千冬さんから一通りの説明を受けた後、俺はこの状況をどのように判断するべきか考えあぐねていた。目の前に立ちふさがる問題は2つ。1つはそれ自体、もう1つはそれを取り巻く状況だ。
ここは学園本棟 職員室脇のセキリュティルーム。もう見慣れたこの部屋は、6畳ほどの大きさで、窓は無く、壁は白く、床は灰色。背の低い特殊硝子のテーブルと4つの合成革ソファーだけが、置かれている。
その1つに腰掛け、俺は最初に右隣を見た。其処にはよく知る金の人が座っている。目を閉じ 口を閉じ 腕を組み 足を組み、微動だにしない。その美しく整った姿は不機嫌だと言っていた。
次に、はす向かいのよく知る黒の人を見た。何時もの様に腕と足を組んで座っていた。目を閉じ口を閉じ、その綺麗な人は何時もの見慣れた表情ではあったが、不機嫌だと言っていた。
3つ目には、それなりによく知る眼鏡の幼い顔立ちの人を見た。その人は笑顔でお茶を出していたが顔色が悪い。後生ですから私に話を振らないでと、目だけで必死に訴えていた。
最後は目の前に腰掛ける、軍人と言うこと以外何も知らない可憐な銀髪の少女を見た。その少女はやはり腕と足を組み、目と口をつぐんでいる。ただし不機嫌なのかは不明だ。
俺も手と足を組んで不機嫌そうにするべきだろうか……残念なことに左腕がない。
事の始まりは本日の昼前だ。トーナメントも無事終わり、臨海学校は留守番かはたまた同伴し警備か、今後の予定に思いを馳せながら部屋の掃除にせっせと勤しんでいたとき不意に電話が鳴った。その主はディアナさんだった。
『今何をしているのかしら?』と平坦な声。非常に機嫌が悪い。
「掃除ですけど? 千冬さんと喧嘩でもしたんですか?」努めて冷静に聞いてみた。
『さっ、さ、と、い、らっ、しゃ、い』
みしみしと受話器の悲鳴が聞こえ出す。慌てて向かえばこの状況だ。思い起こせば数日前、ディアナさんの機嫌が更に輪を掛け悪化した。この時点で手を打っておくべきだったと後悔している。
俺は千冬さんの説明を咀嚼した後、意を決し聞いてみた。彼女の要求も色々厳しいが今回は輪を掛けている。何故なら、
「つまり、俺に教師になれと? そうおっしゃいます?」
「そう言う事になる」
「本気ですか」
と言うことだったからだ。彼女は再び口を閉ざした。眉と唇をきつく結んでいる。断腸の思いとはこの事だろう。
目の前に座るその少女はラウラ・ボーデヴィッヒと言い、胸のワッペンが示すとおりドイツ軍人であり、そしてIS部隊隊長である。彼女が来日した理由はIS操縦技術の相互交換、つまり技術交流のためだった。学園生徒は現職軍人から操縦技術を学び、また彼女は指導者としての実地研修、そして学園の国家代表及び代表候補と交流を得る事が目的だ。
だがここで1つの問題が生じた。ボーデヴィッヒの学園における立場と俺の相対的な関係である。仮にも指導する立場で有る以上、教員でなくてはならないが当然のことながらボーデヴィッヒは教員免許を持っていない。更に面倒なことに、彼女の戦闘・操縦技術は真耶さん千代実さんらをはじめとした副担任や一部担任ですら上回るそうだ。
方やIS戦闘に関してそのボーデヴィッヒと同等、と学園の評価を得ているらしい俺は事務員を予定としているのみでその立ち位置は曖昧。学園上層部はこの矛盾に対する打開策として、仮の教員という役職を新たに設けこれを俺らに与える事にした。
俺は黙って目の前の少女をちらと見た。ドイツ。千冬さんは一時期ドイツ軍に籍を置いていたことがあり、その繋がりと言う事だろうが……非常に胡散臭い。なにせ一学期も終わろうというこの時期だ。以前シャルにも言われたが、学園外でどのように評価されているか改めて確認しておく必要があるかもしれない。勿論一夏共々。それにしても学園のお役所気質も大概だと思う。どうでもいいだろう、相対関係など。
