異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
その日の夜、私、陽炎は悪夢を見た。案の定、その内容は更新していく。
太陽の姫により分霊の儀を執り行われた私は、猛烈な熱に苛まれた。だが、それが覚めた瞬間に強烈な快感。何も知らない幼女の私は、わけもわからず身体を震えさせ、苦痛が抜けたことでそれを受け入れてしまった。
「馴染メ、馴染メ、馴染メ」
太陽の姫の言葉が身体に染み込んでいくような感覚。一言馴染めと言われるたびに私の身体は跳ね、全身が漲るような感覚で満たされていく。だが、最初に与えられた苦しみと違うために、簡単に受け入れてしまう。
このまま死んでしまうのではと思えてしまうほどに心臓が高鳴る。ぼんやりする頭に太陽の姫の言葉が染み込んでいく。子供心にそれは恐怖以上の何物でもないのだが、それ以上に心地よさまで感じてしまっていた。
「貴様ハ、我ノ巫女、陽炎。ソノ姿、心、全テヲ我ニ捧ゲヨ」
一際大きな衝撃が全身を駆け巡り、恐怖と快感が綯交ぜになったその瞬間、太陽の姫に刺されていた胸元を中心に、何かよくわからない
大きく胸を突き出し、その力の奔流に身を任せ、喉が壊れんばかりに叫び続ける。痛みは一切ない。それどころか、もっともっと欲しいとまで思えるほどに、それはとても
知らず知らずのうちに、私は太陽の姫の巫女としての自分を受け入れようとしていたのだ。
すぐそこに深海棲艦に捕らえられている父さんがいるというのに、その姿すらも見えなくなり、今の感覚をより感じるために力を抜いた。この後に何が起こるかも知らずに。
「目覚メヨ、我ガ巫女」
太陽の姫のその言葉と共に、私は何かに包まれていくような感覚を得た。子供ながらに少しだけ理解した。私は何か違うものに変えられている。
でも、気持ちいいからいいかと全く抵抗せず、それを全て受け入れていた。後のことなど一切気にせずに私はその変化の快感を享受し続け、そして……。
「姉さん! 起きてください姉さん!」
萩風の声で目を覚ます。私の周りには一緒に眠ったはずのみんなが心配そうな顔をして囲んでいる。特に萩風は切羽詰まった表情で、後遺症すら表に出すことなく私を揺すっていた。
まだ外は暗かったが、部屋は誰かが電気を点けてくれたようで明るい。目を開くと同時に、溜まっていた涙がドバッと溢れ出た。今までの魘され方と違って冷や汗は比較的少なめなのだが、身体が異常に火照っている。
「酷い魘され方でした……」
「めっちゃエロかったっぽい」
夕立はもう少し言い方を考えた方がいいと思う。だが、見ていた夢が夢なので表側の私がそうなっていてもおかしくはないか。幼児の私にはわからないものでも、今の私にはそれが何かがわかるのだから。
そのせいか、オープンな夕立はおろか、ついさっきから歪み始めてしまった磯波と何の影響もない沖波すら少し顔が赤い。
「陽炎ちゃん、お水用意しておいたから」
「汗かいてるみたいだから、タオルも用意しておいたよ」
「起きれる? 夕立が支えてあげるっぽい」
3人が甲斐甲斐しくお世話してくれる。寝たはずなのに身体が随分と消耗しているようで、夕立に支えてもらわないと身体も起こすことが出来なかった。
まだ深夜のようでもう一眠り出来るくらいの時間は余裕である。眠り始めで早速悪夢に魘されていたようだ。
「ありがと……あのまま行ってたらヤバかったかもしれない」
起こされたからあの段階で止まっていたのだと思う。そうで無ければ、私はあの後も変化を続けて何かしでかしていたかもしれない。
いや、まずそこがおかしくないか。あの場で変化していたら、どうであれ私は人間で無くなっているのでは無いのだろうか。だが、今の私はれっきとした人間だ。何かあって人間に戻ったのか、それとも変化していると思っていても何も変わっていなかったのか。
夢の中だったとはいえ、私は自分の視点で全てを見ていた。自分の姿がわからない。変化も感覚的なものでそう感じただけの可能性もある。
