薄日が差す翌朝、1組の少女たちは久しくざわついた朝の空気を浴びていた。ある少女グループはどのクラスかを話し合い、またある少女グループはドイツだ、フィンランドだと噂し合っている。
転校生。谷本癒子を始め1組の生徒数人が昨日見かけた、金髪の見慣れない姿にクラス中が浮き足立っていた。先の無人機戦以来、明るい話題が無く喉を渇かしていた少女たち、無理も無かろう。
その様な中、織斑一夏は1人席に座り腕を組んで口をへの字に曲げていた。挨拶も程ほどに、誰が声を掛けても上の空だ。予鈴の鐘が鳴り、1組の担任と副担任、そして見知らぬ1人が教室に入ってきた。一度は静かになった教室に歓声が上がり、教師の鬱陶しそうな制止の声が響く。
(あの阿保、結局泊りかよ。しかも、まだ帰ってこないと来やがった。検査だけでこんなに掛るのか? しかも3回目の検査じゃねぇか)
登校がてら覗いた2組はいつも以上に静かだった。陰気くさくても意外と存在感があるらしい。
(学園内に居るのは間違いないんだが……あの野郎、どこで道草食ってやがる。まさか美人女医といちゃいちゃ……いや、ひょっとして、改造されてたり?)
一夏の脳裏で立ちふさがるのは、ターミネーターではなくピーガガガガと昭和初期風ロボットだった。額に"真"と書いてある。
(やっべ、俺どうしよう。友達続けられるか自信ねぇ、指さして大笑い―)
「お前は満足に返事もできんのか!」
「ぶぅ!」
よく知った右手に押さえつけられ、失礼しました、おはようございます織斑先生、とぶぅぶぅ言う一夏だった。千冬は自分の右手と机に挟まれた弟の頭を見て、もう1人の少年を思い出す。どっちが似たのか似せたのか、苦悩し思わず額に手を当てた。
「もう良いからさっさと挨拶しろ」
今しました、と一夏が顔を上げれば、千冬の右隣に見覚えの無い金髪の生徒が柔らかな笑顔を湛えていた。鮮やかで深い金の髪をうなじで編み下ろし、人に安心感を与える親しみ深い表情、小柄で華奢であったが姿勢正しく佇んでいた。どこか中性的なその姿に、一夏は思わず息を呑む。
「初めまして、織斑一夏君だよね? これから宜しくお願いします」
その生徒は一歩踏み出し歩み寄る。一夏は居住まいを正し、両手を組むと机の上に置いた。深い呼吸を一つ、その生徒を両の眼で捉える。日頃見ることの無い一夏の雰囲気に1組の少女たちは固唾を呑み、1組副担任は狼狽えた。その生徒は妙な緊張感に思わず汗粒を一つ流す。
「あのよ、一つ聞きたいんだ」
「な、なにかな」
「……君、だれ?」
フランスから転校生がやってきたその日、学習棟を揺るがさんばかりの大きい地響き〈ズッコケ〉がしたという。
(一夏がまたやった)
2組の静寐はお見通しと言わんばかりに深々と溜息をついた。
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食堂の窓から覗く空には、陽の光が雲の隙間から差し込んでいた。ぼんやりとその光景を見ていた彼は一つ息を吐く。フランスからの転校生、シャルル・ディマが落ち着けたのは昼休みになってからだった。
彼が思い浮かべるのは1限目の休み。1組の少女たちが自席に座る彼を取り囲めば、1組も少女たちに取り囲まれた。廊下はひと、ひと、ひとのごった返しだ。青いリボンはもとより黄、赤も見える。彼に注がれるは、潤んだ視線と感極まった声。
彼は人だかりの原因も気になったが、それ以上に気になったのが、彼女らの助けを求め訴えるようなそういう雰囲気であった。見上げれば世界で2人しか居ない少年のその1人。年齢以上に深みを感じさせる赤銅色の眼差しは、歓迎だけでなく感謝の色が見て取れた。
(何かがあったんだ)
「と言う訳で、めでたい3人目だ。この調子で行けばバレーどころかサッカーだって出来るぜ? なぁシャル」
一夏に話し掛けられ現実に戻ったシャルルは、宜しくお願いしますと皆に笑いかけた。
何時もの8人掛けのテーブルに腰掛けるのは箒、鈴、静寐に、本音。気品すら感じさせる少年の、屈託無い笑顔に流石の彼女らも思わず頬を染めた。
