IS Heroes   作:D1198

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一週間で1万2千文字、記録更新ですよ……くくく。


過去編 古巣

 随分と荒れ果ている、と真は思った。

 

 その部屋は柊(1年寮)の2階にあり、バルコニーから見える景色は、空と雲よりも土と草木が多かった。壁は白で絨毯は無く、代わりに畳が敷き詰められている。木製の棚と洋服ダンス、背の低いテーブルとソファー。家財だけ見ればありふれた部屋だった。

 

 特筆するのはテーブルの上、至る所にあるアルコールの缶や瓶、缶詰に瓶詰め、肉の燻製が入ったタッパー、そして部屋の片隅にある、何かを急いで山積みにし白いシーツで覆ったような山である。

 

 そこは寮長室。以前よりは随分落ち着いたが、真にとって今なお重要な人物である織斑千冬の部屋であった。

 

「じろじろ見るな、馬鹿者」

 

 千冬に咎められ真は慌てて居住まいを正す。彼女の手にするペンの走る音だけが部屋に響いた。彼が手にするほうじ茶は少し濃かった。

 

「千冬さんは片付けが苦手なんですね」

「違う。どこに何があるか把握している。その場所に置いてある、が正しい」

 

 確かに、埃やゴミは見えなかったが、千冬の物言いに釈然としない真であった。

 

(そういえば、家事能力ゼロと一夏が言っていたっけ)

 

 職員室の机を思い出せば、整理整頓されたディアナの机に並ぶ千冬の、その惨状がいっそう強調される。一夏が家政夫な訳だ、と千冬の背中を見て、悟られぬよう嘆きと達観の溜息をつく。この白Tシャツと白ジャージ姿の、世界で最も強い女性に家事は不要らしい。

 

 

 

 かりかり、かり。テーブルに向かい正座する千冬は、外泊許可証と書かれた紙に名前を2カ所書く。"保護者欄"と"承認欄"、千冬は真の保証人だった。

 

 この事実が公開されていないのは、真がブリュンヒルデの関係者と言う事を隠す為である。男性適正者の2人が千冬の関係者、これが公になれば要らぬ誤解を生む。

 

 そして何より、誰かが真に興味を持てばその素性に疑問を持つ恐れがある、それを防ぐ為だった。だが今となってはそれにどれだけの意味があるのか、千冬自身、自信が無い。

 

 "外泊先"に書かれた"蒔岡宗治"という、堅い調子の文字を見て、千冬はペンを置いた。

 

「蒼月、今回わざわざ来理由は何だ」

 

 何時ものように書類を差し込んでおけば良いだろう。千冬が振り向くと真は湯飲みを抱えて、愛想無く目を瞑っていた。これは言いにくい事を言い出そうとしている真の癖だ。ディアナのが感染ったか。ならばそれは凶報か、僅かな戸惑いのあと湯飲みを手に取った。

 

「時子さんが、千冬さんを是が非でも連れてこい、と」

「……済まないが私は欠席だ」

「前々から思っていたのですが、苦手なんですか? 随分渋い顔です」

 

 やっぱりかと思わず頭を抱える千冬に、真は疑問を浮かべる。時子というのは蒔岡宗治の娘で千冬が最も苦手とする中年女性である。付け加えれば、真も頭が上がらない。が、それでも避ける理由にはならないでしょうと、真は僅かに眼を細め、僅かに首を傾げた。

 

「苦手では無い。ただ、あの人の持ってくる厄介事で頭が痛いだけだ」

「お見合いですか?」

「……それだけでは無い」

「差し出がましいとは思いますが、時子さんの心配もよく分かります。門前払いせずに会うだけ会ってみてはどうでしょうか。千冬さんもそろそろ折り返―」

 

 部屋に鈍い音が響き渡る。千冬は右手と畳に挟まれた少年の頭を不愉快そうに見る。怒りに混じる笑み、その表情は千冬が素で怒る時の物だった。真以外に知るものはディアナと幼なじみの天才科学者しかいない。

 

「よ、け、い、な、お世話だ。ガキが口を出す、な」

 

