異端児だらけの遊撃隊   作:緋寺

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苦痛と悦楽

 駆逐水鬼の巣の残党狩りを終えた帰り道、私、陽炎は今までとは比べ物にならない強烈な視線を感じた。当然周りを見てもその視線の主はいない。故に、それが誰のものかがすぐに理解出来た。太陽の姫だ。

 意図はわからないが、とにかく今の段階で私を遠くから見つめていたのは確実。そのせいで私は非常に嫌な気分で鎮守府に戻ることとなった。震えるほどの悪寒もあり、帰路の途中から体調も悪くなってきている。吐こうと思えば吐ける。名実ともにゲロちゃんになるわけにはいかない。

 

「かげろうおねぇちゃん……だいじょうぶですか……?」

「陽炎おねーさん、顔色めちゃくちゃ悪いっす!」

 

 フラつきはしないが、子供達にわかるほどに私は酷いことになっているらしい。笑顔を返したが、空元気であることも悟られていそう。

 

「あはは……あまり大丈夫じゃないかな。帰ったらすぐに休ませてもらうよ」

 

 ここまで酷いことになったのは、秋雲に太陽の姫をイラストで描いてもらった時以来だ。そういう意味では、核心に触れた時に私の身体はおかしくなるらしい。前回は記憶に大きく触れたから。今回は張本人にちょっかいをかけられたから。奴が絡むとこうなるのかも。

 

 気がかりなのは、前回酷い体調不良に襲われたときは、悪夢が更新されたこと。今回もそれがありそうである。これ以上思い出したら、本当に行ってはいけないところに行ってしまいそうで怖い。

 そしてもう一つ、私はあの体調不良の後から、夕立筆頭に()()()()()()()と言われるようになり、同期値が計測不能になった。同じような変化がまたあったら、私はどうなってしまうのか。

 

「よる……またまつわたちのへやに……きますか」

「そうだね。風邪だったら移しちゃうかもしれないけど、ただおかしいだけだから。うん、今からは一人で寝るけど、調子が良ければ夜はお願いしていいかな」

「はい……!」

 

 嬉しそうにしている松輪。こうやって懐かれているのはありがたいことだ。それに、松輪を抱き枕にすると気持ちよく寝られるのは実証済み。子供体温は癒し。

 他の子達も歓迎してくれるようで、大鷹も許可を出してくれた。まずは帰って一休みしてから、夜はまた癒してもらおう。

 

 視線を感じたのはあの時の一瞬だけだったおかげで、そこからは何事もなく鎮守府に帰投完了。

 しかし、鎮守府が視界に入った瞬間にドッと疲れが出て大きくフラつく。まだ倒れるわけにはいかない。倒れるなら、せめて艤装を下ろしてから。こんなところで倒れたらいろんな人に迷惑がかかる。

 

「陽炎、大丈夫かい!」

 

 ゆっくりと戻ってきたところで、工廠にいた空城司令が心配してくれていた。ここに帰ってくるまでに、由良さんが鎮守府に連絡しておいてくれたらしい。

 正直なところ、さっきまでは大丈夫だったのだが、今は全く大丈夫じゃない。空城司令は前回私が倒れた時のことを知っているため、万が一倒れた時のことを考えていろいろ準備してくれていた。

 

「大丈夫……じゃないかな……」

 

 それもあっただろう。安心したのも束の間、力が抜けて海上に倒れることになってしまった。気が抜けた瞬間だった。海防艦の子供達の叫び声や、整備班の人達のバタバタとした足音が響いた。

 自分で思っている以上に、私への影響は強かったようである。これも太陽の姫の思惑なのだろうか。本当に勘弁してほしい。

 

 

 

 案の定、悪夢を見た。今回は今までと違う、太陽の姫による直接のちょっかいだったからか、最悪なことに夢は()()()()()

 

「貴様ハ、陽炎」

 

 太陽の姫の骨のような指先が、私の胸元に突き刺さる。痛みは無い。

 

「分霊ノ儀、執リ行ワン」

 

 子供の私には一体何が起きているかはわからなかった。太陽の姫の指を中心に、私の身体に何かをされているということしかわからなかった。だが、確実に私の身体には影響が出ていた。息が苦しい。身体が動かない。抵抗が出来ない。

 頭の中にも影響が及んできていた。恐怖に支配されているところに違うものが混じってくるような違和感と嫌悪感。頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような苦痛。それに対して何も出来ない絶望感。

 

