下だけ急激に動いて、背中から落ちるように回転したので。