IS Heroes   作:D1198

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トーナメント前夜2

 陽も陰り、天には星も見える頃、彼が思い浮かべるのは、関係を聞かれれば回答に困るフランスの少女である。シャルに説教される事たっぷり3時間、とぼとぼと帰路につく真は深い溜息をついた。

 

(仕方がないじゃないか、理屈じゃないし、あそこまで言わなくても良いと思うんだ……)

 

 最初は事実確認、次にその理由を問うた。どうしてエマを気にするのか? 真を殺そうとしたエマを真が気に病むのはおかしい。シャルロットが態度を硬化させたのは真に柔和な態度は逆効果だと言う事を十分理解した上でのことだった。柔らかい枷は形作るのに向かない。新しい自己を見付けた真ではあったが、日が浅く元に戻ってしまう事をシャルロットは恐れた。

 

 この時点でシャルロットは、エマと真の一夜を、把握していなかったのである。結局真は、シャルロットの威圧と洞察力に負け、真実を話し、自己否定ではないことを説明し、取りあえずはと開放された。もちろん最後は、怒りではなく呆れと僅かな軽蔑を含ませていた。ただこの態度にはシャルロットとの経緯を考慮する必要があるだろう。どうでも良い人間のことなら、どうでも良い態度を取る。

 

(大体、シャルはどうして―)

 

 あそこまで俺に構うんだ、そう続けることはなかった。その代わりに頭をボリボリと掻く。シャルロットが真に何を映し見ているか、それを思えばこそである。恩人だし、仕方がないな、と彼は苦笑すると仮住まいに足を向けた。

 

 学年別トーナメントを翌々日に控え、教師や担当生徒たちはその準備の最終確認を行っている。例年では各国要人の訪問があるのだが、対抗戦とM襲撃の事もあり今回は見送られた。今年は楽で良いとはディアナの弁。不謹慎だとは千冬の弁だ。

 

 段差に足を引っかけ転び、マンションのゲートで額を打つ。

 

(しかし一夏も大変だな。シャルはあれで結構重い娘だし、下手すると刺されるかも……)

 

 ぶつけた頭を押さえながら、真は仮住まいの扉を開けた。6月最終日の土曜日、午後6時。その部屋は暗く、妙に肌寒かった。彼の直感は逃げろと告げた。動けなかった。糸ではなく思念の鎖。彼が感じ取ったのは、その部屋に蠢く逆さの感情。

 

 おかえりなさい。

 

 纏わり付くその声に、彼はただ立ち尽くした。見えない眼に映るのは、ソファーに腰掛けるディアナである。その逆さ影絵はゆっくりと彼を向く。彼の耳に聞こえるのはシンドラーのリスト。響くバイオリンの戦慄は重苦しくまた悲しかった。冷や汗すら出ない。

 

「ち、ちふゆさんは?」

 

 彼が言い間違えた理由は何だろう。彼は帰宅を意味する挨拶を言うつもりだった。オーストリアの哲学者フロイトは言い間違いには意味があると述べている。このディアナを目の前にして千冬の名前を出したその意味は、助けを求める意思であり、天から垂れる蜘蛛の糸を自ら断ち切った愚行であった。

 

 早めに終わったのよ。早く夕食を食べましょう。

 

 ゆらりと立ち上が金の影。操られる様に促され着いたテーブル。置かれた燭台と、正しく敷き詰められた食事の器。何も盛られていなかった。両肩に置かれた細い指。背後の気配に彼はゆっくりと振り向いた。

 

 そうそう千冬なら、来ないわ。

 

 見上げる其処には金ではなく銀が、碧ではなく緋が灯っていた。時久しくして鮮血の女神が降り立った瞬間である。彼は意識を失った。

 

 

-----

 

 

「今期の学年別トーナメントは第3アリーナで行います。警備用の機体は全4+2機で3年生の先生方がスタメンです。工程に遅れはありません。お客さんが居ないだけで随分捗りますね」

