IS Heroes   作:D1198

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日常編 二人の代表候補2

 

 

日常編 2人の代表候補 真1

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 人間は暗闇を恐れる。それが何か分からない、という原始的な感情により生じる恐怖だ。全てを見通せるハイパーセンサーを使用すればそれはあり得ないはずである。だが人は恐れた。

 

"センサーで捉えられない何かがそこに居るかも知れない"

 

 瞬間的な判断が求められるIS戦においてはその恐怖が致命的になる。結局は、兵士がそうであるようにISパイロットにも暗闇に対する訓練が行われる。そしてその夜間戦闘訓練は2年生からのカリキュラムであり1年生には禁止されていた。訓練の順番には意味がある為だ。だが代表候補生と専用機持ちは別だった。順番の保護が必要な者にその銘は与えられない、と言う事である。

 

 

 

 午後7時半。日没が遅くなったとはいえ、空は完全に暗かった。雲が敷き詰められ星明かりすら無い。照明が完全に落とされ、観客席には誰もおらず、第3アリーナは完全に静まりかえっていた。

 

 その暗闇の中、一機のISが宙に立つ。それは赤紫を基調とし、両肩の浮遊ユニットにはその力を誇示せんと一対の角がそびえていた。背にある大型の青竜刀がその牙であった。

 

 鈴は自身の第3世代IS"甲龍"をまとい、腕を組み目を瞑る。肉眼では自分の鼻先すら見えないこの闇夜の中、もう一つの機動音が響く。ラファール・リヴァイヴ・カスタム。学園登録ナンバー38、真が"みや"と呼ぶカーキ色の愛機であった。両肩の物理シールドを取り外し軽量化、そしてFBW(Fly By Wire:航行管制システム)をチューンし機動性を高めている。背中の多方向加速推進翼が小刻みに光を放つ、それは青い光を放つスズランの様だ。

 

 真は鈴と同じ高度30mに立ち鈴を見据える。「遅かったわね」と鈴が苛立ちを込めて言った。

 

「時間通りと思うけど?」

「美少女を30分も待たせるなんて、いい度胸してるじゃない」

 

 真はただ溜息をつく。"美少女"に反論しても"30分先に来て待っていた"に反論しても鈴は拗ねる。拗ねると今日の訓練は中止だろう。彼は思う、こういう時セシリアのありがたみがよく分かる。彼女はこんな事言わない。それに鈴は機嫌が悪そうだ。また一夏だろう?

 

「悪かったって、お小言は後で聞く。アリーナの時間もあるから先に始めよう」

「ふん……言っておくケド、今日はアンタの実力を見るのが目的。手抜くんじゃ無いわよ」

「国家代表候補の専用機持ちに手を抜く馬鹿は居ないさ。でもなんで夜間なんだよ。昼間でもいいじゃないか」

「アンタのカスタムスペック見たけど、それ高機動タイプでしょ? 昼間は他の連中が居るから、実力見られないじゃない」

「仕様? 戦歴は見なかったのか?」

「カスタムスペックだけ。先入観を入れたくないから」

「なるほど……なら宜しく頼む。鈴」

「殊勝な心意気ね、じゃ始めるわよ」

「了解」

「あぁそう、もう一つあったわ」

「何が?」

「アタシ、夜は好きなの」

 

 

 

 

 

 甲高い、金属同士がぶつかる音が響く。

 

 真がその音に気づいたのは、彼の左手がアサルトナイフを量子展開していた、と気づいた後だった。その左手はナイフを逆手に握っていた。刃同士がせめぎ合い火花が散る。ただ防ぎきれず、獲物を切り裂くだけの弧の刃、2mは有ろうかという青竜刀の剣圧と、甲龍自体の重さが合わさり真は姿勢を崩す。その直後、赤紫の左肘が腹部にめり込み、体を折り曲げる。次は右脚だった。重心を基点に甲龍が体を回す。そして遠心力をもった甲龍右足に、頭上から蹴り落とされた。

 

 

-警告:ダメージ発生 残エネルギー520-

 

 

