『ピンポンパンポーン♪』
『おまえら、おはようございます!皆さん朝ですよー、きらきらとした灯火のように今日も1日頑張っていきましょう!』
スピーカーから校内放送が響き渡ります。
モノクマの陽気なアナウンスが私の脳を刺激して目を覚まさせました。
現在の時刻は朝7時。
どうやら起床時間になったようですね。
「ふあ……もう朝かあ」
ベッドから起き上がった私は時計を見つつ、昨日の出来事が夢ではなかった事を実感しました。
突然の拉致、そして謎の生物モノクマによるコロシアイ生活開始の宣言。
理解しがたい出来事の連続に私は少々困惑しました。
しかしこれは夢ではなく現実だったのです。
「とりあえず着替えて食堂に行かないと」
今日は朝から食堂で皆で集まる事になっています。
寝ぼけ眼の目をこすって私は手早く着替え、食堂へと向かうことにしました。
支度を終えて自室の扉を出ると、ちょうどフィリスさんと出くわしました。
「あ、おはようメルルちゃん!」
「フィリスさん。おはようございます」
彼女は快活に手を振り上げて挨拶してきます。
朝だというのに寝起きを感じさせない明朗さですね彼女は。
「昨日はよく眠れた?」
「はい、まあ。色々あって疲れてたのですぐ眠っちゃいました」
「そりゃあんな目に合ったらねえ」
フィリスさんはうんうんと頷きながら歩き出します。
「でも、大丈夫!皆で協力すればすぐにここから脱出できるはずだよ」
「そうですね。昨日喋った感じだと皆さん有能そうですし、その皆さんで協力していけばモノクマなんて目じゃないです。今日も頑張って出口を探していきましょう」
彼女の言う通り、ここには優秀な錬金術士達が揃っています。
その精鋭達が力を合わせれば、くだらないコロシアイ生活なんて始まらずすぐにでも脱出できるでしょう。
「ところでさ、メルルちゃん」
「はい?」
不意にフィリスさんが振り向いて言ってきました。
「今日の朝ご飯は何だろうね?今日もアーシャさん達が作ってくれてるみたいだけど」
「はは、フィリスさんは食事好きですね」
相変わらず彼女は食べる事に意識が行っているようです。
腹ぺこさんだなあもう。
「食べる事は至福の幸せだからね!ああ、今日はどんな美味しいブレックファーストが私を待ってるんだろ」
ふんふんふーん、と鼻歌を歌いながらフィリスさんが揚々と言います。
コロシアイ生活の事なんて微塵も心配していないような精神は見習いたいですね。
私は気になっちゃって食事にそこまで集中出来そうにないですが。
食堂に着くと、既に何人かは来ていました。
ステラさんにロジーさん、そしてトトリ先生の姿も。
「あ、おはようございますトトリ先生」
「おはようメルルちゃん。昨日はちゃんと眠れた?」
「はい、何か疲れてたみたいでぐっすり寝れました」
「それはよかったね。私はコロシアイ生活の事や拉致した犯人の事が気になって、なかなか眠れなかったよ」
ふぁ……と軽くあくびをしてトトリ先生が目をこすりました。
どうやら先生はあまり寝付けなかったようですね。
「先生大丈夫ですか?睡眠が足りてないなら後で仮眠を取った方がいいですよ」
「平気平気。調合でも割とよく夜遅くまで錬金してるから、多少の睡眠不足には慣れて耐性が出来てるからね」
何という事はないといった感じで先生は微笑みます。
確かに先生は依頼をこなす上で夜遅くまで仕事をしてる事も多いですが。
「トトリ、睡眠不足は感心しないわよ。身体だけじゃなく肌にも悪いんだから」
「あ、おはようミミちゃん。うん、まあほどほどに気をつけるかな」
調度食堂にやって来たミミさんが呆れたようにトトリ先生に言いました。
うんうん、睡眠不足はお肌に大敵ですからね。気負いすぎるのも考えものです。
その後、ちらほらと皆が起きてきて、食堂に16人全員が揃いました。どうやらエクス君もちゃんといるようですね。
「おはようエクス君。よかった、ちゃんと顔を出してくれて」
「どういう意味だよ?」
「もしかしたら集まりに来ずに部屋でふさぎこんじゃうんじゃないかって心配だったんだよ」
「何で俺がそんな事をしなければならん。皆の会合には参加するし規律はちゃんと守らせてもらうぞ」
へえ、何か意外。エクス君てぶっきらぼうだからてっきり周りには合わせないものだと思ってた。
「俺を何だと思っている。身勝手な暴君だとでも思っていたのか」