 もがもがもが。若輩者なりに心配をしています、それに出会って直ぐ結婚という訳にも行かないでしょうから早めの方が、ともがもが言う真であった。器用な事に2人とも片手にある湯飲みをこぼしていない。

 

「だから大きなお世話だ。私がその気になれば男の1人や2人、労せずつり上げるさ」

「千冬さんは恋愛経験無いと―ふがっ」

「何故知っている! 誰から聞いた!? ディアナか!?」

 

 みしみし、音がした。俺の頭か床か……頭に決まっているだろ、と真泣く。時子さんから聞きました。ですから最初の2,3人は練習のつもりで行きましょう、息も絶え絶えだった。

 

 余計な事を、と時子に恨み言を垂れると千冬はそのまま右手で持ち上げ、目を細めて睨む。其処には額に畳の目、両目には涙の、首根っこを掴まれた真が居た。ぷらんと宙に浮く。

 

「変われば変わるものだな」

「……なにがです?」

「今年の年始挨拶だったな。時子さんが私に見合い写真を差し出したのを見て、動揺していたのは誰だったか、ん? 確か、箸を噛んだり柱に頭をぶつけたりして、宗治さんらに大笑いされていたな」

「そうでしたっけ……?」

「ふん、女が出来ればこれか。一夏もそうなのだろうな、良い経験になった」

 

(私に相手が居ないうちは誰とも付き合わないとか、一夏もアテにならん)

 

「千冬さん、俺は誰とも付き合っていませんが」と真が言うと千冬は目を2回ぱちくり「……オルコットとは?」

 

「彼女には好いている奴が居ます」

(一夏か)

「凰は?」

「彼女にも好いている奴が居ます」

(一夏か)

「鷹月と布仏はどうした? 上級生にも懇意にしてのが居ると聞いているが」

「どなたから聞いたか知りませんが、誰とも付き合っていません」

(一夏、か?)

 

 

 右手に真、左手を口元に寄せ宙を見る。真顔でぶら下がる真を見ると、どさり。この話は仕舞いだ、さっさと戻れ、とテーブルに向き直った。怪訝に思うも、真はごちそうさまでしたと湯飲みを盆に置いて立ち上がる。

 

「出るところを生徒に見られるな」

「はい」

「蒼月」

「はい?」

「気をつけて行って来い。お前も世界で2人しか居ない方の1人と言う事を忘れるな」

「はい、行ってきます」

 

 

 

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 蒔岡宗治と千冬の出会いは7年前に遡る。千冬が第1回モンドグロッソを制し、その祝賀会場で宗治が声を掛けた事が切っ掛けだった。

 

 豪勢な祝賀会場だったが、腫れ物を見るかのように誰も近寄らず、話し掛けず、遠巻きで見ているだけで、祝いを述べる偽りの人の影。千冬は下らんと憤慨し、刃のように鋭い視線を打ち、それがまた人を退けた。主賓であるにも拘わらず1人ぽつんと立っていた。

 

 そのような千冬の威圧を物ともせず歩み寄るグレースーツの人物が1人。

 

「ほーぅ、写真で見るより良い面構えだ。女にしておくのには惜しい。俺は蒔岡宗治という。まぁこれから宜しくな」

 

 この、なんとも不躾な物言いの人物こそ、真がおやっさんと呼ぶ蒔岡宗治であった。宗治が56歳、千冬が17歳の時である。

 

 その頃既に女尊男卑の風潮はできあがっていたが、それに構う事なく、我関せず、ただ俺はこうだと言わんばかりの態度に千冬は怒りよりもただ呆気にとられた。

 

 

 赤銅色の肌に、灰と白が混ざり合うが豊かな髪、年齢を感じさせない大樹の様な背筋、一歩一歩踏み抜く歩みは、岩を穿つ水滴の如く確実に、深く皺が掘り刻まれたその表情、眼鏡の奥からは微細一片見逃さないと言わんばかりの精密な眼が光っていた。

 

 千冬の第1印象は軍人であった。だから機械技術者と聞かされた時には流石の千冬も面食らったものである。

 

