IS Heroes   作:D1198

23 / 69
クラス対抗戦

 其処は、薄暗く、冷たく、鋼で作られた棺の様に感じられた。

 

 鋼の底と鋼の蓋、そして3つの壁が私を追い立てる。

 

 最後の一つ。

 

 其処だけがただ明るく、広がっていた。

 

 私は鎧を纏い、立ち尽くす。

 

 見下ろす底には、幾重に重なる飛び立った跡。

 

 右手にある巨人のライフルは物言わず、ただ其処にあり、ただ殺す為にあった。

 

 初めて触れたのは、訓練で赴いた射撃場。

 

 自分でも驚くほど手に馴染んだ。

 

 管理人の驚いた顔が脳裏に浮かぶ。

 

 どこで習った?

 

 私は知っていた。

 

 1つ弾を撃ち出す度に、何かを思い出すように、私の奥底が波打った。

 

 あの人に手を差し伸べられた時に見た、あの人影、それは更に古い記憶。

 

 私の失われた記憶は銃と共にある。

 

 これの意味する事は、

 

 

 

 差し込む光りに眼を向ける。

 

 それは薄暗いこの座に届かないように思われた。

 

 私は、誰だ。

 

 

 

 

 

「ここは随分静かだな」

 

 弱く光るオレンジの照明、薄暗いそこに響いたのは、黒髪のよく知った女性の声だった。人用ゲートに立つその人は、ヒールの音を奏でて歩み寄る。首筋で簡潔に結った黒の髪、黒のジャケットに黒のタイトスカートだった。私は"2nd Pit"と誰かが刻んだ金属の床をただ只見ていた。

 

 

「先程まで凰さんが居ましたけれど、観客席に戻りました。整備士の皆は隣のナビゲータルームで寝ています。それよりここは2組のピットですよ、織斑先生」

「クラス問わず見回っている。それと蒼月、人と話す時は眼を合わせろ」

 

 私はゆっくりと、僅かに顔を上げその人を見た。その人は今の私にとって最初の人だった。彼女はタブレットを左手に、右手を腰に、その鋭い眼で私を見下ろしていた。

 

「知らないんですか? 俺は目付きが悪いんですよ、とても怖いんです」

「そんな事は、お前が"眼を開ける前"から知っている。それで、お前は何をしている」

「何も。只こうしていると落ち着くんです。千冬さん」

「……ライフルを"抱いて"落ち着くとはな。正直卒倒しそうだ。お前への教育、どこかで間違えたか」

 

 彼女の溜息に私は乾いた笑みで返す。私は1つ息を吐いて、もう一度アリーナに通じる光りに視線を走らせた。其処から多くの人達と楽器の喧噪が聞こえてくる。

 

 私は立ち上がりライフルを構え、それに向ける。意識の中に照準が浮かび上がる。見える其処はただ明るかった。機械だからではない。私はこれを、この狂気を知っていた。

 

「間違えていませんよ。少なくとも貴女は間違えていない。間違えたとすればそれは、恐らく私です。貴女と出会う前の私が間違えた」

「その呼び方は止めろ。不愉快だ」

「覚えておきます」

 

 彼女の言の葉には狼狽と苛立ち。多少なりとも心配されているという事実は私に苦痛を与え安らぎを与えた。

 

 

 

 試合開始のアナウンスが流れる。私は立ち上がりカタパルトに足を付けた。右掌にグリップ左掌にはハンドガード、両の手でライフルを持つ。

 

「千冬さん」

「……なんだ」

「去年の今日でしたね、俺が学園を出たのは。満月の夜でした」

「それがどうした」

「いえ、思い出しただけです。それじゃ行ってきます」

 

 みやの鼓動が高鳴る。PICがその巨躯を浮かせ、スラスターに青い光りが灯る。彼女は流れる強い風の中髪を抑え、「紡がれて糸となる」と短い言葉を私に贈った。その言葉は私に染みいる事は無く、私の唇はそれに応えなかった。

 

 シグナルがレッドからグリーンへ、その身を彼女の元から撃ち出す。みやが伝えるピットのあの人は、空に瞬く星の様に遠く見えた。

 

 

 

----------------------------------------

 

 

 