「ラウラはあくまでもドイツ軍籍。だが蒼月、お前は学園籍だ。ここまで言えばもう良いな?」
見透かしたような千冬さんの発言に俺は渋々同意した。つまりは面子と言う事だ。俺が無職では示しが付かない。少し精神的に凹んだ。少し、だ。
「それと、しばらくの間お前が面倒を見てやれ。最初は学園の案内だ」
「……は?」
「他に適任がいない」
真耶さんを提案しかけたが、涙目の訴えでそれを飲み込んだ。
「教官、私に軟弱なガイドは不要です」
元々声質は高いのか、ボーデヴィッヒのそれは低さを作っている声だった。落ち着いているが腹に響かない、卵の殻のような声。誰かの指揮を受けるならハミルトン中将やデュノア伯爵の様な腹に響く声の方が良い。そう思うのは時代遅れなのだろうか。そんな事を考えた。
「ここはドイツ軍ではないIS学園だ。ここのルールには従え。それともう私を教官と呼ぶな」
千冬さんの命令にボーデヴィッヒは素直に復唱した。ディアナさんはぴくりと頬を動かした。ちらと真耶さんを見た。彼女は眼を伏せた。この2人に何かあったらしい。俺は右手を白銀の少女に差し出し努めて笑顔でこう言った。
「俺は蒼月真。これも仕事だと思ってしばらくの間宜しく」
「貴様は何が出来る?」
貴様と来たか。彼女は腕と足を組んだまま目を瞑ったままだ。この時思ったが彼女のその居住まいは千冬さんのそれによく似ていた。
「ISの操縦と射撃を少々」
「ほう、だから格闘は苦手だと言いたいのだな?」
だがその物言いは初めて会った頃のセシリア以上だと思う。
「現職の軍人相手に無茶を言う」黒と金の人がぴくりと動いた。話が昨夜のトラブルに移らないよう、「一般人だよ」と取り繕った。
「鋭いが鈍い。用心深いが間が抜けている。強いが弱い。成る程そう言う意味か」
「なんだそれは」
「ISが得意と言ったな。ならば私と戦え」
「訳が分からないし、私闘はお断りだ」
「同僚の実力を知り合うのは必要だろう?」
言ってくれる……俺はちらと黒と金の人を見た。彼女らは何も言わない。勝手にしろと言うことらしい。
「OK.受けよう」彼女の言う事は一理ある。
「ハンデだ。私の"シュヴァルツェア・レーゲン"のデータを送ってやる。予習に励め」
「不要だ。その為の模擬戦だし、どこぞの誰かが観測・評価した資料なんか役に立たない。そんな物ただの解釈だ」
「リアリストだな。評価を上方修正しよう」
「そりゃどうも」
俺は顔が引きつっている真耶さんに、本日のアリーナ状況を聞くと腹を括った。
「本日、放課後の午後4時。第3アリーナで」
「了解だ。楽しみにしている。お前と改修後のIS共々な」
箒の事を思い出したのはシャルに連絡を取ってからだった。
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「まっこと、まこと、まこまこりーん♪」
空は良い天気だ。快晴とも言う。空から降り注ぐさんさんとした夏の太陽の下、みんみんとセミたちに祝福されて、俺は軽い足取りで学園内をうろついていた。あの阿呆を探す為である。なにやら青い顔の同級生が居たが気にしない。セシリアではない念のため。
「約束だからなー 仕方ないよなー 今からコッテンパッテンにしてやるからはやく出てこーい。早く出てこないと日が暮れるー」
「織斑君、ご機嫌ね」
そう言うのは偶然会った布仏虚先輩だった。少し下がった目尻に薄化粧。ボリュームのある唇はほんのり赤く艶々で、結い上げた髪のうなじと眼鏡の色っぽい先輩である。真から聞いた話だが、この先輩に会いたいが為、大した用事も無いのに学園に出入りしようとする部品業者が絶えないのだそうだ。けしからん。