 それを見た父さんはそれをやめさせようと太陽の姫に縋り付き、胸に突き刺さる指を抜くために渾身の力で抵抗するが、まるで動かず気にも留めずに分霊を続ける。だが途中から鬱陶しくなったのか、人型の深海棲艦が父さんを太陽の姫から引き剥がした。

 

「貴様ハ、我ガ分霊ヲ受ケ入レ、()()()()()()()()トナル。ソレコソガ、我ガ熱ニテ現レ、我ガ前ヲ疾ル陽炎ナリ」

 

 太陽の姫が私の胸から指を抜いた。吐き気がするような時間が終わったかと思うと、今度は身体中を熱が駆け回るかのように熱くなった。それこそ、目の前の太陽に焼き尽くされるのではないかと思えるほどに熱く、今までとは違う理由で涙が溢れ出た。

 熱い、熱い、熱い。身体がおかしい。声なき声を上げながら、意味がわからない感覚に苛まれてジタバタと暴れ回る。手や足に傷がつくことも厭わず、この苦しみを取り払いたかった。

 

 だが、突然感覚が変わった。痛みが無くなった。熱が無くなった。だが、頭はぼんやりしていた。また意味のわからない感覚に翻弄されていた。

 そして、自分の意思に関係なく身体が大きく跳ねた。頭が真っ白になるような感覚だった。それは理解出来ずとも、抗いたいようなものではなかった。今まで与えられてきた苦痛とは真逆。だから、受け入れてしまった。

 

「馴染メ、馴染メ、馴染メ」

 

 仮面のような微動だにしない顔にもかかわらず、その表情は邪悪にも神聖にも見えた。私の今までを愚弄するような、私の今からを祝福するような。

 

 それこそ、まさに()だった。

 

 

 

「んぁっ!?」

 

 変な声で目を覚ましてしまった。ベッドの上で激しく跳ねる酷い目覚め。

 気を失った後、また誰かに部屋に運んでもらえたようだった。今回はしっかり制服を全て脱がされてシャツとスパッツだけ。下着も新しいものに替えられている。戦闘の後だったし、そうしてもらえたのはありがたい。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 以前と同じように風邪でも引いたかのように身体が火照っていた。汗もビッショリ。疲れ果てて身体を動かすのも億劫になる。

 

「何あれ……馴染ませてたってこと……!?」

 

 のたうち回る程の熱量に、思考にまで染み込んできた何か。頭も身体も初めての感覚に襲われ続け、最終的には身体が跳ねるほどの衝撃になった。苦痛が取り除かれてから感じたそれは、子供には確実に理解が出来ないもの。

 二次性徴も迎えていないその時の私にはわからなかったが、それは確実に()()()()()。太陽の姫の魂が私に馴染み、理解していなくても私の身体がそれを()()()ということだ。

 

 あんなもの、太陽の姫に私の魂が強姦されたようなものじゃないか。私の意思に関係なく、精神的に屈服させられ、知らない感覚に翻弄され、挙句の果てには支配されることを無理矢理快感にさせられたのだ。

 

「っ、うぶ……」

 

 猛烈に吐きそうになった。今までに感じたことのない嫌悪感に、身体が耐えられそうに無かった。

 今吐いてしまったらベッドの上が大惨事になってしまう。どうにか耐えて、せめてトイレへ。部屋にトイレが備え付けられていればよかったのだが、残念ながらトイレは共用である。

 

「が、我慢……」

 

 フラフラと部屋を出て、出来る限り最高のスピードでトイレへ駆け込み、思い切り吐いた。胃の中が空っぽになるまで延々と。何度も吐き、咳き込み、胃液まで出したせいか涙まで溢れてきた。

 

「最悪……なんなのアイツは……なんでこんな目に遭ってんの私は……」

 

 萩風と同じ言葉が出てきた。平々凡々に日常を過ごしてきた、何の変哲もないただの幼児だった私が、何故あんな目に遭わなくてはいけなかったのだ。誰でも良かったというのなら、別に私でなくても良かったろうに。

 なのに、私が選ばれてしまった。理由は恐ろしくくだらないことなんだと思う。最初に目が合ったとか、ちょうど海にいたとか、そういう短絡的思考。たまたま巫女が欲しくて適当な人材を探していたら私がいたというだけだろう。

 

 だからこそ、余計に悔しい。まるで無差別殺人犯に殺害されるくらいの不条理。

 

「ね、姉さん、大丈夫ですか」

 

