IS Heroes   作:D1198

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戦場に喇叭の音が鳴り響く

 時は、白式が無人機を撃破したところまで遡る。

 

 

 第2アリーナの中央制御室、その大型モニターに映る無人機の最後。制御コンソールに手を走らせる山田真耶は、緊張の息を吐き出した。

 

「所属不明機の、ISコア反応の停止を確認しまし、た~」

 

 IS学園内での初戦闘、初実戦が突発したフィールドは正しく戦闘跡であった。

 

 至る所に数十メートルから最大100メートルに達する穴が幾つも開き、其処からは黒煙と火の粉が舞っていた。荷電粒子痕が幾重にも走り、黒鉛で強引に描かれた様だった。フィールドを囲う構造物は破壊され、一部は崩落していた。壁からむき出しになったエネルギーチューブは破損し、その漏れ出たエネルギーにより空気がプラズマ化、激しい音と光を放っている。観客席に被害が無かったのは3人の、1年生の功績だった。

 

「山田先生、状況確認を」と、千冬は酷く抑揚の無い声で言った。

 

「施設被害を除けば、死傷者はゼロ。怪我人は2名、ハミルトンさんと蒼月君だけです。お客さん(来賓)も無事です。所属不明機の破壊と同時にアリーナ内のハッキングも解除されました。現在一般生徒は順次避難中。アリーナの蓋(エネルギーシールド)も解除です。先行した救護班の生徒が救急車とブルドーザーを要請しています」

 

「リーブス先生と小林先生は? 来賓の接待に当たっていたはずだが」

「暗号電文が入りました。これから本棟のゴミ箱(応接室)に運ぶそうです。追伸"後で全部吐きなさい"」

 

 少し笑った真耶に、千冬は僅かに気配を緩めた。

 

「山田先生、観客席の物理シールドは閉じた状態を維持、全一般生徒を―」

「……織斑先生」

「どうした」

「問題発生です」

 

 一転した状況に真耶はその笑みを、今にも泣きそうな歪な物に変えた。手元のコンソールが伝えるその内容に、泣きたかったのは千冬も同様であった。

 

-報告:地下エネルギーチューブ施設 警戒温度-

-報告:省エネルギーモードへ移行 環境維持のため観客席シールド強制解放-

 

 

 

 第2アリーナの地下100mには巨大なエネルギーチューブが走っている。海底にある発電施設と学園を結ぶ物で、学園で消費されるエネルギーの大半を賄っている。これが何故よりにもよって唯一来賓に対応出来る第2アリーナの地下に設けられたかは、知るものが居ない。設計当時の議事録が残されていないからであった。

 

 千冬は彼女自身が信頼する人物で、真がおやっさんと呼ぶ技術者の蒔岡宗治に、極秘裏に相談した事があった。

 

「突貫工事には良くある話だが、その割にはちゃんと設計されてやがる。嬢ちゃん、これは意図的なもんだ。この作りなら滅多な事では壊れないだろうが、早いうち何とかした方が良い」

 

 ただこの問題は正しく難題で早々に手が付けられる内容では無かった。

 

 今回の戦闘活動によりその地下エネルギー設備に被害が発生、冷却系統の能力が低下、12時間を待たずしてブレーカーが落ちる。そうすればエネルギー源は学園内の物だけになり、メインフレームは自閉モードへと移行。警備システムは停止、それの意味するところは自明の理であった。

 

 今考えるべき事は目の前の危機だと、千冬は瞬時にプランを立てインカムに手を伸ばした。

 

「山田先生、不要隔壁はロック、フィールドを見た生徒はそのままアリーナ内のロッカールームに強制待機。全専用機持ちと整備課の生徒、布仏虚を第2ピットに招集、対応に当たらせろ―いや、生徒会長は学園警備に回せ」

「はいっ!」

 

 手元のコンソールを凝視する千冬はその閉じた唇を僅かに動かす。其処にはアリーナを呆然と見る生徒達が映っていた。

 