 視界が流れる。明るいそこはブラウンのフィールドと色鮮やかな観客席が見えた。一夏の控える第1、4組の生徒が控える第4ピットは、ゲートが閉じられていた。公正を保つ為らしい。そして1年2組の皆が居た。9名の少女がビニールの、丸く刈り取った房を手に踊っている。私が手をかざすと彼女らは身振りでそれに応えた。間近で見られないのが非常に残念だ。

 

「敵を目の前にして、余裕ですね。蒼月君」

「そう見えるなら、有難い。でもそうでも無いかもしれないぞ。ハミルトンさん」

 

 高度50m、アリーナ中央付近。午前10時、快晴。私は目の前の、打鉄を纏う金髪の少女に応えた。青色の眼、雪のような白い肌、髪はボブカット、高い等身。15歳とは思えない大人びた容貌の少女だった。成人していると言っても通用するだろう。1年3組、ティナ・ハミルトンと呼ばれる少女。そして私の、最初の対戦相手。

 

「成る程、場数は踏んでいるという訳ですか。流石専用機持ちです」

「皮肉を言えるなんて、そちらも余裕があるじゃないか。観客席は満員だぞ」

 

 私は観客席を一瞥する。彼女は眼を細めて、それを握る両の手を僅かに動かした。彼女はECM(Electronic Counter Measures:電子対抗手段)繊維をISの上から纏っていた。背中の膨らみが私に注意を促す。彼女の放つ意識の線は堅く、鋭く私に向けられる。錐を向けられている様だった。

 

「はっきり言います。私は君が嫌いです」

「まともに口を利くのは初めてだと思うけど、理由を聞いて良い?」

 

 彼女は一拍おいてこう切り出した。

 

「騒ぎを起こすところ」

「なるほど」

「目付きが悪いところ」

「さいですか」

「専用機を持っているところ。お陰で訓練機が一台減りました」

「こいつは、皆から毛嫌いされていた機体だからそれは誤り」

「追加。言い訳がましいところ」

「あ、そう……」

「女々しいところ、女に節操がないところ」

「それは誤解だとちゃんと説明したい」

「最後に、」

 

 観客席がざわつき始めた。肉声で話している為だ。皆に聞こえる事は無いが、私たちの交わす普通ではない雰囲気に気づいた様だった。静寐が濁った眼で私を睨む。やっぱり金髪か……声を拾わなくとも、唇で読めた。私は疲れたように口を歪ませ笑う。

 

「最後に、なに?」

「最後に、織斑君を殴るところ」

 

 私はライフルを持ったまま、頭を傾げる。一拍。左手をあごに添えて空を見た。其処には太陽と、幾つかの大きい雲が見える。

 

「それ、どこか変?」

 

 何かにひびが入る音が聞こえた、様な気がした。

 

 

 

--------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 笛の音が鳴る。

 

『両者、試合を開始して下さい』

 

 私はその合図に手にしていたアサルトライフル"H and K Gi36"を構え、そして逃げた。迫り来るは無数の弾丸。ECMのマントを脱ぎ去り、目にした彼女の得物は、

 

「ガトリング砲?!!」

「精密射撃が得意のようですけれど! 火器にはこう言う使い方もあります!!!」

 

 彼女のそれは広域制圧兵器だった。スラスター全開、敵ISまでの距離440m。赤い軌跡ではない、赤い帯が、毎分3,000発の帯が目の前に迫る。思わず驚愕の悲鳴を上げた。急降下、急上昇、急加速、急減速、回転と円弧、あらゆる機動を駆使し、赤い帯を躱す。"何時もと勝手が異なる"状況にリズムが酷く掴み難い。

 

 -警告:被弾 ダメージ30-

 

 赤い切れっ端が左腕エネルギーシールドに接触、跳弾が広がる。出来の悪い花火の様だった。音が止み、会場が静まりかえる。アリーナ中心、そのフィールドの上。彼女が手にする6つの砲門、その荒々しく回る音だけが響く。距離260m。彼女の息は荒く、白い額に汗が流れる。

 

「なるほど、M134ミニガンを改装したのか。IS用ガトリンクなんて聞いた事無いから妙だと思った。ECMシートと言い、どこから調達したんだよ」

「それは秘密です。それより如何ですか?」

「どういう意味?」

「下から突き上げられるのは初めてでしょう? イギリス女に何時も上から踏まれていたなら、とても新鮮でしょう。 この"She-Male"」

 