 互いの一本気な質が合ったのだろう。それ以来2人は友人として、道の異なるエキスパート同志として、有る時はそれこそ祖父と孫のように交友を深めた。

 

 その様な宗治であったから、千冬が時子ら彼の家族と打ち解けたのも、真を預けたのも自然な流れだった。

 

 

 

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 宗治が主を務める会社、蒔岡機械株式会社は元々都内にあったが、彼の友人の誘いと妻である志乃が病気がちであった為、IS学園の設立に合わせて移転した。これがIS専門企業としての始まりである。

 

 政府の誘致活動もあったとは言え、広大な敷地と最新の設備を用意されたのは宗治の技術力に寄るところが大きい。彼が手を加えた機械は生まれ変わった様にその駆動音を拍つ。ゴッドハンド、神の手と言われる所以である。全ての第2世代型に残る彼の手の跡、それは知る人ぞ知る事実であった。

 

 真の目に映るのは、和風では無いが樹木を想起させる2階建ての洋風の家屋と、戦闘機が10台ほど収まりそうな、白く大きな3階建ての建築物。蒔岡邸は会社は同じ敷地にあるが、会社側を見下ろせる小高い丘の上にある。

 

 木々と水が流れ、芝生は敷き詰められる。その地面は緩やかな曲面を描いていた。相変わらず大きいと、僅かな感嘆と共に真は小道を行く。庭の管理、維持と警備を兼ねる白い円盤形状のロボットに労いの言葉を掛けた。

 

 

 

「ほぉーへー、ふぅぅん」

 

 玄関に着いた早々、右から左から、遠慮と年齢を忘れたように真の顔を見るのが、宗治の長女、蒔岡時子である。

 

 標準日本人よりは浅黒い肌、腰まで伸びた黒い髪は波打ち、首元で1つに結いまとまっていた。華奢だがバネを感じさせるしなやかな体つき。眼は細くやや切り上がる狐顔、ただその好奇心溢れる視線は紛れもない猫。結婚する前は相当もてたとは本人談だ。僅かにタイトな白いワンピースに濃いベージュのエプロン、39歳にして2児の母。口には出さないが確かに美人だと真は思う。

 

 

 お久しぶりです、と真は多少引きながらその声を絞り出した。鼻先3cmは少し近い。時子は少し引いて真の全身を見ると、何かに納得したように頷いた。

 

「ん、久しぶり。さ、あがんなさい。部屋は何時ものところね」

 

 階段上がって突き当たりの右手、と真は記憶を反芻する。玄関から真っ直ぐに走る廊下の右側にその階段と壁掛る時計が見えた。16時過ぎである。

 

「時子さん、おやっさんは?」

「お父さんならまだ現場。戻りは6時だから挨拶は食事の時にすることね」

「では、志乃さんは?」

「お母さんは病気だから、今日は欠席」

「……良くないのですか」

「この時期何時も体調崩すのよ、去年もそうだったでしょ……ってあの時は来ばっかりで知らなかったか。それと、いま来ない方が良かったとか考えたわね? 来るって伝えたら喜んでたから、そういうの早く止めるべき」

 

 やっぱり敵わないと、真は靴を脱いだ。

 

(大学生の息子さんが帰ってこないのはこの読心術のせいだよな)

 

「余計なお世話、お風呂沸いてるから入んなさい」

「……はい」

 

 

 

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 蒔岡邸の2階、宛がわれた6畳の畳部屋、窓からは樹木が列をなしていた。随分大事になったな、と壁にもたれ座る真は溜息をつく。

 

 本当は顔だけ出して帰るつもりだったのだ。それが何故か、夕飯になり、泊まりになり、全社員参加の宴会になった。聞いた話によるとおやっさんのお孫さんも来るらしい。時子さんの子供ではなく、時子さんの妹さんのお子さんだそうだ。つまり時子の甥か姪。理由を聞けばその時分かると言った時子さんの顔は、何故かディアナさんと重なって見えた。

 

 きっともう一騒動おきると真はもう一つ溜息をついた。

 

 

 静かな部屋で思い耽る事30分、つい考え込んでしまったと真は階段をぎしぎし鳴らす。

 