いやいや流石にそこまでは。……まあちょっとマイノリティで一匹狼っぽいなあとは思ってるけどね。これ、口には出さないでおこうっと。
その後、料理が運ばれてきて朝食会が始まりました。
今日料理を作ってくれたのはアーシャさんとリディーさん、そしてエスカさんに替わってロロナさんです。ロロナさんも料理は得意なので、今朝の朝食を作らせてほしいと彼女から申し出がありました。
今日のメニューはサンドイッチとサラダにコーンスープ。オーソドックスですが、やはり昨日と変わらずとても美味しいですね。
「流石ですね先生。とても良い味付けですよ」
「うむ。作り手の質の高さがよく出ているな」
「ありがとうトトリちゃん、ステルクさん。腕によりをかけて作ったからたくさん食べてね」
褒められて少し照れつつロロナさんは嬉しそうです。
その後、好評の中朝食タイムが終了。
今日もとっても美味しくて大満足でしたね。
「ところで、皆さん今日の予定はどうします?また皆で出口の調査をするんですよね」
一息ついた所でロッテさんが皆に向けて言いました。
この後の予定はまだ決まってなくてこれから考える事になっています。
「そうだな。まだ探索は途中だし、昨日の続きをするのがいいだろう」
「どこかに絶対出口があるはずですもんね。早ければ今日にでも出口が見つかるかもしれません」
ロジーさんの発言にエスカさんが同意します。
「うぷぷ、性懲りも無く今日も探索頑張ってるね、おまえら!」
「きゃゎっ!?」
突然モノクマが天井から降ってきて現われました。
調度エスカさんの眼前の盤上に着地すると、ウインクを決めて見せます。
不意打ちの侵入者に彼女は思わず短い悲鳴を上げてしまいました。
「エスカ!」
すぐさまロジーさんが間に割って入って盾になります。
そしてモノクマを睨みつけて言いました。
「何の用だ!」
「態度が冷たいなあロジー君は。ボクはお前らに有益なプレゼントを持ってきただけなのに」
「プレゼントだと…?」
モノクマは意味深な笑顔で笑うと説明を続けます。
「ちょっとお前らに見せたい物があってね」
「見せたい物……」
「とあるビデオ映像なんだけどさ。ちょっくら視聴覚室に来てみてよ」
扉を指さして私達に移動するように促すモノクマ。
いったいそんな物を見せて何をする気なんでしょうか?
「どうするステラ?ついていく?」
「そうね…罠かもしれないけど、何か新しい情報が得られるかもしれないし…」
「そうだな。警戒は必要だが、一度赴いてみるとしよう」
ステルクさんがステラさんに同意するように頷きました。
皆も同じくひとまずモノクマについていく事にしたようです。
私も一緒にそこへ同行する事にします。
まずは1階から階段を使って地下へ。
視聴覚教室は先のスールさんからの報告にあった通り、地下室にありました。
階段を降りて少し歩くと、【視聴覚教室】の表示が掲示されています。
教室のドアを開けて中に入ると、そこには映像観賞用のテレビモニターが複数台用意されていました。ちゃんと16人分に足るように機材が設置されているようですね。
全員が到着したのを確認すると、モノクマは私達1人1人に個別にビデオテープを渡していきます。
「さ、ちょっくらこれを見てみてよ」
「これを私達に見せて何をさせたいわけ?」
ソフィーさんが警戒心を隠さない顔でモノクマに言いました。
「言ったじゃん。ボクからの“プレゼント”だよ」
「………」
「あ、ちなみに1人1人映像の中身は違うからね。内容は見てからのお楽しみだよ」
楽しげにうぷぷと笑ってモノクマは視聴を勧めてきます。
魂胆に不安はありますが、何か新しい情報がわかるかもしれないし、とりあえず見てみる事にしましょう。
私は意を決して席に座り、ビデオデッキにテープを入れてみました。
ヘッドホンを装着して視聴の準備を整えます。
数秒の待機時間の後、テレビに映像が映し出されました。
『…………』
「あ、これは……!」
そこには私のよく知る人達が映っていたのです。
『メ…ルル』
「ケ、ケイナ……!?」
そこにいるのは幼なじみで見慣れた顔。
中腰で膝をつき、こちらを苦しげな顔で見つめています。
両手を後ろ手に縛られた状態で。
「な、何……これ、、、」
彼女の顔には腫れたような痕が見られます。まさか誰かに頬を叩かれた…?