 

 教諭から失笑が漏れる。トーナメント戦前日、ブラインドから朝日が漏れる職員室で、真耶は電子ボードの脇に立ち警備計画の最終報告を行っていた。アリーナの見取り図、担当の割り振りが個人の持つタブレットにも表示される。

 

 椅子に腰掛け、腕と足を組む教頭が問いを投げる。

 

「中継システムの準備はどうなっているか?」

「最終チェックも完了しています。各国との通信容量も問題ありません。アレテーも完全動作しセキリュティは最高レベルで作動中」

「電子戦の状況は?」

「今のところ平常レベルの脅威で推移しています」

 

 真耶とやりとりしていた教頭は振り向き「彼と機体の調子は?」そう千冬に言うと、彼女は立ち上がり机に両手を置いた。

 

「改修リヴァイヴは完調ではありませんが警備に差し支えありません。蒼月、さんも同様です」

「結構。他に何か意見・質問のある者はあるか?」

 

 教頭は教諭全員を一瞥すると、閉会を告げた。皆が席を立ち若手が昼食の弁当を配り出す。ディアナは立ち上がり、襟を2回触る。それを見た千冬は1つ息を吐くと後に続いた。2人の移動先は職員室横の生徒指導室である。部屋に入り扉を閉めると、千冬は扉脇のパネルを操作しセキリュティを作動させた。

 

 ディアナの腰掛ける音は苛立たしさを含んでいた。珍しく腕と足を組み、不満の表情を隠すことなく表していた。リズムを刻むのは指とパンプスである。

 

「ど、う、し、て、千冬に聞くのかしらね」

「書類上、私が責任者だからな」

 

 対面に腰掛け、弁当の蓋を開ける千冬は涼しい顔だ。パチンと割り箸を割る。

 

「書類上より、事実上の方が重要だわ」

「たかが紙、されど神、と言う奴だな。それを言い始めると線引きが難しい……それで用件は何だ」

 

 ディアナは番茶をすすると、不機嫌さを消し去りこう言った。

 

「箒の件、本気?」

 

 一昨日の事だ。学園内から発信される規則的なエネルギー波をアレテーがキャッチした。偶然研究施設の測定器が素粒子の局地的増大を観測したのだ。素粒子を使用した通信と推定されたが、学園どころか世界中にそれを扱うテクノロジーは存在しないため傍受も妨害も出来なかったのである。唯一判明したことはその発信源が箒だったと言う事だ。

 

「仕方なかろう、あいつと接触する可能性が有る以上放置はできない。束には問い正すことがあるが、私たちでは四六時中張り付く訳にも行かない」

「千冬も同じ物、持っていたわよね?」

「あぁ。だが何度掛けても応じない……嫌われたものだな」

 

 平然を装い箸を進める千冬にディアナは溜息をついた。ぱちんと彼女も手を付ける。

 

 2人が話しているのは、地上に2つだけの、地上から掛けられる、IS開発者である篠ノ之束との通信手段、通信機だ。2日前、箒がそれを使い通信を行った。近いうちに何らかの接触があると2人は、千冬は踏んでいたのである。

 

「そう言う考えよしなさい、それに原因は私にもあるわ」

「ディアナには無いだろう、逆に私が巻き込んでしまった位だ」

「ならあの女のせいにしましょう。一方的につっかかって来るのだから。それで良いわね?」

 

 強引な気遣いに千冬は苦笑し、ディアナも笑みを浮かべた。食事の音が止み、湯飲みの音も収まり掛けた頃、千冬は躊躇う様に面を上げた。

 

「……蒼月の様子はどうだ」

「不安はないわね」

「そうか」

「警備の件はこれから伝えるけれど」

「任せて良いか?」

「そんなに心配なら来れば良いのよ。なんなら前の様にマンションに移れば? 寮は真耶に預けても問題ないと思うけれど」

「居るならそれで良い。それに、私はもう前とは違う」

「真絡みの話があるけれど、聞く?」

「いや、良い」

 

