IS Heroes   作:D1198

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シャルロット=デュノア1

 フランス共和国。地図で見ると日本と同じ大きさに見えるが、領土面積は約1.7倍、一方人口は約半分。山ばかりで平地が少ない人口密集の日本に対し、可住地面積はなんと3.5倍にも及ぶ。

 

 温暖な西岸海洋性気候。平野部が多く、それ故に流れる川は緩やか。EUで最大の農業国。これだけでどのようなお国柄か想像出来ようというものだ。面積のみで国の評価を行うのもおかしい限りだが、狭い日本から見れば羨ましい事この上ない。

 

 一方、大地に刻まれた歴史は激しい物だった。この国は2大戦の主戦場だったのである。「フランスは前身たるフランク王国の一つで、ドイツ、イタリアとは兄弟みたいな物だろ? 何で喧嘩したのかな」こうデュノアに言ったら「5~9世紀の話だよ」と呆れられた。歴史は全体を俯瞰してみるべきでは無いのか、そう思う次第だ。

 

 

 そんなフランスであるが、私の立場では複数の面を持つ。

 

 一つ、ISを駆る者として。もちろん今回の渡航目的であるデュノア社の所在国である。世界第3位にして、みや、ラファール・リヴァイヴの開発メーカ。みやにしてみればお里帰りと言ったところだろう。

 

 一つ、機械技術者として。今から10年ほど前の事になる。3国をまたぐある町でナノマシンによる大災害が起きた。研究所のナノマシンが暴走したのである。政府はその対応にプラズマ弾頭を使用し町を一つ焼き払った。一万人以上が死亡し、今でもその後遺症に苦しんでいる人が居る。毒を薄めれば薬になる、科学倫理に答えなど無いが、被害者の存在は変えられない事実だ。

 

 そして、フランスはディアナ・リーブスと言う女性の出身国である。

 

 第2回モンドグロッソ総合優勝者。孤児でありながら、糸を繰り圧倒的なまでに勝ち進むその姿は神々しいまでに美しく、当時の欧米人は陶酔した。彼女の実力もさる事ながら、それ以上に人種的問題が絡んだ。IS開発者は日本人、圧倒的強さを見せた初代モンドグロッソ総合優勝者も日本人。彼らはこの事実を大なり小なり不服としていたのである。彼女に期待を寄せたのも無理は無い。

 

 だが黒の人は棄権し金の人は不戦勝。それを不服とする金の人は、"ブリュンヒルデ"の称号を意味が無いと辞退した。以降この二人に勝るどころか、実力伯仲する者すら現われなかった為に、この称号は黒の人だけの物となり、欧州に火種として刻まれる事になった。黒の人はブリュンヒルデと呼ばれる事を好まない、これが私が知る理由である。

 

 2人の足取りは次の様になる。

 

 黒の人はドイツ軍に教官として籍を置き、1年程行方をくらましたあと学園の教師となった。ドイツIS部隊の実力が諸国に対し一つ抜きん出ているいるのは彼女の功績が大きい。尚、この頃の彼女は軍事機密の壁に妨げられよく分かっていない。

 

 金の人はフランスの警察に身を置いた。記録によると当時の彼女は非常なまでに冷酷で容赦なく犯罪者を切り刻んだ。殺傷する事こそ無かったが、糸傷は消し難くやり過ぎだと大問題となった。鮮血の女神やらオルレアンの絶叫やら、穏やかで無い二つ名で呼ばれたのはこの頃である。結果、人権団体の追求を受け警察を辞職、国を追放され行方をくらました。

 

 次に表舞台に現われたのは彼女が20歳の時となる。黒の人を追いかけるかの様に学園の教師となっていた。何があったのか、激しい気性は鳴りを潜め穏やかな笑みを浮かべる様になっていた。恋人の存在をゴシップ誌が取り上げていたが、今以て謎だ。

 

 その彼女の追放であるが、当時様々な憶測が流れた。曲がりなりにも国家代表の頂点を上り詰め、犯罪率の激減に貢献した彼女を追放した事は行き過ぎだと今でも言われる。一説にはその気性故に権力者の反感を買った事が原因と言われるが今となっては分からない。ただ一つ言える事は、欧州で、特にフランスでは今なお絶大な人気を誇ると言う事だ。

 

 そして、その金の人に心酔する少女が目の前に一人。

 

