廊下を行き交う少女がちらちらと視線をよせる。行き交う者は少女のみ。ここはIS学園、女性にしか使えないISと呼ばれる兵器を学ぶ学校である。ふと思えばIS女学園としなかったのは何故だろう。もっともそれは去年度までの話で、今は男2人、こいつ織斑一夏と私、蒼月真が何の因果か知らないが、ここIS学園で日々勉学に勤しむことになった。
重ねて言おう、男は私たち2人のみ。他は全て女性のこの環境において、日々必死に生きているのである。それ故、誉れ高きこの学園で僅かばかり志が低いテーマで討論しようとも誰が責められようか。とどのつまり廊下でだべっていた。
一夏は言う。参考書を捨てて怒られたとか、授業の内容がさっぱり分からないとか、篠ノ之さんの機嫌が悪いとか、千冬さんに5回殴られたとか。
何の意味も無く、脈絡も無く。だが悪くない。私には記憶が無い、あるかも知れないが覚えていない。ならば無いも同じだ。同世代の男友達との会話はこれが初めてなのだ。
そして私は言う、一夏は自業自得だと。
道ゆく少女達の視線を一手に受け、多少引きつり気味の一夏はそういえば、と聞いてきた。一夏のお陰で私が楽だとは言わない。
「2組のクラス代表は誰になったんだ?」
クラス代表というのは簡単言えば学級委員長だ。数ある委員長の中で学校の委員長ほど報われない委員長は居ないだろう。詳細は分からないが、恐らくはこの学園も同様だ、間違いなくそう思う。私は左手の親指を力なく自分に向けた。
「まじか」
「まじだ」
「まさか立候補したのか」
「そんな訳ない。リーブス先生に謀られたんだよ」
つい先程3限目の授業中である。リーブス先生の謀略にまんまと乗せられ、その役を頂戴したのだ。彼女の女狐さ加減は更に磨きがかかっていた。いや容赦が無くなったが正しいかも知れない。だが一夏に私の苦難が理解出来なかったようだ。
「真、そういうのは良くないぜ。綺麗で優しそうな先生じゃないか」
「一夏、お前は騙されている」
その謀略とはこうだった。
教べんを振るっていた彼女、リーブス先生は突如私に目を向けた。「ねぇ真ちゃん。指導者、リーダーの資質って何かしら」と言うので私は怪訝に思いながらも「周囲の人が支えたくなる人かと思います」と答えた。そしたら彼女は「では、支えたくなる人はどんな人かしら。頭が良い? 勇敢?」と聞いた。私は暫し思案した後「そういうパラメータ的なものでは無く、信頼に応えてくれる人ではないかと思います」と答えた。
彼女はクラスの生徒全員に目を向けた。「今、蒼月君は非常に良いことを言いました。リーダーと言うのは能力で決まるものではないと先生も思います。ですから、」彼女は何故か私をまじまじと見る。「ですから貴方たちは決して能力、成績にとらわれること無く、自分の心に従って、信頼たり得る2組のクラス代表を決めて下さい」と彼女が言った。全員が私を見ていた。
あぁそうだ。彼女はいつもそうだ。ああやって私を陥れるのだ。私が一体何をした。
「なんだ。何事かと思えば、可愛がられてるだけじゃ無いか。羨ましい」
「……そのうち一夏も分かる。嫌でもな」
タブレット上を水のように流れる縮小された学園を見て、一夏がこんな事を言った。
「真のタブレット、やけにサクサク動くな」
「あぁ俺、機械に好かれるから」
「お前寂しい奴なんだな。同情するぜ」
「一夏、お前一言多いとか言われないか?」
「言われねぇ!」
図星のようだ。
私は先程から学園内施設が表示されている、A4サイズのタブレットに指を走らせていた。一夏と話している最中、山田先生から受け取ったメールを思い出し、話題ついでに持ち出したのである。驚いた事に、この学園はIS用施設の他、ヒューマンサイズの施設も非常に充実していた。