 ディアナは眼を細め、挑発を含めてこう言った。

 

「火遊びよ?」

「……結構だ」

「そう、なら気が向いた時には何時でも来なさい」

 

 短い簡潔なやりとりの後、千冬は一言礼を述べると席を立った。友人の頑固さに呆れ、同居の少年に苛立ちを感じ、湯飲みを持つ指に力が入る。

 

「親心子不知、で合ってたかしら。どちらにせよ腹が立つものは立つわよね、千冬?」

 

 湯飲みから立つ湯気は、鋭く碧い瞳に吹き飛ばされた。

 

 

-----

 

 

 正直に言えば、箒は2組担任ディアナのことを快く思っていなかった。何かされたという訳ではないが、彼女の有り様、立ち振る舞いが鼻についた。強い言葉で言えば、教師にあるまじき行為である。

 

 例えば、学園の2少年を名前で呼ぶ。しかも呼び捨てだ。

 

 例えば、感情を抑えることなく露わにする。生徒の前でだ。

 

 例えば、生徒に手を上げる。かって少年の首を切ったことがあった。

 

 もちろん確証はないが、世界広しと言えども他に出来る人物が見当たらない以上そう判断しても差し支えなかろう。

 

 良く言えば融通が利く、悪く言えば奔放、厳格さを尊ぶ箒にとってディアナは真反対と言っても良い。女であることを強く意識させるその振る舞いが鼻についた。なにより、おくびれることもなく、ただ私はここだ、私はこうだと言わんばかりの態度が彼女の神経を逆なでた。一組で良かったと箒は胸をなで下ろした物だ。

 

 箒は思う。金髪の女に禄なのは居ない、イギリス国家代表候補にしかり、3組クラス代表にしかり。口数少なくあるべきだ、騒がしい女など品格を疑われる。慎み深くあるべきだ、肌を見せるなど破廉恥極まりない。

 

 もちろん、価値観など人の数ほどある事は箒とて重々承知している。良いところもあるだろう、見えないだけで尊敬に値する処もあるのだろう、箒自身性格上の欠点も自覚している。だからそれを誰かに指摘したことはないし、非難したことなどもちろん無い。誰もがそうで有るように、彼女もまた苦手な人物がいる、只それだけの事だった。

 

 だがしかし、これは絶対におかしい何かおかしい否あやしい、箒の目の前で火花を散らすディアナと真を見て、問い正さねばと箒は訝しっていた。

 

「納得できません。再考をお願いします」真は背の低いテーブルに右手だけを当て、身を乗り出し、ディアナに迫る。

 

「決定事項よ、駄々をこねるなんてまるで子供だわ」ディアナは眼を細めると足を組み直した。グレーのタイトスカートの隙間から白い肌が見えたが、少年は微動だにせず箒だけが意識しとっさに己の裾を直してしまった。

 

(これでは私だけ子供の様ではないか……)

 

 箒は右隣の少年にいじけた様な非難の視線を投げた。

 

 

 時は1時間ほど前に遡る。学年別トーナメントを翌日に控え、周囲の慌ただしさを尻目に箒は1人鍛錬に励んでいたところ、ディアナに呼び出された。どうして2組担任に呼び出されるのか、怪訝に思いながらも無視する訳にも行かず、身を正し生徒指導室に赴くと、真が居た。どこに居たのか怪我はどうしたのか、そう詰め寄ることを自重し、席に着いた。友人の決意を伝えること、箒は姉の件で迷っていたこと、セシリアの眼も合った事もあり、屋上で再会したその時に問い正すことが出来なかったのだ。

 

