異端児だらけの遊撃隊 作:緋寺
南方棲戦姫との戦闘は終了。案の定元人間であったため、撃破した亡骸の中から女性が現れた。ちゃんと息があったため、現在は入渠中である。
見た目は成人済みの大人だったからか、入渠が終わるのは萩風よりも長いのではないかと噂されている。もし目が覚めたら、まずは空城司令や呉内司令、あとはしーちゃんが確認してから、表に出していいのなら出すという形に。
で、結果的に夕食後もまだまだ入渠は終わらずということになり、お披露目出来るのなら翌朝ということになった。呉内司令率いる支援艦隊は、その女性が目覚めた後、安全が確認出来てから帰投するとのこと。
「やっぱり気になるよね……あの人のこと」
私、陽炎の部屋にはいつも通り異端児駆逐艦が集まってくれているのだが、話題は専らあの女性のことになっている。萩風に引き続き現れた、太陽の姫の犠牲者だ。目を覚ましたら、艦娘として私達の仲間になってくれるかもしれないし、トラウマなどでこの鎮守府にいることも拒むかもしれない。
「……後遺症、きっと残っていると思います。私よりも長いので」
「そっか。萩風よりも長く深海棲艦にされてたんだ。なら後遺症もきっと深いよね……」
萩風が心配しているのはそこ。長く深海棲艦として活動させられていたことによる後遺症である。
萩風は未だに駆逐水鬼だった頃の一番強かった感情、私への執着心が残り続けている。その上身体まで反応してしまうくらいの後遺症だ。今だって目と目を合わせるだけで震えるくらい。5年間溜めに溜め続けた欲望なのだから、そうなってもおかしくはないのかもしれない。
入渠中の女性に一番強かった感情となると、太陽の姫への忠誠心。心酔、
「姉さんはまず会わない方がいいと思います。もう本当に限界ギリギリなところにいると思うので……」
「だね。安全が確認出来たら面会させてもらうよ」
こればっかりは仕方ない。他人の前では普通でも、私が目の前に来た瞬間に壊れる可能性だってあるし。自分の身を守るためでもあるし、あちらの身を守るためでもある。
万が一裏切り行為をしようものなら、今までの被害者だったとしても処罰は確定。どうなるかわからない。それは実によろしくない。
そしてそろそろ就寝の時間なわけだが、今度は私の問題が浮上する。
「みんな、申し訳ないけどよろしくね。夢を見てると思ったらすぐに起こして」
今回の戦闘により、本格的にまずいところまで来ていると思う。深海棲艦との戦闘がそもそも刺激になり記憶を取り戻していく流れになっているのだが、今回はそれ以上にまずいものがある。南方棲戦姫の最期の言葉だ。『最愛の者を』という言葉は思っている以上に私に引っかかっている。
これはまず確実に悪夢の更新に貢献してしまう要因だ。気にしたくなくても気になってしまうような言葉なのだし、他のことで気を散らすくらいしか今は手段がない。
「ぽい。じゃあ報酬は前払いってことで」
腹に顔を突っ込んでくる夕立。前払いとか言いつついつもやってることなので何も変わらない。
「お昼ははっつんインナーで匂いが無くなってるから、今はここでしか嗅げないもんね。堪能するっぽーい」
「はいはい、好きにして好きに」
自分の発言に後悔した。まず無言で磯波にも突っ込んでこられ、夕立に至っては脱がして地肌から行こうとしてきた。磯波はいいとしても、夕立のそれは流石に許されざること。思い切り叩いて引っ剥がす。
だが、こういうてんやわんやなことが起こってくれたおかげで、一時的にでもあのことを忘れられた。これはしばらくは1人になれないのではないだろうか。
こうやって異端児駆逐艦と一緒にいるのもいいし、他の人、例えばいつもの癒しである海防艦の子供達もいい。とにかく、どんな形ででも精神的に癒され続けて、頭の片隅からでも
その夜、悪夢が更新された。正直こうなるだろうと覚悟はしていたが、今回はそもそもの始まりが大分進んでいた。
