IS Heroes   作:D1198

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前話「新しい在り方」において、一夏と真の会話を微修正しました。
申し訳ありません。


トーナメント前夜1

 自室のベッドの上で仰向けに寝転ぶ鈴は白い枕を手に取った。両手で掴み、腕を天に伸ばし、じっと見つめる。おもむろに起き上がると、あぐらを掻きやはり枕をじっと見つめていた。

 

 かちこちと針が時間を刻む。深い溜息のあと鈴は枕を抱きしめた。唇をきつく結び、眉を寄せて、結んだ唇を枕に埋める、その瞳は物憂げに揺らいでいた。そうかと思えば天を仰ぎ、生まれた唇の隙間から漏れる吐息は、甘い湿り気を帯びていた。募る思いは如何程のものか。

 

「……うふ♪」

 

 目尻が下がる、口が開く、鈴は隙あらば緩もうとする表情を必死に押さえていたが、等々にへらと表情を緩めた。抱きしめた枕ごと、寝転び、ごろごろと転がり、枕を被り足をばたばたと。

 

(一夏に追いかけられた、もう離さないって言われた、追いかけられた、もう離さない……)

 

「うふふうふふふ♪」

 

 要するに、悶えていた訳である。IS学園1年2組凰鈴音15歳、一夏と出会い6年目の大快挙だった。頬を染め、これ以上無いと言うぐらい喜びに浸る鈴を、残念そうに見守る友人2人。

 

 タンクトップにデニムのミニスカート。椅子に腰掛け、あぐらを掻き頬杖をつく清香は呆れた様にいう。

 

「と、言う事があったみたい」

 

 清香が言うのは、鈴と一夏の廊下での痴話喧嘩である。白い猫の着ぐるみの、本音は胸をなで下ろした。

 

「そうなんだ、よかった。鈴ちゃんおかしくなっちゃったのかって心配だったんだよ」

「いやぁぁぁぁん♪」ドタバタと部屋に悶える音が響く。

 

「叩いたら怒るかな? それともこのままかな?」

「清ちゃん。私、かんちゃんの所に行くから鈴ちゃんお願いして良い? あと暴力はダメだよ」

「はいはい。任された」

 

 それじゃと、本音を見送った清香は溜息をつく。

 

「鈴、そろそろトーナメントの打ち合わせをしたいんだけど」

「うふふうふふふ♪」

「鈴、おーい、鈴ってばー」

「あははは♪」

「……二股びっちー」

 

「誰がビッチよ!」がばっと起き上がり清香に詰め寄る鈴であった。投げ捨てられた枕が宙に舞う。

「二股は否定しないんだ」

 

 ジト眼の清香に鈴は一つ咳払いを打つ。頬を染め眼を逸らし、長い黒曜石の髪をくねりくねりと弄ぶ。今にも溢れ出かねない恥じらう心を必死に押しとどめていた。

 

「べ、べつに。付き合っているとかそう言う訳じゃ無いしー」

「あんな事言っておいて早々に決めるとか、鈴もえぐいよ」

「早々に決めてませーん。一夏にあれ位したって罰当たらなーい……って清香! アンタなんで知ってんのよ!?」

「あんな堂々と告っておいて何を今更」

「……全部聞いてないわよね?」

「アタシは一夏が好き、でも真も好き。次に真に会った時ボコボコに殴ろう―」

「わーわー、わーーーー!!!」

 

 

-----

 

 

 俺は「マジか」と聞いて、真は「マジだ」と答えた。

 

 腕を組んでうーん、と考える。への字に書かれた口をレの字に書くがすぐへの字に戻る。食堂が混み合い、込み入った話が難しくなってきたから、散歩がてら話そうと言う事になった。そこまでは良いのだけれど、俺はその問題の複雑さに頭を抱えていた。

 

 真が言うには静寐と本音から三行半を叩きつけられたらしい。真に彼女が出来たのはめでたいが、あの2人はどうするのか、そう聞いたらこう言う事だった。

 

 俺はこの手の話が苦手だ。と言うのも、誰かが好いた好かれたという会話を、殆ど所か全くした事が無い。弾も然り。話題として振った事はあるのだが、呆れるか怒り出すのどちらかだったもんな。