経緯を話せばなんと言うことは無い、昼食時になっても解放されないシャルルを、同じ男同士仲良くしようぜ、と一夏が多少わざとらしく助け出したのである。勿論、何時ものメンバーに昼食がてら紹介するのも理由であった。セシリアは気分が優れないと辞退した。
「ふーん、名前からそれっぽいと思ったけれど、やっぱりフランス代表候補か」ラーメンの汁をするするとすすりながら言う鈴に、同室の本音が「鈴ちゃん、お行儀悪いよ」と言った。
自国のこと、趣味特技のこと、シャルルの紹介自体はありふれた物であったが、少女たちからの問い掛けに一つ聞かれれば一つ応え、話が一方的にならぬように言葉と間合い、身振りを巧みに操る。そんなシャルの社交能力をみて一夏は人知れず大したもんだと感心する。
どこかぎこちない静寐はティーカップを置いて言う。
「ディマ君は、やっぱり専用機持ち?」
シャルで良いよと言ったシャルルの笑顔を見て、静寐は湯気を出さんばかりに顔を赤くした。
(真め、静寐に見限られても知らないからな)とは箒。
「うん、デュノア社製のラファール・リヴァイヴに乗ってるんだ。相当弄ってあるけどね」
「「「へー」」」
「偶然だね」と言う本音に「言われれば当然よね」とは鈴。驚く皆に不思議な顔をするシャルル「僕、何か変な事言った?」
「真もリヴァイヴに乗っているのだ」と箒が言えば、そう言うことか軽く頷き「蒼月真君だね、そういえば彼はどうしたの? まだ会ってないんだ僕」とシャルルが言った。
突如訪れる気まずい沈黙、シャルルは思わず口を閉ざした。なにかいけないことを聞いたのだろうか、そんな不安を湛える彼に一夏はそーじゃねぇと手をはたはたと振る。
「ちょっとあってな今検査受けてる。千冬ねぇの話だと今日の夕方には会えるぜ」
「そうなんだ、避けられてるのかもって心配しちゃったよ」
「なんで?」
「彼は、蒼月真君はフランスじゃ色々な意味で有名なんだ、どんな人かなって」
「リヴァイヴだからか?」
「それもあるけれど、どちらかと言えば先生が、だからかな」
「「「?」」」
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(幾ら最後とは言っても丸1日は詐欺じゃないか……)
真が医務室と廊下を隔てる扉を開けたのは、丸一日経った夕方のことであった。扉を開けて夕日を浴びれば思わず身体が灰になってしまうのではないかと、錯覚してしまう程検査機に閉じ込められていた。気のせいか、壁に映る影法師も薄い。
一つ検査すれば、理解出来ぬと、二つ検査すれば、何がおかしい。三度目にはお前が悪いと、頭を抱える医師を何度見たことか。その都度真はこのお医者さんの方がおかしい、と思った物である。
治療自体はそこそこに、医者が執着したのは真の特性、機械との親和性のことであった。対抗戦で見せたバーニアの修復、何かある筈とありとあらゆる検査を行い、結局何一つ分からず。いい加減にしろと、千冬とディアナに脅迫と言う名の催促を受け強制終了である。尚、この事実を知るものは極一部だ。
かつんこつんと廊下を歩く。腕を組み口はへの字。機嫌が悪いのか何時もより目付きが悪い。検査自体は彼自身疑問に思っている事でもあり、異存は無い。ただ、
(やっぱり医者は医者でも医学博士はだめだ。治療より研究って感じだ)
白衣の金髪碧眼の女性医師を思い出してげんなりする真であった。
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窓が二つ三つ流れ、影が伸びる。彼が見たのは廊下のソファーに腰掛ける、金色の、彼にとって2番目の女性だった。白のブラウスにライトグレーのジャケットとパンツ。流れる長い髪は正しく金糸の如く光を放つ。神々しい、そう評して良い美しさを前に、真は何時ものように平然と歩み寄った。
ディアナは真の姿を認めると組んでいた足をほどき、立ち上がる。真より少し背が低く、千冬より少し背が高い。彼が僅かに見下ろす彼女の眼は、いつもより強い陰りを宿していた。
「お疲れ様、終わったかしら?」
「ええ、漸く。もう当分お医者さんは御免です」
「そうして頂戴」
踵を返す彼女の背を追う。彼が気づいた事は硬い表情と苛立つ足音、それは身近な者しか気づかないような僅かな物であった。真は軽く眉を寄せ左隣を歩くディアナをちらりと見る。