 確かに、セシリアの頭上を取った事は無いし、重火器で下から撃たれた事も初めてだ。

 

-3連バーストモード設定 安全装置解除-

-READY GUN-

 

「怒りましたか? 蒼月君」

「上手い例えだけれど、はしたないぞ」

「成る程。まだ童貞なんですね。あれだけ貢いで、させて貰えなかったなんて可哀想です」

「君、軍人だろ」

「……」

 

 もしくはそれに近い環境で育った。彼女の装備、彼女の表情に描かれる荒々しい笑みと言葉、読みが当たる。彼女は表情を消し、砲を構えた。私はトリガーに指を掛ける。

 

 IS歴2ヶ月の私に負けるなどと、考えたくも無いだろう。だが、

 

「おしゃべりはお仕舞い。この2ndラウンドで確実に俺を仕留める事だ。その砲は3rdラウンドで君の腕を壊す」

「だからそれが、その眼が気に入らないと言っているんです!!」

「それに、あの馬鹿が第2試合で待っているんでね」

「人の話を聞きなさい!」

 

 

 打鉄は大地に足を据え、その7.62mmの赤い帯を空へ走らせる。濁った汽笛の音がアリーナにけたたましく鳴り響いた。一帯放つ度に、その足がいびつな文字を書く。放つ度に彼女の顔が苦痛に歪む。PICの制御から漏れた振動は、パイロットを容赦なく追い詰める。

 

 伸びる意識の線と走る赤い帯。その隙間に身を運び、照準にガトリンクを捉える。距離350m、指に力を込めた。

 

 

-警告:高エネルギー反応接近 緊急回避-

 

 

 それは何時もと異なる流れだと私の無意識は感じた。アリーナのエネルギーシールドが撓み、虹色の干渉光を放つ。電磁音の悲鳴と共に防性力場が崩壊する。視界に映るのはただ白い荷電粒子の束だった。

 

 束がフィールドに突き刺さる。この半島を揺るがさんばかりの激震と衝撃波。体がその余波で叩かれた。眼を開け、見渡せば火山のように立ち上る黒煙と、赤く燃える大地。それはそこに居た。

 

 打鉄を纏う少女が、神の名を呆然と口にした。何時もと異なる流れ、それは私よりみやが先に気づいたという事実。意識の線が読めなかった。

 

 

 

 

 

----------------------------------------

 

 

 

 

 それは、気味が悪いほど長い腕と足。失笑するほど大きな手と外骨格構造、全身にスラスターが見える。ダークブラウンを基調にし、そのパイロットは、全身を金属質の繊維で覆っていた。赤い複眼が鈍い光を放つ。みやの眼が奴を捉える。

 

 警報が鳴り響き、観客席が物理シールドで覆われた。

 

 「……ISか?」

 

 私の言葉に、聞き覚えのある女性の声が応える。

 

『蒼月君! ハミルトンさん! 所属不明機を敵性ISと認定! 大至急アリーナから脱出して下さい! 直ぐに先生達が制圧に向かいます!』

「山田先生、少し遅かったみたい。いや、向こうが早いかな、この場合」

『蒼月君、冗談を言ってる場合では……アリーナのエネルギーシールドがLv4?!』

 

 どうしてと、彼女はその声を震わせた。頭上の防性力場は最高レベルで結ばれていた。

 

 アリーナ内が全てロックされていると、みやが告げる。そこには逃げ場を失い、惑う生徒が含まれていた。私は所属不明ISの両腕の砲門を見、目前に広がる100mはあろうかというクレータを見た。

 

 奴は両の腕をこちらに向ける。距離1800m。即座に奴の左舷に回る。小規模の攻撃が直前に居た場所を破壊する。距離1200、3連バーストで発砲、18発。赤い軌跡が奴の頭を抑える。加速。

 

『蒼月君! 駄目ですよ! 生徒さんに危険なまねはさせられません!』

 

 彼女は良い教師になった。慌てふためく見習いだった去年とは大違いだ。

 

「本部、何分必要ですか」

『10分、いや5分稼げ』

 

 応えたのはあの人だった。微かに震えるその声に私はただ了解と応えた。

 