 

 俺の勘ではあの2人がそんな簡単にさじを投げるタイプだとは思えないんだけど、箒直々に釘を刺されたらしい。言われてみれば、真の帰国を伝える放送の有った日、つまり昨日、あの屋上にあの2人は確かに居なかった。

 

 でも、そうすると一つの疑問がわく。俺は右隣をとぼとぼとあるく真にこう聞いてみた。

 

「ならよ、あの3人の仲が悪かったのは何でだ?」

 

 そうなのだ。静寐と本音が真を嫌うだけならあの3人が仲違いをする理由にならない。これまたおかしな事に、今では普通に話しもするし一緒に食事もしている。

 

「それは俺も分からない」

 

 ほほぅ、頭の良い真様にもお分かりになりませぬか。

 

「無茶言うな。女心は有史以来、幾多の哲学者・思想家が身を散らしていった難題だぞ」

 

 やっぱり自称賢者じゃねーか……あれ? 俺らどうやって会話してる?

 

「思い出よ誰(た)がかねごとの末ならむ昨日の雲の跡の山風」

 

 夏の空に突然舞う凜とした声。俺らは思わず振り返った。

 

「乙女の純情をもてあそぶ2人にはこの詩を贈るよ。学園に乗馬クラブが無いのが残念だね。蹴り飛ばしてくれる馬が居ない」

 

 金色の髪に碧い瞳。白の襟無しシャツに白の折り目の付いたショートパンツ。其処におわすは異国の王子かはたまた星の王女様か。同室者にして男だけれど実は女の子、シャルル・ディマことシャルロット・デュノアだ。愛称はシャル。そのシャルは白い小さな鞄を肩に掛け颯爽と歩いてくる。てゆーか今の詩? 真は意味を知っているのか気まずそうにシャルを出迎えた。

 

「藤原家隆? よく知ってるな……」

「うん。日本の詩は不思議な響きだね。真は何度も読み直して反省すること、良いかな?」

 

 シャルは眼を瞑り人差し指を立ててすまし顔、真はバツが悪そうに頭を掻いていた。なんというか頭が上がらないというか尻に引かれている? 年下の女の子にそういう風にされるとなんというか、みっともないというか、男の矜持に関わると思うぜ。もちろん同い年でも以下同文。

 

「一夏もだよ、なに他人の振りしてるのさ」

 

 よく分かりませんが、ごめんなさい。シャルの笑顔に凄みがあったからつい謝ってしまった。

 

 

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 シャルが歌ったのは新古今和歌集の一つらしい。日本語を覚えるときに偶然知ってそれ以来お気に入りなのだそうだ。そういえば中学時代習った様な気もする。真にその意味を聞いてみたら、教えてくれなかった、と言うより言いたくなかったみたいだ。苦い顔していたから余り良い意味では無いらしい。

 

 それよりも、だ。俺の前を並んで歩くこの2人だけれども、なんかおかしくないか? 右を歩くシャルに左を歩く真。その距離は触れんばかりに近いが決して触れる事は無く、

 

「そう言えば聞いたよ、もう"大丈夫"なの?」

「あぁ、世話掛けた。もう"大丈夫"だ」

 

 それでも側立つ香りは甘いというか、なんというか、非常に怪しい。暖かみのあるシャルの笑顔は一層深く、驚いた事に、あの真が静かな笑みを浮かべていた……怪しいなんてもんじゃねぇ。

 

「検査の結果どうだった?」

「うん、大丈夫。身体のだるさもじきに消えるだろうって」

「余り無理しないでくれ、シャル何かあると色々困る」

「真に心配されるほど柔じゃないよ、こう見えても僕は丈夫なんだ。だから自分の心配をして欲しいかな」

 

 むか。2人だけの世界を作りやがって、と俺は2人に割りいるように、真の肩に腕を掛けた。

 

「てめー、違うとか言って実はシャルなんじゃ無いだろうな?」

 

 何のこと、とシャルは不思議そうな顔だ。良い機会だから問い詰めてやろう。

 