売店、図書館、室内温水プール、ドーム運動場、トレーニングルーム、ここまでは良い。大浴場に露天風呂。サウナにマッサージ、アロマテラピールーム……エステサロン。至れり尽くせりというか、正直開いた口がふさがらない。
私の手元をのぞき込みながら、一夏が溜息をついた。
「IS学園ってスゲーんだな。血税万歳だぜ」
「先月まで税金を納めていた立場としては、複雑極まりないぞ……映画館まであった」
私のぼやきに一夏が追い打ちを掛ける。
「真、俺らが使えるのは売店、図書館、映画館だけだってよ」
一夏が指さしたメールの最後に、山田先生の「男の子は使っちゃダメですよ(*^o^*)」と言う一文があった。「何で笑っているんだろうな」と、げんなり私が言うと、一夏は「わざとじゃ無いんだよな」と達観した顔だった。
私はタブレット上の"射撃場"で指を止めた。最初に意外と思ったが半ば軍事施設のこの学園だ。考えてみれば不思議では無い。今日にでも覗いてみるか、とそう考えていた時だった。私を呼ぶ声に顔を上げると同じ2組の相川さんが立っていた。相川さん、相川清香さんはショートカットの活発な少女だ。そのフランクな性格ですぐ打ち解けた。相川と蒼月、二つとも"あ"で始まる事も起因したと断っておく。
「真、先生が昼休みに職員室に来なさいって」
「……早速来たか」
「真はそういう顔するから、先生にいじられるんだよ」
「どんな顔だよ」
「悪さした子供みたいな顔」
「そんな顔してる?」
「してる」
彼女は、やれやれと両の手を手を腰に置いている。どんな顔か見当も付かないが、15歳の少女に子供みたいな顔と評されるのはプライド、誇り、自尊心そう言った物が激しく傷つく。顔が怖いと言われ、今度は子供か。一体どうしろというのか。
その時、彼女が笑顔になる瞬間を私は見た。自分の頬をこねる私を気にも止めず、彼女はその顔を一夏に向けていた。これでもかと言わんばかりの笑顔はなんとも魅力的だった。私はついでのようだ、一夏め、羨ましい。
「織斑君、初めまして。わたし相川清香。真と同じ2組だよ」
「あれ? 俺のこと知ってるのか?」
「やだなー。学園で織斑君のこと知らない人なんていないよ」
「それはそうだ。なら改めまして、俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」
「なら私も清香でお願いしようかな」
「宜しく清香」
「こちらこそ一夏♪」
「先を越された!」やら「その手があった!」やら「まだ焦る段階じゃないわ」やら「きーよーかーぬーけーがーけーかー」と、周囲に不穏当な思惑が渦巻いている。じっと彼女を見る。髪は跳ねること無く艶やかに、その衣は流れる白糸の様に乱れなく、彼女の気合いの入りようと言ったら無い。
吹きすさぶ嫉妬の嵐を意にも介さず彼女の快進撃は続いた。
「ねぇ一夏、放課後ヒマ? 一緒に校内見学しない?」
「あぁ良いぜ。俺もまだよく分からないんだ」
「ホント?! じゃぁじゃぁ放課後にロビーで!」
ぱぁとその笑顔をいっそう花開かせた彼女に、一夏は爽やかな笑顔で平然とこう言った。
「OK。真、遅れるなよ」
周囲に転ぶ音がけたたましく響く。2人きりで学内を歩く、そんな甘酸っぱいものを期待していたのだろう相川さんは、私につかまり「そう来たかー手強い、さすが手強い」と力無く呟いていた。
私は流石に不憫と思い、助け船を出そうとして、止めた。教室から発せられる妙な威圧に視線を走らせれば、そこには眼力で人を殺めかねん程に眼を釣り上げた篠ノ之さんが立っていた。ぐぬぬ、と今にも斬りかからんばかりの様相で控えている。義理と人情なんとやら。結局私は心の中で相川さんに詫びた。
だが彼女は前向きだった。がばっと顔を上げると笑顔でこう言った。
「えっと、まぁこの際良いかな! 本丸を落とすには側溝から埋めなきゃね!」
彼女の逞しさに私はついぼやいた。
「清香、側溝って俺の事か?」