 気付かない間に萩風が後ろにいた。私が吐いている声が微かに聞こえたため、トイレの前を陣取って他の人達を入れないようにしてくれていたようだ。

 切羽詰まっていたため周りすら見えていなかったが、外は暗くなってきており、訓練が終わった後くらいの時間。大分深く眠っていたようである。

 

「あんまり……大丈夫じゃない」

「今沖波さんと磯波さんが司令や速吸さんに声をかけに行っています。具合が悪いようなら休みましょう」

「うん……ありがと」

 

 正直、一眠りしたのに身体は寝る前より悪化しているレベルだ。むしろ前回の体調不良よりも酷い。これでは海防艦の部屋で松輪抱き枕にお世話になることも出来なそう。後から謝っておかなくては。

 

「……目覚めの時が近いです」

 

 絞り出すように萩風が呟いた。一度経験し、最後まで行ってしまっている萩風だからこそ、私の現状を把握出来ているのだと思う。おそらく誰よりも理解してくれるだろう。

 その萩風が言うのだから間違いない。また私はその時に向かって足を進めてしまった。

 

「やっぱり……?」

「はい。でも、すんでのところで止まっていると思います。人の身体に戻れたことで、そういうところを明確に判断することは出来なくなってしまいましたが……」

「ううん、大丈夫。萩風が言うことは信じるよ。自分でもそうなんじゃないかなって思ったし」

 

 ひとしきり吐いたからか、幾分かスッキリはしてきた。だが身体に力が入らない。素直に空城司令と速吸さんを待った方が良さそうである。

 

「私は……『何か』を身体に入れられました。その後、身体を何かが這い回るような熱量と……頭を掻き混ぜられるような不快感……のたうち回る程の苦痛を経て……弾け飛ぶ程の()()を与えられました」

 

 私と殆ど同じだ。萩風の場合は今の身体でそれを受けているため、もろもろ理解した上で、それを上回る体験をさせられたのだと思う。

 

「そして……いえ、これがおそらく最後のトリガーです。姉さんはそれを忘れてしまっているから今の段階で留まっていられるんだと思います」

 

 萩風の考察ではこうである。

 

 私はそのトリガーは引いてしまっている。故に、その時に全ての段階を終えて、深海棲艦に変貌していてもおかしくはなかった。しかし、幼い思考では耐えられないほどのショックのせいで意識を手放し、そこでやらかしたことを全て忘れてしまったために、今もまだ人間でいられるのではないかと。艤装もそうだが、イメージの力が大きく影響する。そのイメージそのものが私の頭から全て抜け落ちているのだから、変化しないのも必然なのかもしれない。

 だが、私の中に馴染まされた太陽の姫の魂は、長い時間をかけて私を蝕み、つい最近同期値という形で発露したわけだ。おそらく太陽の姫にも想定外なのではないかとまで言う。10年もかかるなんて思っていなかったのではないかと。

 

 萩風はある程度の知識がある状態で同じことをやったため、気を失うことなくそのまま最後の段階まで迎えてしまい、一切合切忘れることなく駆逐水鬼へと変貌してしまった。それは施されたその場でだ。

 そうでない私はやはり、何処かおかしな部分があるということ。子供ならではの自己防衛本能が働いたのかもしれない。これが萩風のように最初から今の歳だったら、耐えることすら出来ずに巫女にされていた可能性が高い。

 

「絶対に思い出さないでください。深く追及もしないでください。頭にチラつかせることすらしないでほしいくらいです。私の二の舞にならないでください」

 

 心底心配そうに私の手を取って訴えてきた。駆逐水鬼のときでも忠告してきたくらいだ。この時ばかりは後遺症も出ず、真剣に私を見据えてきた。

 当然だ。私だって今の生活を手放したくない。そもそも太陽の姫は私の両親の仇だ。奴の思い通りになんてなって堪るか。私は奴を滅ぼすまで絶対に負けない。

 

「わかってるよ。私は私、艦娘陽炎だ。それを手放そうなんて絶対嫌だね」

「ならよかったです。少し安心しました」

 

 力強く応える。身体はガタガタだが、心は折れていない。絶対に目覚めてやるものか。私は私のままで奴を倒すんだ。

 

 

 

 だが、今後悪夢を見るときは毎度あれを見る可能性があると思うと気が滅入る。魂を強姦される夢とか何度も見たいものではない。

 今以上に癒される手段を用意しておいた方がいいかもしれない。それが何かは私にもわからないが。

 




太陽の姫による魂の強姦。聞こえは悪いけど、言いたいことはわかるかと。
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