 

 

 

 みやの鼓動が激しく打ち続く。フィールド近傍を駆け抜ける。立ち尽くす木偶が砲身を回転させる。黒い噴煙が立ち上り、空からはアリーナだった破片が降り注ぐ。見慣れた滑らかな大地にはただ黒い、真っ黒な穴が幾つも開いていた。まるで其処に落ちれば果てなく落ちる釜の様であった。

 

 距離1000、木偶の両腕から小規模な荷電粒子銃弾が放たれる。意識の線が確認出来ない。被弾、数発が掠めエネルギーシールドが展開される。更に加速、速度320km、距離700、アサルトライフル有効射程、フルオート残12発発射。命中。弾倉量子交換12.7mmx99 メタルジャケット30発。

 

 木偶のバーニアが怒号を鳴らし、その巨躯を疾走させる。上空からエネルギー銃弾が降り注ぐ、被弾。バーニア全開、強引に離脱。被弾。残エネルギー380。

 

 加速、距離500m。照準に、私を見下ろす木偶の丸い銃口が見える。その銃口が黄色く光り、赤い帯がそれを妨げる。木偶がその眼を打鉄に向けた。

 

「何をしているんですか貴方は!?」

「訳ありでね、上手く避けられない」

「なら足手まといです! 逃げなさい!」

「どこに?」

「なら、距離を取って回避に専念しなさい!」

「離れると初撃の大砲を撃つぞ、あれ」

「……」

「手短に言う。奴の武装は両腕の荷電粒子砲。攻撃パターンは2つ。奴にとっては小規模な連続射撃と、大砲。大砲は左右同時発射は不可、単発のみ、だが威力は知っての通り。1500m以上離れるな」

「何故、言い切れるんです」

「こいつは俺と違って有能なんだよ」

 

 彼女の不信を湛えた眼に、私は左手を、カーキ色の腕を掲げ応えた。みやの解析を彼女の打鉄に伝えると、彼女はその眼を木偶に向ける。

 

「そうですか、強引に切り込んだのはサーチとサンプリングの為……無茶します」

「どうにか兵装だけ、ね。さて、訳を話したところで、逃げて欲しいのはハミルトンさんなんだけどな、その機動力じゃ無理だ」

「どこに?」

「なら、支援射撃を頼む。無茶するなよ」

 

 彼女は少しだけ笑い、その引き金を引いた。

 

 

 

 

--------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 木偶、所属不明機はでたらめだった。発熱するバーニアと加熱する砲門を近傍に設置、恐らく無理矢理冷やしている。ボディから腕に走る巨大なエネルギーチューブはむき出しだった。強力なエネルギーシールドで強引に保護しているのだろう。デタラメな設計思想、そのデタラメな設計が、狂う事なく圧倒的に動作している。

 

 あれの設計者は天才で狂人だ。そして間違いなく趣味が悪い。あれの設計者は性格がねじ曲がっている。

 

 木偶がアリーナ上空を疾走し、小エネルギー弾を放つ。みやが12.7mmを放ち、被弾する。打鉄が赤い帯を放ち、被弾する。木偶が私たちを攻撃し被弾する。既に1ダース繰り返している。

 

「本部! 援軍はまだですか!? もう10分過ぎています!」打鉄の少女が、息を切らせ、声を荒らげる。

「泣き言など聞きたくない。今、3年の精鋭がシステムクラックを実行中だ。持ちこたえろ」冷静なあの人の声が響く。

 

 みや、高速機動。距離1200m、フルオート発射。木偶の光弾が襲い来る、フィールドと空の境が悲鳴を上げながら回る、動く、消える、現われる。

 

-警告:ライフルコンディション・レッド 銃身過加熱-

-警告:12.7mmx99 残弾3カートリッジ-

-警告:暫定僚機 打鉄27番機 残エネルギー120-

-警告-

 

 

 12.7mmx99に効果が無い、銃口を狙うにも遠すぎる。ジリ貧、脳裏を掠めたその言葉に思わず舌を打つ。

 

 不意に訪れた静寂。何かが燃え、弾けた。穴だらけのフィールドに立ち、木偶を見る。何故あのパイロットに意識の線が無い? 何故あのパイロットはフェイントに掛らない? 何故あのパイロットは音と衝撃に臆さない? 何故?

