異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
午前中のうちに改二艤装のテストは終了。全ての項目が大幅に強化されていることが実感出来た。今までとは違う形になっている備え付けの武装も、扱ってみたらマジックアームよりも使いやすかったりしたので、私、陽炎にとっても大きい強化と思える。
その訓練中に由良さんに対して匂いが影響してしまったこともあったが、改二としての私は概ね良好。この調子で次の戦いに向かいたいと思う。
午後からは哨戒任務に参加させてもらうことで航行機能のテストも兼ねた出撃。領海内をグルッと回るいつもの哨戒の午後の部になる。
艤装自体のテストは殆ど終わっているようなものなので、これが正式な実戦投入のようなもの。野良くらいは出る可能性があるので、哨戒はいつも通りとなる。
「なーんか疲れた顔してんね陽炎。まだ哨戒は始まったばかりだよ?」
「改二になってからいろいろあって……」
加古さんに冷やかされるが、そう返すしかなかった。艤装テスト中の由良さんもそうだが、昼食中に阿賀野さんにも絡まれたからである。食べてる途中で後ろから抱きつかれて頸筋の匂いを嗅がれるとか、どういう状況であっても驚く。
「まぁ今だけは安心して任務に専念しなよ。提督が気ぃ利かせて異端児0で組んでくれてんだから」
加古さんの言う通り、今回の哨戒任務のメンバーは私以外に異端児がいない。M型なら別に問題ないのだが、そこはなんだかんだで。旗艦は加古さん。随伴が私の他に隼鷹さん、木曾さん、五月雨、菊月とわかりやすい。
南方棲戦姫の巣の方にも向かいはするが、今回は領海の外にまで向かうことはない通常の哨戒。万が一そこででも南方棲戦姫が現れてしまった場合は基本的には逃げの一手になるのだが、どうにか撤退と時間稼ぎが出来るように木曾さんのような火力持ちが採用されている。
あと、私が疲れた顔になってしまっている理由はそれだけではない。南方棲戦姫の巣の方に向かうということは、太陽の姫に近付くということでもあるのだ。何が起きてしまうのではないかと不安になる。
「今度もまた太陽の姫の視線に晒されることもあるだろう。気分が悪くなったら、この菊月に言ってくれ」
「すぐに撤退出来るようにするから。任せてね」
以前の残党狩りの時に、太陽の姫の視線を感じることもあった。今回それがないとも限らない。それを受けたら私は体調を崩すというのがほぼほぼ確定している。
なら最初から哨戒任務になんて参加するなと思われそうだが、正直何処にいても変わらない。真逆の海域にいたのに視線を感じたのだから、領海内全域が奴の視界だ。鎮守府の中でも逃げ場は無さそう。なら、今私が出来ることを全てやっておきたい。
耐えられるなら多少は進むが、耐えられそうにないなら護衛退避という形で撤収させてもらうことになった。それを協力してくれるのが菊月と五月雨。なるべくなら世話にならない方向で行きたい。
「この中ではド新人なんだから、何かあっても先輩を頼れ。俺達はお前を見捨てるようなことはしないんだからな」
「そうそう。あたしらがついてんだから、なーんも心配はいらないさ」
木曾さんと隼鷹さんも後ろから押してくれた。これだけ揃っていると不安も吹き飛ぶものである。
「いやぁもうホントみんな頼りにしてる。私も負けないようにするからさ」
「その調子その調子。ほら、あたしが教えたじゃんよ。普段でも適度にサボるのさぁ」
「気を張るなってことね」
少し忘れてしまいそうになってしまうが、緊張しすぎると最大のパフォーマンスが発揮出来なくなるから、適度にサボって力を抜くことが重要であることを加古さんから学んでいるんだった。
意識してしまったら意味が無いとは思うが、深呼吸でもなんでもいいからして、一度落ち着くべき。
今は何事もなく終われることを祈ろう。野良との戦闘くらいならまだいい。
哨戒コースを半周。工場方面から回って進んだ中間地点に到着。時間としてはおやつ時というくらいか。
今は駆逐水鬼の巣と南方棲戦姫の巣のど真ん中の辺り。以前諜報部隊が哨戒をしてくれた時に、領海外にも何も見つからなかったところではある。今移動していると言われればそれまでだが、他よりも比較的安全であることは間違いない。