「良いんですか? 放課後ですがまだ勤務時間中では?」
「良いのよ、千冬に任せてきたから。それに私も保護者よ問題ないわ」
「保護者ですか、姉2人と言うのも妙な感じです」
「あら、母ではないのかしら」
「2人ともは母親には若すぎますし一夏が叔父になりますから。弟の方がましです」
なら仕方ないわね、ディアナは苦笑する。歩きながら彼女が伝える事は、彼が休んだ今日一日分の連絡事項であった。公私混同を厳格に切り分ける千冬に対し、公私入り交じるディアナ。本当に彼女らしいと真はいつになく柔らかな笑顔を浮かべた。
伝える事はいくつかあった。一つは転校生のことである。
「フランス代表? ならディアナさんの後輩という訳ですか」
「代表"候補"だけれど、まぁそうなるわね」
「それは会うのが楽しみです」
「何故かしら?」
「とても美人そうです」
「美人は美人ね、たしかに」
「なんです?」
「直ぐ分かるわ、楽しみにしてなさい」
含み笑いのディアナに、何故か背筋が寒い真であった。2つ目は2組のこと。
「そうですか」
「もう少し言うこと無いのかしら」
「俺が居なくて皆の元気が無いなんて、コメントに困ります」
「あの娘たち色々言うけれど、結局頼りにしているのよね、困った物だわ」
「そうですね……伊達に年上じゃないって事で」
「29人の妹? 大変ね」
それがいい。ぽん、と思わず手を打つ真であった。そんな真をディアナは目を細めて睨む。
「なに? あの娘達全員女の子として見ないって事?」
「とんでも無い、ちゃんと見てますよ。ですから苦悩の日々です」
「女として、よ。学園に居て気に入る娘が居ないって贅沢ね、どんなのなら良いのかしら」
「そうですね……気立ての良い、バランスの良い娘が居れば、なびくかも知れません」
「やっぱり贅沢だわ」
「そうですか?」
「そうよ」
「なんだか、千冬さんもディアナさんも俺にガールフレンドを作らせようとしているみたいだ、何故です?」
そして3つ目はあの対抗戦のことだった。ディアナは何時ものように真っ直ぐ前を向いていたが、顔を伏せたように見えた。
「無茶させないように、楔を打ち込む為に、決まっているでしょう?」
「ひょっとして、とは思ってました。でも無理です」
「何故かしら」
「俺が俺自身のことを知らないから、俺が俺自身嫌いだから、俺が俺自身怖いから」
「そんな事、誰でもそうだわ」
「俺は、それの度が過ぎてます。あの時の事はディアナさんも知っている筈です。真っ当じゃ無い。だから……特定の人を作る気は無いです」
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ディアナは彼を一瞥すると、冷淡な目で「下らない理由ね」と言った。流石の真も「下らないとは心外です」と目を冷たく凍らせた。
「愛する、この意味も知らずに悲劇の主人公を演じているのでしょう? 泣いて土下座してみっともないぐらい求愛してみたら? そして振られると良いんだわ。きっと今よりましな顔よ」
「いくら何でも教師が言う台詞じゃ無いですよ、それ」
「今は違うもの」
真は左を歩くディアナを眼だけ動かして見た。成る程と、そう言うとその眼の暗みが深くなった。僅かに口元をあげる。
「そうですね……なら今晩にでもやってみますよ、その求愛」
「あら、誰にかしら」
「千冬さん」
「とても不愉快なこと言うわね。千冬になんて趣味悪いわ」
「みたいですね。誰かにも言われました。でも癇癪で人を殺しかけるような嫉妬深い人よりずっと良いです」
襟首の裾に左指を入れ伸ばせば、傷が姿を現す。真は皮肉を浮かべて笑う。彼にはディアナが負の感情を湛えているにも拘わらず何故か微笑んでいるように見えた。彼女の糸が首筋をなぞらんが程である。
だが真にはその時のディアナが今まで見たことの無いほど美しく見えた。"切り刻まれた者は魂を奪われる"というかって聞いたゴシップ。それはこう言う事かと真は悟られぬよう身体を震わせた。その震えが恐怖なのか、喜悦なのか彼にはまだ分からなかった。
「真は、千冬にも同じこと言うのかしら」
