『拝啓お父さんお母さん。お元気でしょうか。真耶です。私はヤヴァイかも知れません。今から理由を書きます。本日、良い事と悪い事が起きました。良い事からお知らせしますね。
知ってると思いますが、蒼月君が明日帰国します。これで2人の怖い先輩の、不機嫌と言う名の八つ当たりから解放されます。悪い知らせです。蒼月君の帰国が急遽2週間も繰り上がりました。彼は襲撃を受け大怪我をしたそうです。お陰で織斑先生とリーブス先生に表情が有りません。職員室の扉が壊れました、織斑先生です。職員室の壁の至る所に傷跡が走っています、リーブス先生です。
同行したデュノアさん、じゃなかったディマ君を私たち2人が保護しなくてはなりません。もちろん先輩2人からです。きっとこれが私からの最後のメールとなるでしょう。私は出来の良い娘ではありませんでしたが、教師の端くれとして最低限の義務を果たします。命を賭けて生徒を守ります。
チッチ(サボテン)の世話をくれぐれも宜しくお願いします。時間が来ました。これから成田まで2人を迎えに行きます。お元気で。(;_;)ノシ まや』
「山田先生、下らない事をしていないで早く迎えに行って下さい」
背後に忍び寄る千冬の影。放たれる強大な殺意の気配が周囲の小物を弾き飛ばし、重量物を押しのけた。建物のどこから軋む音が聞こえる。そうそうあれです、潜水艦が深く潜りすぎるとこんな音をだしますね、真耶はメールを消去し泣きながら立ち上がった。
「真耶、千代実、ISは持ったかしら」
端末越しに聞こえるのはディアナの声である。彼女は顔を伏せたまま2人に聞いた。真耶が頷き、千代実は胸元にぶら下がる待機状態のリヴァイヴに手を当てた。
「しかし宜しいのですか? 幾ら訓練機とはいえ2機は大袈裟では? 学園教師が2人ISを携帯して外出すれば公安にマークされますし」
ディアナはそれはそれで好都合だとゆっくり顔を上げる。真耶と千代実が見た其処には静かに笑みを湛えるディアナが居た。だが眼は笑っておらず万物を切り裂かん程である。否、千代実の背後にある別教師の、机上のマグコップが二つに断たれズレ落ちた。切断面に射し込む夕方の光が天井に映っていた。
血の気を失った千代実は、何故でしょうかと声にならない声を発した。
「襲撃を受けたら彼らを巻き添えにしなさい。囮、盾は多い方が良いわ」
日本政府はフランスでの襲撃情報を事前に掴んでいたが、先(Mの学園襲撃)の報復として通達を行わなかったのである。蒔岡宗治からその極秘情報がもたらされたのは今朝の事、千冬とディアナの怒りが頂点に達したのはその時であった。
千冬が言う。
「山田先生、小林先生、妨害を受けた場合は手段、被害を問わず排除してください」
ディアナが言う。
「千代実、真耶、折角千冬が冗談を言っているのだから笑いなさい」
かくして1年1組と2組の副担任は、人類最強の2人と日本政府と2人の生徒に囲まれる非常に繊細な任務を遂行する事となり、
(真耶、終わったら一杯付き合って下さい)
(了解です。秘蔵のワインを開けますよ)
2人は晴れ晴れとした笑顔で学園を後にした。もちろん腹を括ったという訳である。
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IS学園ハンガー区画第7ハンガー内の一室で、ツナギ姿の女生徒が端末に向かっていた。後頭部で結い上げた淡い栗色の髪に、縁なし眼鏡。背格好は箒と同程度。3年整備課主席にして整備課第4グループの長、布仏虚である。
彼女が向かうのは改修後のみやのデータだ。虚の情報処理能力はISテクノロジー分野限定すればシャルロットを大幅に上回る。推進機、エネルギー伝達機構、情報処理機能、大量かつ高速に流れるデータを読み取り、情報の体系化、内容を把握する、その姿を見れば彼女の整備士としての能力を垣間見る事が出来るだろう。
