IS Heroes   作:D1198

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凰鈴音1

小さい一つの波

 

みやを形作る一つ一つが鳴らす小さな波

 

それらが重なり合い一つの大きな波となる

 

それこそがみやの鼓動

 

 

 

足を大地に眼を天に

 

青い光が背に灯り雲の屋根を突き抜ける

 

みやが許可高度の警告を鳴らす

 

高度11km、対流圏と成層圏の境界、雲の限界

 

そこは青い空と白い雲の王国だった

 

風の音だけが響き渡る

 

鼓動が一つ鳴り、大地の呼ぶ声が聞こえた

 

体が引かれ、視界が緑と水に変わる

 

空気を切り裂く振動と音が割れる音

 

その破片の先に見えるは帰るべきところ

 

私たちの咆吼が響く

 

最後に見たのは砂粒だった

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園、第3アリーナのフィールドが、激しい衝撃と音を掻き鳴らす。私はいつもより少し深い地面に降り立った。周囲には土煙が立ち上っている。

 

「蒼月君、マイナス1cm」

「半径5mってところか。着地点が予想より低いかな。少しだけ」

「戻る前に埋めて。管理の人に怒られるから」

 

 ピット脇のナビゲータルームにいる鷹月さんに手を上げ、応える。意識に直接響く彼女の声はいつもより遠くに聞こえた。

 

 

 

 5月最初の日は少し雲の多い日曜だった。私は正式契約を結んだばかりのみや(ラファール・リヴァイヴ38番機)と最初のデート(フライト)をした。こいつは以前より過激で、僅かなミスを不快な振動といびつな機動で責める。だが以前より妙にしっくり来た。恐らく、こいつと私の関係は少し変わったのだろう。少しずつで良い、歩み寄っていこうと思う。

 

 第2ピットに戻った私は、みやを待機状態(クローズ)に。両足にピットの冷たい感触を得る。鷹月さんがちょうどナビゲータルームから出てきたところだった。彼女にナビの労を労う。彼女は日曜にも関わらずその役を買ってくれたのだった。因みに彼女は何時もの白を基調とした制服姿だった。その理由を聞いたら、急で思いつかなかった、らしい。何が思いつかなかったのかという質問には答えて貰えなかった。

 

 

「本音は?」

「さっきお姉さんから連絡あって楓寮に。色々聞いてくるって」

「3年の布仏虚さん?」

「知ってるんだ。やっぱり」

「去年何度か会った。って、やっぱりって何?」

「なんでもない」

「……なら良いけど。でさ、稼働データは?」

「普通」

「そっか。少し自信あったんだけどね。コイツじゃじゃ馬だし」

「その子とはまだ2時間程でしょ? 焦らない方が良いよ」

 

 そうだよなと、相づちを打ち彼女のタブレットをのぞき込む。横から見る鷹月さんはどこか物憂げのように感じた。雲の隙間から僅かに太陽が漏れ、辺りを照らす。私は彼女の気配に少し戸惑いを覚えた。

 

「転校生の話きいた?」

「へ? あぁ、昨日先生から聞いた。ウチの組(2組)だってさ」

「そうなんだ。どんな人かな」

「中国代表候補の専用機持ち。多分第三世代、エリートだな」

「温和しい人だと良いけど」

「何だよ、気が強いのはダメなのか」

「2組を荒らされそうで、少し嫌」

「清香がいるじゃ無いか」

「清香はどちらかというと、"元気"だよね。少し違うと思う。蒼月君はどう思うの?」

「俺は気が強い娘が1人ぐらい居ても良いと思うけどね。ほら、2組は温和しい娘が多いし」

 

 顔を上げる彼女は僅かな苦笑を浮かべていた。

 

「またそういう事言う。大変なのは蒼月君だよ」

「別に気にしな―」

 

 その私の言葉を遮ったのはフィールドからの轟音だった。私たちはピットの射出口に駆け寄る。その光景は白式とブルー・ティアーズと打鉄だった。

 

 ブレードを構える篠ノ之さんが言う「ぐっとする感じだ! 何度言えば分かる一夏!」

レーザーライフルを構えるセシリアが言う「一夏さん! 踏み込みが0.23秒遅くてよ!」

一夏が嘆いた「分かるかそんなもん! てゆーか2対1は死ぬから中止だ!!」

 

 