「まさか、あんな純粋な人にこんな酷いこと言える訳無いです」
「そう。やっぱりあのとき糸を止めるのでは無かったわ。そうすれば楽しい思い出になったのに、馬鹿ね私」
「良いじゃ無いですか、貴女に近づく男で宝石〈いし〉と花を差し出さない阿保が1人ぐらい居ても。そういう男ばかりだったのでしょう?」
「本当に、失礼で、憎たらしい人だわ」
「失礼ついでに一つお願いがあるのですが」
「言ってみなさい、ひっぱたいてあげるから」
「糸のコツ、教えてくれませんか? リーブス先生」
廊下に乾いた音が響いた。
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第3アリーナ、中央付近。放課後の、傾いてはいるがまだ日は十分に差す空の元、高度1mで白式とオレンジのリヴァイヴが対峙する。一夏と向かい合うのは、シャルルのラファール・リヴァイヴ・カスタムIIであった。
シャルルが纏うリヴァイヴは、真のリヴァイヴと様相が異なる。色はカーキではなく鮮やかなオレンジ、背面にある1対の多方向加速推進翼が2対の計4枚装備し機動力を向上。物理シールドを全て取り外しているのはみやと同じだが、シャルルの左腕には大型の一体型装甲が装備され、対する右腕はシンプルな装甲のみで覆われていた。
黄色い声がアリーナに木霊する。噂の転校生と、一夏の模擬戦を一目見ようと観客席は満員御礼だ。1年生だけでなく2年3年の上級生も押しかけている。貴公子のようなシャルルの姿を認めて溜息すら漏れた。
そんな事はお構いなしにと、一夏の視線はリヴァイヴIIをなぞる。風が吹き砂煙が舞い上がった。
(シャルまでの距離、400m。無手。あの眼は油断じゃねぇ、こっちの手札を読んでからのつもりか……よし)
一夏は右足を前に出し実刀状態の雪片弐型を正眼に構える。背中と足のバーニアが静かに光を放ち、ゆっくりと近づく。シャルルの表情から笑みが消えた。距離が450,400,350と少しずつ狭まる。予想だにせぬ静かな始まりにギャラリーからどよめきが起こった。互いの眼が、互いの一挙手一投足に反応する。
(シャル、どう出る? 余り近いと使える火器は減るぜ?)
距離300、一夏が重心を左斜め前に鋭く移動―白式フェイント。シャルルが加速、一夏の右舷に回り込む。白式も右舷に加速、リヴァイヴIIの正面に躍り出る。距離200、シャルの手にはサブマシンガン、一夏が吠えた。白式が"7.62mmサブマシンガン FN Pi90"と報告する。
―ブルパップ式は銃の重心が後ろに偏っている。銃身が長く集弾性が良い反面、高速機動時の取り回しに不利。防御寄り―
耳に聞こえない誰かの声が響き、一夏は一つ舌を打つ。シャルルを睨むとスラスターを吹かし刀をかざした。右薙ぎ。シャルルが一夏の刃を一瞥する。
白式加速。砂埃が巻き上がり、赤い軌跡が右から左へと切り抜けるその空間を、空気を切り裂く音がする空間を、駆け抜けた。エネルギーシールド展開、12発被弾、ダメージ50。被弾数の割にはダメージが少ない。白式が拳銃弾とライフル弾の中間に位置する特殊弾頭と言った。
―白式は装甲が弱い分最も軽く、中低速からの加速がずば抜けて良い。その機動力を駆使して上下左右前後ろ、縦横無尽に走り間合いを詰めるのが基本―
弧を描く軌道はそのままに身体をシャルルに向ける。一夏の初手はフェイク、シャルの右舷に回り込み詰める。橙のリヴァイヴは切り返しが間に合わない。上空へ後退しつつ、左手をサブマシンガンから離し、右腕のみで銃口を向ける。距離40m。イグニッションブーストは溜がある、一夏は大地を踏み抜き最大加速。銃撃音が響いた。
星々を超光速で駆け抜ける船のようなその世界で一夏はシャルルの鼓動を聞いた。そして何かが切り刻まれる音と、小規模の爆発する音。コンマ秒前、サブマシンガンと呼ばれていた鉄の塊が宙を舞う。
白式が踏み込んだ。反した刃が青い光を放ち、切っ先が左下から右上へ走り出す。その時一夏が見た物は2つあった。1つはリヴァイヴIIパイロットの採光を欠いた眼、もう一つは眼前のショットガン、展開時間は0.4秒。一夏は目を見開き歯を食いしばる。
(ラピッド・スイッチ!)
