異端児だらけの遊撃隊   作:緋寺

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先達の敷いた道

 午前中は海の上での移動を訓練し続けた。足だけが先に行ってしまって引っくり返ったり、警戒しすぎて生まれたての子鹿のように震えたりと、割と散々な目に遭っている。とはいえ、最初はみんなこうだったと木曾さんに慰めの言葉を貰っているため、落ち込んではいられない。焦りも禁物だ。

 一度失敗するごとに、いろいろとイメージを変えながらやっているものの、まだまだそれが足りない気がする。自分がうまく移動出来ているイメージはあるものの、それに身体が追い付いていないというか。そもそも人間が出来ないことをやろうとしているのだから、上手くいかないのは当たり前といえば当たり前である。

 

「そろそろ昼飯時だな。一回休憩するぞ」

「はーい。なかなか上手くいかないなぁ」

「そんなもんだっての。焦るなよ」

 

 木曾さんに支えてもらいながら、無事陸に生還。何度も何度も水没したため、濡れていないところなど無いというくらいに濡れている。制服が貼り付いて気持ち悪いし、重くて動きづらい。

 

「風呂に入ってこい。そのままだと風邪引くからな」

「そうさせてもらうね。夕張さーん、艤装戻すー」

「はーい、すぐ行くからね」

 

 夕張さんにお願いして艤装を外した途端、濡れ鼠だからか一気に寒気が来た。思わず身体が震える。

 

「艤装の排熱のおかげで寒くなかったんだろう。そういう意味でも、海から戻ったらすぐに風呂に入るようにな」

「わっかりましたー。これは確かに風邪引く」

「身体は頑丈になっても、中身は変わらない。そういうところはしっかり人間だ。体調管理はちゃんとしておかないと痛い目見るぞ」

 

 排熱で寒さを紛らわせることが出来たということは、夏になったら地獄なのでは。ただでさえ金属の塊を背負っているのだから、嫌というほど熱くなりそう。

 あとは日焼けが心配。まだ両親と暮らしていたとき、身体が真っ黒になるまで日焼けした覚えがある。夢のおかげでその辺りも思い出した。

 

「着替え取ってこないと。うえ、靴の中にも水入ってる」

「替えの服は妖精さんに頼んでおいてやるから、さっさと行け」

 

 妖精さんはそんなことまでしてくれるのか。鎮守府の万能事務要員なだけある。後から御礼を言っておいた方が良さそうだ。通じるかはわからないが。

 

 

 

 木曾さんに言われた通り、大浴場へ。ビショビショになった服を籠に入れると、すぐに数人の妖精さんがそれを運んでいってくれた。

 

「妖精さん、ありがと」

 

 御礼を言うと、軽く振り返って親指を立てた。まるで『これが自分達の仕事ですから!』と言わんばかりにいい笑顔で。鎮守府の陰の主役と言っても過言ではない。お風呂から上がったら同じ場所にバスタオルと一緒に替えの服が置かれているようなので至れり尽くせりである。

 

「わ、貸切状態だ」

 

 中には誰もおらず、湯船に私1人という状態。本来何人もが同時に入ることが想定された銭湯のような場所だ。1人だと持て余す程に広い。

 

「はぁー……どうしたもんかなぁ……」

 

 湯船に浸かって考えるのはさっきのこと。午前中いっぱいを使っても、コツすら掴めなかった海上移動。立つことは出来てもそこから動くことが出来なければ意味がない。ただの的にされるだけだし、そもそも戦いの場に向かうことすら出来ない。

 艦娘になれたというのに、艦娘としての活動が出来ないのは悔しい。焦っちゃいけないのはわかっている。みんな通ってきた道だ。ここに来て初めの一歩はいきなり苦戦の連続だったわけだ。

 

「みんな通ってきた道だもんね。頑張らなくっちゃ。でもなぁ……他の人にも教えを請うかなぁ」

 

 自分は船なのだとイメージして、海面を滑るように進むという木曾さんの説明も間違っちゃいないはずだ。だが、それ以上に私は人間の形をしているわけで、バランスがうまく取れない。

 

「あら、マイナスちゃんだわ」

 

 などと考えていると、私を見た誰かの声。私のことをそんな風に呼ぶ人間なんてそうそういない。昨日の歓迎会の時にただ1人からその呼び方をされた。

 

「陸奥さん、その呼び方はちょっと」

「ゲロちゃんとどっちがいい?」

「どっちも勘弁。特にゲロちゃんの方は磯波の腹筋が今度こそ壊れちゃうからもっとやめて」

 