「あのね、真。そろそろ教えて欲しいな。どうして真の荷物にディアナ様と同じ色のルージュがあるの?」

「鞄を借りたんだよ、きっと置き忘れたんじゃないかな」

「そう、ならどうしてディアナ様と同じ香りが真からするの?」

「シャンプーを借りたら香水だった、とか?」

 

 名誉の為に言えば、彼女とはそう言う関係に及んでいない。私はソファーで寝ていたのだ。その様な地雷原に踏み入る様なことはあり得ないのである。今にして思えば、出発前に鞄の場所を聞かれたし、早朝まどろみの中、首筋に何か塗られた様な覚えがある。恐らくこれを見越した上での企てであろう。間違いない。

 

「昨夜、独房にも寮にも居なかったよね?」

「機密」

「真」

「なに?」

「前から気になってたんだ、真の首の糸傷。ディアナ様とどういう関係? 正直に話して欲しいな。でないと、」

「と?」

「僕、怒るよ?」

 

 前途多難だ。

 

 

-----

 

 

 デュノアへの誤魔化しに13時間を費やし、これではファーストクラスも意味が無いと辟易し、漸く大地に降りたった私たちの出迎えは、溢れんばかりの人々とはち切れんばかりの大声だった。

 

 シャルル・ド・ゴール国際空港のターミナルは円筒形状なのだが、その周囲を埋め尽くさんばかりの人の気配。意識を走らせれば、なにやら手に持ち振りかざす様な仕草で、吹き飛ばされんばかりの歓声、ではなく怒号をあげている。人によっては罵声とも評ぜよう。手にして居る物はプラカードだ。

 

 フランス語は読む事も話す事も出来ないので、内容はさっぱり分からないが、ただ一つ言える事はあまり歓迎されていない様だった。

 

 デュノアにとっても寝耳に水だったようで、呆然としている。

 

『2人ともこっちだ!』

『ジャンさん! これはどういうこと?!』

『説明は後だ、空港側に話は付けてある。とにかくここから抜けだそう』

 

 声質は低いが、甲高い声い鼻につく様なしゃべり方のする男の声だった。雰囲気から180cm程の長身やせ形。微かなオイルと金属粉の臭い。機械に向かい合う人間だと分かった。恐らくデュノア社の技術スタッフだろうと当たりを付ける。

 

 デュノアは私の手を持つと有無を言わせず引っ張った。登ってきたエスカレータを再び降りる。そこら中に居るであろう警備員のどこか冷たい視線を浴び、彼女に引かれるまま、右へ左へまた右へ、あちらこちらを歩き回る。扉を潜り、ひんやりとする廊下を抜け、入国手続きと形だけの税関検査を行った。

 

 ジェット旅客機の音が響き渡る、空高く突き抜けているだろう屋外に出ると、状況の把握もままならないまま、小さめの自動車に詰め込まれた。騒ぎ立てながら走る自動車はの後部座席は圧迫感を感じるほど小さく、サスペンションは堅い。旧式の小型車の様だった。

 

 ハンドルを握るその男は手短に自己紹介を済ませると一言「済まない」素っ気ない日本語を口にした。彼はジャン・ビンセント、デュノア社の技術主任と名乗った。

 

「日本語話せるんですか?」こう聞くと彼は苦笑した様に「ISに携わる技術者なら必須科目だよ。兎さんから時々もたらされる最新技術資料は全て日本語だからね、苦労したものさ」と答えた。どこか人を小馬鹿にした様に聞こえるのは、彼の性格だろうか。

 

 私の懸念を他所に「この騒ぎはなに?」と左隣のデュノアが問う。礼儀正しい彼女が随分砕けて話す事に、驚きよりも一抹の不安を覚えた。

 

「いや、済まない。こちらの手落ちだ。原因は調査中だが彼の事が外部に漏れた。お陰でこの始末だよ」

 

 あくまで陽気に、どこか人ごとの様に語る彼に私は頭を抱えた。覚悟の上だったが到着早々情報流出とは先が思いやられる。デュノアは「この人はこういう人だから真面目に受け合うと疲れるよ」と臆面が無い。ならば結構と私はこう言った。

 

「リークがなぜ騒ぎに繋がるんです?」

「君は自分の担任をよく知らない様だ」

 

 一言一言、腹の虫を逆撫でる人である。

 

「それは履歴書の意味ですか?」

「もちろん、ゴシップ的な意味さ」

「……あの群衆はひょっとしてリーブス先生の―」

「そう熱狂的なファンだ。用心深いと聞いていたが意外と抜けているね」

「犯罪まがいをしでかす連中の事は知っています」

 