 そのディアナが2人に伝えた内容は3つある。1つ、トーナメントを警備すること。2つ、当面箒と行動を共にする事。3つ、期間限定とは言え箒に機体が用意される事。箒はこれ幸いと同意したが、真は異議を唱えた。彼はこの時初めて、箒がトーナメントに出ない事と放課後箒を仕事に拘束することを知ったのだ。ディアナは束と箒が接触する可能性のことを知らせなかった。地上に篠ノ之束と接触する手段がある、と言うのは特秘中の特秘だ。おいそれと話す訳にも行かない。

 

 真は怯むことなくディアナに再度詰め寄った。

 

「再考をお願いします」

「しつこい男は嫌いよ」

「ほう……篠ノ之さんは性格上孤立しやすいんです。放課後だけとは言え学業を学生の本分を放棄させるなんて、教職者としての自覚を欠いた発言です」

「それ面白いわね」

「茶化さないで下さい。警備自体に異議はありません。俺一人でも良いでしょう?」

 

 ディアナは脚を解くと前屈みに詰め寄った。テーブルに右手を置き、こつんこつんとリズムを刻む。鼻先が触れんばかりに近い二人を見て、箒はますます疑念を深めた。

 

「篠ノ之さんも納得している。"これ以上手間掛けさせないで"頂戴」

 

 空調と2人の呼吸が響く中、真は身を起こし渋々とこう言った。

 

「理由があるんですね? 俺が聞いて納得出来る」

「言う義務はないわ」

「……分かりました。了解です」

 

 ディアナは愛想無く目を瞑る、言葉ではない彼女の言葉で確認した真は、箒を促し席を立った。ディアナが真に問い掛ける。彼は済まないと箒を先に送り出した。

 

「1ついいかしら」

「なんです?」

「今でも記憶を取り戻したい?」

 

 突拍子もない問い掛けに、彼は毒気を抜かれこう答えた。

 

「もうどうでも良いです」

「そ、う、よ、ね」

「……どうしたんですか?」

「何でも無いわ?」

 

 真はディアナの意図が掴めなかったが、廊下に待たせている箒が気に掛りそのまま彼女に背を向けた。

 

 

-----

 

 

 扉を開けると目の前には箒、仁王立ちである。何時も見た様にいつか見た様に、腕を組み脚を肩幅に広げ、むっすりと睨み上げていた。只違うところは結い布が黒くなっている事のみである。真は箒が口を開く前に行こうと促した。少し前を歩く真に問い掛ける、箒の声は地獄の釜が煮立つ音のようであった。

 

「どういうことだ……」

「言葉が足りないよ」

「リーブス先生との関係だ」

「教師と生徒」

「嘘をつくな」

「気になる?」

「あの2人を―」

「もう関係無いんだろ?」

 

 箒は唇をきつく結び押し黙った。ただその表情は吹き溢れんばかりの憤りを湛えていた。その彼女に真は立ち止まり振り返った。ディアナと異なり、その眼は閉じられていたが放たれる気配に威圧が込められ、箒はひとつ息を呑んだ。

 

「箒の口から聞きたい。良いんだな? 箒の意思なんだな?」

「そうだ」

 

 彼は1つ溜息をつくとこう言った。

 

「箒にも都合があるようなら仕方がない」

「都合とは言っていないぞ」

「箒は自分の利益だけでは動かない。他の何かがあるんだろ?」

 

 呆けたように立ち尽くす彼女に真はこう言った。

 

「なら早速ハンガーに行こう」

 

 

-----

 

 

 箒は聞いた。

 

「眼はどうしたんだ」

 

 真は答えた。

 

「強い光を直視して見えなくなった」

 

 箒はもう一度聞いた。

 

「強い光とは何だ」

 

 真は答えた。

 

「秘密」

 

 憮然としかめる箒であった。

 

「……左腕はどうしたんだ」

「しくじって失った」

「その理由を聞いている」

「秘密」

「江ノ島に出かけてから戻るまで何があった」

「秘密」

「ふざけているのかっ!」

「心配掛けたのは申し訳ないけれど、言えないんだ。ごめん」

 

