外伝 嵐編
(うう……な、なんでこんな緊張してるんだ俺は)
黒潮姉の部屋の前で、俺はいつまでも扉を叩くことができず立ち尽くしていた。
(ちょっと……ちょっと遊園地に誘うだけじゃねえか、なのになんでだよ)
今、俺の手の中には二枚の遊園地の券がある。昨日のヒーローショーの謝礼でもらったやつだけど、受け取った時は特に意識してなかったんだ。折角だし黒潮姉でも誘おうかな程度だったのに。
「これで好きな人とデートでも楽しんでください」
そう言われたとたん、まるで黒潮姉の事を誘うことがそう言うことなんじゃないかって自分で思うようになっちまって……その場では否定したし、今もそう言う目的じゃないんだって言い聞かせてるけど、一度意識しちゃうと中々離れなくて……今に至る。
(早く扉叩けよ俺、なんで黒潮姉の事をこんな意識してんだ。そりゃ、黒潮姉は小柄で可愛らしいのに俺を軽く持ち上げるぐらい力があって……)
そこで思い出したのは前に黒潮姉に助けられた時の事だった。俺の事を軽くお姫様抱っこで持ち上げた黒潮姉、俺のために真剣に怒ってくれた黒潮姉。黒潮姉……。
(あー、違う違う違う!)
頭によぎる考えを振り払い、俺は勢いをつけて扉を叩こうとして……。
「おーい嵐。人の部屋の前でなにやっとるん」
「うひゃああああ!?」
不意にかけられた声に俺は反射的に叫び慌てて後ろを振り向いた。
「……いや、悲鳴あげられても困るんやけどなぁ……」
「あ……い、いや! なんでもないよ黒潮姉! それより、黒潮姉は明日空いてるか?」
不思議そうに俺を見てくる黒潮姉を誤魔化しつつ、俺は明日の予定を尋ねた。
「明日? まぁ非番やし特に予定はないけど、どうかしたんか?」
「これ、こないだのヒーローショーの謝礼で貰ったんだよ! 一緒に行こうぜ?」
そう言ってチケットを見せると黒潮姉は首を傾げてきた。
「行くんはええけど……ウチでええん? 嵐なら野分とか萩風とかのほうが……」
「黒潮姉と行きたいんだよ! だ、ダメ……か?」
「いや、ダメとちゃうで。でも、ホンマにウチでええんか?」
「だから、黒潮姉と行きたいんだって言ってるだろ」
「そうかぁ……わかったわ。じゃぁ明日の九時に鎮守府正面出入口で集合でええか?」
「ああ、遅刻しないでくれよ」
「そんなヘマせえへんって」
こうして無事に黒潮姉を誘うことができた。さぁ、明日は楽しむぞ。
翌日、無事に時間通りに集合した俺達は交通機関を使って無事に遊園地に到着した。
「お、けっこうな大きさの遊園地やな」
そう言って黒潮姉が園内をキョロキョロと見渡す。確か、ここは県内じゃ一番ぐらいに大きくて、地元の人もけっこう来るんだったっけな。今も周りには友達連れ、家族連れ、カップル、いろんな人たちがいる。
「だろぉ、色んなアトラクションがあるんだぜ」
「そりゃ楽しみや。で、嵐はなんか行きたいアトラクションあるん?」
「あー……どうしよっかなぁ」
イケネ、黒潮姉と一緒に行くって事にだけ意識行ってたからあんま考えてなかったや。
「なんや、候補ないならウチが勝手に決めるで」
「ああ、うん。それで頼むよ黒潮姉」
「ほんじゃぁ……あそこ行こか」
そう言って黒潮姉が指さしたのはジェットコースターだった。
「お、いいねぇ。スリル満点だってよ」
「せやろー。ほな、行くで嵐」
そう言って黒潮姉は俺の手を掴んで歩き出した。手袋越しなのになぜか黒潮姉に捕まれてる部分が熱を帯びて、そのまま顔にまで熱が伝わって。俺は黒潮姉に気づかれないように少し後ろを歩いた。
(くそぉ……黒潮姉の手に触れてるとあの時の事思い出しちまう)