「あ、お。みやの人。ご機嫌麗しゅう。んむ来るしゅうない。ははー有難き幸せ」
「……」
いかん。白い目で見られた。ごほんと1つ咳払い。五つあるのに一つとはこれ如何に。シャポリオンでも分かるまい。
「えーと、失礼しました。阿呆がどこに居るか知りませんか?」
「私としては真を阿呆と言われるのは心外なのだけれど……」
虚先輩が言うにはアリーナでみやのテストをやるらしい。なら更衣室か? そういえばシャルが更衣室がどうとか言ってたな……ほう、シャルと逢い引きかね。俺はふふふと笑いながら組んだ両手をバキボキと鳴らした。
「今日の放課後に模擬戦を予定しているからその時に会えるわよ」
模擬戦? だれと? その時俺はなんの脈略もなく、トーナメントで見た銀髪の女の子と戦っているシーンを思い浮かべた。だけれどそのシーンはもやもやでその娘以外よく分からない。
「いえ、どうせ午後は自由時間ですし会いに行きます」
「そう」
「でもいいんですか? 虚先輩居なくて」
「もうそろそろバトンタッチしていかないと。卒業試験の準備もあるのよ」
おぉ、時の流れを感じる。卒業式にはボタンを……ってまだ早いか。学園ではどうするんだろう。
「そうだ、虚先輩」
「なにかしら」
「去年の真ってどんな風だったんですか?」
その質問に大した意味があった訳じゃない。少なくとも俺にとっては世間話レベル。けれど目の前の先輩にとってはそんな簡単なものではなかったらしい。その表情は真剣で、遠くを見つめているように見えたし、後悔しているようにも見えた。
「大変だったわ。手に負えないぐらい」
「あーわかります、わかります。あいつ直ぐ泣くし直ぐ殴るし」
「あの時の私たちでは支えられなかった。あの貴子先輩ですら。仮に今があの子(本音)たちではなく私たちだったなら、どうなっていたのかしらね……」
この先輩には珍しいことに、良く聞き取れ無いほど最後をごそごそとした話し方だった。更に要領を得ない。
「はぁ」
とにかく喧嘩は駄目よ、とその先輩は俺に背を向けて立ち去った。どこか足取りもおぼつかない。体調が悪いのか? きっと真の世話で大変なのだろう。まぁいいや。
待ってろ真。我が妖刀の錆びにしてくれるわー
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シャルにご足労頂いたのでジュースを奢ったら午後はフリーなのだそうだ。なんだ、と文句を言ったら、もうじきこんな事も出来なくなるからと要領の得ないことを言う。
「どういう意味?」
「男の子を持つ母親って大変だよ。好きな女の子が出来たら放って置かれるんだから」
雲行きが怪しいので本題に入る事にした。
彼女に聞きたかったことは学園を取り巻く状況である。本音を言えば諜報活動で有名なイギリスのセシリアに聞きたかったのだが、対外的に女性である彼女と二人だけで会うのは手間が掛る上、オルコット本家を通せば不審がられる、何よりお目付役も居る。よって断念した。
ロッカーの間に並ぶ、背もたれのない長いすに俺らは腰掛けた。学園で3名しかいない男子の為の更衣室は、閑散としていた。ロッカーの間の先には鏡と洗面台が見える。隠れたところにはシャワールームもある。ここで一夏と喧嘩したのは何時の頃だっただろうか。そんな事を考えながら、俺も缶コーヒーを開けた。空気の抜ける音がロッカーに響いた。
蓋を開ければシャルもボーデヴィッヒの事は知っていた。同い年で凄腕のIS乗りだとその筋では有名なのだそうだ。千冬さんのドイツ軍時代に二人は知り合ったのだが、機密に阻まれ流石に詳細は不明、ドイツ軍は優秀らしい。
「目立った動きはないかな。あれ以来静かなものだよ」