「なんか……変わっていく感じがした。あのまま行ってたら私、バケモノになってたのかもしれない……でも今の私はバケモノじゃないよね?」
「勿論だよ。私は5年前まで一緒にいたんだし、その辺りは保証出来る。陽炎ちゃんは人間だよ」
幼馴染みが保証してくれるのだから心強い。今もそうだが、小さい頃も一緒にお風呂に入ったような仲だ。当然今の孤児院の子達もだ。何かがおかしかったら絶対に指摘されている。子供なのだから、歯に衣着せぬ物言いをしてもおかしくない。
「最初は変化はしません。トリガーを引いたら変化します。少なくとも私はそうでした」
萩風が淡々と話す。今まではこの話ですら私のトリガーを引きかねないと控えていたみたいだが、ここまで来てしまったので話してくれる。でも深くは話さない。
「……多分、私はそのトリガーを一度引いてるんだろうね。でも深海棲艦になってないってことは……」
「忘れているから……いえ、その
確かに、そういうこともあり得るか。一度萩風と同じように深海棲艦になろうとしたが、身体が耐えられずに人間のままに留まり、さらにはそのショックで記憶を失ったとも考えられる。身体が耐えられなかったのなら、私が重傷を負っていてもおかしくはない。
そんな状態だから、時間をかけて私の身体に再度馴染んでいったのだろう。10年という月日は経ったが、太陽の姫は何処まで視野に入れて私を監視しているのだろう。そうなると思ってなかったとかだと、ただのドジっ子になりかねないのだが。
「話はここまでにしましょう。姉さんに何か悪影響があっても嫌なので」
「うん、ありがと。私も深追いしたくないから」
いろいろと繋がってくるが、最も重要なところだけはどうにか触れないように話を進めてくれている。私も考えないようにしているし。
用意してもらった水をガブ飲みして一息ついた。萩風と話せたことで心もある程度落ち着いてきてくれたので、もう一眠り出来そうである。汗で湿っていたパジャマも替えたが、夕立や萩風がそのパジャマを凝視していたのは見逃していない。磯波が堪えていたのも。
この頃には身体の火照りもある程度落ち着いていた。一過性のものなので、体調不良にまではならず。多少なり覚悟していたことが功を奏したか。このまま悪夢を見ずに寝ることが出来れば、翌朝はスッキリと目覚めることが出来るだろう。
「みんなゴメンね」
「大丈夫っぽい。ゲロちゃんがおかしくなったら困るしね」
パジャマが替わったため。夕立が改めてガッツリ抱きしめてきてまた私を抱き枕にする姿勢である。湿っているときは控えていたようだ。私としてもそうしてもらえると嬉しい。ネチャネチャするし。
「また悪夢を見たらよろしく」
「見ないでくれるのが一番なんだけどね」
「違いないんだよなぁ」
自分で制御出来ればいいのだが、まず無理。連続で見ることがないので今からの睡眠は熟睡出来そう。突然の例外ということもあり得るが。
目を瞑ったらそのまま睡魔に襲われる。魘されていたこともあり、身体の疲れはまだ取れていない。普段よりは短い時間になってしまうが、その間だけでもガッツリ熟睡することにしよう。悪夢を見なければ、ではあるが。
翌朝、寝る前の心配を余所に、悪夢を見ることなく朝まで行けた。みんなが一緒にいてくれたというだけでも癒され、気持ちよく眠ることが出来た。
「姉さん、今度は大丈夫ですか」
「うん、夢も見ないでグッスリ。一晩で2回も見たらノイローゼになっちゃうよ」
「それなら良かったです」
毎回こうであってくれれば嬉しいのだが、そうはいかないのだろう。起こしてもらわなければ先に進んでしまうとなったら困る。
「しばらくは誰かと一緒に寝た方がいいのかな。安心出来ないよね」
「かもしれません……司令に掛け合う必要はあると思いますが」
「なら夕立が毎日添い寝するっぽーい!」
身体をぎゅうぎゅう押し付けてくる夕立。起きたばかりなので髪の毛ボッサボサだが、元気なものである。イメージとして夕立は寝起きが良くない方に思えたが、私を抱き枕にしたことで随分とスッキリ眠れたらしい。それもあってか、添い寝を立候補してきた。