 フィールドに尻餅をつき抗議を上げる一夏とそれを見下ろす勝ち気な2人。私はバツが悪く頬を掻く。鷹月さんが本当?と私を見上げる。

 

「ごめん鷹月。俺、間違ってた」

「ううん、いいの。それより蒼月君」

「なに?」

「髪染めてみようと思うんだけどどうかな?」

「あぁ、良いんじゃ無いか? 気分転換にもなるし。で何色?」

「金色とかどうかなーって……」

 

 髪を弄り、何故か頬染める鷹月さんを私は全力で引き留めた。脳裏に浮かぶは担任の狡猾な金色と失恋の青い金色。多少印象が良くなかった故である。多少である。

 

 

 

 

 

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 空気が淀んでいる、そう感じた日曜日は、昼過ぎには小雨が、夕方には本降りとなった。窓は雨粒が音を立てている。その窓に「織斑一夏クラス代表就任&蒼月真専用機ゲットパーティ」と書かれた紙が見えた。そういう祝いの日らしい。

 

 見慣れた食堂にはオードブルやらソフトドリンクやらが並び、1組と2組の皆が思い思いに歓談している。主賓が飾りだが得てしてこんなものだろう。何時もの8人掛けのテーブル。布仏さん、鷹月さん、篠ノ之さん、一夏に私。

 

「何故オルコットがここに座っている」篠ノ之さんが唸る。

「私も当事者ですので」セシリアはいつものようにすまし顔だった。

 

 ポテトフライをほおばる一夏を見ていると、数名の生徒が一夏の就任を、私の専用機を祝ってくれた。私は多少感傷的になり彼女らに礼を述べる。

 

 

 

 私が2杯目のコーヒーを飲む。すると1組の生徒がみやを今度見せてくれとやってきた。通常の訓練機と変わりない、そう言ったらそれでも良いというので請け合った。

 

 左隣の鷹月さんは身じろぎ一つしない。

 

「蒼月君は似てきたよね」

「似てきた? 誰に?」

「織斑君」

 

 一夏が不平を言う。はす向かいの篠ノ之さんがあごに手をやり宙を見た。心当たりがあるような仕草だった。

 

「あのさ鷹月、君はもう少し言葉の暴力って奴に気をつけた方が良い。何気ない一言が知らないうちに人を傷つけるんだぞ」

「……よく言えるよね、そういう言葉」

「なんでだよ」

「別に」

 

 陽気な歓談が響く会場において、このテーブルだけ妙な空気が漂っていた。セシリアは静かに紅茶を飲んでいた。一夏は唐揚げを食べていた。篠ノ之さんは一夏か、私を睨み、布仏さんはココアを両手にちらちらと皆を見る。鷹月さんは表情乏しく温和しかった。そんな空気であった。

 

 3杯目は紅茶にしようか悩んでいると、黛さんがやってきた。この時彼女は自分が新聞部だと言った。寝耳に水だった。私は彼女の手を引き会場の隅に連れ出し、セシリアとの決闘前夜彼女に話したことを書かないよう釘を刺す。何故か昼食〈=口止め料〉を奢ることになった。

 

 皆の居る席に戻るとそのまま写真撮影になった。セシリアと一夏と私の写真で、黛さんが3人で手を重ねてと言う。そしたら何故か腕を組んだ写真になった。むろん、セシリアが真ん中である。会場に不満とはやし立てる声が響く。右に一夏、左に私。男2人は困惑気味だったが、随分と艶っぽい笑顔のセシリアを見たら、気にならなくなった。

 

 閃光が灯り席に戻ると、篠ノ之さんが牙をむかんばかりに睨んできた。鷹月さんは、席を詰めようか迷って、結局立ち上がり私を雑に押し込んだ。

 

 そして、

 

「織斑君って意外に軽薄だよね」

 

 と言った。

 

 セシリアは静かに紅茶を飲んでいた。篠ノ之さんはうんうんと頷いている。布仏さんは引きつり気味に笑っていた。鷹月さんは文句を言う一夏を眼で黙らせると、手に持つオレンジジュースに眼を落とした。何故だろうか、今日の彼女は距離が掴みにくい。

 

「そう?」

「女の子にほいほいついて行くし」

「あーそれはある」

「あと無茶するし。アリーナに穴開けたり」

「あるある」

「似てきたよね」

「よし分かった。不満があるなら言ってくれ。出来るだけのことはしよう」

 