すぐそこに深海棲艦に捕らえられた父さんがいるというのに、その姿は目に入らず、太陽の姫に施された分霊の快感に身を委ねてしまっていた。脱力し、その全てを享受し、何度も大きく身体を震わせる。
「目覚メヨ、我ガ巫女」
太陽の姫の言葉と同時に、私の身体は何かに包まれるような感覚に襲われた。当時5歳の私にも、自分が何か得体の知れないものに変えられていると理解出来た。
それがまた心地良く、後のことなど何も考えず、その感覚を全面的に受け入れてしまっていた。変化の快感を受け入れ、私は人間とは別の何かに変化していく。
ここでようやく父さんの顔が見えた。深海棲艦に両腕を取り押さえられ、怒りと悲しみが綯交ぜになった形相で、私に向かって叫び散らしていた。身動き一つ取れない程に拘束されてているため、何をしても届かない。
そんな父さんを見て、私は正気を取り戻しかけた。だが、それをさらに塗り潰す変化の奔流に呑み込まれ、ついには私は得体の知れないものに生まれ変わってしまった。
「ソノ身ハ、我ガモノトナッタ」
太陽の姫もご満悦のようである。鏡があるわけでは無いので、私がどうなってしまったのかは全くわからない。だが、少なくとも自分で見えるもの、例えば手は、病的に白く染まり、チラチラと視界に映る自分の髪も、白く染まっていた。まるで、周囲にいる深海棲艦の如く。
子供心にはそれでもよくわかっていないのだが、それが何故だか嬉しく感じてしまっていた。こうなれたことに喜び、身体が震える。全てが破壊出来そうな程に力が湧き上がるような感覚も、その喜びをより強くするには十分なものだった。
「アトハ心ノミ。受ケ入レヨ、我ヲ。我ガ命ニ従イ、事ヲ成セ」
何を言われても受け入れてしまいそうな程に心に響く。父さんや母さんからの言葉よりも、身体に染み渡る。
そして、私はその言葉に対し……。
「ゲロちゃん起きるっぽい!」
「ぎえっ!?」
かなり強引だったが、夕立に押し潰されて目を覚ますことになった。以前とは違うところまで行ってしまっていたので、このタイミングで起こしてもらえたのは本当に助かった。
すぐさま自分の手を見る。当たり前だが人間のままの肌の色。そして髪を見る。いつもと同じ色。どちらも白くなんて染まっていないことが確認出来たことで、心の底から安心出来た。安心感からドッと汗が噴き出し、全身を濡らす。
「……今何時……」
「もうすぐ朝です。少しだけ外が白んできています」
なら、それなりにグッスリは眠っていられたのだろう。夢のせいで少し消耗してしまっていたが、昨日の疲れは取れている。今日は最初からバスタオルやら着替えやらが用意されていたため、すぐに汗を拭いていった。じっとり湿ったパジャマはすぐに脱がされ、新しいものへと着替えさせられる。
そうしている間もどうしてもあの時の夢が頭の中で巡り続けた。あの時だけでも生まれ変わってしまった身体のことを。
あまりにも不安で、何度も何度も自分の手と髪を見てしまう。まだ艦娘の、人間のままだとわかっていても、目を離した瞬間にまた色が変わっているのではないかと不安になる。
「……身体が変化させられたところまで見てしまったんですね」
「うん……」
身に覚えのある萩風には、私の今の言動でどんな夢を見たかがわかってしまったらしい。一応まだ目覚めていないことは見てわかるため、現状が寸止め状態であることも。
本当にダメなのが、おそらくあの夢の次に私がやる行動だ。太陽の姫の言葉もトリガーになっているだろう。本当にギリギリ、背中に触れられているくらいのところまで来ている。
「何度でも言います。絶対に深追いしないでください。もう浅くても手が届いてしまいそうですが、考えないでください。心が崩れたらもう終わりですから」
「わかってる。わかってるよ。でも……大丈夫って言えないよ……」
すごく手が震えていた。まだ心は折れていないが、大分危険なところにまで足を踏み入れているのは理解している。あと1歩で落ちるくらいの崖っぷち。
落ちたら最後、人類の敵。目の前の仲間も何もかもに対して、私は
「ゲロちゃん、大丈夫。夕立達がちゃんと起こしてあげるっぽい。今回で起こすタイミングわかったから」
