異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
海防艦達が一緒に寝てくれたおかげで、爽快な目覚めとなった私、陽炎。悪夢も見ることなく、身体も随分とスッキリしており、昨日までの体調不良が嘘のようだった。
それでもぶり返してはいけないので今日1日は休暇となる。心身共に休めるのが今日の任務だ。あまり良くないことを考えないように、ひたすらに楽しいことをし続けるだけ。ベッドの上でずっと過ごすわけではない。
「熱は無いですね。食欲はどうです?」
「戻ってきたよ。もう今お腹ペコペコで」
「昨日殆ど食べてませんからね」
朝イチ、朝食前に速吸さんに検査してもらい、体調不良では無いことを保証してもらえた。自覚症状も無く、数値上でも問題ないということで、今日は好き勝手しても良いと許可が出る。
「でも、朝は控えめにしてくださいね。胃がビックリしちゃいますから」
「はーい。その辺りはいつも通りにしておくね」
「それがいいですね。また具合が悪くなったら言ってください。胃腸薬とか処方しますからね」
こういう時にそういう心得のある速吸さんがいるのは助かる。空城司令も医学関連は一任しているみたいだし、検査をする時にもここの鎮守府の全員を受け持っているらしい。
「夜にまた検査をしますから、一応安静にしておいてください。元気だからと海防艦の体育に参加したりしちゃダメですからね」
「了解。ちゃんと身体を休める」
言ってしまえば、今の私の存在は完全に
そんな私にも、誰も臆すことなく普通に接してくれる。それこそ昨日の夕立や海防艦のように、鎮守府の全員がである。それだけでも嬉しいもの。心配されるということは、見捨てられていないということだ。
「誰にも迷惑はかけないよ。私は目覚めない。最後の記憶は忘れたままでいいんだから」
「そうですね。今日は何も考えず、気楽にしていてください。安静にさえしていれば何をやってくれてもいいので」
とりあえずやることは1つ決めている。朝食後くらいに孤児院に電話して、先生達の声を聞こう。それだけで充分に心が安らぐ。
宣言通り、朝食後に孤児院に電話をかけさせてもらった。前と同じように空城司令としーちゃんの監視下である。こればっかりは仕方ないことなのだが、背中に視線が突き刺さるような感じがして少しだけ緊張するのが玉に瑕。
久しぶりに聞いた先生の声は何も変わらなかった。私が元気そうにやっているのを喜んでくれたし、危ない橋を渡っていないかと心配もしてくれた。私も笑いながら話が出来る。
子供達も我先にと受話器の奪い合い、なんだかんだで全員と話をすることが出来た。誰も欠けておらず、だからといって増えることもなく、怪我をしたり病気になったりもなかったようで何より。
「また連絡するね。うん、それじゃあね」
予定よりも長い時間になったが、有意義な時間だった。声が聞けるだけでも癒し。私の帰る場所が健在であるということが知れたことで、安心感も得られた。
「ありがとう、ちゃんと声が聞けたよ」
「そいつは良かった」
空城司令の母性溢れる笑み。私が家に電話をしている光景は、あちらも癒していたらしい。
この時だけは戦いから完全に隔離された空間だった。私もいろいろと忘れられた。本当に辛くなったら、いの一番に孤児院に連絡するのも悪くないかもしれない。
「この後はどうするんだい。速吸にも念を押されたろう」
「どうしよっかな。資料室で読書とか、食堂で甘味でも食べるとか、あとは疲れない程度に散歩かな。要するに気分転換しろってことなんだろうし」
「自覚出来ているならいいよ。何かあったらアタシらにも言いな」
空城司令になら安心して相談出来るだろう。萩風からどうなってしまうのかは聞いているはずだし、私が自由に行動しても良いと判断できるということは、今のところこの鎮守府に私の最後の記憶を呼び起こすようなことが起きないと確信出来ているからだ。
私が深く考えなければ、私から無理に紐解こうとしなければ、私は目覚めることはないだろう。それこそ、私の最後の記憶を太陽の姫本人に伝えられない限り。