「真の奴、フランスで彼女作ったら―もが」

 

 モガとはモダンガールの略でもコーヒーでも無い。真が俺の口を塞いだのだ。因みにコーヒーの場合正しくはモカ。余計な事言うなこの馬鹿一夏と真の眼は言っていた。「何でも無いこっちの話し」と愛想笑いで真の口は言っている。器用な奴。だが、もう遅いぜ真。シャルは凄い察しが良いんだ。シャルが顔を赤くしていたら、このままメガトンパンチ……そう思った俺は息を呑んだ。シャルは顔を赤くするどころか厳しい眼を真に向けていたからだ。あのシャルがこれほど厳しい表情をするとは思いも寄らず、そのシャルに一夏と呼ばれて俺は声がうわずった。

 

「な、なんだよ」

「ごめん、少し席を外してくれないかな? 真に話があるんだ僕」

 

 有無を許さないシャルの威圧に俺はそのまま立ち去った。ちらと飛ばす真の恨みがましい眼、遠目に向かい合う2人は恋人と言うよりも、姉と弟、違う。それよりももっと深い関係の様に見えた。それは多分、あのシャルが真剣に真を怒っていたからだと思う。

 

 

-----

 

 

 漸く落ち着いた鈴と清香はタブレットを持ち、ノートとプリントを床に広げていた。彼女らが討議するのはトーナメント戦の打ち合わせである。

 

 トーナメントを目前に全訓練機は使用出来ない。専用機を持つ鈴は別だが、ペア戦である以上鈴だけ訓練しても意味が無い。そこで2人はデータから己のチームの特性と、想定される対戦チームの特性からどのような戦術が適切かを練っていた。

 

 個人戦にも言える事だが、試合が行われるアリーナに身を隠す障害物、盾は無い。従って基本戦術は非常に原始的だ、攻撃される前に攻撃し倒す、反撃を許す前に畳みかけ倒す、それが叶わない場合にのみ回避、防御に移行する。もちろん、対する相手と自己との戦力差は変動する為、臨機応変に対応しなくてはならない。

 

 この戦術は現代戦闘機の誘導兵器、つまりミサイルによるBVR(Beyond Visulal Range:視認外距離)による戦闘とは異なり、旧世代戦闘機の空中格闘戦、ドッグファイトその物である。IS戦において誘導兵器、つまりミサイルが有効で無いのは一重にアリーナの大きさとISの機動力に他ならない。

 

 ミサイルの誘導には翼が使われるが、高速で飛行することから翼を大きく出来ない。逆に大きくすると低速になる。空気抵抗の為だ。2km四方のアリーナではミサイルの高速性・追尾性を発揮する前に、躱されるか撃墜される。かってクラス代表を競ったとき、ブルー・ティアーズのミサイルが未熟な一夏に撃墜されたのはこの要因が大きい。

 

 短距離空対空ミサイルでもその射程は40km、速度はマッハ2.5、シャルが対M戦で使用したミサイル攻撃は広大な空中であったからこそ有効だった。もっとも技術は絶えず進歩している為、明日どうなるかは不明である。

 

 余談だがブルー・ティアーズの開発メーカーであるトライアンス社の前身は元々誘導兵器メーカーであり政治的理由で搭載された。ただその有効性は当のメーカーでも疑問視され後継となるサイレント・ゼルフィスには搭載されなかった。

 

 

 鈴は最初に攻撃の検討を行った。彼女が手にするタブレットには清香の成績データ、つまりシミュレーション上での射撃映像が再生されている。

 

 中距離の射撃に限れば清香は1年生で6位、もちろんシミュレーションデータが多くそれを考慮する必要はあるが優秀と言って良い。スティック菓子を唇に挟み、鈴は感心した様にもそもそと言う。

 

「ふーん、清香って射撃得意なんだ」

「そう思う?」

「センス有るんじゃ無い? アタシは専門じゃないから詳しくは言えないけど。少なくとも国の同期(代表候補選抜者)と比べても悪い感じがしない。正統って感じ?」

「少し自信でた。ありがと」

「なによ、らしくない」

「だってさー私たちのクラスに馬鹿みたいな奴いたじゃん。高速機動中に精密射撃するのが1人」

「あー居たわねーって過去形は酷くない?」

 