それはもう何か月も前の事だけど、俺は夜戦で追い詰められたときに黒潮姉に助けられて、お姫様だっこされた事がある。普段舞風とかに頼まれてやる事はあるけど、俺自身がそんなのをされたのはあれが初めてだった。
「お、案外空いてるで」
列の最後尾を見た黒潮姉の呟きに俺も同意する。待ち時間20分なら確かに空いてるほうだ。
「じゃ、嵐ここで並んどいてや。なんか飲み物買ってくるけど何がええ?」
「あ、じゃぁコーラ頼むよ」
「よっしゃ待っときぃ」
そう言って黒潮姉は売店まで走っていって、そして割とすぐに戻ってきた。
「お待たせや、ほい」
「サンキュー」
黒潮姉から受け取ったコーラを飲みながら俺達は待ち時間を潰していく。そしてようやく俺達はジェットコースターに乗り込んだ。
「おお、けっこうゴツイ固定具やな。こりゃぁスピードでそうや」
「ああ、楽しみだぜ」
手荷物を預けた俺達は固定具をしっかりと掴んで前を見る。ちょうど先頭に座ることになった俺達は遮る事のない視界いっぱいに広がるコースを見てワクワクしていた。
「お、動き出したぜ黒潮姉」
そうしてるとジェットコースターが動き出した。ゆっくりと上に向かって登っていき、視界いっぱいに広がる青空が眩しい。
「もうすぐやで嵐。ビビッてちびるんやないでー」
「ハッ、黒潮姉こそ」
そんな軽口を叩いていると、上を向いていた視界が下を向き、そこからはあっという間だった。上下左右に猛スピードで動き回るジェットコースターの風圧と急展開する視界に俺は思わず固定具を握る力を強くしてしまう。特に地面に向けて落下してる時は本当に怖い。海上で戦ってる時はまた別の怖さ。でもそのスリルがたまらなくて俺はつい大声で叫んでたし、隣では黒潮姉も楽しそうに笑ってる。程なくしてコースを回り終えたジェットコースターは発着場まで戻ってきた。
「いやぁ楽しかったで嵐。次はどこいく?」
「そうだなぁ……じゃぁさ、暑いしあれなんてどう?」
そう言って俺は急流すべりを指さす。
「おー、悪くなさそうやな。よっしゃ、行くでー」
黒潮姉も賛成してくれたので、俺達は今度は急流すべりに並ぶ。こっちはジェットコースターよりも待ち時間も短く、割とあっさりと乗ることができた。
「おー、こりゃ手が込んでるで」
周りの光景を見ながら黒潮姉が呟く。この急流すべりはジャングルをイメージしていて、そこかしこから鳥の鳴き声や獣の鳴き声が聞こえ、時々川の中や左右の木々の中から動物が色んなアクションをして俺達を楽しませてくれる。
「戦争が終わったらこういうジャングル観光に行ってみるのもええかもしれんなぁ。ウチ、アマゾンとか行ってみたいわ」
「はは、その時は俺も連れてってくれよ黒潮姉。アマゾンででっかい魚でも一本釣りしてやるぜ」
「おー、そん時は頼むで嵐」
そんな事を話しているうちに俺達の乗ってるボートは徐々に上に向かって上がっていき、そして最後にはジェットコースターよろしく、一気に下降した。水面にぶつかる衝撃と一緒に舞い上がった水が俺達に降りかかる。
「わっ、つめてえ!」
「おー、こりゃちょっと浴びすぎてもうたかなぁ」
緩やかに流れに流されるボートの上で俺達は互いの姿を見ていた。俺も黒潮姉も思った以上に水を被っちまって全身がずぶ濡れだ。
「まぁこの暑さや、ほっとけばそのうち乾くやろ」
「あ……ああ、そうだよな黒潮姉」
特に困った様子を見せない黒潮姉だけど、俺は直視できなくて視線を泳がせてる。仕方ねえだろ、水で黒潮姉の服透けてちょっとブラとか見えちまってるんだもん……。
「な、なぁ黒潮姉……ブラ……見えてるぜ」
「んー? あーこんぐらいなら気にせんでええわ。ウチみたいなんのブラ見て喜ぶもんはおらんて」
(いや、俺は気にするよ! 嬉し……いけど、そんなん言えるわけねえし!)