区切りを付け、椅子にもたれ伸びをする。青から赤に変わった空を見上げる彼女の表情は、優れない。デュノア社のジャン・ビンセントより改修を引き継いで以来この調子であった。
(軍用システムがこれ程シビアとはね、調整に手間取りそうだわ)
訓練機は軍用機のスペックを落とした物だ、一言で言えばそうなる。性能と引き替えに、フレームや基本デバイスの負荷を低減でき、調整の容易性、耐久性、操作性や壊れ難さを得ることが出来る。訓練機が初心者向けである所以だ。虚と言えども、軍用機に携わるのは初めてとなる。彼女の不安の原因であった。
(おじいさんか渡辺さんに相談してみようかしら)
急遽帰国することになった、よく知る目付きの悪い少年を思い浮かべると、更に不安がのし掛かる。怪我してなければ良いけれど、そう溜息をつく虚に薫子が言葉を掛けた。
「虚先輩はフランス語出来るんですか?」
「読むだけならどうにか、よ。資料がフランス語だから大変ね」
「……資料来てから覚えたんですか?」
ジャンから資料が送られたのは昨日の事だ。これだから天才は嫌なのよ、とその事実に薫子はげんなりと肩を落とした。
「それで何か用?」
「あ、はい。先輩宛に荷物が届いてます。どうしましょうか」
「誰から?」
「先輩のおじいさんです」
「そう、持ってきてくれる?」
「重すぎて無理です、沢山有りますし」
「中身は何?」
「……IS用の兵装です」
「……沢山?」
その頃、第4グループを含む整備課の少女たちは、眼前に並べられた数々の兵装に盛り上がっていた。
一つ目は弓にグリップが付いた単純構造の武器。
「これクロスボウだ」
「IS戦じゃ意味なくない?」
「熱源が無いから運用次第だと思われ」
「矢と言うより殆ど杭だね、これ」
二つ目は板を丸めた様な形の盾。
「このアームガードっぽいのなんだろ。先っちょにかぎ爪が付いてる」
「内部に射出機構とワイヤードラムがあるね、ワイヤーアンカー?」
「……使えるのこれ?」
「うわ、このワイヤー空母で使う奴と同系素材だ」
「アレスティング・ワイヤー? 戦闘機の着艦に使う奴?」
「そうそれ」
「ISの牽引にでも使うのかな」
三つ目は弾倉を除けば全長3m近くある回転式機関砲。
「ねーこのガトリンク砲、口径30mmもあるよ」
「30mm……?」
「でかっ! なにこれ! ISに積めるの?」
「GAU-8/A……この型式どこかで見た様な」
「そ、それって、あ、あべ―」
「阿部?」
「Avengerデス」
「「うそっ」」
「マジかー」
最後は黒い物体だった。
「……これなんだと思う?」
「大キイデスネ。4mハ有リマス」
「バズーカっぽい」
「バレルの隅に"黒釘"って銘打ってる」
「あのさー弾もあるんだけど、これ"APFSDS(Armor Piercing Fin Stabilized Discarding Sabot:装弾筒付翼安定徹甲弾:そうだんとうつき よくあんていてっこうだん)"って書いてある」
「それって戦車砲弾かもー」
「「「……」」」
目の前の惨状に呆然としながらも虚は、電話を手に蒔岡時子と話していた。彼女は蒔岡宗治の長女であり、虚の叔母に当たる。
「これは一体どういうことでしょうか」
『いやそれがねーお父さん大激怒しちゃって、準備してた奴とは別に色々追加して送ったのよ』
「大激怒?」
『防衛省に居るお父さんの友人から電話があったのよ。私も詳細は知らないんだけど、真が怪我したらしくて。そしたらお父さん"ウチのもんによくもやりやがったな、この落とし前付けさせてやる"って社員総出で改修した、そういうワケ。虚は何か聞いてない?』
(……怪我?)
