外伝 不知火歯磨き編
昨日、不知火はついていなかったのでしょう。
寮から出ようとしたら入口に黒猫がいたので撫でようとしたら引っ掛かれました。
傷の治療を終えてから寮から出たらカラスがこっちを向いて鳴いてました。
出撃ドッグへ行く途中に靴紐が両方とも切れました。
出撃の時に私だけ高波をモロに浴びて濡れ鼠のまま戦う羽目になりました。
食事のときに箸が折れました。
そんなことが起き続け、そして……。
「ゲホッ! ゲホッ!」
「……うん、文句なしに風邪ね」
体温計を見ながら陽炎が言います。どうやら昨日の濡れ鼠のせいで風邪を引いてしまったようです。……こんなの不知火の落ち度とは認めませんが。
「陽炎、司令はん達に伝えてきたで。これで不知火も療養に専念できるわ」
「ん、ありがとう」
部屋に戻ってきた黒潮の言葉に不知火はホッとしました。司令達に申し訳ないですが、この体調では出撃なんて論外ですから……。
「じゃ、私は出撃してくるから。黒潮、後は頼むわね」
「了解や」
そう言って陽炎は部屋から出ていき、後は不知火と黒潮だけが残りました。
「ほんじゃ、しばらくはウチが世話するからな。取りあえずなんか食べれるか? それかなんか飲むか?」
「ゲホッ……では……たべ……ものを……」
幸い咳は出ますが喉の痛みは辛くはないので、食べれるうちに食べておきましょう。
「ほいほい、それじゃぁちょっと用意してくるから待っとってな」
そう言って黒潮は部屋から出ていきました。それを見送ると、不知火は今更ながら今の状況を振り返って少し恥ずかしくなります。
(黒潮にお世話をしてもらう……前までの不知火ならそこまで気にはしなかったはずですが……)
黒潮に慰められたあの日から、不知火の中で黒潮の存在はどんどん大きくなっていきました。今も、風邪とは別の心臓の高鳴りと顔の熱を自覚します。
(……陽炎も黒潮のお世話された事がありましたね。陽炎が黒潮に甘えるようになったのはあの頃からだったでしょうか。……いったいどんなお世話をされたのでしょうか?)
アーンをしてもらった? 熱い料理をフーフーしてもらった? 寝るまでズッと手を握ってもらってた? 陽炎がそうされたいたであろう事を思うと少しイラッとしますが、同時にこれから自分もされるかもしれないと思うと……。
「戻ったでー不知火。間宮はんとこでおかゆ用意してきたで。後諸々の用意も取ってきたからなー」
考えにふけっていると、黒潮が戻ってきました。腕には色々な物が入った袋と、手にはお鍋とお椀の乗っているお盆がありました。お盆の蓋が開けられると、そこには美味しそうなお粥が入っていました。卵を溶いたもので、ネギやサケの身等がまだらに入ってるのが見えます。
「それじゃちょっとウチの分も分けてってと……。じゃ、体起こすで」
「は……い……」
黒潮はお椀のほうに彼女自身が食べる分をよそうと、それから私の体を起こすと、私が思っていたようにお匙で掬った分をフーフーしてから私に近づけます。
「ほい、アーン」
「んん……」
差し出されたお匙を咥え、お粥を口の中に入れます。美味しい……。
「ん、ちゃんと食べられそうやな。フー……フー……ほい、アーン」
再び差し出されたお匙を咥え、お粥を食べる。まるで幼子になっているような気分になってきましたね……。そう言えば、浦風が黒潮のほうが自分よりおかんみたいだって言ってましたっけ。では、さしずめ今の不知火は黒潮に看病される子供ということでしょうか……。
おとなしくお粥を食べていき、程なくして不知火は全て食べ終わりました。
「ふぅ……もうお腹いっぱいです」
「さようかぁ。ほんじゃ後は薬飲んで横になっとこうか。今はゆっくり寝とかんといかんからな」
黒潮の言葉に従って不知火は薬を飲み、ベッドに横になります。お腹がいっぱいになった影響もあってかすぐに眠気が押し寄せてきました。
「じゃ、氷枕を敷いて……後はこれでも付けてゆっくり寝とき。なんかあったら呼んでな」
そう言って黒潮は氷枕を敷いてくれたのと、不知火にアイマスクを付けてくれました。そして不知火の机から黒潮が動かしているのであろうペンの音を聞きつつ、不知火は眠りに落ちていきました。