 

 それは―

 

 誰かが告げたその答え、それが意味を結ぶ前。攻撃ポイントを変える打鉄が後ろを通過、木偶と少女と私が1つの刻、重なる。その距離は1600mだった。

 

-警告:高エネルギー反応 回避不可 アイギス 臨界稼働(フルドライブ)-

 

 黄色く白い光が視界を塗りつぶす。蒼く光る盾が霞んで見えた。恩恵を外れた突撃銃が、赤い光りとなって消える。眼はただ白く、耳は無音を聞き、肌は天地を失った。

 

 

 

 

 

 沈黙の鐘が幾度も聞こえた。大地に両手をあてがい身を起こすと、口から赤い液体が溢れた。金切り声が頭蓋の中を撃ち抜く世界に、自身の鼓動だけが聞こえた。

 

-警告:被弾 残エネルギー60 敵性IS接近-

 

 生き残ったスラスターが、弱く赤い光を放つ。光の礫が右肩を駆け抜けた。狙撃銃を量子展開、木偶を撃つ。私は打鉄の少女の名を呼んだ。応えはなく、遠くに見たその光景。

 

 

 

 瓦礫に埋まれ

 

 -アスファルトに横たわり-

 

 鎧を失い

 

 -その白い服が無残に破れ-

 

 力無く四肢を垂らす

 

 -血が指から滴り-

 

 その"黒い髪"を赤く染めた女の姿だった

 

 

 俺は―、

 

 

 俺はまたやった!

 

 また壊した!

 

 また殺させた!

 

 また死なせた!

 

 まただ!

 

 また!

 

 光の粒子が迫り、白く染まる世界。銃が手から落ちた。

 

 ……俺は、また、失ってしまった

 

 

 

「なにしてやがるーーーー!!」

 

 体に衝撃が響く。白いそれに弾かれ、大地に打ち付けられた。地響きが鳴る。血に染まった現実と血に染まった知らない記憶、黒髪の子供だけが見えた。

 

「真! なに呆けてやがる! 死にたいのか!」

「……俺は、また、死に損なった」

「お前、わざと……やったってのか!」

 

 黒髪の子供は俺を弾劾する。侮蔑を吐き捨て、背を向けた。

 

 虚なその世界。力無く大地に身をさらす。陽炎のようなその世界。あの子供が剣を振るう。あの子供は直に死ぬ。その滾る血の流れ故に。それがどうした、子供が死ぬなど今更だ。……だが、その眼に宿す光が、とても貴く、眩しく見えた。

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------

 

 

 

 

 

 切り込む一夏に木偶がその拳を打ち下ろす。12.7mmの弾丸がその拳を弾く。銃を掴む手に力を込める。

 

-警告:バーニア中破、機動力35% 残エネルギー60-

-警告:即時撤退-

 

 みや。この後は無いんだよ。俺もボロボロだ。だから、みや。お前も根性見せろ。白式は距離を取り大地に降り立つ。俺は一夏の左に降り立った。木偶までの距離500m。白式のエネルギー残80。ピットゲートぶち破るのにどれだけ無茶したのか、白式にも後が無い。

 

「お前、今更なんだ」

「策がある、手を貸せ。お前の零落白夜が必要だ」

「やなこった。死にたがりに貸す手はねぇ」

「なら、お前も俺も死ぬだけだ。あと1回切り込んでガス欠、違うか?」

「……」

「時間が無い、今すぐ決めろ」

 

 一夏は雪片弐型を構えた。その獣のような眼を木偶に向ける。口から牙が覗いた。俺は右手の20mm狙撃銃"H and K PSG1i"を構え、狙う。一房、乾いた風が俺らの間を駆け抜けた。大地に立つ木偶は俺らを伺うように立っていた。正直、気分が悪い。

 

「策ってなんだ?」

「俺が隙を作る」

「で?」

「一夏が止めを刺す」

「……それ策か?」

「お膳立てして、尻を持ってやる。何も考えず全力でぶちこめ。あれは無人機だ」

 

 一夏が破った第1ピットゲート、そこからロープが下る。見れば、数名の生徒が生身で降り、打鉄の少女へ向かっていた。手には救急パックを持っている。

 