 高速落下、姿勢制御、スラスター最大。フィールド近傍で立て直す。アサルトライフル"H&K Gi36"を量子展開。FCS(Fire Control System:射撃管制システム)作動。12.7mmx99 メタルジャケット(通常弾)、弾数30。真はライフルを構えようとしたが、彼の体はそれに逆らい身を捻った。それは左方向だった。一対の回転した刃が鼻先を掠め、鈴と目が合う。真の落下中に追撃を掛けたのだった。彼はライフルのストックで甲龍の左肩を打ち付け、僅かに隙を生じさせる。最大速力で離脱、高度40m。フィールドに立つ彼女を見下ろす。

 

 

 甲龍は柄同士をつなげた青竜双刀を回転、威圧する。剣風でフィールドに刀痕が走った。

 

「やるじゃん、この技の連携で地べたに這わなかった奴は初めてね。初手を防いだ事といい、防御は褒めてあげる」

「そりゃどーも……」

 

 冗談では無い。焦るほどに早い鼓動を強引に押さえ付けた。意識の線が役に立たない。見ることは出来るが、線の後が早すぎだ。躱すだけで余裕が無い。真が初めて知る高次元の近接戦闘領域だった。

 

 考えてみれば、模擬戦相手はセシリアと一夏のみだ。近接戦闘は一夏しか知らない。今の手合わせで分かった事は、移動、攻撃、防御、回避。加速、重心移動、強弱緩急、剛と柔。鈴の実力は次元が違った。

 

 真の焦りを知ったのか、鈴はその唇から牙を覗かせ、挑発的な笑みを浮かべる。

 

「でも、防御だけじゃ勝てないわよ、さぁどうする? お、に、い、さ、ん?」

 

 

 

 鈴の挑発に、真は弾丸を持って応える。まず8発、次に急激降下、甲龍の左側へ回り込む。それと同時にフルオート14発、弾幕を躱し甲龍が迫る。スラスター最大出力、甲龍とフィールド上で交差、そのまま急速上昇。役に立たない肉眼を無視し、ハイパーセンサーで甲龍を捉える。真は上昇中に"足下へ"フルオート発射。12m後方でみやを追撃中の甲龍に迎撃する。残8発命中、推定与ダメージ110。

 

 その直後だった。2つの強い意識の線が真を貫き、不可視の何かが襲いかかる。彼は反射的に体を捻った。一発は逸れ、一発は被弾。衝撃が全身を襲う。アリーナのエネルギーシールドに激突。フィールドに落下した。ダメージ発生、残エネルギー420。

 

-警告:空間の歪みを観測 歪空間兵装と推測 弾頭予測は現状不可 データ収集開始-

 

 姿勢制御、両足と左手で着地する。土煙が巻き上がる中、真は上空の鈴を見上げた。暗闇の中、甲龍のスラスターと赤紫の機動光だけが見える。

 

「飛び道具はあると思ったけどね、そういうのとは予想出来なかった」真は立ち上がり、右手のライフルを構える。「そう、これが甲龍の第3世代兵装"龍砲"見えないでしょ? そのハイパーセンサーでも捉えられてないわね? でもアンタは初めて見る龍砲の片方を、背後からの攻撃を躱した」鈴の双眸が青く輝く。その殺気を浴びて真の、神経回路の回転数が上がり始める。口の中が辛みを帯びた。

 

「アタシはダメージを受けるつもりは無かったし、龍砲を使うつもりも無かった。はっきり言うわ、アンタの腕は乗り始めて一ヶ月そこらの物じゃない」

 

-報告:量子展開による弾倉交換、完了 12.7mmx99通常弾、30発-

 

「ねぇ、アンタ何者?」

「そんな事、俺が知りたい」

「ふーん、言うつもりは無いって訳ね……なら、」

「どうする?」

「力尽くで吐かせる」

 

 龍砲が火を噴いた。みやのスラスターが咆吼を挙げる。真が駆け抜けたフィールドに土柱が立つ。歪空間砲弾の雨が降り、一発が掠めた。みやのエネルギーシールドに歪んだ空間が干渉し、虹色に光った。

 

「ホント、回避は大した物ね! でも何時まで避けられる?!」

 

 真は噛みしめる。残念だがその通りだった。一発直撃で100近く持って行かれる。セミオートの砲身が2つ。しかも斜角は無制限、鈴の技能と合わさり、防戦一方だった。雲が切れ間から月の光が差し込んだ。