「蒼月、聞こえるか?」

『はい』

「賊を回収しろ、生徒と覗き魔(偵察衛生)に見られるな。急げ」

『了解』

「山田先生。蒼月を第3ピットに誘導、その後ピットのセキリュティをLv3に」

「織斑先生、蒼月君は負傷しています!」

「仕方なかろう。織斑は負傷者の救助に当たらせろ」

 

 真耶は一瞬戸惑った後、復唱した。彼女の向かうコンソールにはラファール・リヴァイヴ38番機パイロット、そのバイタルコンディションがイエローと示されていたのだった。真はティナのECMシートを回収すると、口から漏れた血を拭い、顔をしかめながら無人機に向かった。

 

 白式が無人機へ降下。それを見た千冬は止めろと言った。

 

『千冬ねぇ! なんでだよ?!』

「織斑は救急車とブルドーザー、人命救助だ。救護班の元へ向かい現地3年の指示に従え。それと、織斑先生だ。馬鹿者」

『……わかった』

 

「織斑先生、布仏虚さんが情報開示を求めています。どうしますか?」

「やむを得ん、機密署名をさせた後、開示……篠ノ之はどこに行った?」

「トレースします」

 

 真耶は先程まで箒が居た後ろを一回確認すると、コンソールに向き直った。千冬は溜息をつき、モニターに映る破壊されたフィールド、そして白とカーキのISをじっと見ていた。

 

 

--------------------

 

 

 薄暗い観客席に響くのは地鳴りと銃撃音、そしてISの機動音だった。専用機を持つ少女たちは、非常灯が照らすその席でただ待っていた。

 

 ある少女は握り合わした手を口元に当てていた。ある少女はいつでも動けるようにと身体をほぐしていた。ある少女は足と腕を組み身じろぎ1つしなかった。ある少女は背筋を伸ばし静かに目を瞑る。ある少女は苛立ちを隠さず足を踏み鳴らし、不平を漏らす。その有り様は三者三様であったが、その思いは同じであった。

 

 手に持つ力が奮えない。

 

 真たちの戦闘中、観客席は酷く混乱していた。突如起こった異常事態に一部の生徒がパニックを起こした。物理シールドが下ろされ、照明は非常灯に切り替わった。隔壁はロックされ閉じ込められた。生徒の泣き出す声と、シールド越しに聞こえる戦闘音。地震のような震動、荷電粒子砲特有の耳をつく音波。そして複数のIS機動音。正確な情報が伝わらないことも拍車を掛けた。

 

 フィールドと観客席を隔てるシールドは物理、防性力場併用型。第3世代機でも破壊するのは困難であった。隔壁を破壊し別ルートを探るにも、パニックが伝播し、混乱を極めるさなかISを使用するには危険過ぎた。

 

 一際大きい特有の音と振動が響く。全員が顔を上げ、シールドの向こう側を透かすように見つめた。それは高エネルギー体と高密度防性力場の反発音だった。

 

 状況が動いたのは静けさが戻り数刻経った頃。シールドが開いたその光景に思わず言葉を失った。つい20分ほど前まで祭りで賑わっていたそこは焼け、砕け、火焔を放つ地獄絵図のような無残な物に変わっていた。熱で歪む構造物が亡者の悲鳴を上げる。真耶からの非常通信が鳴り響いた。誰かが真は、と力無く呟いた。

 

 

 

 

 3年白井優子"打鉄37番機―ミナ"、ダリル・ケイシー"ヘル・ハウンドVer2.5"。2年フォルテ・サファイア"コールド・ブラッド"。1年セシリア・オルコット"ブルー・ティアーズ"、凰鈴音"甲龍"。

 