くそっ、黒潮姉はなんでこんなに自分の事に無頓着なんだよぉ……。
「ほら、嵐。次のアトラクション行くでー」
「わ、待ってくれよ黒潮姉!」
そのまんま歩いていく黒潮姉を追いかけるが、これ以上黒潮姉にその辺歩かせるわけにもいかねえなし、なにか……あ。
「く、黒潮姉! あれ、あれ乗ろうぜ!」
そう言って俺はコーヒーカップを指さした。あれなら人も並んでないし早めに乗れる。
「んー……? ええけど、意外やなぁ。嵐、ああ言うの好きなん?」
「そ、そうだよ。一人じゃ乗るの恥ずかしいしさぁ。さ、付き合ってくれよ黒潮姉!」
黒潮姉の腕を掴んで急いでコーヒーカップへ向かう。そしてすぐに乗れたので俺達は一つのカップに入った。
「おー、けっこうな勢いで回るんやなぁこれ」
「だろぉ。もうちょっと早く回してみようぜ」
更にハンドルを回して勢いを上げていくと、どんどん周りの光景がものすごいスピードで回り始めた。ジェットコースターや急流すべりとはまた別の刺激に俺はついさらに勢いよく回していくが、途中からそれ以上のスピードが出なくなってしまった。
「あっれぇ、これが限界かよ」
「そらまぁ、子供が乗るようなやつや、あんまスピードは出せへんって」
まぁ言われてみればそうか。それでもまぁスピードは出てるのでそのまま回っていると、しばらくして交代の時間になった。ちょっと足元がふらつきながらも俺と黒潮姉はコーヒーカップから降りる。あー、海面に立ってるのとは違う揺れだなぁ。グラグラするぜ。
「んー、まぁそこそこ面白かったわ」
「そうか、そりゃよかったぜ」
そう言いつつ、俺は黒潮姉の服に視線を向ける。よし、気温とコーヒーカップで風を浴びまくったおかげで大体乾いてきてるな、もう透けてねえ。
「ふぅ……ちょっと勢いのある系に連続で乗ったしちょっと休憩しよか」
「おう、じゃ、あそこがよさそうだぜ」
ちょうど視線の先に空いているベンチがあったので俺達はそこで並んで座る。はー、暑っちいなぁ。
「いやぁ、やっぱり遊園地は楽しいなぁ。次はどこいく?」
「んー、どうすっかなぁ」
園内のマップを手にしてアトラクションを確認する。後は射撃とかお化け屋敷とかかぁ。
「……射撃系って俺らが行ってもいいのかな?」
「……行くのはええけど、普段の訓練とやることそんな変わらんのとちゃう?」
「だよなぁ。じゃぁ後は……」
「お、これ面白そうやな」
そう言って黒潮姉が指差したのは宝探しと書かれていた。
「なんだこりゃ? えーと……川を模した会場で宝石を探しましょう? ……宝石かぁ」
こういうイベントで手に入る宝石って言ってもどうせ大したものじゃないと思うけどなあ。
「嵐、ちょっとこれ行こうや。なんか面白いもん見つけれそうや」
「あ、ああ。わかったよ」
黒潮姉、こういうの好きなのか。これまでのアトラクションの中で一番目が輝いてるぜ。
逸る黒潮姉と一緒に会場に行くと、そこには細長いケースの中に砂利が敷き詰められていて、その中を水が通っていて、これで川を再現してるみたいだ。
「おお、砂利んなかから探すやつか。ほんじゃいっちょ探してみるでー」
「お、おー」
テンションの高い黒潮姉にちょっとついていけないけど、そんな俺を置いて黒潮姉は嬉しそうに砂利に手を突っ込んでそれらしいものを探している。
「んーと、これもそれっぽいなぁ。これは……ちゃうか」
その辺に置いてあった宝石の一覧と見比べながら黒潮姉は宝石を拾っていく。俺も見てるだけってのも退屈なので砂利の中を適当に漁ってみるけど、出てくるのはやっぱり大半が普通の石で、たまにそれらしいのも出てくるけどどれもこれも小さいものばかりだ。と言うかこれ、宝石っていうか天然石だよなぁ、宝石用に加工されてるのねーんだもん。
(んー……これもクズ石かぁ。一応まともなのも交じってるみたいだけど……全然見つかんねーや)
探しても大した石も出てこないので正直飽きてきていて、取り合えず黒潮姉のほうに視線を向けると。
「お……おお、こりゃそこそこのもんが出たで」
ふと黒潮姉が砂利の中から天然石を拾い上げた。それは確かに中々の大きさで、店で売られててもそんなに違和感はない。
「なぁ黒潮姉、そろそろ行かねえか? 俺、飽きてきたよ」
「お、おお。そりゃスマンかったな」
俺が声をかけると黒潮姉もこっちに意識を向けてくれて、時計を確認してようやく離れてくれた。
「スマンかったなぁ嵐。時間かけてもうたわ」
「いや、別にいいんだけどよ。黒潮姉はどんな石取れたんだ?」
「ん? そうやなぁ、クズ石は置いてくけど、これは中々なもんやで」
そう言って黒潮姉が見せてくれたのはさっき黒潮姉が拾ってた石だった。深緑色だけど、なんて石なんだこれ?
「いやぁ、しかしペリドットが見つかるとは思わんかったなぁ」
「へー、あんま聞かねえ石だな」
「なんや興味持ったんか? 欲しいならあげるで、時間かけてもうたお詫びや」
「……じゃぁありがたくいただくぜ」
そう言って黒潮姉から天然石を受け取る。親指の腹ぐらいの大きさの石はけっこう綺麗で、俺はそれを手の中で転がしていた。
「じゃ、次のアトラクション行こか」
「ああ、じゃぁ次はどこにするかなぁ……」