アリーナを響かせる銃声と、身体の芯を揺さぶらんばかりの衝撃が一夏を襲った。
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仰向けで寝転がる一夏の脇にシャルルが立つ。少し足を開き、両手を腰に一夏の顔をのぞき込めば、驚いたような顔をして笑って言った。その赤く興奮したシャルルの表情に一夏は不満顔で応える。
「つまりね、ディアナさ……リーブス先生は男の人に厳しいって、えぇと女尊男卑という意味じゃ無くて、見る眼が厳しくて有名なんだ。多くの富豪や権力者を袖にしたって言うぐらい。だから彼女のクラスに男の人が居るってフランスじゃ凄い話題なんだよ」
「男っていったって真はまだ16だぜ」
「十分男の人だよ」
日本とじゃ感覚が違うんだろうか、と一夏はぶー垂れる。耐えきれなくなったのか、そんな彼を見てシャルルはその端正な表情を大きく動かした。目を開き、眉を上げ、口は大きく、驚きと喜びと感心と、つまり凄いと言った。
「凄いよ一夏! 徹底した銃対策してたんだね! ぼく心臓が止まる位驚いたよ!」
「何がだよ、盛大に負けたじゃねーか」
「こう言ったら偉そうで嫌なんだけど、僕だって代表候補としてずっとがんばって来たんだ。IS歴2ヶ月少々の一夏に負けたら立つ瀬無いじゃないか……凄いよ一夏! ブレードだけでどうしているんだろう、って不思議だったんだ! あんな攻め方初めて!」
2人の会話を聞いて何故か極一部の少女たちが歓声を上げる。シャルルはそれに構わず興奮し、一夏は突如走った悪寒に身体を震わせた。空を見上げれば赤みを帯び始めた雲が見える。彼が思い出すのは引き金を引く瞬間のシャルルの眼だった。
(あの時のシャルルの眼、真にそっくりだった……)
リヴァイヴを専用機にすると皆ああなるんだろうか、と一夏はシャルのとめどもない感嘆を聞きいて僅かに頬を染め、腹を鳴らした。
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IS学園寮、柊。一年生の少女たちが思い思いに夜の支度をする時分、私は椅子に腰掛ける金髪碧眼の少年にココアを手渡した。彼から礼を貰うと、もう一つはベッド脇の小さい棚においた、最後の1つは自分の手の中にある。
コップの中にある、甘い茶色の水面からは湯気が出てときおり波打つ。ひとつ、またひとつ。廊下側のベッドに揺さぶられているからだった。
712号室、ここは私の部屋だ。数日前まで居た同室者は隣部屋に移り、静かであったこの部屋に久しぶりの笑い声が聞こえる。笑い声は良い、耳にするだけで気分が晴れる、高揚する、明るくなる。だがこれは違うだろ、私はそう思い廊下側のベッドでのたうち回る馬鹿にこう言った。
「一夏、お前は笑いすぎだ。冷めるからさっさと飲めよ」
「いや、だってよ、真、お前それケッサクだぜ♪」
私の顔を見るやいなやこの馬鹿はずっとこの調子だ。思わず溜息をついた。
金色の人からきついものを貰った私は、人目を憚るように自室に戻った。人に見られれば説明に苦慮するからである。人の死角に回り込める、この時ほどこの特技に感謝したことは無かった。勿論、少女たちが食堂に集まる夕食時を選んだのは言うまでも無い。
戻って暫く立った後、数名の少女たちが訪れたが気分が悪いと遠慮して貰った。どうして検査後に悪いのかと聞かれ、長時間閉じ込められたからと答えたら取りあえずは納得して貰えた様である。