 彼女はちらと私を見るとまた目を手元に落とす。

 

「不満なんてありません。どこかの誰かが、何時もふらふらして、落ち着かなくて、機嫌が悪いんです」

「それ、不満って言わないか? そもそもふらふら、ってなんだよ」

 

 彼女は私に近寄り見上げる。彼女は笑っていた。こめかみに血管を浮かせて。

 

「本音は名前で呼ぶし。箒には色目使うし。3年生とキスするし。2年とは夜遅くまで二人っきり。オルコットさんには何でもするし。先生にはほいほいついて行くし。金髪なら誰でも良いみたいだし。初めて会った時は、誠実そうな大人っぽい人だと思ったのに。今じゃ、あっちこっちで他の子といちゃいちゃして。一ヶ月足らずでこの変わりよう。これって詐欺だよね」

 

 本人達を前にえらい言われようだった。どうやら彼女は私が女性にだらしなくなった、と考えているらしい。そして、それの信頼を裏切ったと。事実もあるが、誤解も多い。その事実も非難されるものかと反論を浮かべるが、倫理はそれを許さなかった。遺憾ながら彼女に分があった。

 

「なんか言い返してみたら? オルコットさんには言えて私には言えない?」

 

 彼女の挑発とも思える言動に、私は苛立ったのかも知れない。一夏に似ていると言われたのも原因の一つだろう。もしくは少なからず彼女に甘えてしまった。だから、この様な失言をしてしまったのだと思う。

 

「なんだよ、そういう鷹月だって」

「なに?」

「鷹月だって……鷹月、君は変わらないな。辛辣なところとか」

 

 私が聞いたのは、頬を打つ音と、彼女の走り去る音だった。会場が静まりかえっていた。セシリアは静かに紅茶を飲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「つまり箒は、鷹月と本音が俺を好いているから他の娘といちゃつくな、だから鷹月が怒ったと?」

「だから何度もそう言っているだろう……」

 

 

 鷹月さんが走り去った後、パーティは荒れに荒れた。主にゴシップ的な意味である。慌てて釈明するも、騒ぎは大きくなるばかり。そこを篠ノ之さんが一喝。その場はお開きとなったが篠ノ之さんに首根っこをつかまれ706号室、彼女と一夏の部屋に連れ込まれた。つまりはお説教らしい。らしいというのは彼女の言っていることが腑に落ちないからである。

 

 

 

 一夏と私は正座、篠ノ之さんはベッドに腰かけている。彼女は腕を組んで苛立たしげだ。最近こうして少女に見下ろされる事が多い。「なんでかな」思わず口を滑らせた。脈絡のない私の発言に馬鹿にされたと思ったのか、篠ノ之さんは竹刀をもっていきり立つ。

 

「箒ちょい待ち」

「真、迷言なら賽の河原でほざけ。だから私が送ってやる」

「最近の箒は乱暴だぞ」

「私は前からこうだ!」

 

 篠ノ之さんは善良な少女なのだが、頭に血が上ると見境が無くなる。さらに頭に血が上りやすい。義に厚い彼女のことだ、鷹月さんと布仏さんを思う故であれば尚更である。ただ願うならば、もう少し落ち着いてくれると有難い。振り下ろされる竹刀を見つつ、そんな事を考えた。

 

「落ち着けって、それは箒の勘違いなんだよ。鷹月が怒ったとすればそれは友人として怒ったんだ」

「まだ言うか!」

「もしそうなら買い物の付き合いぐらい応じてくれるだろ?」

 

 竹刀を振り上げた状態で、彼女が固まった。一夏が断られたのか、と少し驚きを含めて聞いた。私は頭をさすりそうだと答えた。

 

 あれは4月2週目の日曜日のこと。日用品を求めて町に出ようと誘い、断られた。因みに布仏さんは「また今度ね」で、鷹月さんは「予定が入っているから」であった。常套句である。それなりに、買い物ぐらいは付き合ってもらえる仲だと思っていたので僅かではあるが気分が沈んだ。

 

「もちろん俺にも反省すべき点はあると思うし、後で謝りに行く。けどさ、箒。いちゃつくと言われるのは心外だぞ。男は俺ら2人しか居ないんだ。友人作れば女の子ばかりになる―ってぇ!」