「大丈夫! 気にしてないから!」
「あのな……」
「一夏! じゃぁ今日の放課後に!」
一夏はおう、と多少たじろいで彼女に了解の旨を伝える。だが彼女の命運はここで尽きた。影のように揺らぐ少女達に囲まれ、「相川さん抜け駆けは許さないよ」、「清香少し頭冷やそうか」、音だか声だか判断つきかねる言葉と共に、どこかへ連れ去られた。
「不憫な」
私が呟くと、遠くから悲鳴が聞こえた。廊下の先に居るであろう相川さんに同情の念を送る。一夏は平然とこう言った。
「誰がだよ。というか見学どうする?」
「……一夏、お前鈍すぎだろ」
「何のことだ?」
全く理解していない一夏だった。
相川さんが姿を消した先を、ぼんやり見ながら何の話だったかと頭をひねる。すると一夏が、リーブス先生の話だというので、私は彼女は美人だが狡猾なんだと、続けた。一夏はそういう人もいるぞ、余り了見の狭い事言うともてないぜ、と何とも分かったようなことを言う。一夏の知り合いにそういう人が居るのか、記憶の糸をたぐるように窓から空を覗いていた。飄々浪々にみえて一夏は実は包容力のある奴なのかもしれん。コイツがもてるのも、なんとなしに分かったような気がした。
「一夏、俺が言いたいのは程度って事なんだ」
「そんなにか」
「そんなにだ。常に2手3手先を読み、からめ手を使う。ねぇ真ちゃんと言った時にはす既に逃げ場は無い。俺は金髪の女性に偏見を持ってしまいそうだよ」
と、大げさに目頭を押さえる。誇張していったのは単に一夏の同意が欲しかっただけで、実際のところは一夏の言うとおりだ。私の基準にする女性が剛胆すぎる、のもあるだろう。咎められるのも覚悟の上である。だがどうしたことか、一夏は口をへの字に結んで唸っていた。「当たらずとも遠からず、かもな」と意外な事を言う。
「ウチ、1組にも居るんだよ金髪の娘が」
「狡猾なのか?」
「悪い娘じゃないと思うんだけどさ、なんというか、凄い」
何とも要領を得ない。
「よろしくて?」
初めて聞いた彼女の言葉は奥ゆかしさを響かせる物だった。その眼は透き通るような青で、その髪は日の光でその有り様を変える、彼女はまごう事なき金髪碧眼の美少女だった。立ち振る舞いといい香水といい、一目で育ちの良さが分かる。廊下では無くしかるべき場所であれば、更に美しく見えただろう。
彼女、セシリア・オルコットという少女の事は知っていた。なんと言う事は無い、学年名簿に写っていた金髪の少女が彼女だったのである。その鮮やかな金髪は紙面に並ぶ面々の中で一際目を引いた。1組ならば合同授業で話す機会もあるだろうと、密かに心待ちにすらしていた。
だが、次、その次、更にその次、彼女から発せられる言葉、一つ一つが私を苛立たせた。ISと共に世界に生まれた女尊男卑、私が嫌悪する歪んだこの思想を、残念な事だが彼女は持っていた。
「貴方が2番目の方かしら」
「……そうだけど、なにか用?」
「まぁ! なんですのそのお返事は。私に話し掛けられただけでも光栄なのですから、それ相応の態度をなさい」
「えっと……」
私はふむ、と短い思案のあと軽く息を吐いて彼女に跪く。彼女はさも当然の如く両の手を腰に当て、胸を反らした。一夏がおいおい、と声を掛けてくる。周囲がざわつく。私は跪いたまま顔を上げ両手を広げこう言った。
「あぁ麗しの君よ! 何故憂いの霧でその身を隠されるのか! その瞳は我が魂、その髪は我が体。その霧を晴らす為なら、この身を万の刃に晒す事など厭わぬものを!」
辺りが静まりかえる。呆気にとられた彼女の頬が次第に赤みがかり、私はこう続けた。
「ただし気立てのいい人げんてー」
辺りに鈍い音が響き渡る。一夏が微動だにしていないのが、無念だ。まぁ惚けた顔をしているので良しとする。彼女は、顔をこわばらせていた。
「あ、あ、あなた私を侮辱してますのっ!?」