(湯船につかるのも数ヶ月ぶりだ)

 

 最近一夏が風呂風呂とやたら口にする。蒔岡邸の風呂は大きいのだ。済まないと内心詫びて、帰ったら自慢してやろうとほくそ笑む。廊下を曲がれば目の前に虚。

 

「は?」

「あら、いらっしゃい、かしらねこの場合」

 

 真の目の前には白を基調とした学生服、ではなく淡いピンクの花びらをモチーフにしたワンピース姿の虚が居た。何時もの結い上げられた髪は、湿り気を帯びて背中まで伸びている。意外と長い。

 

 かちこちと壁時計が時を刻む。笑みを絶やさぬ虚に、真は何故ここに? と言えなかった。「おねーちゃーん、まってー」虚の後ろに本音の姿。とてとてと響く足音がとた、止まった。笑顔も止まる。真が見下ろし、本音が見上げた。

 

「「……」」

 

 制服と着ぐるみ以外まともに見た事が無い、ISスーツ姿は何時も箒に隠れていた。だから、折り目の付いたショートパンツと薄い黄色のノースリーブ姿の本音を見て、真はこう言う格好も随分似合うと、甚く感動した。見れば何時もの髪飾りはなく、その淡い栗色の髪はやはり僅かに湿っていた。

 

 とにかく、どうしてここに? と問い掛けた。本音は髪をふさぁっと広げた。真は眉を寄せる。彼が見たのは本音の驚愕の表情、それこそ裸でも見られたような赤い顔を見せると、小さい悲鳴を上げて真をひっぱたき、逃げた。

 

 頬に手を添え虚を呆け見た。湯上がりぐらいで大袈裟な、お婆さんに似たのね、と半ば呆れるような虚。

 

「真! 俺の孫娘に何しやがったぁ!」

 

 そして頭蓋に響くは宗治の拳。痛みではなく意識を狩るパンチ、ゴッドハンドのもう一つの由来。消えゆく意識のなか真は思う。

 

(2人がおやっさんの孫? 訳が分からない)

 

 

 

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 蒔岡邸の居間、と言っても48畳もある。ちょっとした民宿の会場並であろう。板の間に絨毯、木目の壁と天井、照明にはサーキュレーターの羽根が回っている。

 

 床には背の低い白いテーブルとそれを取り囲む蒔岡の人達、全社員41名と+3名。窓から覗く空は夕と夜が混じる。目の前には色とりどりのアルコールやソフトドリンク、そしてオードブル。

 

 主賓とは名ばかりに、真は少し違った意味で手荒い歓迎を受けた。蒔岡機械株式会社はご多分に漏れず男性社員が多い。総勢41名の内女性は時子を含み5名だ。だから、IS学園にいる真は……言うまでも無かった。やっかみである。

 

 真が技術主任の渡辺裕樹の元にたどり着いた時はボロボロで、黒のポロシャツとカーキのカーゴパンツは伸びに伸びていた。

 

「ナベさん、ご無沙汰してます」

「達者なようでなによりだ」

 

 その発言は皮肉ではなく、前の真から比べれば今の彼が、と言う意味である。

 

 渡辺裕樹、宗治の一番弟子。45歳。身長182cmで筋骨隆々。眼は細く垂れ下がり、色は白く髪は短く刈り揃えられていた。言葉数少なく初対面の人物からは距離を置かれるタイプだが、仁義に厚く宗治を始めとした知り合い全員から信頼を置かれている。妻子有り、真が一度だけ見た父としての彼はとても優しい雰囲気を発していた。

 

 ベージュのチノパンに襟付きの白いシャツ。あぐらを組むその姿は正しく山。だがその手は非常に繊細な技を織りなす。

 

「優子さんに会いました」

「元気だったか?」

「えぇ、凄い美人になってました」

「それは結構な事だ」

 

 昨年、渡辺裕樹は真を連れて学園を幾度となく訪れた。当時2年の優子とはその時知り合ったのである。

 