「えぇい! 黙れ! ふらふらするからそうなるのだ! お前は変なところばかり一夏に似てくる!」

 

 何度も打ち下ろす篠ノ之さんは怒っている、と言うよりもどうして良いのか分からない、という表情だった。

 

「箒、痛い! 大義が無くなったからって鬱憤ぶつけるのはやめ!」

「良いか真! こう言うことが続くなら私にも考えがあるからな!」

 

 腕の隙間から私が見たのは、篠ノ之さんの後ろ姿と、激しい音を立てる扉だった。

 

 

 

 

 

 

「おい馬鹿」

「なんだ阿保」

「一夏の幼なじみだろ、何とかしろよ」

「無理。つーかお前が怒らせたんだから、責任取れ」

 

 私たちは篠ノ之さんを怒らせた時の何時ものやりとりをする。今回は私だった。私は陰鬱な気分で絨毯に仰向けになり大の字に寝た。一夏はベッドの上に寝転んだ。絨毯の上は堅く、腫れたところを少し刺激する。空いているベッドは篠ノ之さんの寝床だ。入り込む訳には行かず、精一杯手足を広げた。かちこちと時計が刻む。

 

 3人の少女の事を考えていると、一夏は俯せになり顔を私に向けた。

 

「なぁ真」

「なんだ」

「仮に、仮にだぜ。2人がお前のこと本当に好きだったら、どっちを選ぶ」

「どちらも選ばない」

「即答かよ」

 

 あの2人のどちらかを選ぶと言うことは、あの2人の、友人としての関係が終わることだ。

 

「そんな事出来る訳ないだろ」

「真らしいと言えばらしいけどな。でもよ、それって正しいのか?」

「正しい間違いの問題ではないだろ。少なくとも俺には耐えられない。そういう一夏はどう思うんだ。お前は選べるのか」

「わからねぇ。けど、真の物言いはなんかむかつく」

 

 

 時間を刻む音が、妙に耳に付いた。

 

 

 

 

 

 

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 薄暗い通路に明るく光る、それに近づく。カードをかざし、ディスプレイに触れるとガチャリと音が鳴る。私はその音がしたところに手を差し込みそれを取り出した。それにはお湯を入れ3分待つだけと、書かれてあった。

 

 寮の2階には、寮長室、ランドリー、小浴場、そして自動販売機がある。一夏の部屋を後にして、夕食を殆ど食べていないことに気づいた私は、部屋に戻る前にここに足を向けた。むろん何か腹に入れるものを求める為であるが、少し考えたいことがあった。

 

 周囲の流れが変わっているのだ。人の流れ、出来事の流れ、それらが絡み合い渦巻いている。まるで、岩を置かれ流れを乱された清流のようだ。

 

 ものを変える時は慎重にしなくてはならない。変えると言うことは予想外のことが起こりうる。そしてそれは大抵悪いことだ。悪いことは悪いことを呼び寄せる。だから、ねじ1本変える時でも慎重にあたれ。これはおやっさんの言葉だ。

 

 みやを得たこと。鷹月さんの様子がおかしいこと。篠ノ之さんもそうだ。そして、鷹月さんに言われた、私の変化。列なった変化が互いに影響し合い、波打っている。

 

「考えすぎだろうか」

 

 私の問いに胸元のみやは答えなかった。そして私は一つのミスを犯す。

 

 

 

 

 

 

 

 712と刻まれた扉を開けた。そこは何時もの、時が止まったかのような空間だった。15畳程の広さで、3畳の収納と小型キッチンに電子レンジ、冷蔵庫、トイレ、シャワー室が備えてあった。布仏さんはキッチンがもう少し良ければ料理も出来るのにと残念がっていたが、男一人には十分過ぎた。

 

 柔らかい、淡いパープルの絨毯にブラウンの調度品、ベッド、机、チェスト、シェルフは本物のウォールナットの木製家具だった。ブラインドを上げれば、バルコニー越しに、海が見える。

 

 私物は、衣類、日用雑貨。書籍と据え置きオーディオだけだ。収納の半分も使っていない。アパートを引き払う際、荷物は殆ど処分したとは言え、我ながら閑散としていると思う。一夏曰く、これ程生活感に乏しい部屋は見た事が無い、だそうだ。

 

 