私が汚れた膝を手で払っていると、彼女が同じ赤だがやはり少し違う赤で詰め寄ってきた。ISが世に知られてから女尊男卑の風潮が世界中に蔓延している事は知っている。彼女ほどともなれば実力もあるのだろうが、だからと言って馬鹿正直にとりあう義理も無い。
「イギリスは知らないけど、日本では君を気立て良しとは言わないんだよ。ミス・オルコット」
「真、知ってるのか?」
「すこしね。イギリスの代表候補で専用機持ちのエリートって程度だけど」
「そう! 私はエリートなのですわ! 本来なら私のような神に選ばれし者と学びを共にするだけでも奇跡!」
エリートという言葉で我を取り戻したのか、彼女は器用にもくるくると踊った後、見下すように私を指さした。
「あなた方は己の身分を弁えなさい!」
彼女は険しい表情を私たちに向けている。騒ぎを聞きつけた生徒達が廊下に溢れ、私たちを取り囲み始めた。各々が囁くように思惑を話し合っている。彼女の整った容姿とその尊大な振る舞いに当てられたとはいえ、冷やかしたのは私の失策だった。これ以上の騒ぎはまずい。それに彼女は1組だ、クラス間の問題になると面倒な事になる。彼女に頭を下げるのは不本意だったが、私は彼女に謝罪した。だが彼女は事を荒立てないという、私の思惑など全く頭に無かったようだ。彼女はあくまで自身の自尊心を守り、そして私の逆鱗に触れた。
「……ふぅ。所詮極東の猿は猿でしたわね。多少は知性があるかと思ったのですけれど、とんだ無駄足ですわ」
詰めよろうとした一夏を俺は手で制し、彼女を両の眼で捕らえる。自分が変わったのが自分でも分かった。堅くなった雰囲気に周囲の雑踏が消えた。彼女は一瞬怯んだようだったが、直ぐに不遜な表情で自身の髪を手ですくい、続けた。
「今なんと言った?」
「あら、お気に召しませんかしら。極東の猿、これ以上相応しい名はなくてよ」
「この極東の、猿とは日、本人の事か」
「他に無いでしょう?」
俺の中の何かが弾けた。世界が色あせモノクロになる。形を得た音が俺の周りを漂い始め、そして感覚が痛むほど冴えた。
「あのさぁアンタ」
自分が呼ばれたと理解するのに時間を要したこの女は暫くしてから顔を歪ませ赤くした。豹変した俺を一夏が驚いたように見ている。
「アンタが自分を卑下して悦に浸る、ちょっと変わった性的嗜好を持っているのは良く分かった。けどな変態と知り合う趣味は無いんだ。さっさと失せろ」
「な、なんですって!」
「そりゃそうだろ。その猿(日本人)の作った物(IS)を着て喜んでいるなんて、変態じゃ無ければ、なんだ。道化か?」
「このセシリア・オルコットに向かって何という暴言……決闘ですわ!」
「断る」
「あら、殿方が逃げるおつもりかしら。ならば猿にも劣りましてよ!」
あんな事を口走ったんだ。ごめんで済ます逃げ道など残さん。
「俺に利が無い。それに言った筈だ変態と関わる趣味は無ぇ。プライドとやらを守りたいなら国へ帰りな。それともおうちの外は初めてか? ならパパにでも泣きついたらどうだ。助けてってな」
視界が一瞬白くなる。左手に掴んだ物が投げられたハンカチと気づいたのは、オルコットの全く余裕が無くなった顔を見てからだった。
「決闘ですわ」
「くどい」
「よろしい、貴方が勝てばこのセシリア・オルコットを好きになさい。焼くなり煮るなりお好きなように」
「いいだろう。後で泣いても取り消さんぞ」
「結構。猿2匹まとめてかかっていらっしゃいな。手間が省けるというものですわ」
何の事かと一夏を見ると、こいつも決闘を申し込まれたらしい。見境なしか。
「面白い事になっているじゃない」
いつの間に来ていたのかリーブス先生が後ろから声をかけてきた。俺らの殺気だった空気を物ともせず歩み寄ってくる。そしてその後ろには、あの人の姿も、あった。
「話は聞かせて貰ったわ。真ちゃん、ISは手配しておくから安心なさい」
