異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
南方棲戦姫との決戦の日時が決まり、その部隊に選ばれた私、陽炎。私が加わる第一艦隊は、南方棲戦姫と直接戦う本隊。陸奥さんを旗艦に置いた決戦部隊である。2人の司令からその戦場に適応出来るというお墨付きも貰っているため。当日に全力を出すだけである。
部隊参加が決まった翌日、決戦が翌日に迫るその日、私はお休みを貰っていた。参加メンバーは全員がお休みとされており、心身共に万全にしてから挑むことになっている。
それに加えて、深夜にまた悪夢でみんなを起こしてしまったというのもあり、朝もいつもよりは少し遅め。沖波と萩風は今日もちゃんと訓練があるので、そそくさと部屋を出て行ったようだが、夕立と磯波は私と一緒に休みなので、敢えて二度寝に入ろうとしている。
「結構いい時間になってんだけど」
「ぽーい……もっと寝るっぽーい」
いつも起きる時間から1時間は経っている。休みだからといって、ここまでダラけるのはどうなのだろうか。こうなる理由を作ったのは私かもしれないので申し訳ないのだが、夕立に完全にホールドされているので全く動けない。
「い、磯波、助けて」
目は開いていた磯波にヘルプを頼んだのだが、その磯波も寝惚け眼。たまの休みなので少しくらい遅くまで寝てもいいというのもあるだろうが、一晩嗅ぎ続けた私の匂いにやられているのもあり、いつもの磯波とは違う雰囲気まで見えてしまった。
夕立は相変わらず私を後ろからホールドしているため、真正面がガラ空き。のそのそと這ってきたかと思いきや、私の腹目掛けてダイブ。
「ちょっ、磯波ーっ!」
「んん……もう少し寝てもいいんじゃないかな……」
ツッコミ不在の恐怖。夕立はさておき、磯波もこうなってしまうのが困る。後から絶対後悔して悶絶するのに、今だけは理性が焼き切れてしまっているじゃないか。
この体質で一番厄介なのがコレだ。D型異端児の理性を吹っ飛ばしてしまうのは本当に良くない。
「ゲロちゃんいい匂いっぽい。ソナーは前から、夕立は後ろから、クンカクンカするっぽい」
「今日はちょっと我慢出来ないかも……明日の決戦に向けて、英気を養うね」
結局、さんざん匂いを嗅がれてから解放された。やりたい放題した磯波は、後に正気に戻り、顔を真っ赤にして布団に自ら簀巻きになりに行ったのは言うまでもない。夕立は平常運転である。
翌日の決戦のために心身共に休めるというのが今日の名目上、訓練に関係することは基本的には禁止。疲れをより一層取るために寝たり、心を癒すために甘味に舌鼓を打ったりなど、やりたいことをやりたいようにやっている。隼鷹さんはお酒に走ろうとして止められたらしいが。
夕立はもう少し惰眠を貪ると今度は自分の部屋に向かって行った。磯波は久しぶりに花壇の手入れがしたいとジャージに着替えて外へ。2人ともわかりやすく自分の趣味を満喫している。
私はというと、正直やることは無かった。資料室で読書をするか、散歩をするか。実際は下半身強化の筋トレがやりたいところなのだが、それで身体を壊してしまったら休息とは何だったのかとなってしまうため、残念ながら控えるしか無かった。陸奥さんとか霧島さんとかは普通に筋トレやってそう。
「何しようかな……寝るのは控えるとして」
周りに誰もいない状態で寝るのはやめておく。昨晩に悪夢を見ており、連続で見ることは殆ど無いとはいえ、悪夢の脅威は去ったわけではない。起こしてもらえなかったらそのまま目覚めという可能性がある以上、1人でいる時は寝るわけにはいかなかった。幸い眠くも無いし、昼寝は不採用。
そうなると、読書も地味にまずいかもしれない。本を読むのは好きだが、読んでいると自然と眠くなってくるもの。読書仲間の天城さんや沖波が一緒にいるのなら何も心配はいらないが、2人とも部隊参加では無いので別件がある。わざわざ誰かについてきてもらってまで自分のやりたいことを押し通すのもどうかと思うし。
「よし、歩くかー」
こうなると甘味か散歩くらいしか選択肢が無かった。甘味は出来ればおやつの時間にしておきたかったので、なんだかんだで散歩以外の選択肢が無くなる。