 このような私の部屋ではあるが、日中は意外と来客がある。理由は簡単、訪問者は私の事だけを考えれば良いからだ。IS学園寮はシェアルーム、つまり相部屋だ。訪問先の住人が双方とも知り合いであれば良いが、そうで無いばあい相方に気を遣う必要がある。この部屋は私一人が使っている為その気兼ねが不要。

 

 一夏、鷹月さん、布仏さん、篠ノ之さん、セシリアを中心に、2組の生徒も時々顔を出す。だが、日も落ちればこの様に静まりかえり、ベッドライトがぼんやり光るだけだ。壁に埋め込まれた時計は日曜の23時5分前を知らせている。あと5分で消灯となる。

 

 

 脱いだ上着を椅子の背もたれに掛ける。そしてベッド上の、毛布で作られた小山に眼を走らせた。一夏が来ていた。篠ノ之さんの機嫌を損ねる度にこうしてやってくる一夏であるが、今晩の理由は先程の一件だろう。私は溜息をついた。一夏を巻き込んだ格好の私は余り強く言うことが出来ない。

 

だから、

 

「おい、一夏。寝るなら廊下側のベッドを使え。窓側は俺のだ。何度言わせる」

 

と、毛布を引っぺがした。

 

 

 予想外の状況に見舞われた私は思わず「あれ」と間の抜けた声を出す。ベッドの上でくるまる一夏は何とも可愛らしくなっていたのだ。その小柄な体は細く華奢で、黒い髪は体を覆わんばかりに長く、瞑っていても分かるぐらいに大きな目をしていた。更に薄い緑のタンクトップに下は女性物の面積の小さい下着というなんとも直視し難い出で立ちだった。

 

「ふぁ……」と、寝ぼけ声を上げた一夏と眼が合った。

 

 コチコチコチ。時間を刻む音と共に、一夏は顔を赤く強ばらせた。徐々に徐々に。

 

「いよぉ、一夏。暫く見ないうちに随分可愛くなったな」

 

 私の現実逃避にその少女は絹を裂くような悲鳴を上げる。そして廊下に複数の足音が響いた。

 

 私の犯したミスとは鷹月さんへの、3人への謝罪を翌日に先送りしたことだった。

 

 

 

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 1日目 朝

 

 

「凰鈴音。宜しく。中国代表候補。宜しく。専用機持ち。宜しく」

 

 

 2組のショートホームルームで壇上に立つその小柄な少女は、その黒い髪を黄色いリボンで左右に結い、下ろしていた。そして、なんともぶっきらぼうな自己紹介だった。腕を組み、脚を広げ、不機嫌な気配を遠慮無く放っていた。目の下の隈が整った顔立ちを、威圧的なものに見せた。

 

 そして、我が2組のいつもは柔らかい空気がなんとも堅い。特に右隣と後ろ隣、鷹月さんと布仏さんが。ついでに私の体も硬い。主に絆創膏であり、湿布であり、包帯であり、である。私はただ薄暗い雲架かった空を見る。

 

 昨夜の処断はこうである。まず凰さんに蹴り飛ばされ、次に布仏さんにしゃもじを投げつけられた。そして篠ノ之さんに竹刀の一閃を食らい、最後の鷹月さんには華麗に転ばされ、ゴミ箱で何度も叩かれた。騒ぎを聞きつけた寮長の千冬さんが騒動を鎮圧。結局、凰さんが部屋を間違えたと言うことが分かり誤解は解けた。解けたのだが、時間が時間だと千冬さんに強引に押し込まれた。むろん部屋にである。彼女と過ごした一夜は、情熱的な意味では勿論なく、彼女は窓側のベッド、私は扉の前に簀巻きだった。思わず壇上に恨みがましい視線を向ける。

 

 右隣の鷹月さんはただむすっと前を見ている。後ろの布仏さんは笑顔で何も言わなかった。気配を探らなくともお冠と言うことは分かる。結局誤解と分かったのだ、返事ぐらい返してくれても良いと思うのだが。そう考えてから、昨夜のパーティでの一件を思い出した。昨日の問題に凰鈴音問題が上乗せされ、悪化している。この2人になんと言って謝ろうかと、それを考えると頭が痛む、口の中も痛む。

 

 