 夏の日差しを浴びて、Tシャツをばたつかせる真に箒は不満顔だ。真は生徒ではない、学園絡みとは察しつくがこうも無碍にされると腹も立つ。だが素直に謝られれば強く言う訳にも行かず、苛立ちは募る一方だ。ならばと、ジャケットの左脇にある異物を咎め、箒は確信を持った上でこう聞いた。

 

「それはなんだ」

「セシリアから貰った銃」

「返却したと聞いたが?」

「もう一度渡して貰った」

「何故だ?」

 

 さも不機嫌そうな箒だった。無理もない、あれほど大騒ぎしたのだ。

 

「俺が馬鹿で彼女が出来た人だったって事」

「……今どういう関係なんだ」

「秘密」

 

 箒は深い溜息をつくと、今度は真がこう言った。

 

「今度は俺が聞きたい」

「不本意だが聞いてやろう」

「2度と会わないんじゃなかったのか?」

「2人と会うなと言ったんだ」

「本音と静寐は駄目だけれど箒は良い?」

「そうだ」

「何故?」

 

 それは真が感じ取った気配であったが、久しぶりの箒の笑顔が、これかと思わず頭を掻いた。

 

「秘密だ」

 

 彼女は眼を細め睨み上げていたが、口元は一矢報いたと言わんばかりの意地の悪い笑みをしていた。

 

 

-----

 

 

 2人がハンガーに足を向けたのは、箒の機体"打鉄"の一次移行と、みやの整備状況の確認と立ち会いの為である。改修されたみやの基幹システムである冷却機能の調整に難航しており、帰国から4日経った今なお完調にはほど遠かった。力を発揮するデバイスは例外なく熱を持つ。冷却能力の不調は改修の根底に関わる問題だった。

 

「そんな状態で警備が出来るのか」

「それでも改修前のみやより能力が出るから、それに関しては大丈夫」

 

 躓き転んだ真を箒は覗き込む。

 

「だが何時までも、と言う訳にも行かないだろう」

 

 箒は無言で左手を差し出した。

 

「あぁだから、」と彼は見えてきたハンガーの人影に眼を走らせた。箒はその影に眉を寄せ「男性?」と小さく呟いた。一歩進める度にその影は大きくなる。容貌が分かる距離では、箒は見上げなくてはならなかった。

 

「ナベさん。ご無沙汰しています」

「おやっさんもあれで歳だ。あまり心配掛けるな」

 

 振り向き2人を見下ろすのは、蒔岡宗治の一番弟子であり、去年真を連れて何度も学園を訪れた渡辺裕樹である。虚の依頼でみや整備のため訪れていたのだった。身長180cmで筋骨隆々、青いツナギを纏う山のような男性を言葉なくじっと見つめていた。

 

「ナベさん、休憩入って下さい」薫子の気遣いに2人は礼を言った。

 

 

-----

 

 

「何とかなりそうですか?」

「トラブル自体はありふれた物だ。虚お嬢さんは優秀だが実地が少し足りないな」

「機械はアナログですか? 虚さんにそう言えるのは人物は少ないですよ」

 

 真は去年を思いだし、頭をさする。そこは宗治の拳骨が幾度となく撃ち落とされた場所だ。

 

 冷却機構の不調は複数あるエネルギー伝達経路の、損失差だった。エネルギーは波、波長を持つ。損失箇所で反射し、反射した波が他経路のエネルギー波と干渉、共鳴し安定動作の阻害となっていた。エネルギー伝達部品は同じ型式だったが、生産時期が異なりその僅かな差に気づかなかったのである。

 

「問題は山積みですが、一安心です」真はそう息を吐くと渡辺は無言で頷いた。これで漸く他のデバイスの調整に着手出来るのだ。追加したPIC(慣性制御)、スキン装甲などまだ先だ。

 

 ハンガーから少女たちの声が聞こえる。渡辺は遠巻きに慌ただしく働く少女たちをちらと見ると、次に左隣に、ベンチに腰掛ける真に視線を落とした。溜息をつく。彼は手にしていたコーヒーの缶を開けると真に手渡した。礼が帰ってくる。