 その通りだけどねと笑う鈴に対し、清香は慎重に話し始めた。不審とまでは行かないが、負の感情を込める清香に鈴は眼を細める。

 

「あのさ、鈴はどう思う?」

「何が言いたいのよ」

 

「ISってパワードスーツって言われるけれど、戦闘に限って言えば殆どセミオートだよね? イメージをISに伝えて、空を飛ぶ。照準はFCS(火器管制)が行うから操縦者は事実上、戦闘空域における位置取りと、攻撃と防御の判断に、攻撃対象の指定、あとは引き金を引くだけ。私たちはそれらを如何に適切に淀みなく操作するか、如何にISと連携を取るかを主に学ぶ。授業で習った"ISはパートナーの様に扱いなさい"ってこの事。

 

 実際に授業でも銃を、リヴァイヴや打鉄を使い始めて分かったんだけど、ティナと戦ったときの真の能力はリヴァイヴの能力を限界まで使ってる。たった2ヶ月の真がここまでできるってどういうこと?」

 

「2ヶ月なら一夏だってそうじゃない。アイツの成長速度も異常」

 

「そう、学園に居る男の子が一夏だけだったなら私は不思議に思わなかったと思う。一夏は織斑先生の弟だし、第3世代機、しかも攻撃はブレードだけ。でも真は違う。真の戦い方は鈴やセシリアみたいな第3世代兵装を前提とした戦い方じゃない、私たちの延長線上にあって、だからこそ私たちと比較する事できた。使用する機体も同じだし。その上で、私は変だと思う。一夏も真も変だよ」

 

「考えすぎじゃ無い? アタシが言うのも何だけど"そう言う"連中って世界に居るわよ」

 

「うん、私も最初はそう思ってた。織斑先生やリーブス先生は人の枠を越えてる。あそこまで見事に差を見せられると、嫉妬より憧れしかなかった。あんな人って本当に居たんだ、って。でも私たちは2人と一緒に入学して成長を見てきたから、自分のそれと比較したから気づいたんだと思う。鈴、私ね真の怪我を見たとき思った。視力を失い、左手を失い、それでも笑って学園に居て、ISにのるって、どういうこと? あの真ならまた同じ目に遭うかもって理解してないはずが無いよ」

 

「清香、アンタね、ISをファッションか何かと勘違いしてない? 兵器ってのは命をやりとりする道具、危険と言う対価が有るのは、あったりまえじゃない。誓約書に署名しなかったワケ?」

 

「そうじゃないって、兵隊さんだって戦地に赴けば心に傷を、PTSDとか負う人が居る。真は私たちの一歳上の16歳だよ? 30過ぎ、40過ぎの大人じゃないんだよ? 地元の同級生はゲームとかカラオケとか、遊ぶ事ばっかり。もちろん部活動に真剣に取り組んでいる人も居るけど、それにしたって程度があるよ。死ぬ事が怖くないみたい」

 

「ちょっと、清香。いい加減にしなさいよ、真を異常者か化け物みたいに」

 

「ごめん、鈴。良い機会だから聞かせて。一夏も一夏でおかしい。一夏の身体能力は普通じゃ無い、音速を超える弾丸に反応するし、体力も並外れている、異質。でももっとおかしいのはそれに何も、不安を感じないこと。片や真の身体能力は普通で、私たちの延長線上にあるけれど、つよい違和感を感じる。これって何?」

 

「一夏は怖くないけど、真は怖いって言う訳?」

 

「そこまでは言わないけれど、本音の気持ちもよく分かるよ。知るより先に知り合ってなかったら私だって友達やるの自信ないもん。鈴は、鈴は一夏の幼なじみで、真と同室だったから、多分この学園で一番2人ともよく知ってる。だから聞くよ、」

 

 清香は困惑を湛える鈴の目を見据えこう言った。

 

「一夏と真って何?」

 

 

-----

 

 

「織斑君! 好きです付き合ってください!」

「訳がわかんねぇ」

「大ショック!」

 

 全くもってなんだかな、と思う。シャルと真に何かあったのは間違いない。だがそれがなんだかよく分からない。扉を開けたら裸のシャルが居たとか、階段を上っているときにスカートの中を見てしまったとか、いやいや、そういうイベントではああいう風にならないよな……エロゲじゃねぇし、そもそも真じゃ見られない……あれ? 今誰か居たか?