 そういえば、凰さんは一夏の知り合いのようだった。一夏と親しげに話していた。あぁそうだ。その一夏にワンツーを貰ったのだ。だから口の中が痛いのだ……あ、あの野郎、どさくさに紛れて殴りやがった。おまけに嬉々として俺を簀巻きった。く、くくく……次の模擬戦はダムダム弾だ。マッシュルーミングであのムカツクへらへら顔をボコボコにしてくれるわ。

 

 

 

 机に突っ伏し、乾いた笑いの俺を小林先生が引き気味に咎める。そしてリーブス先生は何時もの、遊び道具を見つけた子供のような視線を私に飛ばす。背中の竹刀の傷が思わず痛んだ。

 

「今の自己紹介にあったとおり彼女は中国代表候補生です。凰さんは都合で今日から皆さんのクラスメイトになりますが、彼女から多くを学んでまた、彼女に多くを教えてあげて下さい。凰さん。彼が蒼月真君よ。知ってるわよね?」

「えぇ、よぉぉぉーーーく、知っています」

「そう。それは良かったわ。彼はクラス代表だから分からない事があればまず彼に聞いてね」

 

 凰さんが鋭い目を私に向ける。これから始まるであろう騒動に私は頭を抱えた。否、既に始まっていたのだろう。

 

 

 

 

 

 1限目終了の鐘と同時に凰さんが、いの一番にやってきた。私は頬杖を突いて渋々彼女を見る。こうしてみるとよく分かるが、彼女は何というか、体は小さいのにその纏う雰囲気がとても大きい。

 

「まずは、近くの席の人と話したらどう? 凰鈴音さん」

「ねぇアンタ」

 

 無遠慮な彼女の物言いに、ささくれる腹の底だった。

 

「……なに?」

「アンタは私に借りがあるわよね。すっごい大きな」

「身に覚えがない」

「じゃぁ教えてあげる。アンタは美少女の寝室に忍び込み暴行を働いたのよ。ふつー許される事じゃないわよね」

「暴行は俺がされた気がするけど」

「でもーあたしはー心が大きいからー特別に許してあげても良いわよー」

「話聞けよ……でも、まぁ。水に流すなら、まぁ、助かる」

「だから、クラス代表譲って」

「却下」

「アンタね……ふざけんじゃ無いわよ! 水に流してやろうってんだから温和しく渡しなさいよ! この変態! スケベ! 痴漢!」

 

 彼女は眼を釣り上げて、鼻先が触れんばかりに私に迫る。彼女の目の下の黒ずみがよく見えた。そして彼女は周囲に目が及んでいない、あぁそうか彼女はそうなのだ。1人ぐらい気の強い娘が居ても良いなどと、ほざいた昨日の私を出来ることなら罵りたい。

 

「あのな、そもそも君が部屋を、712号室と612号室間違えたのが原因だろ」

 

「男のくせに女々しい事言うんじゃ無いわよ! アンタだって一夏との感動の再会台無しにしたくせに! 責任取りなさいよね! 責任! 第一鍵掛けなかったアンタが悪いんでしょうが! それにアンタ! 美少女と一夜過ごしてぐーすか寝るなんてどういう神経してんのよ! 腹立つ!」

 

 とにかく憤っている事がよく分かった。

 

「人聞き悪いぞ、それ……あのな、1年の柊寮には鍵が無いんだよ。というかささっきから言ってるけど原因はそっちだと思うぞ。その上、昨日の騒動で部屋の備品が壊れて始末書を書かなきゃいけないんだ。しかも誤解した皆からボコボコに。あぁそうそう。夜中おれを蹴飛ばしたろ? 喧嘩両成敗、それで手打ちにしてくれ」

 

「男のくせになさけなーい。美少女に愚痴るなんて信んじらんなーい。これで一夏と同じ男だなんて、さいあくー。一夏に感染しないうちに消毒しないとねー。目付き悪いしー、陰険ヤクザみったーい……さっさと自分の組に帰りなさいよ!」

 

 そして彼女はこれでもかと言うぐらい私の自制心をくすぐってくれる。

 

「とにかくさ、決まりで変えられないものは変えられないんだ。そっちにも言い分はあるかも知れないけど、一ヶ月遅れてきた不運を呪ってくれ」

 

 私がこう言うと、彼女は近づけていた顔を離し胸を反らした。不愉快さを湛えた眼で私を見下ろす。

 

「そう、どうあっても渡さない訳ね」

「くどい」

 