「とりあえず散歩にでも行ってくる。身体が動かしたい気分だからさ」
「ああ、程々にするんだよ」
まるで風邪を引いた翌日のお母さんである。それだけ言われるのなら、ちゃんと言いつけは守らなくては。
適当に散歩する午前。以前に散歩した時は、ブラブラと歩いたところで見つけた木陰で昼寝をし、悪夢に苛まれるという苦い経験をした。今回はそこを通過して堤防の方へ。
体力作りの時にこの辺りでランニングしているため、風景自体は見慣れたものだ。あの長距離遠泳で海の中にも入っているし。それでも、気分を落ち着けるには充分な風景。見慣れていてもいい風景というのはいい風景である。
「いい天気……風も気持ちいいね」
潮風を受けながら歩く。海では訓練が行われており、その中には必死にみんなについていこうとする萩風の姿も見えた。便乗しているのが磯波で、それを見ているのが阿賀野さんという、本当に私と全く同じ道を歩いている。
やっているのはもう今では少し懐かしく思える的当て。まだ始めたばかりの萩風は、反動を抑えきれずに的にすら当たらない。同じ陽炎型だからか、形状は違えど備え付けと手持ちの2基の主砲を使っているようだが、駆逐水鬼とは勝手が違いすぎるために大苦戦中。
「私もあんなだったのかな。客観的に見るといろいろわかるもんだなぁ」
脇が締まってない。踏ん張りが利いてない。照準がズレている。遠目で見てもまだまだ素人とわかる。私も通った道だ。今は私が近くにいないのだから、後遺症の影響も無いだろう。今なら十全の力が発揮出来るのだから、頑張れ頑張れ。
「おっ、お嬢ちゃん、こんなところで珍しいな」
萩風の訓練風景を眺めていたら、突然声をかけられた。珍しい男性の声、この呼び方からして、整備長である。
「こんにちは整備長。今日はお休みもらったから、気晴らしに散歩をね」
「そいつは結構。昨日ぶっ倒れた時ゃ慌てたもんだが、楽にはなったみたいじゃねぇの」
片手にはタバコ。どうやらここにタバコを吸いに来たらしい。整備の休憩中なのだろう。
1本いいかいと聞かれたので、どうぞどうぞと快く許可。私の都合でタバコ休憩を邪魔するわけにはいかない。それでもちゃんと風下に立ってくれる辺り紳士。
「鎮守府に喫煙所とかないの?」
「工廠は火薬取り扱ってるから、溶接もすげぇ気にしながらやるくらいの場所でな。余計な面倒事増やしたくないから他の火気は厳禁なんだ。それに女所帯の居住スペースにタバコの煙なんて持ってくわけにゃいかねぇよ。海防艦みたいなガキもいるんだしな」
結果、鎮守府から少し離れたここになったわけだ。整備班には他にも喫煙者はいるようだが、全員がこの辺りで吸ってるのだとか。整備長を始め、ここにいる喫煙者は全員携帯灰皿も持参しているとのこと。この辺りに吸殻とかも落ちていないし、喫煙者のお手本みたいな人達である。
「萩風の艤装はいい動きしてるな。俺も含めて、うちの若いのが誠心誠意整備した甲斐があるってもんだぜ」
私と一緒に萩風の演習を遠目で見ながら呟いた。砲撃は当たらなくとも、しっかりと稼働していることはこんなに離れていてもわかるものらしい。
戦場には出ない完全な非戦闘員である整備班でも、艦娘と同じような目を持っている。そうでなければ整備なんて出来ないのだろう。整備長は孫がいるくらいの高齢ではあるが、眼鏡もかけていないような超健康体。
「D型艤装ってやっぱり整備しづらかったりするの?」
「そりゃあ多少はな。M型は人が作ってんだから人が弄りやすいもんだが、D型は原初の艤装だからな。弄り方もガラリと変わるんだ」
それがまた苦労するらしい。同じタイプの私と萩風の艤装はまだマシなようだが、例えば夕立のものは全然違う造りをしているし、磯波のも別物。駆逐艦だけでそれなのだから、艦種が変わるとさらに大変。特に魔法のような発艦をする天城さんの艤装は難産だったらしい。
それを可能にしているのが、この整備班の練度である。萩風の艤装は、手に入れてから翌日には仕上がっていたのだからそれがよくわかる。