 それはこの鎮守府の最高戦力の1人、戦艦の陸奥さん。鎮守府屈指の力を持つその人は、掴み所のないお姉さん。なんというか、同性の私から見ても艶っぽいというか、とても蠱惑的な雰囲気の人。

 

 そしてその後ろからもう1人。

 

「陸奥、あまりそういう渾名は良くないわ」

「霧ちゃんはお堅いわねぇ。そんなんじゃハゲるわよ」

「相手の嫌がってることはするなって言ってるの」

 

 最高戦力のもう片方、霧島さん。お風呂なので眼鏡をかけていないからか、少しどころか大分睨み付けるようになってしまっているが、本来はこんなに人相の悪い人ではなく、真面目なお姉さん。

 陸奥さんと霧島さんはおおよそ同年代だろうが、性格が正反対に見えた。だからだろうか、戦艦同士の演習を繰り返すくらいのライバル関係であり、言い合いはするもののお互いに良き理解者というイメージが強い。こういうのを()()と呼ぶのだろうか。

 

 軽く身体を流した後、2人が私の真横に腰掛けた。美女2人に挟まれる形になり、少しドキドキする。2人ともスタイルいいし。

 

「調子はどう? 今日から訓練を始めたんでしょう」

「順調とは言えないかなぁ。海の上に立つのはすぐ出来たんだけど、進むことが難しくて」

「あらあら。なんだか懐かしいわね」

 

 2人はこの鎮守府の中では古参の方らしい。私が今通っている道は、2人に取ってはもう何年も前に通った道なのだと思う。

 

「霧ちゃん、最速記録持ってたわよね。何かアドバイス無いの?」

「アドバイス……感覚的なものだから教えにくいというのはあるのよね」

 

 艤装を動かすのはイメージの力。自分なりのやり方みたいなのもあるのだと思う。霧島さんには霧島さんのやりやすい方法というのがあって、それが綺麗に噛み合った結果が、この鎮守府の最速記録に繋がっているのだろう。

 説明しづらいというのもあると思うが、そもそも教わった方法が私と噛み合うかもわからない。自分なりの方法を編み出すのがこの訓練の一番の攻略法なわけだ。

 

「私の場合は、出来る出来ると思い込んでクリアしたから、参考にならないと思うわ」

「うわ、本当に参考にならないわね」

「貴女ね、聞いておいてそれは無いんじゃないの」

 

 霧島さんについては空城司令も意地でどうにかしてしまったと言っていたくらいなのだから、ものすごく独特な方法なのだろうとは思っていた。イメージの力が反映するのなら、思い込みだって何かしらの影響があるのだろう。霧島さんはそちら方面が強いのかも。

 

「そういう貴女はどうなのよ。結構長々とやってたらしいけど」

「長々と言っても3日くらいかしらね。初日は立つだけで精一杯、2日目で濡れることが無くなって、3日目に乗りこなしたわ。その時の私は正直見せられたものじゃないけど」

 

 理想的な流れだと思う。見せられないくらいの姿になるのも仕方ないこと。確かに立ち上がってはズッコケというのは、今の陸奥さんからは想像が出来ない。

 私の場合は幸いなことに立つことはあっさり終わったが、その次の段階で行き詰まっている。日程的には前倒しにしているようなものなのだが、コツが掴める見通しが立たないために少しだけ不安になっている。

 

「陸奥さんはどういうイメージを?」

「私? 私は結構堅実よ。自分を客観的に見て、こうやって駆け抜けたらバランスがいいんだろうなーなんて思いながら艤装とリンクしたの」

 

 船寄りではなく、あくまで人間として自分を考えてイメージしたと。それはそれで確かに良さそうだ。

 あの時は木曾さんが船側に寄せると話していたし、私も納得していたから、そのイメージでずっとやっていた。だが、陸奥さんはあえて真逆にイメージしていたようだ。午後は試しにそれもやってみよう。やれることは全部やるべき。

 

「姿勢制御とかはきちんと考えた方がいいわ。陸奥の言う客観的なイメージ、俯瞰で見ることは大事なこと。わかりづらかったら、人がやってるところを見るのがいいかもしれないわ」

「確かに。一度木曾さんに見せてもらうのがいいかもしれない」

「そうね。イメージが作りやすくなると思うわ」

 

 そういえばお手本というのを見せてもらっていなかった。艦娘が海の上で移動しているところというのはテレビで少し見たことがあるくらいで、実際に見たことなんて当然無い。それを実際に見ることが出来れば、よりイメージがしやすいだろう。