「まぁ人間の思考には死角があるからね、仕方ない。織斑一夏と蒼月真、君たち2人は別々の理由で有名なんだ。1人はブリュンヒルデの弟。もう1人はディアナ・リーブスの生徒。ここフランスでは君の方が有名だ。女神の側に16歳の男が居る、分かりやすいだろう?」

「……もう帰って良いですか?」

「そう言わないでくれ、君の申し出は心底感謝しているんだ。フランスにようこそ、歓迎するよ」

 

 彼はやはり小馬鹿にした様な笑みを浮かべると、アクセルを踏み込んだ。車窓には白や煉瓦色、石造りの街並みが流れているのだろう。私は、異国に来たのだと改めて感じさせられた。デュノアは落ち着いた様にフランスの空気を吸っている。私は五体満足で帰れるか、気が気でなかった。居候している事は断じて悟られる訳には行かない、そう決意した次第である。

 

 

-----

 

 

 向かった先はデュノアの家。パリの東に位置するセーヌ=エ=マルヌ県にあると彼女は言った。暫く車に揺られること1時間。僅かに登り、下り。何かをくぐり抜けると車が止まる。部分展開して良いよと、彼女が言うのでハイパーセンサーを展開してみた。

 

「ぅわ……」

 

 世界に光が戻るや否や、私の口は打ちひしがれた様な感嘆を上げる。

 

 目の前にそびえる彼女の家は、歴史を感じさせる薄い土色の外壁に緑掛った碧の屋根、17世紀のバロック様式の建築物。3階建ての様だが屋根までが非常に高い。ざっと30m程と言ったところだろうか。

 

 視界を覆い尽かさんばかりに広がる、緑溢れる敷地の中心に立つ。水を敷いた堀で囲まれており、もちろん門もあった。芸術的な思想で形取られた庭園には巨大な噴水やら、水場を渡る橋やら、獅子、虎の石像が鎮座している。中世フランス貴族の映画に出てくる館と言えば分かりやすい。

 

 異国にやってきたというより、中世ヨーロッパにタイムスリップしてしまったかの様な錯覚に陥った。ファンファーレすら聞こえてきそうだ。

 

 魂を抜かれた様に立ち尽くしていると、デュノアに手を引かれ"彼女の家"に招かれた。私はヴォー・ル・ヴィコント城に似ている、と感想を口にすると彼女はそれは光栄、いや恐れ多いかなと困った様な笑みを浮かべた。

 

 正直迂闊だったと思う。親しみのある、少し棘のある言い方をすれば庶民的なデュノアを見ていて気づかなかった。フランスは歴史、伝統、芸術、貴族と言った言葉を代表する国だ。その国で大きな経済活動を営むのであれば、そう言う人達に決まっている。親父さんは爵位を持っているのか? そう聞いたら彼女は僅かな間のあと小さく"伯爵"と答えた。

 

 もちろん共和国である現在のフランスでは爵位を公式に認めていない。だが血筋を断たない限り、そう言う物はついて回るのが世の常だ。歴史的な血筋と権力は相性が良い。黒いヘンリーネックの長袖シャツ、丈の短いチェックのプリーツスカートにレザーブーツ。日本なら何処でも見られそうな装いの、私の手を引く同級生は伯爵様のご令嬢と言う訳だ。

 

 私の価値観が、えらい勢いで壊されては作り上げられている様な気がする。

 

 扉だか門だか分からない大きさの玄関を抜け、天井まで18mは有ろうかという大広間に入ると従業人の人達に出迎えられた。男性陣は燕尾服、女性陣はメイド服だった。ただネットで見る様な派手な意匠ではなく、相応にシックさを醸し出している。

 

 道に沿う樹木の様に立ち並ぶその人たちの間を、困惑と焦燥を必死に押さえながら歩けば、

 

「ようこそ、いらっしゃいました。蒼月殿」

 

 頭上から厳かに、身体の芯に響く様な声が聞こえた。見上げる其処に佇む女性は赤みがかった黒髪と翡翠の眼をしていた。胸元を適度に開いた黒のドレスを纏い、赤い絨毯を敷かれた階段を静かに降りてくる。従業人の人達が、頭を垂れる。もう驚くまい、そう思えばこれである。ここは別の世界なのだとそう思う事にした。

 