 6名の少女がピットに立つ。ゲートから黒煙と火の粉が見えた。電力供給が途絶えた薄暗い鋼の第2ピットに、虚は空中投影ディスプレイを投影、現状と作戦を表示する。一列に並ぶ皆の前に歩み出た。不愉快な焼ける匂いが漂い、白い制服に纏わり付いた。

 

「事態は一刻を争います」

 

 虚の立案した作戦は2工程で構成される。1つ、火種となっている瓦礫を除去しつつ消火弾により鎮火。2つ、地下施設の最外殻まで穴を開けそこから液状断熱剤の注入。鎮火しても熱は暫く残る。断熱剤の注入時間とその硬化時間を考えると、

 

「阻止限界時間はあと60分。作業時間を考えると猶予はありません」

 

 鈴が言った「断熱剤より冷却剤を使用してはどう?……ですか?」「計測では既に500度近い場所もあります。急激な冷却は構造体に負担を掛けます。最悪、大規模崩落の可能性があり、危険です」と虚が答えた。

 

 褐色銀髪のダリルが真顔で「おーい、うつほー。穴はどうやってあけんだー。男2人は出払ってるぜー」と言う。褐色黒髪のフォルテがにやつきながら「先輩、はしたないッス」と答えた「最近流行ってるのかよ、それ」「真が良く言いますから」「言わせてるんだろ。からかうのは程ほどにしとけ。お陰で誰かさん達の機嫌が悪い悪い、なぁー?」

 

 2人の3年生、虚は片手を顔に添え頬を赤らめる。優子は肩を怒らせ「あなた達、真剣にやりなさい!」と顔赤く吠えた。美人と評して良い上級生にのやりとりに、1年の2人は頬を赤く染めつつも訝しげな眼を向ける。

 

 虚は1つ咳払うと、右人差し指を眼鏡に添えた。かちゃりと音を立てる。

 

「掘削にはブルー・ティアーズの大型レーザーライフルを使います。ただし、光弾自体の熱量を考えると一回だけです。良いですか、オルコットさん」

「分かりましたわ」

「説明は以上です。優子、私はバックアップに回りますので現場指揮お願いします」

「了解。それじゃ始めるわよ、あなた達!」

 

 優子の静かに確実に響く声がピットの暗がりを消し去った。

 

 

 

--------------------

 

 

 

『あの、白井先輩とケイシー先輩は何をなさっているのですか?』

『何って、見てわからないか? 服を脱いでるんだよ』

『いえ、そうではなく更衣室で、と言う意味ですわ』

『オルコットさん、凰さん、時間がありません。下着でお願いします』

 

『……そ、それはちょっと』

『おおまじッス』

『こ、このセシリア・オルコットにその様な事をしろと?!』

『この状況を見て言うわけ? どうしても嫌なら更衣室でも良いわよ。ただし、終わったらそのアクセサリーを返上しなさい。この程度の覚悟も無いならあなた達に専用機の資格は無い』

 

『……』

 

 

 

「ふん。白井め、だいぶん板に付いてきたな」

 

 コンソールから聞こえてくるその声は、力を持つことの意味を問う。自分より上位の存在は2人にとっても良い刺激になるだろう、千冬は1つ息を鋭く吐くと笑った。優子は千冬の教え子だったのだ。あの騒がしい小娘がと、感慨も深くなる。真耶もつられて笑みをこぼした。

 

「下着と言えば、去年の夏でしたね。織斑先生」

「何がだ?」

「あれです。去年の3年生と白井さん達2年生が、仕事で来た蒼月君をアリーナの更衣室に連れ込んで、下着姿を見せた話ですよ。でも表情1つ変えずに"はしたないですよ"で、逆に彼女たちが"乙女の矜持が"って怒り出すやら、喚き出すやらで大騒ぎして、」

「……そんなことも有ったな」

「それを知った織斑先生とリーブス先生が怒って、全員そのままグラウンド走らせましたよね♪ 余りの怒り様に、変な虫が付かないか心配する母親みたいだって他の先生たちが―ひ、ひたいれすぅ!」

