ひとり、ふたり、さんにん、よにん、そこまで数え思わず手を止めると、
「あいつ慣れたなぁ。」
私は思わず独りごちた。
桜の花びらも散り、木々が若葉を主張し始めるそんな季節、第3アリーナのフィールドでISスーツ姿の少女達が話を弾ませていた。入学から2週間、本日からIS実習だ。
クラス代表の私は2組の生徒がそろっているか確認をするのが勤めだ。先生が来るまでに済まさねばならない。だから否応なしに眼に入る。一夏を取り巻く少女達が、である。
IS実習は1組2組の合同授業だ。だからその取り巻きには1組の他2組のも居る。少女達の勢いに最初はたじろいでいた一夏も随分と慣れたようだ。今では気兼ねなく話している。
ちやほやされたいと思った事は無いが、こうまで見せつけられれば多少の不満も募る。改めて一夏の人気具合を思い知らされた。私は溜息をついた。人と己を比較するのは愚かな事だ、そう言い聞かせ取り巻きの少女とタブレットの少女を見比べてはチェックを入れる。
声を掛けてはチェックを入れる。チェックを入れると、我が2組の鷹月さんと布仏さんが見当たらない事に気がづいた。
左を向く、居ない。
正面を向く、居ない。
右も居ない。
後ろに...篠ノ之さんの後ろに隠れる影2つ。
タブレット上の2人に印を付けた。
これでお勤め終了である。
それにしてもあの2人は一体どうしたのか、そう思い顔を上げると2人と眼が合った。顔を赤くして更に隠れる。篠ノ之さんの影から飛び出る、布仏さんの栗色の小さい房がひょこりと揺れた。鷹月さんは背を丸め自分の腕を抱いていた。
あの2人に何かしでかしたか、そう記憶をたぐれども、心当たりは無い。ISスーツ姿が恥ずかしいのかと考えて、それも頭から追いやった。ISスーツはISの下に着るウェアで、ある意味インナーではあるが、水着より露出は少ない。スクール水着にオーバーニーソックス、これが最も分かりやすい。これが恥ずかしいのであれば海には行けまい。
因みに男用スーツの露出は更に少ない。全身を覆うダイバースーツを持ってきて二の腕から下、膝の下、最後に腹を切り抜いたと言えば簡単か。
そんな事を考えていたら、篠ノ之さんに睨まれた。いつものように腕を組み仁王立ちだ。もちろん彼女にも心当たりは無い。女心は難しい物だ。かれこれ千年以上昔から男は女性に悩まされている。書物を紐解けば一目瞭然だ。恋やら愛やらに苦しむそれを打ち明けた文字を探せば事欠かない。きっとその悩みはこの後何千年と続くのだろう。
"思いあまりそなたの空をながむれば霞をわけて春雨ぞ降る"
誰かが詠んだこの詩の意味を私は思い出せなかった。
チェックも終わり、並ぶ8つのISを見る。その鉄と、オイルと、エネルギーの塊はただ悠然としていた。
第2世代型IS"打鉄"
戦車、戦闘機と言った兵器を連想させるラファール・リヴァイヴと異なり、打鉄は日本鎧を連想させる純国産のISだ。安定した性能と防御に優れるこの機体は、残念ながら日本とドイツ、フランスでしかお目にかかれない。質実剛健気質のドイツ人と日本のポップカルチャーを好むフランス人を除けば、見た目で嫌煙されたのではと考えている。
侍ジャパンとは言うが、このデザインは製品として見ると、正直濃すぎでは無かろうか。個人的には好みではあるが。
向かって左から3番目のそれに近づき、右手をかざし、打鉄に触れる。目を覚ましたコイツは直ぐさま膨大な情報を伝えてきた。みやとは異なり、その鼓動はしっとりとした非常に滑らかなものだった。流石日本製である。PIC、FBW、FCS、HS、多数のデバイスが作動した。機体情報を見ると、機体名:打鉄、メーカ:倉持技研(株)、学園登録ナンバー:30と記されてあった。
ふむ、と頭をひねる。
30、みれ、みぜろ、み、み―
突然心臓を射貫かれる様な、そうとしか言いようのない感覚に襲われた。それは1つの弾丸のようであり、一条の光線のようでもあった。
とっさに大地を踏み抜き、身を横へ躍らせた。腰に手をやればそこに銃は無く、次に備え体に溜を作る。それと同時に気配の元へ感覚を走らせた。走らせれば、走らせたその6m先には青のお嬢様が佇んでいた。