 俺らは1つ息を吸って、1つ吐いた。大地を蹴る。一夏は右、俺は左。2つの機動音が高鳴る。

 

 加速する白式の背中が見えた。俺らに無数の光弾が迫る。それは直撃、その筈だった。俺は確信し弾雨の中へ踏み込んだ。最初は右目、右肩を10度前にずらせ。次は左足、脚部バーニアをふかして右へ3m飛べ。次は腹部と右腕だった。右脚が言う、腰が言った、胸が言う、左腕が言う、左肩が叫んだ、喉が吠える。

 

 俺が俺に替われと言った。

 

 蒼い光がみやから迸る、身体の重みが消えた。降り注ぐ光弾を全て躱し、12.7mmx99 メタルジャケット、発砲、木偶の右手を弾いて、その姿勢を崩す。白式、零落白夜最大顕現。その白い躯が金色に光り、その蒼い刀身を翳す。木偶、急激上昇、小光弾連射。

 

-報告:スラスター修復完了 臨界加速(オーバーロード)-

 

 蒼い閃光に背を押され、音の壁が割れる。距離100m。次弾装填、発射。弾頭が木偶の頭部に命中、センサーを破壊。木偶、急速退避、無作為に発砲。白式のスラスターが太陽のように光り、光弾の中を駆け上がる。

 

 

「雄雄々々々!!」一閃。蒼い刀身と白い影が木偶の躯を切り裂いた。

 

 

 葉の雫が滴る程の刻、木偶の躯が火花を散らせる。2つの腕が胴から離れ宙を舞う。一夏はとどめと言わんばかりに、渾身の一撃を奮った。俺は身を翻し、大地に降りた。爆発。轟音と閃光がアリーナに響く。俺は背中の少女らの安否を確認、深い息を吐く。

 

-報告:ハッキング解除を確認-

-報告:打鉄27番機 パイロット ティナ・ハミルトン 生命に異常なし-

 

 ライフルを量子収納。アリーナのシールドが解放、青い空が見える。その空に立つ白式が俺を鋭く見下ろす。

 

 解放された観客席には息をのみ言葉を失う少女たちが見えた。俺は、彼女らを見る事が出来ずただ空を仰いだ。

 

 

 

 

 

--------------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 IS学園1年寮、柊。その712号室。廊下と平行して並ぶ2つのベッド。その皺を払い、手を離す。向かい合う2つの机。その廊下側の机には、学生証が見える。窓から夕日に焼けるあのアリーナが見えた。私は其処を軽く見渡した。

 

 物音一つしないその部屋で、首にあるそれに手を掛ける。翼を持った剣、カーキ色の首飾り。私はそれに軽く指を添え、詫び、机に置いた。

 

「いよう、不良学生」

 

 部屋に響いたその声は、もう何度も聞いた黒髪の一つ下の少年だった。何時もの学園の白い制服、荒々しく襟を開けていた。開いた扉の、その枠に背を預け腕を組み立つ。彼は眉を歪ませ笑っていた。そして机の上を一瞥すると、随分片付いたな、と言った。

 

「臨時の全校集会中の筈だ。体育館に戻れ、お前が居ないと誰かが騒ぐ」

「夏休みはまだ先だ。授業サボって旅行か? 制服も着ずにどこに行きやがる」

「お前には関係無い」

「そうかよ」

「じゃぁな」

 

 私は革の黒い鞄を肩に掛け、少年の前を通り過ぎた。廊下に一歩踏み出したその瞬間、強く強靭な意識が織りなす糸が、背中を駆け抜けた。身体が床を踏み抜き跳躍、その身を捻る。頭部を庇う右腕に蹴りの衝撃が襲う。大きな音が響いた。私が身を屈める場所、そこは扉から5m離れていた。

 

「今の回し蹴りは……あと一瞬、遅かったら危なかった」

「だろうな、そのつもりで蹴った」

 

 私はゆっくり立ち上がる。疲弊した体に殺意が満ちる。

 

「答えろ一夏、今のは冗談では済まされんぞ」

「そのつもりだったんだろ? お前はよ」

「俺の事じゃない、お前の事だ」

 

 牙が鳴った。歩み寄るその眼は鋭く、口は歪む。その少年は私の襟を掴み持ち上げた。その僅かに赤い透き通った瞳が俺を射貫く。鏡で見る只黒いそれと、どうしてこうも違うのか、誰か教えてくれ。