 

 彼が見る真の右手には、かって技師の傷だけだったその手には、今や銃手の傷が刻まれていた。何より渡辺の手に触れないように配慮する僅かな仕草。その手はオイルだけではなく別の液体で染まっている、渡辺はそれに気づいた。かっての後輩であり息子でもあった、少年の変わり果てた姿だった。

 

「16歳の分際で気張りすぎだ」

 

 真はバツが悪く苦笑する。

 

「皆にすごい怒られました」

「あの時引き留めるべきだった」

「そんな事はないです。もっと良い物を得ましたから」

「眼と左手よりもか」

「はい」

 

 ゆっくりと開いた眼はただ黒かった。

 

「ナベさん、ここには俺があるんです」

 

 渡辺は呆れた様に、しようが無いとコーヒーを飲んだ。

 

「真顔でそれだけ言えれば上等だ。拳骨を喰らわしてでも連れ帰ろうかと思ったがそれはやめにする。だがこれ以上怪我するな。右手もなくなったら戻って来ても技師は無理だ」

「はい」

「今義手を用意している、少しはマシになるだろう」

「ありがとうございます」

「時に真、眼と左手の話は聞いているが、頬と首の傷はどうした?」

 

 真は言葉に詰まり、一呼吸。覚悟を決めて渡辺に言う。

 

「……女の人に」

「想像だにしない言葉を聞いた」

「内密にお願いします。特に時子さんには……」

「構わないが、怒らせ癖が酷くなっている」

 

 はははと乾いた笑みの真は一転真顔で、相談をと切り出した。渡辺は何だと視線を投げる。

 

「実は知り合いの女の人が突然機嫌が悪くなったのですが、その原因が皆目見当が付きません」

 

 今日は槍でも降りそうだと、渡辺は天を仰ぐ。もちろんその気配はなく、頭上には蒼天が広がるのみだ。

 

「理解しようなどと思わないことだ。だが相手が何を求めるかを聞くことは出来る」

「理解しないと原因の解決が出来ません」

「そうか、少し安心した」

「なにがです?」

「真はまだ若いと言う事だ。ところでその人との力関係はどうだ?」

「その人が上です、圧倒的に」

「ならば簡単だ。謝るしかない」

 

 悲壮感を漂わせ頭を垂れる真に渡辺は笑う。

 

「しかし真にこういう相談をされるとは、一気に年を取った気分だ」

「笑い事ではありません」

「真、それは恐らくその人の印だな。覚悟を決めておけ」

 

 それはあり得ないですね、そういう真に渡辺はやれやれだと立ち上がった。2人は諸々の作業を終えたあと、箒を夕食に誘い、別れた。

 

 渡辺の自動車を何時までも見つめる箒は言う。

 

「どうしてお前はそうなのだ」

「言葉が足りない」

「あれほど寡黙で仁義に厚く、心技共に優れた方に師事し、どうしてお前はそうなのだ」

「箒が言いたいことは何となく分かったから、その先は言わなくて良いよ」

 

 その日の夜の学園教師用マンションの事である。閉め出され、必死に謝る真の姿はしばらくの間、教師間の笑い話となった。




次回トーナメント予定。

 幾つかご意見お問い合わせ頂きましたが、静寐と箒の動機については今後書く予定です。明確になるのは林間学校を予定しています。本音が引いたのは、真の血なまぐささを感じ取り恐怖を感じたのが理由です。普通の、とくに優しい娘には無理もありません。徐々に思い詰める中、真は荒事に突入しフォロー出来ませんでしたし。

私用で引っ越しの為しばらく更新が止まります。
11月中~下には再開したいと考えてます。
東名高速使ってバイクでぶーん……寒いのが苦手なのでとても大変です。

それでは。

引っ越ししたら続きを書くんだ……


2012/10/26


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