「山田先生、繰り返すが、私はからかわれるのが、と、て、も、き、ら、い、だ」

 

 千冬の左掌にあるのは真耶の頭。指圧に軋む頭蓋の音は真耶にだけ聞こえた。涙目で謝罪する真耶に千冬は溜息をつく。この後輩は有能だが同じ事を繰り返す、こういう時は堅苦しいが千代実の方が有難い。

 

「そ、れ、で、負傷者の容体は?」

「は、ハミルトンさんは全治一週間です」

「賊の回収は? 終わり次第蒼月は医務室へ向かわせろ」

「いま完了の報告が入りました……元気です、だそうです」

 

 霞む声に、真耶は怪訝そうに眉を寄せる。コンソールには壁により掛かり、力無く笑う真の姿が映っていた。

 

「蒼月の大丈夫は当てにならん……救護班を迎えにだせ」

 

 ブルー・ティアーズの銃声が半壊したアリーナに響いた。

 

 

 ◆

 

 

―お元気で―

 

 真が学園を発った昨年5月最後の日、千冬に贈った言葉がそれだった。その日は梅雨前とは思えないほど蒸し暑い日で、窓の無い職員室横の生徒指導室、ディアナと3人で最後の食事を済ませ、そこで別れた。真耶に連れられて背を向けた真は一度も振り返ることも無くただ消えていった。ただ空には蒼い月が浮かんでいた。

 

 千冬が保護した直後の真は、酷い有様だった。自分に関する一切の記憶を無くしていたが、それ以上に、その精神に異常をきたしていた。酷い情緒不安定で、何時も何かに怯え泣いていた。喚き、首をかきむしり、壁に頭を打ち付け、血が溢れた。時折理性が戻れば、二言三言会話を交わし、自害を謀った。決まって言う言葉は"どこだ?"と"殺してくれ"

 

 学園内に突然現われIS適正を持っていた真は、その特殊性を考慮し学園本棟の地下、特殊医療施設に千冬が隔離した。偶然事情を知ったディアナと共に、その密室で"教育"を施した。

 

 そして2ヶ月経ち、これ以上の改善を密室では見込めない、と医師が言った。千冬は彼女自身が信頼する蒔岡宗治に真を預けた。それ以後は彼自身がよく知る事である。

 

 あれから14ヶ月が過ぎた。

 

 

 

 

 無人機の襲撃から一晩が経ち、体育館ではほぼ全校生徒を集めた臨時の説明会が行われている。結局、あの事件は某国の試作機で、それが暴走した事による物、という不明瞭な理由に落ち着いた。詳細は機密。尤も千冬たちも確信が無い以上似たような物だ。幾つかの生徒から不満は出たが、卒業し組織に組みいられれば同じ目に遭うならば、良い経験となる。

 

 壇上に立ち手慣れたように話すのは2年の生徒会長だった。少年2人以上にトラブルを起こす娘だが、その人心掌握術は優れている。事実、大半の生徒はそれで納得していた。

 

 それにしてもと、整然と並び座る全校生徒をみて千冬は思う。

 

(時が経つのは早い)

 

 出来ることならば、一夏と同じようにISと無関係でいてほしかったが、学園に現われた時点でそれは定められていた事だったのかもしれない。と、運命という自分の嫌う言葉を使い千冬は思わず苦笑した。突然現われたのだ、そういう言葉を使ってしまうのも無理は無かろう。

 

「千冬」

 

 一つ時が過ぎ、そう言ったのは隣に座るディアナであった。現役時代からの腐れ縁で、今では教師として轡を並べている。

 

「なんだ? 珍しいな」

 

 小声で耳打つディアナに思わず眉を上げた。彼女は情動的と思われているが、式典などは非常に厳格で、かって私語を止めない選手を声が出せないよう縛り付けた事もあった。

 

「真が医務室から抜け出したそうよ」

「……全治2週間だった筈だが」

 