 

「お前は好意が苦手なんかじゃねぇ! 自分が憎いだけだ! 死にたいだけだ!? 違うか!?」

「あぁそうだ」

「今までずっと皆を巻き込んでいた!」

「そうだ」

「3組の娘もそうか?!」

「……そうだ。だから、殺すならさっさとやれ。直に集会が終わる」

「なら殺す前に聞いてやる。何であんな事できやがる」

「意味が分からない」

「白式が言ってたぜ。みやにバーニアを修復させたってな、自己修復なんて聞いた事が無い。千冬ねぇが言ってたぜ、お前の銃は素人じゃ無い。てめぇは一体何だ?」

 

 その言葉だった。満ちる殺意は俺への殺意だった。鼓動が鳴り響き、一夏の血の流れすら、肉の、骨の軋みすら見えた。廊下に弾く音が鳴る。振り払ったを左手を強く握った。

 

「知らない」

「ふざけてんのか、てめぇ」

「俺は、あんな力は知らない。俺は、人が死んだ記憶なんて知らない。俺は、自分の事を何一つ知らない」

「……何が言いたい」

「俺には1年以上前の記憶が何一つ無い」

「記憶喪失ぐらいなんだ。俺だって昔の事は良く覚えていない」

「違う。俺には、知っている人はおろか記録すらない」

「どういう意味だ」

 

「一夏。俺の歴史はな、去年の4月1日、この学園で突然始まった。俺は、知っている人だけじゃ無い。役所にも銀行にも、学校にも、全ての記録に俺が存在した痕跡が無い。この日本が、国民登録がないと缶ジュース1本買えないこの日本でだ!」

「公式発表は嘘か」

「そうだ"嘘"だ。そんな俺が、あんな常識外の力を持ち、人が死んだ記憶を思い出し、銃という狂気を知り……俺の中には俺の知らないもう1人の俺がいるんだぞ! これが恐怖以外の何だ! お前の言うとおりだ! 俺は皆を巻き込んでいる!」

 

 

 

「だから、怖いから消えるのかよ」

「……そうだ」

「お前いつか言っていたな。道具は使いようだって。それと同じだろ」

「この先巻き込まないとどうして言える。顔と名前を知っている人達を、危険にさらしていたんだぞ。嘘にしては悪質すぎるだろ……」

「異常だぜ、お前」

「同感だ。だからお前も俺に構うな」

 

「ちげぇ! 俺が言っているのは今を無視している事だ! 俺には誰も居ない!? ふざけるな! お前が居た会社の人は?! 学園の人達は!? リーブス先生、千冬ねぇ、箒、鈴、セシリア、本音に静寐! 今居る人達が、お前が死んで、居なくなって、何も感じないとでも思っているのかよ!」

「感傷で語るな! 分かるか!? 守りたい物を傷つけてしまう恐怖が! 得体の知らない力なぞ人を不幸にするだけだ! 存在しちゃいけないんだよ!」

 

 私にとって最初の、黒髪のよく知る女性。あの人に刃を向ける、あの人を苦しめる。そんな事、認められるものか!

 

「……一夏。俺がお前の守りたい物を傷つけようとしたら、傷つけたら、お前は許せるのか」

「許せねぇな」

「それが答えだ。俺はもう学園を出る。元気でな」

 

 鈍い音が響いた。俺の逝く先に一夏の腕があった。俺はまだ何かあるのか、と目の前の眼を睨む。一つの呼吸が聞こえ、聞こえてきたのは紡がれ、言の葉になった心だった。

 

 

 

 俺は、事故が怖くても外を歩く。

 

 別れると分かっていても友達を作る。

 

 どうせ死ぬからと生きるのを止めない。

 

 何も見えなくても前を歩く。

 

 守れないかもとは考えない。

 

 だから俺は守る。

 

 俺だって神様じゃない。

 

 それになれるとは思わない。

 

 けれど、せめて、身近な人達だけは必ず守る。

 

 それが俺の生きる理由。

 

 絶対に諦めない。

 

 

 

「その理想を、遂げられる事を祈っている。もう良いだろ、どけ」

 

 一夏はだから、と言った。

 