 

 

 みやが急速上昇。その時、真の視界に人影が見えた。それは金色だった。そして、その金色は3分だと言った。

 

 

 

 

 

日常編 2人の代表候補 真2

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「3分以内に倒しなさい」

 

 2人が眼を向けた観客席に立つのはセシリアだった。彼女は白いワンピースにベージュのショールを羽織っていた。頭部にブルー・ティアーズのハイパーセンサーが展開されていた。鈴が殺気を放つ。

 

「アンタに指図されるいわれは無い」

「少し静かにして頂けますかしら。私は真に言っておりますの、中国代表候補さん」

「無茶言うなよ、第3世代機の国家代表候補だぞ」

「言いですこと? もし時間を超えたり、負けたりしたら"許して差し上げますわ"」

 

 

 

 真の気配が固まる。それは、今の関係がお仕舞いと言う事だけでは無かった。彼は採光を欠いた暗い眼で金髪の少女を見下ろす。それはセシリアがかって死者のようと評したものだった。銃口こそ向けていなかったが、その眼は引き金を引く視線そのものであった。

 

 真はただ薄い笑みを浮かべる。蒼い月が照らす光の下、おぞましく見えるその眼をセシリアはただ静かな笑みを浮かべて見ていた。

 

「そうか、そういう事か。セシリアは俺に気づいていたのか」

「えぇ、勿論」

 

 勝てばセシリアの言葉に従う事になる。負ければセシリアに負ける事になる。単純な鈴との勝負が、詰まらない喜劇になった。真は眼を閉じ、鈴に向き合うと目を開ける。其処には僅かに困惑した同室の少女が居た。負けるよりは勝利の方が幾分かマシだった。ただそれだけだった。

 

「なによ、アンタ。私に勝つつもり?」

 

 怒気が鈴の困惑と苛立ちを塗りつぶす。

 

「不本意だけどそういう事になった。行くぞ鈴、抜かるなよ」

 

 

 

 鈴が牙を剥く。甲龍の歪空間砲弾が真を掠める。みやの機動音が高鳴りアリーナに木霊する。急激上昇、甲龍がそれを追う。真は月を背に身を翻す。ライフル弾をフルオート発射。全ての赤い軌跡が青竜双刀の輪転演舞で弾かれた。

 

 甲龍のスラスターが咆吼を挙げ、月へ立ち上がる。みやが月の光を背に地に向かう。真はライフルから回転式ハンドガンに切り替えた。

 

-兵装交換完了 79口径ハンドガン S&W M790 KTW弾(徹甲弾)装填-

 

「そんなおもちゃで!」

 

 鈴が叫び2人の視線が交差する。彼女の見たものはただ黒い3つの丸だった。2つの眼と1つの銃。ただ黒い丸。鈴の全身に悪寒が駆け抜けた。

 

 

 ISに乗り一月足らずの真が代表候補である彼女らに対抗する為の武器は3つ。1つ、彼が意識の線と呼ぶ人の抽象的思念を感じとる能力。これは相手の動き、癖を見ることによりその精度を上げることが出来る。1つ、機械との異常な親和性。これはISに限らず銃などの武器も含まれる。そして、それらを組み合わす事による高速機動時の精密射撃。ただし、真のこの能力は精神状態に大きく依存する。顕現したのは今回を含めて2回、1回目はセシリア戦の時であった。セシリアはそれを知っていた。

 

 

 2機の相対速度が音速を超え、その軌道が交差した。2発の弾丸が発砲直前の、甲龍の両肩を射貫く。

 

-敵IS 甲龍の歪空間砲の破壊を確認-

 

 鈴が絶句する。真はグレネードランチャー"M25-iIAWS"をコール。鈴はただ自身に向かう6発のグレネードを呆然と見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 鈴はフィールド上にあぐらで座り込んでいた。甲龍はエネルギーが尽き強制クローズ。側に立つのはみやを纏ったままの真だった。月明かりがあるので、肉眼で鈴の表情がよく見えた。怒っていた。鈴の敗北、真の勝利だった。

 

「聞いてない」

「そうは言ってもね」

「聞いてない! 何よあれ!」

「79口径のハンドガンだぞ、すごいだろ」

「あの精密射撃のこと言ってんのよ!」

「俺、機械と相性いいから、たぶんそれみたいな?」

「ふざけんな! やり直しよ!」

 