シャルが言うのはあのMという少女が所属すると思われる"ファントム・タスク"の動向である。第2次世界大戦終結辺りに作られた結社らしいのだが、その行動目的から実体までよく分かっていないのだそうだ。だた一つ分かっていることは、一夏と俺は目を付けられていると言う事。
「ならボーデヴィッヒとファントム・タスクに関連はないと見て良いのか?」
「そう判断しても良いと思う。あくまで直接的には、だけれど。彼らの息が掛った人は多いから」
重苦しい空気がのし掛かる。俺は右に腰掛ける少女から目を逸らしこう言った。その少女も俺を見る事なく正面のロッカーをじっと見ていた。
「体の調子はもう良いのか?」
「真」
「代表候補でトーナメント出られなかったのは何かと都合が悪いだろ。手伝えることがあったら言ってくれ」
「真」
「今度の臨海学校、初日フリーだってさ。水着とかどうするんだ?」
「真ってば!」
「……なんだよ」俺は左を向いた。其処には碧の眼があった。
「僕ね、2人に話した」
「誰に? 何を?」
「フランスで起った事をオルコットさんと凰さんに」
「……それは大概大きなお世話だぞ」俺は缶を少し離れた椅子の上に置いた。
「あの2人には知る権利があるよ」
「どんな理由でその権利が生じる」
「2人は真のことが好きだから」
俺はゆっくりを立ち上がり、その少女を見下ろした。
「あのな……そんな恥ずかしい真似は止めてくれ! お節介にも程がある!」
「何言ってるのさ! そんな事だから何時までもふらふらなんだよ!」
その少女も立ち上がり睨み上げてきた。
「ふらふらってなんだよ!」
「オルコットさんとか凰さんとか先輩たちとか! ディアナ様とも怪しいし、最近だと篠ノ之さんもかなっ!」
「人聞き悪い!」
「良い機会だから言うよ! 真の様な泣き虫で、弱虫で、女々しいのに意地っ張りな人には女の人が必要なんだ!」
身体の芯を貫く言葉。この少女と出会って一ヶ月。この学園では短い関係だが、最も深い。その少女の声を荒らげる姿は初めてだった。あの病院でもあの墓場でも聞いた事は無かった。ただその碧の眼だけは同じように俺を掴んでいた。
「忘れろとは言わない。でもね、エマは死んだんだ」
「知ってるさ。俺が殺したんだ。忘れる筈がない」
「あのね、僕はオルコットさんでも凰さんでもディアナ様でも、なんなら3人でも4人でも良いと思う」
「それ滅茶苦茶過ぎだ」
「滅茶苦茶にだってなるよ。だって真のことだよ」
その少女は冷たくて小さい、けれど柔らかくて暖かい両手を俺の両頬に添えた。
「聞いたよ静寐から。真はね、重すぎるんだ。支えるには1人じゃ足りない。でないと第2,第3の静寐、本音が出てしまう。真は一夏とは違うんだ」
「沢山居る。学園の皆が居る」
「皆は抱きしめてくれないよ。真には身体を温めてくれる人が要る。寂しいという心と身体の要求を否定しては駄目だ」
その言葉は、自分の身体と長く向き合い見出した結果なのだろう。この少女もまた心と体に消えない傷を負っている。だから俺は右手でその左手を掴んだ。この時ほど自分の左手を悔やんだことは無い。
「俺は、俺はね。学園の俺なんだよ。今の俺はこれが精一杯だ。けれど上は向きたい。だから祈っててくれ。いつかほんの僅かでも前に進める日のことを……母さん」
「エマも本当に困った人だよ」
寂しそうに笑うその人の温もりは、俺が殺してしまった人とは違う物だった。
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俺が廊下を抜けて薄暗いピットに立った時、フィールドの端っこで黒いISが立っていた。それは前までカーキ色だった奴。シャルのリヴァイヴIIとは異なり、羽根は一対で左腕に小さいシールドが付いている。両肩にドームっぽいパーツが付いて、脚と背中のボリュームが増していた。装甲か?