 

 頭を抱えながら自室の扉を開ければ、廊下側のベッドに藍の髪、静寐が座っていた。

 

「遅い」

 

 黒い襟付きの半袖シャツに、膝上程度の白のプリーツスカート、この季節に黒は暑くないのかと思ったけれど、夏向けの通気性の良い生地を使っていた。どうでもいいけれど男の子のベッドに腰掛けるなんてはしたない、と思うぜ。

 

「じろじろ見ないで」

「みてねーよ」

「……一夏は髪長い方が好き? それとも短い方?」

 

 少し伸びた髪をちょんと引っ張るから、

 

「どっちも好きだけど敢えて言えば、もう少し伸ばした方が、」

 

 とつい言ってしまった。

 

「やっぱり見てたんだ」

「引っかけかよ……」

 

 何時もの採光を欠いた濁った目の静寐がそこに居た。静寐とペアを組んでからと言うもののしょっちゅうこの眼に睨まれるから、そのうち無条件で謝ってしまいそうだ。気をつけねば。

 

 物調べが終わった静寐は俺を待っていてくれたらしい。丁度昼時だったので、俺達は打ち合わせがてら、部屋で食べる事にした。作戦の話を食堂でする訳には行かないもんな。静寐は生姜焼き定食、俺はハンバーグだ。机に腰掛け、箸を刺して崩すとじゅっと肉汁がでて、ぐぅと腹が鳴った。

 

 恥ずかしさを堪えながらもぐもぐと、顔を上げればくすくすと笑う静寐が居る。この笑顔は何時以来だろう、そんなことを思った。

 

「とりあえず概要から話すけど、いい?」

「おう」

「一夏はとにかく止まらずに動き回る事」

 

 静寐のプランをまとめると、こうだ。白式は第3世代機の中でもっとも最高速度が劣るが反面、中速低速からの加速が抜群に良い。第2世代以降のISはいずれも音速以上出せるが、2km四方のアリーナは狭くそこまで使う事は無い。一つの敵にこだわる事無く、一千離脱を心がける。攻撃だけでなく、白式の縦横無尽の機動そのものが牽制にもなるという訳だ。

 

「でもよ、敵に後ろを見せる事になるぜ」

「そこは私がフォローします」

 

 うわ、すっごい自信。トーナメント戦はツーマンセル、つまり2対2。敵Aと敵Bがいる。俺がAを当てるにしろ、躱されるにしろ攻撃した後、白式の最大加速でBに向かう。Bは当然迎撃する。Aは俺を追撃か、静寐に向かうはずだが、俺に肉薄された直後では静寐を索敵する余裕が無い、逆に本能的にBの援護に向かう、そこを静寐が狙うと言うのが基本プランだ。なるほど、襲い来る暴漢が通り過ぎたら普通注意を向けてしまうもんな。

 

「大半の相手はこれでいけると思う。ただ注意するべき相手がいるの」

「セシリアと鈴か」

「あとは3組のティナさんも。4組の更識さんは参考に出来るデータが殆ど無くてよく分からないけど……」

「3人とも強いのは知ってるけれど、どう注意する?」

「セシリアは僚機を囮にして遠距離狙撃をすると思う。鈴とティナさんは逆に被弾覚悟でこちらのパターンを崩そうとしてくるはず」

 

 2人の性格をよく掴んでるね。

 

「つまり、セシリアにしろ鈴にしろ、俺が相手をすれば良いのか」

 

 静寐は黙って頷いた。

 

 今回のトーナメントは専用機同士のペアは禁止されている。仮にセシリアチームと当たった場合、当然静寐はセシリアの僚機と戦う事になる訳だが、その静寐はセシリアに食いつくほど強い。箒が居ない今、非専用機持ちではトップクラスだ、それに俺だってセシリアと鈴に確実に勝てる事は無くとも、追い込む事、時間を稼ぐ事は楽に出来る。その隙に静寐が相手の僚機を倒せば……おぉ、なんか行ける気がしてきた。