一晩経てば腫れは引くだろう、明日までの引きこもりを決めた矢先に2人が訪れた。一夏とフランスからの転校生、ディアナさんの後輩にして代表候補のシャルル・ディマである。
扉を開けたとき彼は一夏の影に隠れるように立っていた。怯えるという意味では無く小柄という意味だ。彼が名乗ったシャルルと言う名前が男性名だと知っていたが、漂う気配が女性特有のものだった。だから彼なのか彼女なのか混乱した。
だが問いただすのも角が立つ、そう内心悩んでいたところ彼の方から告げられたのである。何故かと聞いたら聞きたがっていたようだから、だそうだ。私はディマの気遣いに感謝と謝罪をした。まったくもってディアナさんも人が悪い。
「いいよ、よく間違われるんだ」
そう屈託無く、ともすれば可憐と形容出来るディマの笑みに私は居心地悪く頬を掻いた。後で聞いた話だが一夏もこの笑顔は「なんか困る」と言っていた。
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ちらり、じっと、ちらりちらちら。何が珍しいのかディマは私を見る。彼の視線に妙な緊張を感じ「ディマはフランス代表候補だって?」とわざとらしく聞いた。すると彼はぱちくりさせ「シャルルで良いよ、でもシャルって呼んでもらえると嬉しいかな」と言うので彼の申し出を受ける事にした。
シャルは白と紺のツートンカラーのジャージに身を包み、袖からマグカップを掴む両手が覗いていた。彼ははどことなく本音と同じ匂いがする。儚げではなく根を深く大地に下ろした、質素だが溢れる自然な美しさとでも言えば良いのだろうか。どちらにせよ男への賛辞では無かろう。
笑い続ける一夏を尻目に私は言う。
「シャルの機体はやっぱりリヴァイヴ?」
「勿論だよ、真のもそうなんだよね? 見せてよ」
「明日の実習でご披露する。見た目はスタンダードモデルと余り違わないけどね。物理シールドをとっぱらってる位」
と、印象に似合わず積極的なシャルとリヴァイヴ談義に華を咲かせていたところ漸く一夏が復帰した。
「なんだ、あっさり打ち解けやがって。なんかずりーぞ」と一夏が半眼で不平を言う。私は驚いて「意外だな、一夏がシャルと打ち解けるのに時間が掛ったのか」と言った。
「ちげーよ、真は知らなかったんだろうが今日行く先々で大変だったん―」と言い終わる前に一夏が拳をあげた。左頬に痛みが走り思わずひっくり返った。突然のことでシャルは目を丸くする。私は起き上がると馬鹿の胸ぐらを掴んだ。
「突然なんだ!? この馬鹿一夏!」
「ぬかせこの阿保真! これは静寐の分だ! 一発殴らせろ!」
「既に殴ってるだろうが!?」
「もう一発ぶん殴るって意味だ!」
「わけわからんわ! これから簀巻き吊してやる!」
「上等だ! ISみたいに行くと思うんじゃねぇぞ!」
どかばきという拳と脚が奏でる音楽は、シャルの妙に艶っぽい叱咤で止められた。騒ぎを聞きつけてやってきた少女たちに左頬を見られたが既に意味は無かった。一夏に一発喰らったからである。
ショートスパンの場面切り替え、如何だったでしょうか。
非常に苦労しました。
悪くは無いけどどこか腑に落ちない、うんうん悩み書き直すこと数知れず。
このシーン欲しいよな、でもテンポ悪くないか? とビクビクしながら投稿です。
ご感想お待ちしております。
追伸:あの2人のフォロー話は次回以降です