 左隣のデュノアに助けを求めると、彼女は静かに控え微動だにしなかった。先に話せと言う事らしい。正直に言えば事前に言っておいて欲しかったと切に思う。

 

「初めまして、蒼月真です。この度は申し出を受けて頂きありがとうございます」

「礼を言わなければならないのは私どもの方です。先んじて夫に代わり礼を申し上げさせて頂きますわ。私はベアトリス・デュノア、しばらくの間おくつろぎ下さい」

 

 その女性は視線を左隣にずらし、デュノアは身を一つ下げて言う。

 

「お母様、ただ今戻りました」

「ご苦労様シャルロット」

 

 そう言うとデュノアは黒髪のメイドを伴って立ち去った。

 

「蒼月殿、今宵歓迎の宴を開きます。是非ご参加ください」

「はい、喜んで」

 

 お偉いさんは苦手だと内心呻けば、夫人に見透かされた様である。

 

「ご心配なく、極ささやかな物です。まずは十分にお休み下さい。長旅お疲れでしょう」

 

 そう言った、その時の、僅かに綻ばせた笑みは確かにデュノアに似ていた。

 

 

----

 

 

 バルコニーの手すりに背を預け、もたれ掛かる。腕を組んで目の前の惨状をどう表現しようか頭を傾げた。幾ら考えても出てこなかったので、左隣の少女に聞いてみた。彼女の放つ意識の線は糸くずの様に絡まり、のそりのそりと動いている。

 

「なぁ、デュノア」

「なにかな?」

「話と違う」

「奇遇だね、僕も同感だよ」

 

 窓の向こう、別名室内。その中ではとても豪勢な晩餐会が開かれていた。

 

 

 屋敷に到着し、デュノアの母親、母君もしくは伯爵夫人と言うべきだろうか。便宜上デュノア夫人と呼ぶ事にする。夫人と短くも重い挨拶を済ませたあと、手荷物を金髪のメイドに渡し、白髪の老執事にしばらく居座るであろう部屋に案内された。

 

 案内された大きい部屋、学園寮の3室分に相当する部屋には、シモ〇ズ社製のダブルベッドの他、本革のソファーと背の低い重厚な木製のテーブルが置かれていた。言うまでも無く私個人に宛がわれた部屋である。高級ホテルのスイートルームが説明として適当だろう。尤も、ここに来てから今まで使っていた"高級"と言う単語が大暴落である。

 

 そして暴落の原因がもう一つ。

 

「それでは蒼月様、ご用の際はお申し付け下さい」

 

 小さく身を下げ、そう言うのはメイド服姿の女性であった。彼女はエマニュエル・ブルゴワンと、言い金髪碧眼のショートカットの女性で20代後半。彼女は滞在中私の身の回りの世話をしてくれるらしい。眼の細い狐顔で素っ気ない化粧、細身の肢体。その割にとても艶っぽく、濃紺の袖にフリルで縁取られた白いエプロンを揺らしている。

 

 私の身長は一夏と同じ172cmだが、数センチとはいえ見上げる女性は初めてだ。

 

「あ、ぁ、どうも……質問があります」

「なんなりと」

「デュノ、シャルロットお嬢様には会えますか?」

「お嬢様も晩餐会にご出席なさる予定となっております」

 

 それまで会えないらしい。それよりも年上の女性に敬語で話されるのは、こそばゆい。

 

「晩餐の予定は? どうでしょうか」

「ビュッフェの間にて19時からとなっております」

「参加者はどういう人達ですか?」

「申し訳ありません、私にはお答えしかねます」

「知らないって事?」

「はい」

 

 保安上の問題だろう。

 

「礼服は持参してないのですが、学生服で良いですか?」

「フォーマル・スーツを用意しておりますので、そちらにお召し替え下さい」

 

 このあたりで嫌な予感が走った。

 

「ジャン・ビンセントさんに会いたいんですけど」

「ビンセント様はお帰りになりました」

「今晩参加しない? デュノア社の開発主任ですよね?」

「申し訳ありません、私にはお答えしかねます」

「質問を変えます、ビンセントさんの宴出席率は?」

「……お答えしかねます」僅かな間とトーンの下がった声、そう言う事だ。

「……ブルワゴンさんの知性的な気遣いに感謝します」

「恐れ入ります」

 

 エマとお呼び下さい、彼女はそう頭を下げると部屋から出て行った。つまりは歓迎会が仕事へと化けた、と言う事である。頭を抱えた。

 