 私がそう言うと、鷹月さんと布仏さんがはっと息をのんだ。そしてクラスの空気がいっそう堅くなる。私のその言葉はかってセシリアに向けたものだったからだろう。配慮の欠けた自分の言葉に思わず、私は口をきつく結んだ。

 

「なら勝負よ! 専用機持ち同士白黒はっきりさせる! これなら文句ないわよね!」

「だから駄目だって」

 

 凰さんは私の胸元に向けた指を震えさせた。私はじっと彼女を見た。恐らく彼女は寝不足で、また熱くなって引っ込みが付かなくなっている、そう踏んだ。嵐は必ず去るのだ、そう思ったら、その例えのしっくり具合に内心苦笑した。

 

「そういうのはもう懲りたんだ。諦めてくれ」

「訳わかんないこと言って誤魔化すんじゃ無いわよ! あんたそれでも男!? 逃げるなんてどんだけ腰抜けよ! 親の顔が見てみたいもんだわ!」

 

 その時、乾いた音が教室に響いた。それが頬を叩いた音と気づくのに時間が掛った。なぜならばそれは私の頬ではなく、その頬は凰さんで、その音を鳴らした打ち手は鷹月さんのものだったのだ。

 

 私は目の前で起こった現象を、他人事のように、幻のようにただ呆然と見ていた。

 

 

 

 

 

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 らしくない。彼女らしからぬ行動だ、私はそう思った。私は鷹月と言う少女の事を、言葉は少々鋭いものの、理性的で基本的にもの静かと評していた。初対面の転校生に手を上げる、少なくとも今の彼女は完全に予想の外だった。

 

 

 物音一つ起こらない静かな教室、誰かの呼吸の音すら響く。最初に動いたのは凰さんだった。左頬を庇ったまま最初に眼を向け、そして顔を向けた。鷹月さんは振り抜いた手を胸元で軽く握る。

 

「面白いことしてくれるじゃん」

 

 凰さんが笑った。ただその笑みは寒気を感じさせるもので、ブルー・ティアーズを駆るセシリアが私に向けたそれと同じ物だった。鷹月さんはそれに臆すること無く、左足を前に出した。それは訓練されたものだと私には分かった。へぇとその意味を悟った凰さんが四肢を整える。互いが攻性の意識を向け合う。随分と手慣れているように感じた。

 

 

「いい加減にしてくれる? あなたさっきから我が儘ばっかり。聞いていて気分が悪いの」

「多少は出来るみたいだけど、アンタ覚悟があるんでしょうね。今のアタシ手加減出来ないよ」

「そう思うのなら、やってみたら?」

 

 

 このとき流れが大きく揺らぐ。流れの揺らぎは大きい程に一度定まると変えることは難しい。私は大きく揺らいだ流れが固まりつつある様に感じ、それは私たち、鷹月さん布仏さんと私の3人にとって致命的であると確信した。予鈴と共に姿を現した担任と副担任は、クラスメイトに事情を聞くと鷹月さんと凰さんに席替えを、申しつけたのだった。鷹月さんの鼓動が乱れた。

 

 「そんな! どうしてですか!?」鷹月さんは悲痛な声を上げる。「鷹月さん、理由はともかく手を出したのは貴方なのよ。それを見過ごす訳には行かないわ。罪には罰、少し頭を冷やしなさい」と言う、リーブス先生の指示は疑いようのない正論だった。

 

 鷹月さんは体を震わせ、すがるように私を見る。布仏さんは泣きそうな顔をしていた。早く変わりなさいと、先生が言う。

 

 どうする、と自分に問いかける。余りにも急激な事態の変化に、唯一浮かんだプランはハイリスク。失敗した場合の結果は"このまま"より悪い。逡巡する私に2人との記憶が駆け抜けた。リターンは一ヶ月で2人から貰った笑顔と言葉。それに掛ける価値はある、そう考え私は手を上げた。上手くいったら一夏に昼飯をたかろう。

 

 

「先生」

「あら、何かしら真ちゃん」

「この騒動の罰であれば俺も同罪です。俺も席を替わります」

 

 私は立ち上がり、金髪の、個人的に知る、教諭に意識を向けた。その人は壇上に上がり教壇に手を添えた。

 

「今の私の話を聞いていなかったのかしら、ならもう一度言うわね。実際に手を上げたのは鷹月さんなのよ」

 