彼女は何時もの学生服ではなく、オーダーメイドのISスーツ姿であった。そんな彼女はいつものように腕を組み、鋭い視線を飛ばしている。張り詰めた神経が緩む。
「・・・呼ぶなら殺気じゃなくてさ、普通に声を掛けてくれ。」
「気安く話し掛けないで下さいます?許しを得たとお思いでしたらそれは勘違いも良いところですわ。」
溜息混じりの私の頼みに、彼女はふんっと素っ気なかった。偶然の私の行動を目撃した数名の少女が、目を白黒させていた。
「それなら大した事にはならなかったよ。教室の掃除だけで済んだ。」
私がそう言うと、彼女はその緊張を僅かに緩ませた。彼女の用件は私の処遇についてだった。
私の事は一切知らされていなかったらしい。彼女は担任の織斑先生に聞いても教えてくれなかった、と憤慨している。ただ、自分で考えろ馬鹿者、だったそうだ。千冬さんも、意地が悪いのでは無かろうか。罰則代わりでもあるまいに。
心配してくれたのか、と少し茶化してみると「えぇ、矛先を心配しましたの」と相変わらずだった。
彼女は初めて会った時に様に尊大だったが、嫌な気分はしなかった。が、私はお返しとばかりこんな事を言ってみた。
「ところでさ、一夏の好物に興味は無い?」
彼女が周囲に張り詰めていた理路整然とした意識の線が、歪んだ。
「何を企んでいらっしゃるのかしら。あなたは篠ノ之さんと仲が良いのでしょう?」
訝しげな彼女の問いに私はこう続ける。
「確かに義理を欠くけれどセシリアとだって撃ち合った仲だ、これ位良いだろ。心ばかりの支援射撃ってところかな。そもそも幼なじみとじゃハンデもありすぎるしね。」
「結構ですわ、敵から塩を受け取るほど落ちぶれてはおりません。」
ちらちらと苛立たしげな視線を寄越す彼女に私はそっと耳打ちした。
彼女のほのかな匂いがしばらく残っていた。
じきにジャージ姿の織斑先生と山田先生が姿を現した。それに気づいた少女達がわらわらと並び始める。私は整然と並ぶ生徒達の先頭に立った。クラス代表は先頭である。一番前だ。ところが、どうしたことだろうか。一夏が隣に居た。
一夏は私と同じISスーツだった。それのデザインもサイズも同じで、スーツを手配した事務の人がサイズが同じで助かったと言っていた。コストの話だろう。違う物を1つずつ作るより、同じ物を2個作った方が安い。当然一夏とおそろい、とは考えない。考えてはならない。
「なんで一夏が先頭なんだよ。」
「俺、クラス代表だから?」
「なんで疑問形なんだよ。そもそも負けただろ、一夏は。」
一夏は腕を組んで、一唸りするとこう答えた。
「セシリアが辞退したんだ。あと負けたのは真な。」
セシリアと一夏はクラス代表を争っていた、筈なのだが。一夏の少し後ろ、金髪の少女に目をやると彼女はすまし顔だった。彼女の意図が読めず、思案する私に一夏はなんか違うんだよな、と呟いた。
「違うって何が?」
「セシリアあれ以来なんか違うんだよ。突っかかってこなくなったし。あの"おほほ"もやらなくなった。」
何故か残念そうな一夏に私はこう言った。
「女の子は精神的成長が早いと言うぞ。あれが切っ掛けで少し大人になったんだろ。結構な事じゃないか。」
そうしたら一夏は苦虫をかみつぶしたような顔を向けてきた。
「なんかむかつく。」
訳が分からん。
◆
「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践して貰う。織斑、オルコット試しに飛んで見せろ」
皆の前に立つ織斑先生の指示で、セシリアと一夏は「「はい」」と皆の前に歩み出た。
一次移行を行ったISは、アクセサリーに形状を変えて携帯する事ができる。ブルー・ティアーズはイヤリング、白式はガントレットだった。みや、ラファール・リヴァイヴはネックレスだが、残念な事にお目にかかった事は無い。