親友の悲痛な姿に、私は何も考えられず映像に見入ります。
さらに、そこに映っていたのはケイナだけではありませんでした。
「ルーフェス…!お父様も……!」
ケイナの横には執事のルーフェス、そして父であるお父様も同様の状態で並ばされていました。
皆衣服は汚れており、顔には殴られたような痕がついています。
『姫……様……申し訳、ありません』
『メルル……父を、許せ』
「……!?」
痛々しい姿でしおれたように絞り出された声。
普段からすると考えられないような皆の姿に私は思わず言葉を失いました。
いったい、どうしてこんな状況に。
『うぷぷ、この憐れな者達は今も監禁され苦悶の生活を強いられています』
「!?」
突然モノクマの声でナレーションが入ります。
『まるで奴隷のように強制労働をさせられ、適宜暴力も加えられている状態なのです』
「そ、そんな……!」
『果たしてこの地獄の生活に終わりは来るのでしょうか?否、このままではその日は永遠に訪れないでしょう。ただし、終わらせるための方法がたった1つだけあります』
『あなたがコロシアイ生活で誰かを殺して裁判を勝ち抜き“卒業”する事』
「な……」
『彼らをこの地獄から救い出す方法はそれのみでーす』
『メ、ルル……助けて』
『 う ぷ ぷ ぷ ぷ 』
ぷつり。
そこで唐突に映像は打ち切られました。
「はぁ、はぁ………」
映像を見終えた私は呼吸が乱れ、動揺していました。
何で、何でケイナがあんな酷い目に……。
ルーフェスも、お父様も、何であんな痛々しい姿に……。
誰かが集団を率いて、アールズの街を襲撃したの?まさか、王宮の兵士達がいるはずだし、そんな輩なんてすぐに制圧してくれるはず。
きっとこれは作り物の偽の映像なんだ……!そうに決まってる…!
私は何とかそう自分を納得させます。
「…………」
しかし。
今の映像はどう見ても偽物が演じているとは思えなかった。
あのケイナは、間違いなく本物のケイナだ。
映像を通してでも、そのくらいの見分けはつきます。
ルーフェスも、お父様も、皆紛れもなく本人でした。
私が長年一緒に過ごしてお世話になってきた人達なんです。見間違えるわけがありません。
「…………」
なら、本当に何者かに襲われて拘束されたって事…?
王宮の兵士達はいったい何をやっているの?
敵兵が攻めてきたなら、迎撃して鎮圧するのが役目なはず。
まさか兵力で上回られた?そんなはずない。
アールズ周りの地域にはそんな強力な武力を持った国はないはず。
考えられるとしたら併合先であるアーランドくらいだけど、アールズとは共和国として親密な関係を築いていて、とてもそんな反逆行為をするとは思えない。
なら、いったい何でこんな事になっているの……?