 

「ありがとうございます。すごく参考になった。いろいろな手段がわかったから、いろいろ試してみるよ。出来る出来るって思い込むのもね」

「あら、それも採用してもらえるなんて光栄ね」

 

 イメージの力を使うのなら、自信満々に自分なら出来ると思い込んだ方がいいだろう。それだけでも成功率とか変わってくる気がする。

 さすが先達者。私の歩かなくてはいけない道を先に歩いているだけあり、話してもらうこと全てが大体参考になる。

 

「こういうところは異端児がどうとか関係ないものね。努力は女を美しくするの。頑張ってね」

「美しくするかはさておき、私も応援してるわ」

 

 2人の先達者からの応援に、やる気が漲るようだった。これなら今日中のクリアも目指せそうだ。霧島さんでは無いが、自信を持って挑むことで成功率が上がる気がする。

 

「それじゃあ今からは裸の付き合いね。歓迎会では聞けなかった貴女のこと、詳しく聞きたいわ」

 

 急に陸奥さんに抱き寄せられる。歓迎会のときならまだしも、今は湯船の中、お互いに全裸。私が持たない豊満な()()が腕に押し当てられた。うわ、柔らかい。肌綺麗。すごい。大人の女を感じる。

 

「陸奥、陽炎が困ってるから、抱くのはやめときなさい」

「スキンシップよスキンシップ。文字通りね」

「司令に叱られた事あるでしょうに。貴女は子供には刺激が強すぎるの」

 

 私は子供ってほど子供では無いのだが、これは刺激が強い。

 孤児院の性質上、陸奥さんのように若々しい大人の女性というのは殆ど会ったことが無いし。先生が私を引き取ってくれたときが陸奥さんくらいだったと思うが、そんな小さい頃に感じた肌の感触なんて覚えていないし。

 

「残念。でも、お話はしましょ。女子会みたいなものよ。お風呂だけど」

「それはまぁ賛成かしらね。仲良くなるためには話し合うのが一番でしょうし」

 

 陸奥さんから引き剥がされ元の位置に戻された。もうちょっとあの感触を愉しみたいと思ってしまった。良くない道に行きそうだったので正気に戻る。

 

 そこからは時間が許す限り話をさせてもらった。あまり浸かっててものぼせるだけなので、ある程度頃合いまで。

 陸奥さんと霧島さんとはこれでとても仲良くなれたと思う。私が戦場に出られるようになったら是非随伴艦として一緒に戦ってほしいとまで言ってもらえた。これはとても嬉しいことだ。

 

 

 

「海上移動訓練、どんな感じ?」

 

 昼食の時に沖波に聞かれる。やはり幼馴染みというだけあって、この鎮守府の中では一番話しやすいのは沖波である。

 

「さすがに初日だから大変だね。立つことは出来たんだけど動けなくてさ」

「あー、わかるわかる。あれだよね、足だけ先行して引っくり返るっていう」

「そうそう。背中から思い切り水没しちゃったよ」

 

 あれは誰でも通る道のようである。沖波も全く同じことをしたらしい。

 

「沖波はどんな感じでクリアした?」

「私? 私は……あれ、自分は船だって思ってゆっくり進むところから始めて、どんどんスピードを上げていった感じかな。木曾さんに教わった方法なんだけど」

 

 沖波も私と同じで最初は木曾さんに教わったようだ。その縁もあってか、沖波の訓練は木曾さんに見てもらうことが多いのかも。木曾さん、人に教えるの楽しそうだったし。

 先達者の言うことだから、おそらくどれも正しい。その人にはその人のやり方があり、それで成功しているのだからそれが正解。そしてその教えが沖波に合っていたと。私には誰の方式が合うのだろうか。

 

「さっきお風呂で陸奥さんと霧島さんにも聞いたんだよね」

「わ、大先輩だ。どうだった?」

「いい話が出来たと思う。逆に人間の形を意識して客観的に見るーなんて言われたよ。一度他の人がやってるところ見ながらイメージをするっていうのも」

「なるほど、人それぞれだよね」

 

 これだけ教えてもらえたのだ。どれかは私に合っているだろう。午後からも同じように訓練するのだし、せめて今日中にコツを掴まなければ。

 

 だが焦りは禁物。堅実に、確実に、一歩一歩踏み出そう。

 




陸奥と霧島、正反対な性格だけど、そのおかげか奇跡的な噛み合い方をしている最高戦力。性格に反して、陸奥は努力を怠らず、霧島は直感で成し遂げてしまうタイプ。
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