 鈴は真にいきり立つ。ふと視線を感じ見上げた。其処には月明かりを背にただ笑みを浮かべるセシリアが居た。観客席の手すりに身を預けていた。金色の髪が月明かりを浴びて、薄い蒼銀に見えた。鈴は全てを悟った。

 

「そう、そういう事ね。コイツを侮った、私の慢心が敗因ってわけ……真」

「なに?」

「今回は私が負けてあげる。アンタの事も聞かない。でも、次は容赦しないから。覚悟しなさい」

 

 鈴は予想外に冷静な態度で立ち去った。真は鈴をを見送ると溜息をついた。そしてセシリアを鋭く見上げる。みやに指示し、アリーナのエネルギーシールドを解除。セシリアの3m程横に降り立ち、ISをクローズ。2人は月明かりで浮かび上がるフィールドに顔を向ける。物音1つしなかった。ただ互いの呼吸が聞こえた。

 

 真は腕を組み多少非難を込めて「してやられた。結局、セシリアの手の平の上って事か」と言った。セシリアは何時ものように澄ました顔で「酷い人ですわね、もう少しで真の秘密がばれるところでしたのに」と言う。

 

 

 

「まぁそれには感謝しているけれどさ」真は納得いかないとそっぽを向いた。セシリアは眼を細めて首を傾げた。

 

「中国代表候補のお味は如何でした?」

「嫌な言い方するな……近接格闘型のパワータイプ。加えて龍砲による中距離も対応可能。アリーナは案外狭いから事実上のオールラウンダーとみていい。そして甲龍の機動音、小刻みに響くいい音だった。フレーム剛性、パワーカーブ、燃費、中国も随分丁寧に作り込んできた。きっと鈴が丁寧に攻めればセシリアも苦戦するだろ。俺が勝てたのは鈴が気づく前に龍砲を潰せたから、そんなところ」

 

「私が勝つとは言って頂けませんの?」

「言わない、悔しいから」

「そうですの」

 

 セシリアは手すりに両手をおいて、真は背を預け両肘を立て、月を仰いだ。月はただ丸かった。セシリアへの思いを知っていた事、そしてそれを利用した事、文句の1つでも言ってやろう、そして止めた。今更意味が無かった。それに身を引いたのは彼自身の選択だった。月に雲がかかる。僅かに光りが陰った。

 

 真は身を起こす。セシリアが目の前に立ってた。白い指が真の、胸のみやに触れる。

 

「この子とはそろそろ一ヶ月ですわね。一曲いかが?」

 

 ソプラノの静かな声に1つだけ鼓動が高鳴った。

 

「折角のお誘いだけど、今夜は謹んで辞退するよ。月が良くない。熱がぶり返しそうだから」

「残念ですわね、私のブルー・ティアーズも疼いておりますのに」

「また今度誘ってくれ」

「次はありませんわ。チャンスは一回限りですの」

「それは残念」

 

 失礼しますわ、とセシリアは踵を返した。真はただ一つ問うた。

 

「セシリア、何故俺を鈴にけしかけた?」

「真、私とて苛立ちぐらい感じますわよ」

「鈴との事か? 随分勝手だな。今更過ぎるぞ、それ」

「忘れているなら何度でも言いますわ。"私は貴方を許さない"のですから」

「……そうだった、な」

「もう一つ。次に私に会いに来る時は、その不愉快な匂いを消しておきなさい。失礼にも程がありますわよ」

 

 

 真は言葉にならない返事でセシリアを見送った。彼はもう一度手すりにもたれ、夜空を仰いだ。僅かな安らぎと大きな痛み、其処にはまだ月があった。

 

(よそ見をするな、か。さすが青のお嬢様だ。容赦ない)

 

 「少し疲れた」

 

 その言葉は月に届かなかった。ただ古い傷が痛んだ。

 

 

 

 

 

 

日常編 2人の代表候補 真3

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 部屋に戻った私は、何時ものように体に付いた汗と汚れを洗い落とし、体を拭き、着替え、廊下側のベッドに潜り込んだ。時間は11時前だったが、早々に照明を切り替えた。何時ものベッドライトだった。私は毛布にくるまり、ただ天井を仰いだ。隣の少女はただ毛布にくるまり、私に背を向けじっとしていた。私も何も口を利かなかった。時計の音だけが響く。