「メ、メルルちゃん、」
「……え」
不意に、横から声をかけられて私はそちらを振り向きました。
すると、トトリ先生が青い顔をして隣席に座っていました。
「ど、どうしよう。ちょっと変な映像を見ちゃった」
「ど、どうしたんですか?先生の映像には何が映っていたんですか…?」
私は動揺したままでトトリ先生に訊いてみました。
「お姉ちゃんと、お母さんと、お父さんが――」
先生の話によると、私の見た映像と同じく縛られて拘束された状態で、床に並ばせられていたんだそうです。体中に痣を作って暴行を加えられた状態で。
「そ、そんな……」
「どうしよう、お姉ちゃん達が、このままじゃ大変な事に……」
映像の最後には、私の時と同じようにモノクマによるメッセージが流れたそうです。
“あなたがコロシアイ生活で誰かを殺して裁判を勝ち抜いて卒業”しないと彼らはこの拷問から解放されない――と。
先生によれば、映像の中のお姉さんやお母さん達は別人の影武者などではなく、間違いなく本物だったとの事です。
私の物といい、何で、こんな映像が……。
「な、何なのよ、これ……!」
「嘘、何でハインツ君とリア姉、お母さん達がこんな酷い目に……!」
「キースさん、ニオ……どうして」
周りの皆からも戸惑いを帯びた動揺の声が上がりました。
おそらく他の皆さんの映像でも肉親や親しい友人の同様の映像が流されたのでしょう。
「くそ……これはどういう事だ、モノクマ!」
ロジーさんがモノクマに向けて叫びました。
その表情は怒りに満ちています。
「どうって、映像のまんまの意味さ。早くコロシアイを始めないとおまえらの大事な人が大変な目に遭うよって事だね」
「何で、こんな酷い事を……!」
ステラさんの目には涙が滲んでいます。
「ボクはおまえ達に早くコロシアイをしてほしいんだよね!その動機付けのためにはいいと思ってさー!」
「貴様……!」
ロジーさんがモノクマに掴みかかろうとします。
しかし、その手をステルクさんが制止しました。
「待て、ロジー君!モノクマに手を出せば校則違反になって危険だ」
「ぐ……しかし」
「うぷぷ、言っとくけど今の映像はドッキリやハッタリじゃないからね!コロシアイのない状態が続けば続くほど彼らが痛めつけられていく時間も増えていくんだ」
私達を弄ぶように眺めると、モノクマはさらに続けます。
「あんまりそれが長引くようだと……向こうの誰かが死んじゃう可能性も高くなるよね!」
「ゆ、許せない……そっちの勝手な理由で家族に手を出すなんて!」
リディーさんが顔を紅潮させて叫びました。
「そうだ!お母さんやお父さんに何の恨みがあるんだ!!」
スールさんが泣き腫らしながら叫びました。
「知ったこっちゃないね。ちなみに恨みなんてないよ?ボクはただ“コロシアイ”のエンターテイメントが見たいだけなんだ。おまえらに選択権は2つしかないんだよ。コロシアイを始めて大事な人を救い出すか?それともこのまま平和ごっこを続けて恩人友人を見殺しにするか」
皆からの非難の声にも全く動じることなく笑いを浮かべるモノクマ。
こいつには人の心というものがないんでしょうか?
「コロシアイなんて……誰がするもんか」
「んん?」
私が呟いた一言にモノクマが小首を傾げました。
「あんたの思惑になんて誰が乗るもんか」
「うぷ、それじゃあ大事なケイナちゃんが死んじゃうねえ」
「!!」
何の気なしに吐かれた一言。
しかしその言葉が私の心臓をえぐりました。
「あ……ああああ」
私はこめかみを押さえて首を振ります。
そんな、何で、嫌だ、そんなの嫌だよ。
やめろ、やめろよ、
「ふざけないでよ……」
「ふざけ………」
「………」
コロシアイなんて絶対にしたくない。するもんか。
でも、そうしたらケイナ達は助からない。
長引けば、彼女たちに命の危険が出てくる。
何で、何で、こんな残酷な事をするの……。
「うぷぷぷ!おまえらに平穏なんてないんだよ。さあて、誰が最初に先陣を切るのかな?楽しみだね」
そう言って高笑いを残すと、モノクマは再び飛び跳ねて天井へと消えていきました。
「………」
その場に残された私達は皆無言で立ち尽くしています。
誰一人希望に満ちた人はいませんでした。
この場にあるのは、ただ絶望だけ――。