余談だが、そのみやは基本デバイスの1つ、FBW(Fly By Wire:航行管制システム)が故障した為、今3年生が修理している。基本デバイスの故障は滅多に無いらしく、良い教材、と整備課の先輩方々に感謝された。始末書が無ければ私も素直に喜んだだろう。
セシリアは瞬時にISを展開する。彼女のブルー・ティアーズは修理が完全に終わっていた。4つの子機と、スターライトmk3がその存在感を示している。セシリアと一瞬眼が合うと彼女は僅かな笑みを浮かべ、空へ駆け上がった。少し遅れた一夏は、織斑先生の叱咤の後、セシリアの後を追った。
高速回転するタービンの様な、甲高い機動音と共に2機のISがアリーナの青い空を切り裂く。皆が2人を見上げる。その空には2本の、軌跡が走っていた。多少いびつな線の白に対し青のそれは一切の乱れがなく、見事と言う他無かった。
「よくあのセシリアを追い込めたもんだ……殆ど偶然、いや奇跡だな。あれは」
私は思わず感嘆を口に出した。
「そんなに凄いかな?」
いつの間にやってきたのか、左隣に立つ布仏さんが聞いた。あぁ、と彼女を視界に収めようとしたら「こっちみちゃ駄目」と彼女の手に押し戻された。私の顔が強制的に正面を向く。そこには腕を組む織斑先生が立っていた。先生は流し目にちらと私を見た。
「……」
釈然としない物を感じながらも私は彼女の質問に答える。
「あぁ、機動にブレが全くない。確実に重心を捉えている証拠だよ。多分PICをマニュアルで動かしている。その上、飛行計画にも無駄が無い。セシリアの技能の高さを改めて思い知らされた」
「蒼月君は大げさ。2人掛かりだったけれど、奇跡が必要なほど実力に差は無いと思う」
唐突に右隣から鷹月さんの声がした。説明しようと顔を向けると「こっち見ないで」と手で押し戻された。強制的に向いた正面には、苦笑する織斑先生が立っていた。
「……」
腑に落ちないと思いつつ、彼女に答えた。
「それは買いかぶりすぎかな。俺は無我夢中で逃げ回って闇雲に撃っていただけさ。セシリアが初めから本気だったら俺らは10分持たなかった。それだけ実力に開きがある」
「随分オルコットを評価するのだな」
そう言うのは、視界の左側に姿を現した篠ノ之さんだった。いつものように腕を組み、多少鋭気に私を見た。
「過大評価のつもりは無いよ、箒。子機に27発、レーザーライフルは9発食らったんだ。セシリアの実力は身に染みてる。彼女は強い」
若干呆れた表情の織斑先生がこんな事を聞いてきた。
「蒼月、その強いオルコットは何故お前達に追い込まれた?」
私は痛む足を堪え立ち上がった。
「様子を見たからでしょう。俺らに慣れる時間と勢いにのる切っ掛けを与える事になった、そう考えます」
「では、なぜオルコットは様子を見たと思う?」
「……挑発されたから、と」
「その回答では落第だな」
言われれば確かにそうだ。混乱から立ち直ったのであれば、その時点で全力を出すべきだ。少なくとも私ならばそうする。ならばセシリアは一体何故?
思案する私に彼女はこう言った。
「お前達の急激な成長を見て興味を持った、特に同じガンナーのお前にな。そんなところだろう。もっとも"ああいう方法"で主兵装を失うとは完全に予想外だったはずだ。あれがなければ後半の逆転は無かっただろうからな」
あの時の何かを探るようなセシリアの視線を思い出し、私は得心がいく。
「良いんですか? 生徒にそんな事を言うと増長しますよ」
「お前は自己評価が低いからな、これ位が良い案配だろう」
彼女は小さく笑った。
「織斑には言うなよ、調子に乗る」
私は苦笑気味に「はい」と応え、青い空の白い軌跡に視線を走らせた。
「一夏っ! 何時までそんなところに居る! 早く降りてこい!」と、篠ノ之さんが山田先生から奪い取ったインカムで怒鳴った。それを聞いた織斑先生が頃合いだと「織斑、オルコット、急降下と完全停止をやって見せろ。地表から10cm以内が合格だ」と指示した。上空のISが急降下を始める。
ブルー・ティアーズは地上8cm、白式は地下1mだった。
授業で使った30番機の打鉄に私は"みお"と、名付けた。