IS Heroes   作:D1198

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日常編 引っ越し

「狭いな」

「開口一番ひとの家を愚弄するな」

 

 

 一夏の悪意ある呟きに私は抗議を上げた。時は流れ入学から3つめの日曜日、本日を以てこの6畳一間のアパートとお別れとなる。埋め込み式の半導体照明、木目調のフローリング、白い壁、窓からは日の光が差し込んでいた。変色した柱にそっと手を添え、思い出すは毎夜激しい大学生、読経のご老人、神経質なマダムに、口達者な小学生達……快適な住処では無かったが、いざ引き払うとなると名残惜しさもわくというものだ。

 

「さっさと片付けようぜ、これなら直ぐ済む」

「俺は一夏を連れてきたこと後悔してるよ」

 

 情緒もへったくれも無い一夏に私は溜息をついた。

 

 時は一昨日に遡る。つい先月まで一人暮らしをしていた私は、頃は良しと自宅の引き払いを決行した。事前に準備をしていた為、掃除と家財の処分のみで済む訳だが、最後だからと外泊申請を出した。それを一夏に見つかり、俺も家に戻るからついでに手伝ってやる、と相成った次第だ。

 

 何故か女性陣が執拗に手伝いを申し出ていたが、なにぶん独身男の部屋である。少女に見られて困るの物も多いと、丁重に断った。

 

「17時には山田先生が来るからな、それまでに片付けるぞ」

「何で山田先生が来るんだよ」

「ベッドとか冷蔵庫とかリサイクル業者に売るんだが、未成年だと売れないんだよ。だから頼んだ」

 

 実は千冬さんに頼んだのだが、時間がとれないからと山田さんにお鉢が回ったのだった。

 

 

 

 

「パイプベッドは捨てるのか? まだ真新しいのにもったいない」

「寮に持って行けないからな、しかたがない」

 

 この時初めて知ったのだが、一夏は家事が得意だった。エプロン姿でテキパキ片付ける。その姿は主婦顔負けだった。そのお陰で作業は予想以上に進んだが、多少複雑な気分になった。家事で優劣もないと自分に言い聞かす。そんな一夏を見て、織斑先生は家事はしないのか、と何気なく聞いてみた。一夏は生活能力ゼロと言い切った。少しだけ悲しかった。

 

 

 暫くすると一夏は風呂場の掃除に細い物が欲しいと言い出した。そこまでしなくても良かろうと言ったが、すっきりしないという。しかたがないと樹脂の三角定規を手渡した。そうすると文房具じゃないか、と意外に頭が堅いことを言ってくる。道具と頭は使いようと答えれば、それ受け売りだろと一夏が言った。やかましい、と雑巾を投げつけた。ぺちょりと一夏の顔に張り付いた。拳の応酬を繰り広げた。

 

 

 廃棄する中サイズの段ボールを手にした一夏が言う。

 

「真、これえらく重いな。中身なんだ」

「エロ本」

 

 部屋にビリビリと何かを剥がす音が響いた。

 

「開けるな!」

 

 思わずはっ倒した。打張り合った

 

 

 

 寮行き小サイズの段ボールを開けた一夏が言う。

 

「これ、日本酒じゃないか。お前不良かよ」

「それはおやっさん、会社の人から貰った大事な物なんだ。というかさ、なんで開ける……」

「未開封か……なら、飲んだことはないんだな?」

「話聞けよ、あるし。リーマンだったし」

「この不良学生」

 

 むかついたので殴った。殴り合った。

 

 

 

次々に、段ボールを、開ける、一夏が。

 

「これオーディオか? 随分ごっついな」

「あぁ趣味でさ、ジャズなんか良く聴く」

「こっちは本か。文字ばかりじゃないか。漫画はないのかよ」

「読まない」

「ジャズに文庫、と」

「一夏、さっきから気になってるんだけど、そのメモは何だ」

「報告書」

「……誰への?」

「箒に静寐に本音」

「……何で?」

「頼まれた。捨てるかも知れないから見てきてくれって。真、お前、趣味とか自分のこと、余り話さないんだってな。そう言うの良くないぜ。3人とも寂しがってた。まぁ趣味が音楽鑑賞と読書なんて恥ずかしいのは分かるけどよ。それにしても、なんかおっさん臭い―へぶぅ」

 

 一夏の顔面を捉えた右拳をぐりぐりまわす。

 

「表でて裸で踊ってろ。おまわりさんと戯れられるぞ、このタレコミ一夏。お前は一言多いんだよ、癪に障るわ」

「酒飲む、エロ本読む、直ぐ暴力を振るう。俺は残念だぜ、栄光のIS学園生徒がこんな不良なんてよ。みんなが知ったら悲しむだろうな……このムッツリ真の陰険変態野郎!」

 

 一夏が俺の胸ぐらをぐいぐい掴む。

 

「そういう薄っぺらい、不愉快なセリフは……エロ本持ちながら言うんじゃない! この馬鹿一夏!」

 

 だから殴った。

 

「馬鹿、阿保しか知らないのかよ! 語彙すくねぇな! このへつらい真!!」

 