「今年は何時来るんですか?」

「学園から通達があってな、少し遅れるそうだ。何かあったのか?」

「すいません、言えないんです」

「そうか、聞いて悪かったな」

「いえ」

「真、先におやっさんに酌してこい」

「一番酌はナベさんでは?」

「今日は真が主賓だ、構わない」

 

 真は一言詫びて腰を上げた。

 

 

 

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「おやっさん。改めて、ご無沙汰しています」

 

 真が見るのはグレーのスラックスに白いYシャツ、何時もの宗治の姿だった。あぐらを掻き杯を口に運んでいる。真は徳利をさしだした。彼は舐るように真の顔を見ると、おうと言った。

 

 真が初めて宗治を見たのは工場内の現場でだった。機械を操作する宗治は振り返る事もなく「邪魔にならないところでじっとしてろ」とだけ言った。

 

 それを聞いた当時の真はその通りにし、片隅に腰掛けた。夜が更けてもそのままで、それを見た宗治は罵声と共に拳を打ち下ろした。当日に殴られた奴は初めてだと、今では社内の笑い話である。

 

「久しぶりで効きました」と真は頭をさする。

「気を失うとは弛みすぎだ。嬢ちゃんは随分甘やかしてるようだな」

「千冬さんのは痛みが目的ですから」

「口は達者になりやがったか」

 

 宗治は軽く笑うと、真はつられて笑う。酌をした宗治の杯には、波が賑わっていた。

 

「真よ、学園生活はどうだ」

「日々綱渡りですよ。女の人は難しいです。ところでおやっさん」

「なんだ」

「お嬢さん方の事、どうして黙ってたんですか? 本音お嬢さんは兎も角、虚お嬢さんは去年何度も会ったんですよ」

「時子が黙ってろってな。おめぇが要らん気を使うから、だとよ……真、孫に何もしてねぇだろうな?」

「ご心配なく、指1本触れてません」

「もし、今後―」

「おやっさんのお孫さんと分かった以上尚更の事なにもしません。コイツに誓いますから、ご安心下さい」

 

 左手にみやを持ち、右手の平を宗治に向け自信満々の真であった。宗治は少し離れた席に座る2人の孫娘をちらと見た。姉は眼鏡を光らせ宗治を睨んでいた。妹は笑顔だったが、偉い勢いでストローから泡ぶくを立てていた。真よ、お前はそう言う奴か、怒って良いのか諭して良いのか。

 

「ところで、メールの件だが」

 

 宗治の眼は静かにその威圧を湛えていた。あの話だと、察し真は居住まいを正す。手を握り膝の上に置いた。

 

「はい」

「2つある。1つは直ぐ送る、もう一つは手直しして送る、それを使え。量子格納作業ははそっちでやりな」

「ありがとうございます。助かりました」

「どうせ埃をかぶっていた奴だ、構いやしねぇよ。しかし真よ」

「なんでしょうか?」

「おめぇ、相当な厄介事に首突っ込んだな?」

「とんでも無い、ただの保険です」

「12.7mm弾が効かない相手の保険か?」

 

 宗治は真の胸からぶら下がるペンダントを見ると、身体の芯に突き刺さるような視線を投げる。真はその宗治の眼に向き直り目を細めた。

 

「約束があって、どうしても必要なんです」

 

 かっては無かった意志を湛えるそのただ黒い眼、宗治はそうかと短く応えた。

 

 

 

--------------------

 

 

 

 真にとって工場は一日の大半を過ごした場所だった。

 

"俺は機械と相性が良い"今でこそ彼が良く言う言葉だが、当時の彼にそう言う認識は無かった。それでもが何か感じる物が合ったのだろう、入社してしばらくは入り浸り食事さえ忘れて、機械に向き合っていた。

 

 ある朝、工場の片隅で眠る真を見て、いい加減に休めと宗治に言わせたのは後にも先にも真だけであった。

 

 

 蒔岡邸の同敷地に内にある白い建築物の1階に、その機械が立ち並ぶ。

 

 1つ目の扉の脇に手をかざしロック解除、白い扉を開けると右手には2階に向かう階段。正面には機械仕掛けの扉があった。脇の壁に埋め込まれたコンソールの鈍い光だけが、その空間を照らす。それに向かい認証確認、ロック解除。鈍い機械音と共に厚さ5cmの金属の、2つ目の扉が滑るように開いた。