それはおもむろにアサルトライフルを空に向けて放り投げると、左手を向けた。黒いかぎ爪が飛び出して、蛇のようにくねりくねりと弧を描く。ライフルは捕えられて、引き戻されて、元の右手に収まった。新装備らしい。
白式を展開。空に浮かび上がるとあいつに近づいた。
「よう」
「よう」
振り向きもせず、笑いもせず俺らは言葉を交わし合う。俺はその新装備に眼を向けた。ゲームで良くあるアームガードだった。
「おやっさんから貰った」とそいつは言った。
「さっきの紐は?」
「ワイヤーアンカー」ますますゲームっぽい。
「紐繰り上手いな。何時練習したんだよ」
「ほら、少し前にリーブス先生に糸のコツ教わったろ? それを応用した」
今のそいつには無くした筈の左腕があった。リヴァイヴには二の腕を覆う装甲は無いから左腕が途中で切れて浮いている。
「ふーん。なら切ったり出来るのか?」俺はフィールドの近く降り立った。大体3m位。ISだとこれでもかなり近くに感じる。
「糸を震わせて、物質に当てて、固有振動数を読み取って、振動で切断するんだと。出来る訳無いだろ。みやの支援込みで1本動かすだけ。でもさっきみたいな使い方が出来るから色々使える」
その時そいつは初めて振り返った。開いた見えない眼は真っ黒で、左頬には切り傷が、隠れて見えないけれど首にも傷があるそいつは、笑っていた。正直気味が悪かった。見た目じゃ無い。その存在が。
「お前、エマを殺したってどういう意味だ。エマってのは人の名前だろ?」
「……疲れてるのかな俺。一夏の気配に気づかないなんてさ。それともお前が俺の想像以上に腕を上げているのか」
「答えろよ」
「そのまま。言葉通りだ」
風が吹いてフィールドの砂が巻き上がった。周りには誰も居ない。いや、こいつが出てきたであろう第2ピットには人の反応がある。きっと整備の人達だろう。虚先輩がテストとか言っていたし。俺は少し顔を逸らし腕を組んで眼を瞑った。ハイパーセンサー越しに見える黒いそれは動揺すらせずそこにあった。
「フランスの彼女ってのは?」
「その人のことだ」
「人を殺したのか」
「そうだ。リヴァイヴのカノンで木っ端微塵だ。辛うじて肉片が残っただけ、だったそうだよ」
「なら敵って事か」
「ああ」
「なんで彼女なんだ」
「抱いたから。俺が殺したから。俺がその人の最後だったから」
「関係無いだろ。戦闘行為だったんだろ?」
「関係有るさ。俺が死なせてしまった。俺は彼女の死に責がある」
頭から血が引いた。怖いという意味じゃ無い。自分でも恐ろしいほど頭が冷えていた。こいつが今まで俺に言ってきたこと、よく分からないこと、その全てが繋がった。
「お前、セシリアを諦めたんだな。振られたんじゃなく。セシリアに好きな奴が居るってのも嘘だな」
「半分正解。セシリアに好きな奴が居るとそう思いたかっただけだ」
「同じ事だぜ」
「かもな」
俺は目を開いてそいつを睨んだ。やっぱり何時もと同じように平然と冷めていやがった。むかつくなんてもんじゃねぇ。
「なんでだ」
「なにが」
「どうしてお前はそうもの分かりの言いふりをする。辛いくせに泣きたいくせに、何故自分を偽る。どうして簡単に諦める」
「出来る事は人それぞれだ。限られてる」
「それは聞こえの良い言葉に置き換えてるだけだぜ」
「知ってる。だが現実に刃向かえる人間は多くない。俺もその一人だ」
「胸くそ悪いぜ。そんな理由でセシリアを諦めたのかよ。告白すらせず。ヘタレにも程がある」
こいつは初めて体ごと俺の方を向いた。黒く塗りつぶされた眼は虚に俺を見ていた。
「例え話をしようか。ある組織がある。そうだな、イタリアのマフィアのような奴。彼らは血縁を重視する。何でか分かるか?」
「身内だからだろ。それがなんだってんだ」
「人の心ってのは絶えず揺らぐんだ。一定の形を持たないから。組織を運営するのにそれでは不都合なんだよ。だから血縁という枷を使う」
「気にいらねぇな。そんなんで人を判断出来るのかよ」
「俺も同意。だけど仕方がない。心を見る事は出来ないから。永遠に固定することは出来ないから。血縁という枷を一つの判断材料にするんだよ。
2年のサラ・ウェルキンって先輩知ってるか? 彼女はセシリアのお目付役だ。絶えず監視しオルコットの長として相応しくない振る舞いがあればそれを咎め、必要とあらば本家に報告する。