 そして殴られた。

 

「何時どこで誰がへつらった!? このすりこぎ一夏が!」

「すりこぎ舐めるんじゃねぇ!」

「ただの悪意だ!」

「尚悪いわ!」

 

 

 「そろそろ私たちが来たこと気づいて下さい」と、どかぼかドツキ合う俺らに、そういうのは冷たい視線の2組副担任 小林千代実さんだった。

 

 「それ没収しますからね。未成年はダメですよ」赤い顔でそういうのは1組副担任 山田真耶さんだった。

 

 本は没収された。酒は無事だった。軽蔑の視線は、いと悲し。

 

 

 

 

 

 

「あのリサイクル屋さん結構素敵じゃありませんでした?」

 

 助手席の山田さんは顔を強ばらせ、言う。

 

「そうですね、山田先生に熱っぽい視線浴びせてましたよ」

 

 ハンドルを握る小林さんはそのこめかみに血管を浮かせて、言った。

 

「「……」」

 

「えぇーあれは絶対小林先生でしたよ」

「そんな事ありませんよ、あのひと真耶の胸ばっかり見てましたし」

「私はいやらしい人は好みじゃ無いんです。胸の小さい千代実にお似合いです」

「私だって嫌です。胸の大きい女が好きなんて絶対人格破綻者です」

 

「「……」」

 

「「ねぇ、君たちは大きいのが良い小さいのが良い?」」

 

「「……」」

 

 じきに5月だというのにスポーツセダンの中は妙に寒かった。

 

 

 

 

 部屋の引き払いも終わり、寮へと帰る車の中、小林さんと山田さんは終始この調子である。小柄で髪が短く可愛いという印象の山田さんに、長身で髪が長く凛々しい印象の小林さん、真逆の2人ではあるが、実際は仲が良いのだろう。でなければ、車が故障し途方に暮れた山田さんが、助けを求め、小林さんがそれに応じるはずが無い。

 

 一夏はこの2人仲悪いんだな、と呟いた。私は曖昧に答えると窓の外に眼を向ける。空に瞬く幾多の星。流れる夜景は時間を遡っているような錯覚に陥らせた。

 

「千冬ねぇとリーブス先生も仲悪いのかな」

「さーな。端から見れば普通だけど、遺恨なしって訳にもいかないだろ」

「なんでだよ?」

「そりゃそうさ、あの2人は誰が見てもそう思う」

 

 よく分からない、そういう顔の一夏に私はこう言った。

 

「一夏、リーブス先生は第2回モンドグロッソのゴールドメダリストだぞ」

「それって、千冬ねぇが……」

「そう、織斑先生が棄権したあの大会だよ」

 

 

 

 連覇確実と言われた千冬さん。それを唯一阻止出来ると謳われたディアナさんの対決は千冬さんの棄権という形で幕を閉じた。当時多くの憶測が流れたが、真実は分からずじまいだった。余程不本意だったのだろう、ライブラリーに写る当時のディアナさんは金の表彰台に立ちながらも、その不満を隠す事無くただ憮然としていた。

 

 無粋な詮索はいくらでも出来る。だが、今その2人は学園の教師としてくつわを並べているのだ。きっと2人には、それに値する、共有できる何かがあったのだろう。私はそう思いたい。

 

 

「それ俺のせいなんだ」

 

 突然発せられた言葉に、私が顔を向けると、一夏は窓の外をじっと見ていた。まるで、過去を見ている様なそんな眼をしていた。

 

「一夏?」

「試合直前に拉致されてさ、千冬ねぇが助けに来てくれたんだ。大事な試合だったのに。きっと2人の仲が悪いならそれは俺のせいなんだ」

 

 車内に沈黙が訪れる。前席の2人はきっとそれを知っていたのだろう。はっと息をのんだ後何も言わなくなった。私は一回だけ、少しだけ深く呼吸した。

 

「一夏、右手出せ」

「なんだよ」

「いいから。握手の要領で、そう開き気味にだ」

 

 私は一夏の手の平を、同じ自分の手の平で、横に振る様に軽く叩いた。乾いた音がした。呆然とする一夏に私は続ける。

 

「今度は右の甲同士で叩くんだ」

 

 また乾いた音が響き、手に鈍い刺激が残る。

 

「これを繰り返すぞ」

 

 2つの音が続けてなった。一夏は自身の右手を、じっと見ると今度は俺も動かす、と言った。

 

 今度の2つの音は、大きめに、だが心地よく、体の芯に響いた。

 

 悪くない、と一夏が言った。

 

 そうだろ、と私は答えた。

 

 

 自分が悪い訳ではない、そんな事は一夏自身にもよく分かっている。きっと千冬さんは一夏に気にするなと言ったのだろう。その時コイツは、無力な自分にただ怒りと悔しさをぶつけた筈だ。

 

 よく分かるよ、一夏。俺が世間に知られた時、俺も彼女にそう言われ、俺もそう感じたから。

 

「真」

「なんだ?」

「さんきゅ」

「おう」

 

 俺はこの時初めて一夏を友人と感じた、そんな気がする。

 

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