千冬さんが元々1組の問題でと詰め寄るが、彼女は意にも介さずいつも通りの柔らかい表情でこう続けた。
「良いじゃない。この子達の良い"切っ掛け"になるわ。それに織斑先生、あの真ちゃんがこうなった理由が分からない訳では無いのでしょう?」
千冬さんは私をちらと見ると渋々納得したようだった。彼女から決闘は来週月曜日の放課後、第3アリーナで行う事を知らされた。
「……話はまとまったな。一週間後が楽しみだよ」
「本当に。これ程待ち遠しいのは生まれて初めてですわ」
最悪だ。
頭を手すりにぶつけ、髪をかきむしる。心地良い屋上の風景が今はあまりにもわびしく見えた。蒼月真、お前はあの醜態をさらすためにその名前を名乗っているのか。
極東の猿、恐らくあの娘は余り深く考えずに発言した。敢えて言えば一夏と私に対してだろう。だがその言葉を聞いた時、その意味を理解した時、それにあの人が含まれていると一瞬でも考えた時、私は自分を抑える事が出来なかった。あれが15歳の少女に向けて良い言葉か。考えるまでも無くやり過ぎだ。更に己の復讐心を満たすため挑発までしたのだ。無様にも程がある。
「4限目さぼってしまったな……」
聞く相手も居ない屋上で私は独りごちる。あの後我に返った私は生徒がクラスに戻る混雑に紛れ屋上に逃げた。とても授業を受ける気分になれなかった。クラスの皆に嫌われたかも知れない。今思い出せばオルコットととの喧嘩の最中、周囲の彼女たちは怯えていた。その中に2組の生徒もいた。当然だろう、あんな事をしでかしたのだから。だが賽は投げられてしまったのだ。最早無かった事には出来まい。私は深くため息をついた。全くと言って良いほど気が進まなかった。
もうどうなろうと知った事では無い、負けても構わないと卑屈な心に支配されかかった時、布仏さんが側に居ると気づいた。それ程までに塞ぎ込んでいたのかと自分を嘲笑した。そしてそんな自分を彼女に見せたくないと思った。
「済まないけど1人にしてくれないか。きっと酷い顔をしているから」
「真くんは大切な人を思って怒ったんだよね?」
私は彼女の言葉が理解できず、振り返りもせずじっとしていた。
「みんな怒ってないよ、心配してるよ。だから早く帰ってきてね」
彼女はいつもの優しい声でそれだけ言うと足早に階段を下りていった。
彼女の暖かく柔らかい空気がとても心地よかった。視界がぼやける。私が涙もろいとは知らなかった。海の風が優しく凪いだ。帰る、か。……そうだな自分だけいつまでも黄昏れている訳にもいくまい。クラスの皆にも迷惑を掛けたのだ。私はようやく腰を上げた。
「「おそーい!」」
私を出迎えたのは彼女らの笑顔と元気な声だった。皆は私の帰りが遅い事を口々に非難してきた。昼休みがどうとか、昼食がどうとか、あの一件についてだれも非難しなかった。正直に言えば叱咤されこそあれ激励を受けるなど考えてもみなかった。皆は何も変わっていなかった。私はその予想外の事になんで、と言うのが精一杯だった。
「酷い事言ったのはお互い様だしね!」
「日本人を馬鹿にされて怒っているのは蒼月君だけじゃないってこと!」
「私は日本人ではないけど彼女は酷いと思う」
「オルコットさんなんてこてんぱんにしちゃってよ!」
「みんな……」彼女らの気遣いが身に染みる。全ての不安が一転安堵に変わった。しまったこれはもう泣きそうだ。
「あー蒼月さん泣いてるー」
「年上なのにねー、男の子なのにねー」
「う、うるせー、泣いてない! 安心してない! 喜んでない!」
ツンデレ入りましたー、と誰かが笑った。布仏さんは両の手を合わせて喜んでいた。鷹月さんは眼が合うと黙って頷いた。なんと言う事だ、これでは適当に済ます事など出来ないでは無いか。そうぼやいた口とは裏腹に体に力が満ちていくのを私は感じた。
オルコッ党の皆様方、大変失礼しました。