考えてみれば、それだけでも多少は下半身のトレーニングになりそうだし、今はそれが必要なのだから都合がいい。散歩だから訓練では無いと言い張れるし。以前はそうやって歩いていたら、整備長とかち合った挙句、整備班の人達まで交えて談笑に興じた。今回もそういうことがあれば楽しい。
なんて考えていると何もイベントが起こらないもの。こういうのも物欲センサーに引っ掛かっていると言えるのだろうか。さらりと歩いて、途中で萩風の訓練を眺めつつ、何事も無く鎮守府にゴール。途中、花壇の手入れが終わった磯波と合流したくらいである。
「なんだか磯波、すごい充実してたって顔してるね」
「そ、そうかな。やっぱりやりたいことがやれてるからかな」
土弄りをしていたのでところどころが汚れてしまっているし、外で活動していたので薄ら汗ばんでもいるが、磯波はいつになく癒された顔をしていた。戦闘ばかりとなるとどうしても荒んでくるものだが、合間合間にこうやって癒しが入ることで長続きするとよくわかる例。
「陽炎ちゃんも……癒された?」
「んー、まぁね。萩風が頑張ってるところ見たりとかしたから、散歩もなかなか楽しいものだよ」
少しずつ距離が近付いているのは、やはり匂いにやられてきたからか。私も散歩という形で軽めの運動をしているのだから、自覚出来ないくらいに汗ばんでいるかもしれないし。
朝も酷いものだったが、これは本当にどうにかしたい特性である。そういえば、対策が無いかとしーちゃんが調査してくれていると言っていたが、どうなったのだろう。やはり前例のないものなのだから、対策もしようがないのだろうか。
「あ、陽炎さんに磯波さん、お帰りなさい」
噂をすれば何とやら。しーちゃんが出入り口で待っていた。何でも私に用があったらしい。このタイミングでしーちゃんが私に用となると、私の体質のことに他ならないだろう。
「分霊の影響による匂いの件、対策をいろいろと用意しましたので、試してもらってもいいですか?」
やっぱり。考えていた時に来てくれるという最高のタイミング。
「うん、大丈夫だよ。お風呂に入ってきてからでいいかな」
「そうですね。あといいところにいたので、磯波さんにもお願いします。私達にはその匂いというものがわかりませんから」
「は、はい、わかりました」
ある意味、私を使った実験というわけだ。投薬とかそういうので無ければ何でもいい。この状況を打開出来るのなら、喜んで試そう。
お風呂に入った後、しーちゃんの待つ工廠へ。その対策は工廠で作り上げられた何かによるものなのかもしれない。
工廠で作られるものとなると、艤装や武装、その絡みになるだろう。こうやってただ生活しているときには艤装を装備するなんてことはしないのだが、アクセサリーか何かならアリかも。
「協力ありがとうございます。調査に時間がかかってしまってすみません」
「ううん、対策してもらえるだけでも嬉しいよ。ほらこれ見て」
磯波の距離がすごく近いことを見せる。お風呂上がりからずっとこれ。完全に私の匂いにやられてしまっている。しーちゃんも苦笑するしか無かった。
「普段の生活でそれだと、陽炎さんもそうですが磯波さんも大変でしょう。なので、こちらで考えた対策が上手く行くかを確かめてみましょう。実は、私の思いついたのはコレになります」
しーちゃんから渡されたのは、何やら服が入った紙袋。中を見てみると、少し大きめな黒い布。ちゃんと広げてみないとわからない物体。
そして広げてみたら何かわかった。多分これ、初月が制服の下に身に着けているようなインナーだ。首から下を全て埋め尽くすそれは、生活のことを考えてちゃんとセパレートタイプ。全身タイツだとトイレもままならないし。
「見解は後から説明しますので、まずは着てみてください」
「ん、了解。ちょっと着替えてくるね」
言われるがまま、更衣室で与えられたものを着てみる。しっかり私のサイズに合わせて作られているため、ピッタリ身体を埋め尽くす。肌という肌に貼り付くような感覚。胸の下の方もしっかり貼り付く辺り、私のスタイルを完全に熟知したものの技。
あと、これだけピッチリ貼り付けば、暑さくらい感じるものなのだと思うのだが、そういうものが一切感じられない。通気性とかそういうのを超越している気がする。これは普通のものではない。