 

 そこは薄暗くひんやりとしていた。床は緑、壁は白。天井はアーチを描く金属の骨組みが見える。壁と天井には等間隔に光る淡いオレンジの照明、空調の音が響く。そしてISを形なす機械たちがその胎動を鈍く拍ち鳴らしていた。

 

 入り口脇のコンソールに手を走らせ、光を灯らせる。真は壁と機械たちの間をゆっくり歩いた。

 

 1つ目ナノマシン研磨機、2つ目光学洗浄槽、3つ目多目的IS用ベッド、4つ目高真空無重力自動組み立て機、天井には重力式の搬送機と空気洗浄機がみえた。5つ目、分子構成機、真が最も得意とした金属粒子を意図通りに構築させる最新鋭の機械である。

 

 

 何一つ変わらず、その場所に合った。

 

-お帰りなさい-

 

「ただいま」

 

 胸のみやが熱と光を放つ。

 

 

 そして真はそれに手を当てた。それは工場内の小さな部屋の中、腰より少し高い木の机の上にあった。表面には油が光る、その筐体に刻まれた名前は掠れて読めなかった。

 

 それは筒状の金属を3つの爪で挟み、電気が電線を通り、磁力を起こし、その磁力で筒状の金属を回す。その筒より堅い金属の刃を、ツマミを回し、筒に押し当て、削る、古い加工機械の1つ。真が最初に触った物である。

 

 彼は目を細めて添える右手に意識を込めた、声が聞こえる。

 

 

「どうした? 真。懐かしいか? お前がよ」

「おやっさん……」

 

 どれ程意識を向けていたのか、宗治が脇の背もたれの無い丸椅子に腰掛けていた。彼は手にする湯飲みを口に運んだ。宗治はかって千冬から聞かされた、真の真実を知る1人であった。

 

「そうですか、そうですね、懐かしいです、今気づきました」

「もう1年経つのか、お前がそれを初めて動かしたのは」

「掃除しろって言われただけなんですよね、かってに動かしてしまいました」

「そうだったな」

 

 青白い半導体の光が2人とそれを包む。真はそれに置く手を僅かに動かした。

 

「おやっさん、質問があります」

「なんだ」

「何故俺を受け入れたんですか? 俺が言うのも何ですが、当時の俺はおやっさんの嫌いな人間だったでしょう?」

「そうだ、無反応で無気力で、何考えているかわかりゃしねぇ。死んでいないが生きていない、そんなお前の面を見る度に拳を抑えるのが大変だった。千冬の嬢ちゃんがどうしてもと頭を下げるから渋々引き受けた。それでも4、5日で見切る腹づもりだった」

「なら、何故です」

「その機械の名前知ってるか?」

「旋盤ですよね、古い機械です」

「そいつは壊れてたんだよ」

「……」

 

 それは脇の赤いボタンを押せば、直ぐにでも動き出す。それが壊れていた。真には、その電源ボタンを3回押した記憶があった。最初はじっという音だけがした。次には動いては止まり動いては止まり、それを繰り返した。そして3回目、たどたどしく回り始めたそれは、何時しか鋭い音を放ち回り始めた。

 

「そいつは俺のじいさんが使ってた奴でな、教訓であり全ての始まりであった。だからここにも持ってきて、掃除もしていた。俺自身もうそれの鼓動は忘れちまっていた。あんときは心底驚いたぜ。そして、その音を聞いた時ガキの頃を思い出した」

「……そうですか」

「おどろかねぇんだな」

「えぇ、"彼女たち"は良くしてくれますから」

 

 宗治は笑みを浮かべると茶を1つすすった。

 