「えぇ、それは否定しません。俺が言っているのは、鷹月さんがそうしたのは俺が原因と言うことです。彼女は俺の為に手を上げた。この事実は無視するべきではありません」

 

 流れが変わり、再び大きく撓む。クラスメイトが急な展開に驚き、教諭と私を交互に見た。教諭は右手を腰に添えると私に全てを向ける。そして僅かに顔を傾げ、眼を細めた。背筋に悪寒が走った。小さく堅い虫が首筋を歩くようなそんな感じだった。

 

「成る程、理屈だわ。つまり"あなた"は身を挺して彼女を庇うという訳ね、その心がけは立派だけれど、それは彼女の為にならないわ」

 

「それは先生の誤り"です"よ。彼女は自分の信念を曲げてまで、友人の"私"の為に怒ったんです。それは尊いものだと思いませんか? 罰することなら誰でもできます。先生はクラス代表を決める時こうおっしゃいました。"自分の心に従って、信頼たり得る2組のクラス代表を決めて下さい"と、私は少なくとも彼女の信頼に応えなくては成りません」

 

「あなたは、彼女だけの信頼に応えると言う事かしら」

 

「とんでもない、いま彼女の信頼に応えるべきと思うのみです。それに、2組の皆はそんな器の小さい人達ではありません。それは先生がよく知っていることでしょう?」

 

 グラウンドから聞こえる生徒の声は随分と遠く、また細かった。まるでこの場所以外がスクリーンの中のように、現実感が欠如していた。

 

ディアナさんは笑みを浮かべて

 

「いいでしょう、今回は不問に付します。鷹月さん、凰さん席に戻りなさい」

 

と言った。

 

そして、

 

「"蒼月君"あなたも席に座りなさい」

 

と言った。

 

 彼女の眼は笑っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 正直に言えば、やってしまった。よりにもよってこの学園で、下手をすれば世界で刃向かってはいけない片方に私は噛みついたのだ。席替え阻止という目的は達せたがその被害は余りにも甚大。先生の立腹具合を上方修正しなくてはならないらしい。

 

「あぁぁぁぁぁぁうーあーぁぁ」

 

 机に突っ伏し、自分自身でも分からない感情を声にだす。

 

 

 一応授業は行われたものの、彼女の機嫌は鋭利な刃物のように鋭く、氷のように冷たかった。そして授業の際、私は一度も指名されることも無かった。彼女の意識から抹消されたようだ。恐らく、点呼もわざと飛ばされるだろう。

 

 

 詰め寄るクラスメイトたちが「あれマズイよ」「先生本気で怒ってたよね?」と言われなくとも分かることを言って、更にその現実に追い打ちをかけてくる。何故だろうか、涙が止まらない。あぁそうだ。理由など明確明瞭だ。

 

 私はクラスメイトたちに一言詫びて、鷹月さんを見た。彼女は感情を複雑に交えた眼で私を見ていた。恐らく、私に対する怒りと感謝が混じり混乱しているのだろう。後ろの布仏さんに目配せすると、彼女はそれを察し鷹月さんを教室の外に連れ出した。今は彼女に任せる他はない。

 

 

 

 

 

「アンタ馬鹿じゃない?」

「そんな事は無い、と思いたい」

 

 気がつけば側に立つ凰さんが言う。私は言うまでも無く頭を抱えていた。既に転校生の少女は立腹していた理由すら忘れているようだ。

 

「ウチの担任あの、」

「ディアナ・リーブス」

「第2回モンドグロッソの」

「ゴールドメダリスト」

「ストリングス(糸使い)」

「そうだったな」

「こんじきのファイアークラッカー」

「ばくちく?」

 

 

 凰さんによるとディアナさんは現役時代、非常な癇癪持ちだったらしい。その逸話は多く、権力をかさに掛けて言い寄ってきた男を糸でつるし上げ、金の物を言わせようとした男は、ハム状に縛られた。そして陰湿な方法で試合を妨害しようとした複数のIS選手を、エッフェル塔に爆竹のようにぶら下げた、これが二つ名の由来だそうだ。

 

 彼女は10人中10人が美人と評する美人だが、浮いた話を聞かないのはそういう理由だった。

 

「知らなかった……」

「やっぱり馬鹿ね」

 

 千冬さんは丹念に調べた。ディアナさんは相応だった。恩人を差別した応報と言わざるを得ない。思わず机に頭を打ち付けた。

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