「ピッタリすぎて怖いんだけど」
その上にいつもの制服を着てしーちゃんの前へ。このインナーの上からスパッツを穿くわけにもいかないので、それは袋に入れて持ってきている。
今までとは大きく一新された私の姿に、磯波は少し驚いていた。インナーを替えただけなのだが、やはり今まで見えていた肌が全く見えなくなったというのは印象が全く違う。
「妖精さん謹製の特殊インナーですから。初月さんの物とも違う、陽炎さん専用のものになります」
「通りでやたら着やすいと思った」
なるほど、妖精さんの手によるもの。こんなものが作れるのは、一般的な服飾品では無理だろう。指先まで隙間なく埋め尽くされているわけだし。薄い皮膚が追加されたような感覚である。
「で、どうでしょうか。磯波さん、匂いを感じますか?」
しーちゃんに促され、やたら近くまで寄ってきて鼻を鳴らす。そこまでしたらそのまま抱きついてきてもおかしくないのだが、今回は少し違った。
「いつもの匂いは……感じませんね。あ、肌が出ている顔の辺りからは感じますけど、大分薄いです」
そのまま顔が上がってきて首筋の匂いを嗅いでくる程に。夕立ならまだしも、磯波すら大型の犬のような行為をしてしまっている。これも正気を失っている証拠なのだろうか。後からまた頭を抱えることになるかも。
「よかった、私の考えが当たっていたようで」
「すごいね……どういう仕組みなのこれ」
「結構オカルトなんですが、太陽の姫がオカルトみたいなことをしてきたのでそれにぶつけてみようかと思いまして」
しーちゃんの想定とは、私のこの匂いが『魂の匂い』と判断したこと。
萩風もちょろっと言っていたが、私の持たされたこの匂いは、太陽の姫も持っているという深海棲艦を従わせる匂い。それは体臭とかそういうのではなく、
匂いが消せないのなら、閉じ込めてしまおうとしたのがこのインナー。魂がどうのこうのというのに繋がるかはわからないが、艦娘と艤装のリンクは精神的な干渉もあるのだから、その繋がりの部分を利用してこれが作られたとのこと。
詳しい仕組みは妖精さんクォリティということでお茶を濁された。多分説明されても理解が出来ない。ただ1つ理解出来たのは、相手が太陽なのだから、それに対するもの、つまり
「ついでになんですが、脚の部分はサポーターも兼ねています。昨日の訓練の時に、アレを使いすぎると脚に大きな負担がかかると言っていましたよね。そこも多少緩和しているつもりです」
「わぁ、至れり尽くせりだ」
膝と足首、そこを繋ぐ骨などのことを考えると、下半身全てを包み込むサポーターを身につけるのが一番妥当とも考えられたようで、これにはそのシステムも組み込まれているらしい。
つまり、このインナーを使えば、あの回避方法を使っても多少は脚への負担が抑えられると。匂いを抑えつけつつ、戦いもしやすくなるとは、ありがたい新装備である。
「とはいえ、制服に合わせるものですから、夜とかはいつも通りです。それに、それを着ているからと言って悪夢を見ないとかそういう効果は無いと思います。あくまでも匂いを抑える機能だけですので」
「いやいや、十分だよ。ありがとうしーちゃん」
「いえ、秘書として鎮守府に貢献するのが私の仕事ですから」
本当に何者なのだろう。コネとか技とかがいちいち人間技じゃない。
「ところで……磯波さんは大丈夫なんでしょうか」
「あまり大丈夫じゃないかも。磯波、悶絶する前にやめときな」
私の後ろから抱きつき、首筋の匂いを嗅いでいる磯波をそろそろ引き剥がす。絶対後悔するから。名残惜しそうだったが、後から私に感謝するだろう。
「もっと確実で簡単な対策が出来ればそちらに移行していきましょう。今はそれでお願いしますね」
「うん、ありがとね」
決戦前に心機一転、匂い対策まで出来て戦いやすくなった。まぁこれで敵の随伴艦からも狙われるようになるだろうが、そんなことは関係ない。艦娘陽炎として活動するためには、今はこれが必要なものだ。
スパッツじゃない陽炎なんて……と思うかもしれませんが、2018年カレンダー12月のイラストでは、陽炎はスパッツではなく黒タイツです。大丈夫大丈夫。