「平和な海だねぇ。天気もいいし、こんな時は昼寝がしたいもんだよ」
「加古はいつもそれ言ってるねぇ。あたしゃこんないい天気の時はくぅーっと一杯やりたいねぇ」
「隼鷹さんもそればっかりじゃーん」
加古さんと隼鷹さんはのんびりしたものである。哨戒というかなり重要な任務をやっている最中だというのに、適度にどころかガッツリサボっているように見えてしまう。とはいえやることはやっているので何も文句はない。
私は改二艤装のテストも多少兼ねているため、今日は主砲メイン。防空や対潜はあまり考えていないため、立ち止まると少し暇になる。水平線を目視確認したり、哨戒機を飛ばしている隼鷹さんの護衛をしたりで任務を全うしていく。
「潜水艦はいませんね。海中は静かなものです」
「じゃあ問題はこっちだね。まだ連絡来てないからちょいと待ってて」
いち早く終えたのは五月雨が行なっていた海中の調査。駆逐水鬼も南方棲戦姫も潜水艦を使ってこちらを監視してきたこともあったため、その辺りは割と強めに調査しているが、今回は見つからず。
言ってもここは巣から大分離れた位置だ。南方棲戦姫の斥候がここまで来ているかと言われるとわからない。駆逐水鬼の斥候が鎮守府にまで来たくらいなのだから、行動範囲は姫の考え方次第だとは思うが。
「よし、何事も無し。次行こうぜ」
「じゃあここからは南方棲戦姫の巣に近寄るから、警戒はちょい強めね」
残り半分は未だ敵が確実にいることがわかっているエリア。駆逐水鬼以上の難敵である南方棲戦姫の縄張りの近くに入る。
しっかり作戦を立ててから正式に攻め込むまでは、なるべく刺激せずに近くを通って、逆に監視するのが哨戒の目的だ。何かやろうとしているのなら、作戦を前倒しにしてでも止めなくてはいけない。
「陽炎ちゃん、まだ何もない?」
「うん、おかげさまで。あの時もこっちの方から視線を感じたからね」
今向かっている方は、比較的私の住んでいた街に近い方になる。始まりの襲撃が起きた場所に近付いているわけだ。
私も哨戒任務には何度か参加させてもらっているが、こちら方面に来るとどうしても緊張感が増す。近々戦うであろう南方棲戦姫がいるからとか、太陽の姫がいつ現れてもおかしくないからとか、いろいろ思うところがあるからだ。
「ほい陽炎、深呼吸しな。顔が強張ってっから」
「りょ、了解。すー……はー……」
加古さんに指摘され、思い切り深呼吸。航行しながらでも肺の中の空気を総入れ替えするくらいに深く呼吸をした。多少は落ち着くが、頭の中から奴らのことが消えることは無い。
「安心しろ。この菊月がついているではないか」
「だね。頼りにしてるよ」
「大船に乗ったつもりでドンと構えていればいい。艦だけにな」
相変わらず自信満々な菊月。緊張感のある場でもこれが維持出来ているのなら充分すぎる。私もこれくらい強い気持ちでいられるといいのだが、なかなかそうもいかない。
深呼吸で呼吸を整え、私は艦隊の後ろの方で航行。常に側に菊月がついてくれる状態。今回の菊月は防空特化にしてあるため、もしもの場合は私が菊月を護ることもあり得る。その前に気分が悪くなるかもしれないが。
「緊張を解くのは難しいかもしれないが、自分が負けるとはカケラも思わないようにする。敗北を想像するだけで身体が強張る」
菊月の言う通りである。わざわざ負けに行くわけでも無し、そもそも目覚めてやるものかと気合を入れているのだから、もしものことは今は後回しにするべき。負の感情をなるべく取っ払うことが出来れば、精神的な疲労も今は感じない。
これだけ仲間がいて、その全員が私に取っては大先輩だ。先程の木曾さんではないが、先輩を頼ることで気持ちを落ち着けるのが後輩には一番手っ取り早い。
「菊月はどういうこと考えてるの?」
「ん? ああ、どれだけ華麗にカッコよく勝つかなどを考えている。負けなどは頭の片隅にも置かない」
時に厨二病気質というものは前向きになれる秘訣にも繋がるようである。上手く行く行かない関係無しに、こうやれば敵を倒すことが出来る、こうやれば
「はは、そういうのも悪くないね。漫画の主人公になったみたいな」
「ああ」