「それでもみんな楽しんでやってんだぜ? 俺も楽しいからこんな歳でもやっていけてんだ」
「すごいなぁ」
「それに、俺達にも
それは、艦娘の力を十全に引き出すことである。
整備班がいなければ、私達はまともに戦うことすら出来ない。それなのに、一度の出撃で大破させるなんてことすらあり得る。そんなことが起きても、翌日にはしっかり直してくれているのがこの人達だ。
それが誇りなのだと整備長は話す。自分達が力を込めれば込めた分、艦娘が強くなれるというのが嬉しくて仕方ないと。自分達の力が艤装に、艦娘に宿っていると考えるならば、鎮守府にいながらも戦場に出ているように考えられるのだ。
「嬢ちゃん達は、文字通り俺達を
「うわ、艤装が突然重くなっちゃった」
「全世界の命背負ってるようなもんだ。俺達ゃ近い場所にいるってだけだな」
ケラケラ笑うが、命懸けの艦娘にそんな緊張感を与えてどうする。
それでも、こんな人達を守るために私達は働いているんだと思うと、力が湧いてくるような感覚を得た。工場長の時もそうだが、護るべきもののビジョンが明確に見えているというのは、後押しになってくれる。艦娘の心得も刻まれるというもの。
この状況を壊さないためにも、私は目覚めるわけにはいかない。太陽の姫の巫女になんてなってしまったら、容赦なくこの人達も殺してしまうのだろう。そんなの困る。
「なんか悩み事があるってのは聞いてるが、まぁ気にすんな。お前さんがもしぶっ壊れても、俺達が必ず救ってやんよ。男手が戦えないってのは何とも情けない話だけどな」
「ううん、心強い。私達だって、整備班がいないと戦えないんだから」
「お互い様ってわけだな。頼むぜ陽炎」
拳を突き出してきたので、多分こうしたらいいのかなと私もそこに拳を小さくぶつかり合わせる。なんだか少年漫画のような友情の確かめ方だが、何故だろう、とてもチーム感が出て嬉しかった。
「おう、こそこそ見てんじゃねぇぞお前ら」
この様子を他の整備班の人達が陰から見ているのを今更気付く。全員喫煙休憩だったようだが、私と整備長が話していたせいで、間に割り込むことが出来なかったらしい。そりゃこそこそ見るしか無くなるだろう。
「あいつらもお嬢ちゃんには期待してんだ。まぁ誰にだって同じ気持ちではあるけどな」
「あはは、贔屓するなんてことしないよね。みんな仲間なんだし」
みんなの方に向く。
「みんなありがとね。みんなのおかげで私は戦えるよ。最悪なことにならないように頑張るから、ずっと応援しててね」
みんなの応援があれば、私はこれ以上酷いことにならないはずだ。万が一記憶を思い出してしまっても、壊れてなるものか。私が護りたい人達は、こんなにも沢山いる。
今日孤児院に電話したのも良かったかもしれない。護るべき者を自覚し直して、気合を入れることが出来た。艦娘の心得も改めて刻んで、破壊者ではなく守護者としての誇りを再び手に入れることが出来た。
そこからは整備班の人達と仲良く談笑させてもらった。そういえば、こうやって改まって話すこともそんなにない。こんなにも深く繋がっているのに、表側と裏側のせいでしっかり話すことがなかなか出来なかった。
話すと言っても本当に世間話。話せる限りと人となりとか。それだけでも頭からは今の悩み事が消え、十分に楽しい時間を過ごすことが出来た。
「おら、休憩はおしまいだ。仕事に戻るぞ野郎ども」
整備長の号令で全員がゾロゾロと工廠に戻っていった。時間としてはたった十数分のことではあるが、休憩時間としては長すぎるくらいだと整備長が溜息をついている。
しかし、整備班全員の士気が上がったと御礼も言われるくらいだったので、短い時間でも無駄にはなっていなかったようだ。帰っていくみんなは疲れが飛んだように笑顔を見せていたくらいだし。
私にもこの時間は無駄ではなかった。気分転換にもなったし、心身共に癒されたと思う。いい休日になったものだ。
これで整備班の中に陽炎に惚れちゃった人もいるのでは。罪作りな女だぜ陽炎ちゃんは。