「だから、お前も守ってやる」

「……何を言っている」

「ったくよー、こんなジメジメ、しみったれ、そして女々しい奴だけどよ、知り合っちまったもんはしかたねぇ。だからお前も守ってやる。真、俺はお前が恐れる物からお前を守ってやる」

 

 何故コイツはそう簡単に、躊躇なく言いきれる、口に出せる。何かを守る、誰かを守る、それはそう簡単に口にできる程、軽い言葉では無い。何故そんなに真っ直ぐな眼を向けられる。

 

 私の眼の前にその眼があった。私の体と心の緊張が緩んだ。私は、鞄を床に置いて一夏を見返す。そうだ、コイツは何時だって恐れず、この眼で踏み込んできた。だから、

 

「お前、どこまで馬鹿だ、というより人の話を聞け、この馬鹿」

「どっちが馬鹿だ。俺が言ったこと反芻してみろ。この阿保」

「余りに長いんでもう忘れた、このバカ」

「若年性痴呆か? このアホ」

「俺に勝ってから言え。このばか」

「クラス対抗戦もこの喧嘩も俺の勝ちだ、このあほ」

「一夏」

「なんだよ」

「……ありがとう」

「おう」

 

 小さく一夏に応えた。

 

 

 

---------------------------------------

 

 

 

 あの後、廊下にやってきた千冬さんに見つかり、一夏共々殴られた。理由は集会をふけた事と、黙って立ち去ろうとした事。彼女の拳は何時ものように、頭に響いたが、いつも以上に心に染みた。

 

 あの一件は、極秘事項に設定され箝口令を引かれた。みやによると、学園はここ数週間、頻繁なハッキングを受けているそうだ。そして学内のメイン・フレームによってそれは全て防がれている。つまり、あの機体は何者かが焦れて放った物理的なウィルスであり偵察機。何かが動き始めている。先生達は何も言わなかったが、無人IS機を作れる組織など、そう無いだろう。

 

 私は屋上に立ち、その手すりを強く握る。夕日が掛るその水平線、海風が吹いた。どこの誰かは知らないが、面白い事をしてくれた物だ。この報復は弾丸で必ず行う。必ずだ。

 

 

 

 身体を返し、手すりに背を預ける。視界に映るのは、何時もの屋上。下フロアに続く小屋、花壇とベンチ。反対の手すりには、一つ年下の同級生の少年と、同室の小柄な少女が見える。夕日を浴びて藍の空に赤く浮かび上がる2人。いくつかの言葉を交わすと、その少女は私をちらと見ると笑って、階段を駆け下りていった。

 

「鈴、なんだって?」歩み寄る一夏に私が言う。

「んーよくわかんね。あの酢豚の話、ひょっとしてプロポーズ的な意味だと思ったんだけど違うって」と一夏は応えた。

 

 私はそうかと言った。私はもう一度手すりに肘を当てて、もたれ掛かった。右に一夏が居た。風が私らの髪を凪ぐ。

 

 私は記憶を無くしたのでは無い。捨てたのだ。見据えるべきものから目をそらした。いつかこの報いを受ける時が、そう遠くない未来必ず訪れる。私はその時何が出来るどうしたら良い。その時ここに居られるのか、それを考えると怖い。

 

「真、帰ろうぜ。腹減った」

「一夏」

「なんだよ?」

「俺も、もう一度守ろうと思う。手の届く範囲で」

「おう」

 

 だが、一夏の後ろ姿をみると、ほんの少しだけ楽になった。何とかなるか、そう思うことが出来た。腹立たしい事だが、私を守ると言った時のこいつの顔が、千冬さんと重なって見えたのだから。




ラストで真は一夏のように成れるかも思ったのですが、吉と出るか凶と出るかは、こうご期待。



とにもかくにも、第一期完!


やっと区切りのクラス対抗戦まで終わりました。
それは原作一巻目! 風呂敷広げすぎた感がビシバシ響く……

頭の中にある、一夏と真の関係の半分を漸くこの対抗戦で書けました。
本当に長かった……すこし満足です。

今後ですが、外伝と日常編を挟んで、
皆様お待ちかね、かどうかは分かりませんがフランスっ娘の登場です。
外伝は少しハメを外そうかなーとか、とか。

それでは。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。