タブレットを見ながら歩み寄る薫子が虚に言う。
「先輩、みやのデータ見てたんですけどIS制御のフィジカル・パラメータから左腕と肉眼がカットされてます、何でしょうかこれ……」
横須賀での騒ぎ、渡仏、急なみやの改修引き継ぎ、祖父の怒り、フィジカル・パラメータ、一連の要素から導き出した推論に、虚は憂慮を感じるのみである。
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「遅い」
「落ち着きなさい千冬。前の"遅い"から5分経っていないわよ」
陽も落ちた午後8時。学園内教師用マンションのディアナの部屋で、千冬は苛立ちを隠さずに待っていた。腕を組み、指でリズムを刻む。唇は強く結ばれ、瞳は落ち着かず彷徨う。
コーヒーを煎れるから飲みなさい、ディアナは苦笑しながら立ち上がると食器棚に手を伸ばした。カップを取り出し、ドリップ式のインスタントパックを乗せるとお湯を注ぎ始める。皿に置かれた小洒落た小さめのコーヒーカップだった。千冬はそれを見ると思い出した様に部屋を見渡した。
ベッド、ソファー、ローテーブルにシェルフ。部屋の大きさと家具の数を考えれば相応に狭いはずだが、圧迫感を感じさせない様に置かれていた。家具は歴史を感じさせる深みのあるダークブラウンの木製で、淡いクリーム色の壁、それらをパステルイエローの間接照明が部屋を淡く照らす。友人のその部屋は、清潔感溢れるが神経質すぎず、柔らかさと暖かさを兼ね備えていた。
「そんなに劣等感を感じるなら部屋の掃除ぐらいしなさいよ。恋人どうこう以前に神経を疑うわ」
見透かす様なディアナの発言にそうでは無いとコーヒーを口にした。千冬はディアナに多少なりともコンプレックスを抱いていた。もてたいと強く願った事は無いが、世間一般の男性が2人を見比べた場合どちらを選ぶのか、こうして見せつけられると自信も揺らぎ不安も沸き起こる。沈黙が訪れ、カップに波打つ波紋をじっと見た。何時から私はこの様な弱音を吐く様になったのか、と溜息をついた。
「やはり迎えに出る」
立ち上がりジャージの上着を手にした千冬に、ディアナは溜息をついた。
「止めなさい。千代実と真耶から暗号通信あったでしょ? あの2人はああ見えて優秀だから大丈夫よ」
追跡と妨害を予想していた千代実と真耶は二手に分かれた。漸く復帰したアレテーの支援も受け、事前に配置しておいた車に3台乗り換え追っ手をまいた。その暗号通信が入ったのは今から2時間前だ。
「予定ならもうじき学園管制空域に入る頃だわ」
「しかしだな」
「真が出発するとき無許可で成田まで行ったわよね? 次無断で空域外に出ると減俸よ」
「金銭の問題では無い」
「生徒に示しが付かないわね?」
いつもの2人のやりとりであった。身内が絡むと千冬は判断を誤る、その都度ディアナが止めるのであった。容易な問題を投げかけ回答という形で心の不安を吐かせ、落ち着かせたところで千冬の義務感に訴える。千冬はしばらくすると再び腰を落ち着けた。腕を組み静かに目を閉じた。
(あの時、第2回モンドグロッソの時にディアナが傍に居れば、一夏も“―――”も助けることが出来たのかもしれない……私の人生は後悔ばかりだな)
表情を僅かにも動かさず自嘲する千冬にディアナは咎める様にこう言った。
「馬鹿なこと考えてるわね、止めなさい」
「お見通しか、ポーカーフェイスには自身があるのだがな」
「貴女って本当に素直よね、純粋だって腹立たしいけれど当たってるわ」
「……誰がそんな事を言った?」
「秘密」
千冬は眼を細め睨み上げるが、ディアナは涼しい顔だ。常人なら腰を抜かさんばかりの威圧を受けて悠然とコーヒーを飲んでいる。
「言え」
「言わない」
「何故だ」
「悔しいからに決まってるでしょ。本当に千冬の何処が良いのかしら。家事はからきしだし粗暴だし」
千冬は底冷えする声でディアナと呼んだ。ディアナは眼を細め何かしらと笑い返した。部屋の呼び鈴が鳴ったのは勃発の直前である。2人はしばらく見合うと咳払いし、身繕いのあと玄関に向かう。千冬は白のTシャツに白ジャージ。ティアナは淡い紫のマキシワンピース。
扉を開くと2人は言葉を失った。其処に立つのは彼女らのよく知る、首に糸傷と左頬に裂き傷を持つ目付きの悪い少年だった。亜麻色のジャケットで黒のTシャツを纏いダメージデニムを穿いていた。送り出した時と同じ出で立ちだったが今は欠け落ちていた。顔から生気が欠け、瞳から光が欠け、左腕を欠いた。満身創痍の少年だった。
真耶に促されると彼は2人の姿を認めた様に黒い目をゆっくりと動かした。彼が踏み出した右足は宙を切り、そのまま気を失い崩れ落ちた。千冬はとっさに彼を受け止めた。血の臭いを漂わせる様になった少年を、落とさない様に抱きしめ直した。ディアナは少年の髪を何時までも撫で続けた。
前回書き忘れましたが、シャルのリヴァイヴIIの兵装、ガルムなどは原作に沿い口径表記で行いました。
2012/10/08