 

「でも不安要素はいくつかあるの。一つは対戦相手のペア。鈴は清香と組むけど、セシリアはまだ未定。もう一つはハンデキャップ。恐らく初期エネルギー量で制限が掛ると思うけれど、その程度が分からない」

「白式は燃費悪いからな」

「一夏そっくりだよね」

 

 失礼な。

 

 

-----

 

 

 食事を終えた俺らは茶を飲みながらベッドに腰掛けミーティングを続けていた。俺は静寐の隣に腰掛けのタブレットを覗き込んでいる訳だが、その作戦の見事な事。流石シャルに師事を受けていた事はある。もともとしっかり者だからな、その辺もあるのだろう。

 

 そのしっかり者は真顔でこんな事をおっしゃいました。

 

「"切り返し"のタイミングは私が指示するから、それに従って」

 

 それはファンネル? あーでもRタイプの"フォース"(シューティングゲームの僚機)なら無敵だし良いかも……いやいやちょっとまてぃ。

 

「なんだよそれ、まるでお使いみたいじゃねーか」

「違います。適正を考えた上の役割分担。一夏は近接だけだし、逆に私は苦手。それに接近戦をしないなら全体の把握がしやすいの。一夏は体力有るけれど、このトーナメントは長丁場だから温存の効果も狙います、一夏は直ぐ熱くなるから」

 

 動きの無駄を省くと言いたいのだろうが……

 

「俺ってそんなに自制心無いか?」

「この間のシャルの件」

 

 ぐはっ。見事なツッコミで、ぐうの音も出ない。それに反論出来るならどうぞって澄まし顔の静寐は完璧だ。あれは違うんだけどな、真のせいでイライラしていた訳で……あ、そーだ。シャルと真が話していた詩の意味を静寐に聞いてみよう。

 

 だから俺は静寐と呼んで顔を上げた。静寐も下ろしていた顔をこちらに向けた―目の前の静寐が居た。細い眉と潤みを帯びる瞳と唇、整った顔立ち。吐息が鼻と喉に絡みつく。鼓動が早まり、くらりと世界が歪んだ。だから俺は―

 

「2人ともご苦労様! 麦茶があるから一息入れよう! そうしよう!」

 

 戻って来たシャルの声で我に返る、俺は慌てて飛び退いた。何だったんだ今の、何かがずれた様な感覚、さっきまでばくばくしていた心臓は嘘の様に落ち着いている。

 

 見ればシャルは鞄を放り投げ、慌てる様に麦茶を三つ入れ、俺に渡し、静寐に渡し、俺らの間に腰掛けた。何時になく強引? 俺に背中を見せるシャルは静寐に詰め寄っていた。

 

「静寐! これはどういうこと!? 僕聞いてないよ!」

「安心して、偶々近かっただけ。一夏にそんな事はあり得ないから」

 

 何を話しているのかよく分からないが、この2人は随分気が合う様だった。シャルが女の子にこれだけ本心を露わにするのは俺も初めて見た。よく考えれば、静寐はシャルが女の子って事をしっている唯一の女の子だし、2人だけに通じる何かがあるのだろう、そうだろう。と思っていたら静寐が俺を呼んでいた。

 

「一夏」

「お、ぉう?」

「一夏が好き」

「俺が鋤?」

「ね? 大丈夫だから」

 

 鋤って言うのは農具の一つで土を掘り起こす道具だ。農家の皆さん何時もおいしい野菜をありがとうございます。

 

「……とても複雑な心境だよ」

 

 よくわからねぇけどシャルは鋤が好きなんだろうか。がっくりと肩を下ろし、ぶつぶつと拗ねるシャルを笑いながら慰める静寐。何時もではない、新しい光景。前とは違う、何かと違う。

 

 俺はこのとき、その違いに、そしてその違いが徐々大きくなっている事に気づいていなかった。




 嵐の種をせっせと植えます。2012/10/22
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