だが、それだけでは終わらない。
「わ、私も……立候補していいかな」
私のパジャマの袖を摘んできた磯波。控えめながらも自分の欲をしっかりと表に出してきた。眠っている間に私の匂いを受け続けた結果、また昨晩のようになっている。正気に戻るのはいつだろうか。
「しばらくはこのメンバーで夜を過ごした方がいいんじゃないかな。まだ私達に何の影響も無いし。これで寝不足とかになったらメンバーを変えるとかしたらいいと思うよ」
ここで唯一冷静な沖波の意見。1人だけが常に側にいてくれるとなったところで、万が一の時に抑えきれない可能性もある。今回は4人いてくれたから迅速に対応出来たと思うし。特にある意味この事態に精通している萩風が側にいてくれるとありがたい。しかし萩風だけだと私ではなく萩風側に不安要素が多いのもある。
ならば、4人全員が一緒にいてくれるのが私としてはありがたい。磯波のように匂いを受け過ぎて何かが歪んできてしまう可能性は一度置いておいて。
海防艦の部屋で今と同じ状態になるのは流石によろしくないと思うので、しばらくは松輪を抱き枕にするのは控えた方がいいだろうか。だが一番癒されるのはあれなので、今の私のストレス的には定期的に使いたい。悩ましいところ。
「難しい問題だから、司令に話してからにしよ。私達だけじゃ判断出来ないよ」
「ですね……その方がいいと思います」
この意見にはみんな納得してくれた。それでも夕立は駄々をこねそうだが。
「さ、一日が始まったんだから、準備しよ。うだうだしすぎて朝ご飯食べられないとか嫌だからね」
時間が無いわけではないが、もう外も普通に明るい時間帯だ。あんまりもたもたしていると、これ以降のことを急ぎでやらなくちゃいけなくなる。朝から忙しないのはあまりよろしくない。
「ぽーい。ゲロちゃん、その前にちょっといい?」
「ん、どした?」
「堪能するっぽーい」
思い切り胸元に顔面を押し付けてきてグリグリとしてくる。匂いにやられたのは磯波だけではない。最初からオープン過ぎてわからなかったが、夕立だってどんどんおかしくなっているのは確か。ここまでしてくるのは初めてだし、改二になってから強くなってしまった匂いのせいで、夕立はさらに積極的になってしまっている。
「んふー、やっぱりいい匂いっぽい。一日の活力が生まれるっぽい」
「夕立ちゃん……ず、ズルい!」
磯波までそんなことを言い出してしまっててんやわんやである。
夕立については元々の性格もあるし諦めがつくが、磯波が豹変し始めると物凄く罪深いことをしてしまっているのではないかと思ってしまう。私が悪いわけではなく、私をこんな身体にした太陽の姫が全面的に悪いのだが。
「そろそろ離れてくれないかな……着替えられない」
「ぽい、仕方ないなぁもう」
「それはこっちのセリフだっつーの」
夕立を引き剥がす。磯波は正気に戻ってくれたようで、自分の発言に羞恥心を感じて悶絶していた。
「ほらみんな着替えてきな」
「ぽーい。また後からね、ゲロちゃん」
一晩添い寝した挙句、今も思い切り嗅いだからか、物凄くツヤツヤしていた。
「姉さん、後から私も一緒に司令のところに行きます。2人で話す必要があると思うので」
「うん、よろしく。助かるよ」
「私も被害者ですし、姉さんとはそういうところでも仲間ですので。私の二の舞になっちゃダメですからね」
勿論、そんなことになるわけにはいかない。私自身が深海棲艦に恨みを持っているのに、それそのものになるなんて考えたくもない。私は私、人間であり艦娘である陽炎だ。仇討ちも達成出来ていないのに、今の状態を手放したくないに決まっている。
意地でも太陽の姫の思惑通りにはいかないようにしてやる。私は負けない。負けて堪るか。
最初から前途多難な始まりをした改二ではあるが、みんなの手助けで私は何事もなく生きていける。それを壊そうだなんて微塵も思わない。
太陽の姫への恨みがさらに増したと思う。自分の手で決着をつけたいと思えるほどに。
幼児に変化は耐えられないとありますが、じゃあ何で太陽の姫は幼児を選んだのかって話はありますよね。