 

 落ち着かないと部屋をうろうろし、陽が陰り始めていると気づき、窓からみえる庭園の絶景に絶句し、ソファーに腰掛け水を飲んだ。みやの改修について考え始めると、いつの間にか寝てしまったらしい。エマさんに起こされ着替え、会場に足を運んだ。

 

 陽もすっかり落ちていた。

 

 出くわしたのは、男女入交の20名ほど。デュノア家に縁の深い人達。実業家、資産家、軍人、一言で言えば上流階級の方々である。もちろん皮肉だ。

 

 懐かしさすら覚える、遠巻きからの奇異の眼差し。夫人は営業をするな、と念を押したらしいが、目が見えなくとも顔を会わし名前を知る事だけでも意味がある。一語一句、細心の注意を払い、日本語が話せる数名の人間と表だけの挨拶を交わす。顔の神経が疲労してきた頃、周囲にシャルロットと言う言葉が流れ始めた。

 

 後で聞いた話だが、デュノアはその生い立ち故に表舞台に立つ事が出来ない。その代わり身内に非常に受けが良い。元々器量の良い少女だ、秘密性が神秘性に転化したのだろう。柔らかくて軽快な気配が近づくと、そのまま手近のメイドに依頼し、手を引かれ、バルコニーに足を運んだ。

 

 夜の冷たい空気に身を任し息を大きく吸って吐いた。漏れ出す部屋の喧噪に艶が混じり始める。汗とアルコール、香と煙草。男と女の体臭が入り交じった臭い。身体の輪郭が朧気になりかける。

 

 心を空虚にしていると鼻を突くのは、香の匂いと血の臭いだと気づいた。これは金の人と同じだ。これが何を意味するか、答えを得ぬまま私の思索は、どこか非難めいた棘のある口調で遮られた。取り繕うように眼を覆う黒い帯を整える。来客への配慮とは言え、目が見えないのはやはり面倒だ。

 

「女性を置いて逃げるなんて、紳士失格だよ」

「すまない、ここはフランスだと思ってた」

 

 ひねくれ者、デュノアはそう言うと、静かに歩み寄って手すりに手を置いた。ひんやりとする空気が私たちを包む。そよ風が頬を薙ぐと私は空を見上げた。フランスの星空はどう見えるのか、星々の気配を感じ取れ無い事が悔やまれる。

 

「随分手慣れてるんだな、少し驚いた」

「あはは、この世界じゃ男性のあしらいは必須課目だよ。お誘いは切りが無いしね」

 

 意外と言うものである。

 

「というか、それ褒めてる? 貶してる?」

「もちろん褒めてるさ、もっと純朴かと思ってた」

「それ褒めてないよ、真って直ぐそう言う意地悪な事言うよね」

「そうか?」

「そうだよ、そう言うところだけは一夏を見習った方が良いよ。直ぐ怒らせるんだから」

「一夏は無条件で優しいもんな」

 

 もちろん、と言う彼女の弾む声は、低く腹に響く声に遮られた。

 

「それは詳しく聞きたいな」

 

 顔に付いている二つの眼が光を失って4日ほど経つ。日常生活にさほど支障が無いのは、意識の線のおかげだ。植物、昆虫、鳥、ほ乳類。人間一人一人違う。堅かったり、柔らかかったり、甘かったり、苦かったり、赤かったり、青かったり。真っ暗な世界の中、光る糸がたゆたう。

 

 だから。其処に立つ男性の糸を知った時、思わず息を呑んだ。

 

 その男性は、強靭さを感じさせる光の線を放っていた。身長190cm。太い大樹を連想させる強靭な刃。これ程の威圧はジョージ・ハミルトン中将以外に知らない。世界は広いと思い知らされた。

 

 頭の中の回路が音を立てて回り始める。

 

「盗み聞きとは良い趣味では無いかと」

「ふむ、年の割に良い威圧だ。度胸も据わっている。流石、女神のお気に入りと言うところか」

「蒼月真と言います。デュノア伯爵とお見受けしますが?」

「そうだ、レオン・デュノア。この館の当主を務めている。来たまえ、話をしよう」

 

「お父様」デュノアが不安そうに一歩足を出した。

 

「夜も更けた。シャルロットはもう部屋に戻りなさい」




2012/09/21

お待たせしました。シャルロット編スタートです。
尊敬語とか、オカシイゼと言うツッコミお待ちしております。付け焼き刃です。スミマセン。
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