彼女はオルコット、貴族という枷の中に生きている。俺と共あろうとすればその枷に悪影響が出る。最悪それを壊すかもしれない。学園という枷の中に生きている俺が、そんな事出来る訳ないだろ。彼女は初めからそう言う関係を望んでいた。なのに自分で舞い上がって彼女を苦しめた。俺もガキだったな」
俺は怒りにまかせこいつの胸ぐらを掴んだ。みやのシールドはまだ調子が悪いのか、干渉光が歪に波を打つ。だけどそんな事俺にはどうでも良かった。
「怒髪天を衝くってのはこの事だな……てめーの言ってることが全くわからねぇ! 自分に都合の良い理由を作ってそれに縋ってるだけだ! やりもせずだ! 挑戦せずに簡単に諦めやがって! ヘタレなんてもんじゃねぇ! 最悪だ!」
「違うな。俺はきっと一度やってる。いや、一夏。お前の分を含めて多分二度だ」こいつはそう言うと左腕をさすった「ひょっとしたらまだあるかもしれない。俺には出来なかった。俺には身の丈に合ったことしか出来ない。もう何かを削ってなんて俺には出来ないよ。この身体はもう俺だけの物じゃ無い、これ以上失いたくない」
「だったら、どうしても失いたくない物が出来たらお前はどうするんだ」
「その為に準備をしているし、足りなければ誰かに頼む」
「その誰かが居なかったら? その時間が無かったら? その手段が無かったら?」
「やるしか無いな」
「矛盾してるぜ。今自分だけの物じゃ無いと言った」
「言葉が悪かったな。務めを果たす」
「同じ意味だ」
「違う」
こいつは俺の左手を掴むとゆっくり外した。
「今の俺にとってどうしても失いたくない物。俺を形作っている物、それはこの学園だよ。今俺の全てを預けている、この学園。自己を否定して削るんじゃ無い。俺の有り様を価値を、俺の存在理由を認めて務めを果たす。それが俺の存在理由」
「自分の生き方を物、器に託すってのか。犠牲にするってのか」
「誰かを犠牲にするなんて可哀想だ、そんな下向きの道徳は捨てろ。俺の価値は俺が決める。皆が見る俺の価値は見る人の物でしかない。少なくとも俺の場合は当てはまらない……これを見ろ」
こいつは右手にハンドガンを、左手に拳銃弾6発を量子展開。弾丸を空に放り投げると、右手のハンドガンで全部命中させた。ハンドガンは6発。距離は50mそこそこだけれど、小さな的を全部撃ち抜いたことになる。今ならよく分かる。こいつの射撃能力は異常だ。
「一夏。俺は歪なんだ。英雄でも無い俺みたいな弱い人間は本来強い力を持ってはいけない。強い力は選ばれた強い者だけが許される。独裁者が非業の結末を迎えるのが良い例だ。そんな資格の無い俺は力を持ってしまっている。だったらどうすればいい? 強い力は歪みを引き寄せる。今までがそうで有った様に、これからもそうである様に。だったらさ、俺を何かに預けるしかないだろ」
「だから、静寐を本音をセシリアを、鈴をも否定するってのか」
「離れる、だ。いざという時おれは居なくなるから」
「お前の言っていることが理解できねぇ。お前の生き方が納得できねぇ」
「一夏、お前は変わらないな。今までそうして言葉を口にして、お前の有り様を形にして、なんども影口を叩かれてきたんだろ?」
「あったりめーだ。ぽんぽん意見を変えたら、都合良く黙ったら誰が信じる」
「そんなお前だから、俺はお前に憧れたんだろう。だからこう言うよ……一夏、気に入らないというなら、許せないと言うならそれを示せ。俺が間違っていると示せ。お前のなかに如何に強い意思が、心があろうともそれが見えなければ無いのと同じだ。お前に証を立てられるのはお前だけだ。お前が示せ」
あくまで笑うこいつに俺はこれ以上言葉が出せなかった。内に溜まるもやもやが捌け口を求めて暴れ出す。
『茶番は終わったか』
だから、この言葉を発した奴には腹の底から怒りが滾った。
皆様ご無沙汰しております。Mr.ハードラックです。再びお目にかかれる日を心待ちにしておりました。これより私のショウを存分にご堪能下さい。まずはウォーミングアップ、おいっちにぃさんしぃ。
2012/11/29
■追伸
ツッコミ質問は常時お待ちしておりますが、
この真の存在意義に関しては大したご返答出来ないかも知れません。
なぜなら私の頭限界ですので……それでも良いよと言う方、ウェルカムです。