秋雲が私を主人公にした漫画を描くとか言っていたが、それを意識してダサい場面を作らせないように立ち回れれば最高だろう。そこに敗北などなく、それこそ華麗に決めてこそ主人公。なるほど、確かに多少は緊張感が抜ける。
「だが、想像と現実はなかなか噛み合わん」
「いやそれ当たり前」
そんな簡単に実現出来たら困る。むしろそんな漫画みたいな危機的状況に置かれたくない。
などと話しながら航行しているうちに、大分領海の端の方までやってきていた。やはり領海の外に向かうよりは全然早い。
ここから哨戒機を飛ばしすぎると、南方棲戦姫に見つかりかねないので慎重に。以前はソナーを使っていなかったタイミングとはいえ気付かないうちに潜水艦が間近にいたこともあったので、五月雨も集中して海中を確認している。
「今のところは何もいません」
「そうさねぇ。哨戒機も何も見つけちゃいないみたいだねぇ」
この辺りでも今のところは動きは見えず。あちらが静かなのはいいことでもあり悪いことでもある。陸に向けて侵略をしようとしていないのならまだマシだが、何を考えているかわからないというのもあって不安。
だが、そういうこと関係無しで来るものもある。それが、あの
「っ……来た、見られてる」
悪寒が走り、すぐにそれを口に出す。周辺を確認している隼鷹さんと五月雨除く3人が私の周囲に来てくれた。私を隠すような陣形ではあるが、感じ取れる視線は何も変わらない。私だけをジッと見つめている。
これは確実に太陽の姫の視線だ。心が騒つく。嫌でも冷や汗が出てくる。前回はすぐに撤退したが、今回は負けてなるものかとその視線に対して睨み返した。
「人気者は辛いな、陽炎」
「ホントに。敵味方から取っ替え引っ替えだよ」
木曾さんに茶化されるものの、未だに続く視線に気が気でない。私の心臓を鷲掴みにするような威圧。この状態から直接私を目覚めさせてくるようなことはしないようだが、今回は前と違って長々と見てくるようだ。
前回と違い、今回の私は改二になっている。それを加味して、私が改めて太陽の姫の巫女となれる器になったと確認しているようにも思えた。
「陽炎、体調は」
「大丈夫。一度味わってるからかな、多少は耐性出来てる」
「ならば良い」
幸いにも、気分が悪くなるようなことはなかった。視線を感じるかもしれないという覚悟があったのも作用している。威圧感に倒されそうではあるものの、今までの教訓で気が引き締まっているおかげで倒れずに済みそうだ。
こう見られている間も哨戒は続いていたが、今回はただ見られているだけで終わってくれるのか。
「ん? ちょい待ち。何か現れた」
哨戒機からの連絡で隼鷹さんが途端に真剣な表情に。このタイミングで現れるとなると、これは野良ではなく南方棲戦姫の斥候である可能性が非常に高い。それが陸に侵略しに行くようなら絶対に食い止めなくてはいけないため、動向を確認している。
「……まずい、これはダメだ。加古、撤退しよう」
「何が出てきた?」
「
その名前が出ただけで、私以外の5人の顔色が変わった。
名前からして姫とかではないようなのだが、先輩達のこの表情からして、本当にまずい相手であることは私にも感じ取れた。
「南方棲戦姫はそんな奴も飼いならしてんのかよ! 撤退すっぞ!」
「そ、そんなにやばい奴なの!?」
「やばいとかそういうレベルじゃない! アイツは
稀に現れるというとんでもない深海棲艦。それが戦艦レ級。とにかく性能が高すぎるらしく、1体現れるだけでも酷い目に遭うレベルらしい。
つまり、バケモノであると。それはよろしくない。哨戒で戦闘があってもいいように武装をちゃんと装備してきていても、そういうことでは無いくらいの敵であるため、一時撤退が推奨されている。
「いいか、脇目も振らずに鎮守府に撤退する! もしかしたら撤退戦になるかもしれないから注意だけは怠るな!」
突如慌ただしくなった哨戒任務。熟練の先達達がここまで言うのだから、私はその指示に従って全力で撤退するしかない。
だが、そのレ級が陸に侵略しに行くようなことがあったらどうする。そうなった場合は、撤退なんてしていられないのではないのか。
撤退するだけして、すぐに再出撃するなんてこともあるだろう。何事もないことを祈るしかない。
平和な海がずっと続くとは限らない。