 あの馬鹿者めと右手を額に当てる。自分を軽んじる性格はまだ直っていないのか、同じ無茶でも一夏と違い、後ろ向きなのが手に負えない。まったくどこへ行った―

 

-お"元気で"す-

 

 苛立ちは唐突に浮かび上がったその言葉で掻き消された。脳裏に浮かぶのはあの暑い夜。最近どこか考え込んでいた、そして試合直前のあの様子、最後の掠れた言葉。導かれた結論に、千冬は思わず腰を上げ、下ろした。保護すべき生徒は目の前にも居る。務めがある、今私用で離れる訳には行かない。だがしかし。葛藤する千冬に良いから行きなさい、とディアナが答えた。

 

「そんな無責任なこと出来るわけ無いだろう」

「千冬のそういう真面目なところ好きよ。でもね、厳格なだけじゃ人は付いてこないわ。いい? ここは千冬が居なくても良いけれど、あなたがこれから行くところはあなたじゃ無いと無理、良いからさっさと行きなさい。貸しにしとくから」

「しかしだな……」

「真には謹慎を言い渡しておいたわ。警備担当の千冬は見逃す訳には行かないわよね?」

「……」

 

 いい加減にしなさい、と言わんばかりのディアナの気遣いに、千冬は一言すまんと言って足早に立ち去った。その隣に居た千代実が言う「織斑君も居ない事言わなくて宜しかったのですか?」「私ってこう言う役回りよね、前もそうだったわ」

 

 じろりと睨む教頭の視線を他所にディアナは一つ溜息をついて宙を見た。

 

 

--------------------

 

 

 あの性格だ。集会が終わる時間を見計らって、部屋の片付けをする筈。自分の居た痕跡を残さずに。世界に跡が無いとお前が思っているように。だが、もうその跡は、糸はある。14ヶ月という時間で、お前がこの世界で紡いだ糸はか細いが確実にある。お前は自分自身でそれに気づかなくてはならない。それに気づかず消え去るなど私は許さない。

 

 静まりかえった柊、その7階に足を運んだ。窓が一つ二つ流れると、2人の笑い声が聞こえた。それは何年も聞いた馴染む声と、何年も聞いたように馴染む声だった。

 

「で、どーする真、体育館に戻るか?」

「いや、今戻っても皆の邪魔になるだけだ。終わるまでここに居て出頭しよう」

 

 あの寂しがり屋のお節介女め、友人に一つ礼を思う。そして、この馬鹿者共め。私は712号と刻まれた樫の扉を開けた。

 

 音も無く扉が開いた。一つ鼓動が鳴り、心にたゆたうは安堵と怒り。其処には見慣れた2人が居た。2人は絨毯にあぐらを掻き座っていた。制服姿の一夏と私服姿の真だった。ブルーストライプのシャツに白いジャケット、相変わらず10代らしからぬ姿の真がそこに居た。

 

 部屋は案の定だった、片付けられ、僅かな私物はショールームであるかのように整えられていた。ご丁寧にも同室者のシーツまで整えられている。一夏が振り返り、真が顔を上げた。私はこの時のこの2人の顔を生涯忘れる事は無いだろう。

 

「この馬鹿者共、仲良くサボタージュとは良いご身分だな」と私は両手を組み鳴らす、一歩踏み出した。音の出ないはずの絨毯がみしり、と音を立てる。一夏は声も出せないと青ざめ、立ち上がった真は掠れた声で私の名を呼んだ。

 

「いえ、サボりとかそう言うのでは無く―」

 

 あぁそうだろう。あれだけ手間を掛けさせて一言も無し、サボタージュなどよりもっと酷い事をお前はしようとしたのだから。だから、私はさも初めて知ったように部屋を見渡し、簡潔に抑揚無く蒼月と言った。

 