 

 だから、鈴の急な言葉に、僅かに狼狽した。

 

「ねぇ」

「なに?」

「アンタが言ってた一ヶ月前のって話、あの金髪縦髪ロールの事でしょ、実は付き合ってるとか?」

「付き合ってない。彼女との関係は説明が難しいんだ」

「カノジョ、ね。いやらしい」

「言っておくけれどセ、シ、リ、アが好きなのは一夏。鈴とはライバル。強敵だぞ」

 

 鈴の視線を感じた。彼女に背を向けようとし、それを押さえた。私はただ天を仰いでいた。

 

「成金趣味だし、格好付けてるし、上品ぶってるし、化粧濃いし、アンタあんなの好きなんだ。シュミ悪いわよ」

「だから違う」

「へこんでるじゃない。振られた訳?」

「へこんでない、振られてない、そもそも告白してない。ただ疲れただけ。何が言いたいんだよ」

 

「好きになって勝手に諦めた」

 

 私は背を向けた。鈴の声が耳に障る。

 

「やっぱりね、そんな事だろうと思った」

「鈴、今の俺は余裕が余りないんだ。放っておいてくれ。でないと、」

「怒る? そういえばアンタの怒った顔見た事無いわ」

「人を怒らせたいなんて、悪趣味にも程があるぞ」

「アンタが言う?」

 

「うるさい!」

 

 私は飛び起き、怒鳴った。隣のベッドに人影は無く、鈴は目の前に居た。いつかのように両の手足で体を支えていた。あの日渡したスウェットを着ていた。その髪はただ流れ、彼女は怒りもせず、笑いもせず、ただそこに居た。

 

「アンタが帰ってきたら殴ろうかと思ってた。腹立つから。でもアンタのみっともない顔を見たらその気も失せた」

「みっともない物を無理に見る必要は無いな。もう気が済んだろ、早く寝てくれ」

「拗ねるんだ。年上のくせに」

「勘弁してくれよ、もう……」

 

 俯いた私を鈴は両手で強引に持ち上げた。黒曜石の眼が目の前にあった。彼女は夜が好きだと言った。その黒い瞳も、ただ流れる漆黒の髪も闇に溶けることなく、光を放っていた。確かにこれは彼女らしい美しさだと思った。鈴はありがとう、と言った。私には何のことを言っているのか最初理解出来なかった。

 

 

「まだ言ってなかったから言っておく、ありがと」

「礼を言われる様なことじゃない。逆に俺の不始末なんだ。だから、」

「言われると逆に辛い?」

「礼なんて言わないでくれ」

「そういうと思った。でも、言うわよ。いい? 良く聴きなさい。ありがとう、助けてくれて。嬉しかった。アタシ1人じゃきっと今でも泣いてた」

 

「鈴」

「何よ」

「このタイミングでそれは反則だろ」

「この間のお返し」

 

 其処から先の言葉は紡げなかった。体の底からこみ上げてくる物を押さえることが出来なかった。

 

「泣くのは普通助けられた方じゃ無い?」

 

 鈴は私の額に唇を添えた。ただ穏やかに笑っていた。

 

 

 

 私の涙と嗚咽は何だったのだろうか

 

 傷心を慰められたからだろうか

 

 労が報われたからだろうか

 

 それとも彼女の拒絶が無いと安心したからだろうか

 

 恐らく、

 

 その人格に歴史が無く

 

 あるのは不安と恐れ

 

 そんな外側だけの私を肯定して貰えたからだろう

 

 それはほんの些細なことであった。

 

 それで十分だった。

 

 

 

 暖かい気配に包まれ、そのまま眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

日常編 2人の代表候補

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 それは翌日の、よく晴れた日曜日の事だった。鈴が今度は本気で手を合わせたいというので請け負った。鈴には貸しどころか借りが出来た。当然だった。どうせなら、と一夏も誘った。

 