「起こし方もわかったね。多少強めで行けば起こせるし」
「陽炎ちゃんには申し訳ないけど……痛いくらいで行くね、叩き起こすから」
寝ている時の安全はみんなが保証してくれると言ってくれた。それは本当に嬉しいことだ。おそらく一番無防備なのが寝ている時の悪夢。今だって起こしてもらえなければ記憶の道を突き進み、最後の知ってはいけないところにまで辿り着いていたことだろう。
だが、平時でも何かしらの想像を巡らしてしまいかねない今、それだけではもう足りない。自分で言うのはアレだが、南方棲戦姫の最期の言葉のせいで大分情緒が不安定になりそうだった。
「私も今は1人でいるのが怖いですから。嫌なことばかり思い出してしまいます。お昼も誰かについてもらえるようにしましょう」
萩風は私よりも酷いはずなのだ。だが、思い返したところで今の私のように堕ちることはもう無い。萩風は私の落ちようとしている崖の下から私を眺めていることになる。
これに関しては、どちらがいいかとかそういうものは無いだろう。萩風は5年間もの時間を無駄にされ、今や世界から消えてしまった、存在していない人物だ。それでも、こうやって私のことを思って慰めてくれる。
なら、それに応えたいと、私は思う。
「うん……諦めないよ。大丈夫なんて言えなくなっちゃったけど、私はまだ私だから、艦娘の陽炎なんだから」
「そうだよ。陽炎ちゃんは深海棲艦なんかじゃない、艦娘なんだから」
沖波も震える手を握ってくれた。自然と手の震えは治まっていく。幼馴染みの温もりが、身体に染み渡るようだった。
「ゲロちゃんは夕立の友達で、ライバルなんだからね! こんなことで夕立の不戦勝とか許さないんだから」
「はは、夕立の勝ちになっちゃうんだ。それは困るなぁ」
「でしょ? だから、負けないでよね。ゲロちゃんはそんなに弱くないんだからさ。むしろ夕立が引っ叩く番になるよ」
夕立も逆側の手を握ってくれた。より震えは無くなっていく。夕立は友達筆頭として、私を心配してくれている。軽口でも、今の私には一番効いた。
「みんなが陽炎ちゃんのことを思ってくれてるからね。1人じゃないよ。私達も側にいるから。絶対見捨てないから。ね?」
もう場所がないと苦笑しながら、優しく語ってくれる磯波。そういう言葉が、思いやりが心に染みる。自然と涙目になっていた。
「ありがとうみんな。私、負けないから。絶対に負けないから」
ここまでしてもらえたのだ。負けて堪るか。太陽の姫の思惑通りになんて絶対してやらない。
解決方法は全く見えないが、私がこのままでいることが出来れば、それだけでいいのだ。むしろ私を選んだことを後悔させてやる。
「よし、もう起きちゃおう。どうせそんなに時間は浮いてないでしょ」
「そう……ですね。あと1時間も無いですし、今日は早起きしたということにしてしまうのもいいんじゃないでしょうか」
「だよね。パジャマ1枚無駄にしちゃったかな。そのまま制服に着替えればよかった」
決意も新たに、私は立ち上がる。みんなの思いやりを胸に、私は前進していくのだ。踏み外したら真っ逆さまな道かもしれないが、みんなが支えてくれるならきっと大丈夫。私は踏み外さない。
「あ、じゃあ制服に着替える前にー、堪能っぽーい!」
「今日は私が前側で」
「な、なにー!? ソナーもなかなかやるっぽい!」
着替えたら匂いが感じ取りにくくなるからと即座に抱き付いてきた夕立と磯波に苦笑しつつも、着替えの邪魔だと引っ剥がした。
磯波に対してこういうことをやることになるなんて、ここに来た当初は思いもしなかった。過去に戻って私に伝えても、きっと信じないだろう。
私は少しだけでも前向きになれた。あんな夢を見た直後でも、仲間達がいればここまで立ち直れる。この鎮守府でなら、私は崩れることは無いと信じられる。
本当に酷いことが起こらない限り。
当時5歳の陽炎が、身体だけでも一時的に深海棲艦化したのなら、その姿はほっぽやもっぽに近いものになるんですかね。