「は、はい」

「随分部屋が片付いているな? 来客でもあるのか?」

「あ、いえ……偶々です」

「なら机の上の学生証とネックレスはなんだ?」

「偶々置いておこう、と」

「ならその黒い鞄は何だ?」

「し、私物をまとめようと、偶々です」

「ほう、偶々か」

「そうです、偶々で―」

 

 言い切る前に私の拳は走っていた。

 

「馬鹿者が! 下らん事考える暇があるなら訓練に励め!」

 

 真は頭を抱えうずくまる。涙を浮かべ一言、済みませんと言った。

 

「ち、千冬ねぇ……なんで俺も殴られてるんだよ?」

 

 涙目の一夏の苦情に私はサボタージュの罰、でもなく良く引き留めた、とも言わずにこう答えた。

 

「偶々だ」

 

 窓から見える雲のその隙間。陽の光が差し込んでいた。

 

 

 

--------------------

 

 

 

 黒いスーツが堅く確実な足音を響き渡らせる。その場所は薄暗く、陽の光は届かず、ただ電子の小さい灯火だけが至る所で瞬いている。そのLv4以上の権限を持つ者しか入れない地下50mの密室でディアナは1人コンソールに向かっていた。壁に映る彼女の影は揺らぎ一つ無く刻まれていた。

 

 その目に映るのは、対抗戦の戦闘記録。それはアリーナのカメラであり、打鉄、白式、そしてカーキの、リヴァイヴの映像であった。一つの画面がただ黄色く白い光で塗りつぶされる。

 

 六角形で構成された蒼い高密度の防性障壁が、高エネルギー体と接触、反発。一秒に満たない時間の後、崩壊。絶対防御発動。その画面は天と地とその境が階段を転がり落ちる様に弾けた。バイタルコンディションがイエローに、赤い染みが映った。

 

「情報操作は?」

「もう終わったわ。彼〈学園メインフレーム〉は有能よね。味方で良かった」

 

 何時ものライトグレーのジャケットに千冬は背後から歩み寄る。ディアナは振り返りもせず「でも、気づかれたわね」と言った。横に立つ千冬はその繰り返される映像を見て腕を組む、その目は細められ鋭く光っていた。

 

「まずそう見るべきだろう。戦闘中はアリーナに蓋が落とされていたが、フィールドの落書きを空から見れば推測は出来る。勘の良い者は疑いを持つ。何よりハミルトン戦は予想以上だった。来賓の目に止まったのは間違い有るまい、そちらが問題だ」

 

 コンソールに映るカーキのリヴァイヴは白と肩を並べその咆吼を響かせる。破損していたスラスターに火が戻り加速、極短時間の超音速機動でその衝撃波がフィールドを荒々しく叩きつける。そして、放った弾丸が木偶の顔面を捉える。ミリ秒世界での精密射撃、IS歴2ヶ月の生徒が行った事実。千冬は深い溜息をついた。こんな物公開出来ない。

 

「千冬、聞いた? 弾着角があと3度深かったら2人とも蒸発していたそうよ」

「ディアナ、お前何を考えている」

「あの無人機のコアね、未登録よ……あなた心当たりがあるんじゃない? この首謀者が誰か」

「……確証が無い」

「そう、なら確証が付いたなら私に言いなさい」

「地上に戻る前に気分を落ち着かせろ、殺気がだだ漏れだ。そんなにその首謀者が許せないか」

「千冬、私はねあなたほど人間出来てないの。うちの子らにここまでやってくれたのよ―」

 

 ゆらりと立ち上がり暗闇に浮かび上がる、千冬にはその姿が幻想か、夢の住人のように見えた。青白い電子の光を浴びて、その唇は刻んだように黒く深く、その金の髪は星の残骸のように白く、碧い瞳は血のように赤く見えた。千冬がかって聞いたディアナの影の二つ名-鮮血の女神-

 

「切り刻むわ」

 

 千冬は身体を僅かに強ばらせ馬鹿者と言った。

 

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