 第3アリーナに轟音が響く。フィールドには白式とみやが寝そべっていた。昨夜の手応えから鈴が強い事は分かっていた。いや、分かっていたつもりだったようだ。一夏は龍砲無しで4分35秒。私にはハンデ無しで8分11秒だった。エネルギーはまだ残っていたが、鈴の攻撃はシールド越しにも体に響いた。鈴曰く、絶対防御も完璧じゃない。身を以て知った。

 

 

 

 青竜双刀を回し、フィールドに突き立てた鈴はけらけらと笑う。無邪気な笑顔に脱力するしか無かった。八重歯が覗く。

 

「いやー漸く調子が戻ってきたわー やっぱりこうこなくっちゃね♪」

 

 私はともかく好いた男を笑いながら叩き潰す鈴を見て、一夏に同情した。休憩後もう一戦やるわよ、とピットに戻る甲龍を見て一夏が力無くぼやく。

 

「無茶苦茶強いな、鈴。近接戦闘なら自信あったのにショックだぜ」

 

 私は立ち上がり、仰向けの一夏に答える。

 

「上には上が居る。良い教訓だよな」

「鈴とセシリア、どっちが強いと思う?」

 

 一夏の質問に私は戸惑った。困惑と憤り、だからこう答えた。

 

「鈴じゃないか?」

 

 

 

 

 意外そうな一夏の顔が、引きつった。私は一歩右へ体をずらした。背後から迫る光弾が左を掠めた。着弾。爆音と閃光が目の前で起こる。「へぶぅ」一夏が呻いた。もう一度右へ体をずらした。光弾が左を掠めた。「へばぁ」今度は体を左へ。弾が右を掠めた。「へぼぉ」一夏は動かなくなった。

 

 

 

-クルージング(巡航)モードからアサルト(戦闘)モードへ移行-

-アサルトライフル"H&K Gi36"量子展開-

-FCS(Fire Control System:射撃管制システム)作動-

-12.7mmx99 メタルジャケット(通常弾)装填30発-

 

 

 

-READY GUN-

 

 

 

 身を翻し大地を蹴る。みやのスラスターが轟音を響かせる。その爆発的な噴流で白式がフィールドを転がった。フィールド近傍を走る。脚力を併用し、断続的に撃ち出される光弾を避けた。

 

 スラスターをレッドゾーンへ。光弾雷雨の中、頭上の青いそれへ駆け上がる。距離600m。FCSとハイパーセンサーによる照準補正。フルオート発射11発。ブルー・ティアーズ回避、子機を高速展開。主兵装スターライトmk3と子機の一斉斉射。金色の線を読む。全弾回避、成功。残弾発射19発。青いそれを牽制し、その頭上へ回り込む。

 

 

 

-弾倉交換終了 12.7mmx99 アーマーピアシング(高速徹甲弾) 30発-

 

 

 

 見下ろした第3アリーナの、ブラウンのフィールドにブルーは見えなかった。頭上から光弾が迫る。星の瞬き程の時間。見上げる空には、太陽の光を浴びて輝く、青い貴婦人が銃を構えていた。

 

 それは暴力的な閃光と、衝撃と、轟音だった。空と大地とその境がぐるぐる回る。2度目の衝撃。隕石のような衝突音が生じ、入道雲のような砂煙が立ち上がった。一拍、静けさが戻る。

 

 私は一つ息を吸って、一つ吐いた。大地に背を預け、大の字に寝転ぶ。遙か空に佇む彼女は、何時ものすまし顔で、物言わずただ静かに、ゆっくりと立ち去った。その金と青の姿から目を離せなかった。

 

 墜落に巻き込まれた、足下の一夏が言う。

 

「おい阿保」

「なんだ馬鹿」

「またセシリアに"落とされ"やがったか」

「うるさい」

「2度目だな」

「だまれ」

 

 

 隠す事無く怒りを湛える同室の少女がやってくる。

 

 手放したライフルは43m先に突き刺さっていた。

 

 全てはセシリアの手の平の上か、我ながら上手い事を言ったものだ。

 

 空はただ青かった。




話のバランスが難しかったので、まとめて作って一気に投稿です。

中盤に向けて色々動き出しました。
敢えて難しい方向へ。


実はこの話当初予定していなかったのですが、面白そうだったのでトライ。お陰で"まほよ"やれませんでした。ネタが思いついたらもう止まらない。
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