「ったく、妬ましい野郎だぜ。俺らが必死に貢いで尽くしてやっと機嫌を良くしてくれる女共(機械)が、お前には身を粉にして尽くすんだからよ」

「そう言うこと言うと志乃さんが怒りますよ」

「馬鹿いえ、あいつはもう諦めてる」

「そう思ってるだけです、日ごろ温和しい女性ほど、少しずつ溜まっていってある時突然怒り出すんです。その激しさはそれはもう凄いんです」

「言うじゃねぇか、好いた女でも出来たか?」

「居ました。でも、そう言うこと今は無理みたいです……おやっさん」

「なんだ」

「馬鹿が居るんです」

「馬鹿?」

「えぇ、馬鹿です」

 

 

 そいつ変な奴なんです。

 

 そいつ俺より弱いくせに俺を守るとか言ったんです。

 

 根拠もないのに自信があって、本気でそれが出来ると信じてる。

 

 いえ、それが当然だと思ってる。

 

 ……おやっさん、俺は自分が嫌いなんですよ。

 

 答えは分かってるのに、どうすれば良いのか正しいのか知っているのに、

 

 詰まらない理由に固執して、それが出来なかった。

 

 ただ、ごめんと、こんな簡単な事が言えなかったんです。

 

 それが出来ずに女の子泣かしてしまいました。

 

 いつの間にかこんな簡単で大事なことに理由を探していた。

 

 大事な事を躊躇なくできる、そいつがとても眩しくて俺は羨ましい。

 

 

「だから、すこしそいつを見習おうって思ったんです」

 

 しばらくの沈黙のあと笑い声が聞こえた。最初は小さく、徐々に大きく。豪快であったが嫌味は無く、屈託無く笑う、笑顔の笑いだった。その宗治に真は憮然と眉を寄せる。

 

「俺としては笑いを取るつもりは無かったのですが」

「これが笑わずにいられる、かってんだ! まこと、お前よ、」

「はぁ」

「"IS学園"に行って男作って来やがったか!」

「……へ?」

 

 こりゃケッサクだ、と腹を抱える宗治の笑い声と、そう言う趣味はありません、と必死に否定する真の嘆きが工場に響いた。

 

 

 

--------------------

 

 

 

 朝から太陽が照りつける。空には幾らばかりの雲。蒔岡邸の玄関には白を基調とした学生服を纏う2人の少女と1人の少年が居た。

 

「お世話になりました」と真が言った。

「ばかね、また来なさい」と時子が応えた。

「必ず、それじゃお嬢さん方帰りましょうか」

 

 不満な表情の孫娘に作務衣姿の宗治は笑う。

 

「真よ、何時ものように呼んでやってくれ」

「は、いや、しかし」

「構わねぇよ」

 

 バツが悪そうに頬を掻く真は姉妹の名前を呼んだ。2人が笑みで応える。

 

 

 

「間に合わなかったわね」

 

 もう声が届かない程度に小さくなった3人の若者を見て、老婦人が残念そうに言う。だがその表情に後悔は無い。

 

 時子と宗治に後ろから声を掛けたのは宗治の妻、志乃であった。うなじでまとめられた、乱れなく流れる白髪と淡い朱の襦袢、背筋は正しく伸び静かに立っていた。その温和な気配を見れば虚と本音が祖母に似たと分かるであろう。

 

「おう、もう良いのか?」

「えぇ」

 

 3人を見送る時子が悩ましそうに言う。

 

「流石に姉妹同時に付き合えって言えないか……ねぇ、お母さん。どちらが良いかな」

「私は苦労したから、可愛い孫に同じ目に遭わせたくないけどね」

「どーして?」

「機械と付き合う男は連れ添いを蔑ろにするから、大変ってこと。あんたは違ったけどね……ねぇ、宗治さん? 真は貴方以上じゃないかしら」

 

 妻と娘から白い目で見られる宗治は、真にはもっと厄介な奴が居るようだと苦笑を浮かべた。陽炎の中、消えゆく少年の背中を見て宗治は思う。

 

(真よ、出来るなら一人前の機械屋になったお前を見たがったか、これも運命か。だがその胸には最高峰の機械が共にある。なにも変わっちゃいない。しっかりやんな……死ぬんじゃねぇぞ)




BLにはなりません。




オリ主、オリ人物ばかりでごめんなさい。
ただ、真が吐露出来る人物は宗治しか居ないもので……

次回からフランス娘編です。
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