憂慮を隠さない箒が見るのは、待ち構える一夏と向かう真の後ろ姿である。
みやの多方向加速推進翼が小刻みな光を放ち、薄暗い第2ピットを青白く照らす。ピットを離れ、高度50mで彼が一望するのは第3アリーナ。ブラウンのフィールドにワインレッドのシートに白い構造体、空の陽は赤みを帯び始めている。先日までトーナメントが催されていた此処には、歓声と、笑顔と、演奏で満たされていた此処には、未だ少女たちの熱気が、残照の様に立ちこめていた。
時刻は4時丁度。まるでラウラ戦と置き換わったみたいだと、真はライフルの握り手に力を込める。まだトリガーに指は掛けず高度を維持、ゆっくり近づいた。地上に立つ白式もふわりと垂直上昇。真は接近を停止、その距離約100m。
真の持つアサルトライフル(12.7mmx99)の初速は887.1m/s。一夏が視覚情報から行動に移す、反応速度は0.1秒。つまり88.71m以上と言うのは、一夏に弾丸を見る余裕が生じ始める、一夏への命中率が変化し始める距離だ。
真は表情を僅かに変えた。過ぎ去った何かを見ていた。
「やり合うのは対抗戦直前の模擬戦以来か。あっという間だな」
笑みを隠さず一夏が言った。だがその目は眼前の相手だけを鋭く捕えていた。
「一ヶ月半、随分前だぜ?」
「そうか、まだそれだけか」
白式は汚れ一部装甲が破損しているものの戦闘行動に支障は無さそうだ、真はそう確認したあと視線を脇へ下ろした。白式は実刀状態で右手に持った剣をだらりと下ろしている。物音一つしないアリーナには、風の音すら無く、天蓋の、不可視の屋根越しにはオオタカが、やはり翼音一つ鳴き声一つ無く飛んでいた。音の無い音が聞こえていた。
「丁度あそこだ。ほら第1ピット下」真はゆっくりゆびさした。
見た目はリヴァイヴIIと大差ねぇが、と一夏は油断無くみやを見る。肩と背中、全体的にボリュームは増しているけど、黒色でその印象はどこかこぢんまりしてる。あの性格だ、ハッタリで見た目を作る筈がねぇ。両肩のドームにも何かあるはず。そう言えば、黒色は小さく見えると誰かが言っていた。さっきの軍人と違って随分静かだから余計にそう感じる。それで距離感が少しばかり取り難い、け、ど。一夏は雪片弐型を肩に乗せおどけて見せた。
「何時になく歯切れが悪いな。緊張してんのか?」
「そういう一夏もらしくない。随分静かじゃ無いか」
「そうだなー。 ほら、これが終わったら俺らの関係が変わる?」
「どういう風に変わる?」
「きまってんだろ」
その刹那。白式は爆発的な機動音を放った。みやは音も無くライフルを構えた。光で生じた影のように。
刀身の反射光と銃口の音がアリーナの空を塗りつぶす。最初は弾丸を躱す音、次は弾丸を弾く音。その直後、分厚い衝撃音が鳴り響く。
黒の機体が衝撃力で吹き飛ばされる。
スラスターに光が灯り、姿勢制御、白を見上げる位置で静止。
空を見上げる黒に、白は"鋼"の切っ先を向けてこう言い放った。
「もうおめぇにでかい面はさせないって事だ」
「成る程……こうして見ると確かに速い。皆が太刀打ちできなかったのも頷ける」
「アームガードで防御したのは流石だって褒めてやる。でも今のが本気ならお前はやられてたぜ?」
みやの左腕には一筋の傷が刻まれていた。素手では触れないほど熱を帯びていた。
「お前が手を抜くなんてな。あの人が弱気になる訳だ」
「何言ってやがる?」
真は左手でライフルを支えると、右親指で左頬の傷をゆっくりとなぞった。
「頭を冷やせと言っている。俺に手加減なんて10年早い。このバカイチカ」
◆
一夏の形相に火が灯る。黒は突撃銃を構え直すとスラスターを吹かせ空を切り裂いた。白は刀身を右上に構え ――右八相―― 迎え撃つ様に加速した。
後退射撃を続ける真に一夏は最初に右舷から弧を描くように加速した。鼻先を弾丸が掠め、急遽弧を大きく膨らませ再び距離を取る。次ぎに白式の加速力を利用し、一度上昇。重力を併用した最大加速、左舷からの逆袈裟。追えていた弾丸が、徐々に負えなくなる。一夏の目の前にあった。彼は苦々しく舌を打つと、そのまま下降し距離を取った。フィールド際で反転、再び舞い上がる。
一夏は88.7mを境に中々近づけないでいた。一夏は試す様に吠えた。
「逃げ回ってばかりじゃ、埒が開かねぇぞ!」
「HVAP(高速徹甲弾)は初めてか? 当たると結構痛いぞ、気をつけろ」
あくまでペースを乱さない、澄まし顔の真に一夏の感情が爆発する。鳴り響く起動音は2人の間に吹きすさぶ暴風を押しのけ乱さんばかりである。濁流に大岩が投げ込まれた。
みやを上回る機動力を活かし、上下左右ある時は正面から迫り、アリーナの隅へ追いやる。一夏は弾丸の横雨の中、シールドと機動力、全神経を集中し、真との位置を死守。ある時は躱し、ある時は弾丸を鋼の刀身で弾いた。そしてこの時はシールド展開、防御。ところが、白式のエネルギーが、"異常なほど"に減少する。
真、弾倉の量子交換開始、マガジンが光となって霞む。一夏の牙が打鳴り、2人の視線が交わった。白式、イグニッションブースト。シールド防御と同時に、エネルギーをスラスターから散布、その準備を行っていた。
一夏が見るみやに時間の遅れが生じる。一夏が咆吼を挙げた。一夏のイグニッションブーストは18G、この時の移動距離は1秒間で約88m。真の目の前に雪片弐型がソウ銀の光を放つ。
白い鎧は黒い鎧にその刃を脳天から打ち下ろした。2人に纏わり付く砂塵を吹き飛ばさないばかりの衝撃音が打鳴った。ソウ銀の刃がみやのアームガードを捕えていた。
みやはスラスターをフルパワーで吹かすが、白式の威力を殺しきれずに、フィールドに叩きつけられた。その衝撃は、第3アリーナを揺るがした。静寂が支配する。それを破ったのは一夏の声だった。
「出て来やがれ。本番はこれからだぜ」
呼応するかの様に雪片二型が唸りを上げる。すると、隕石が墜落したかの様なアリーナ構造体の成れの果てが、がらりと崩れ落ちた。影から現れたのは、みやである。真は、唾液の混じる血を吐き捨てた。
「本当に、相性最悪だ」
「俺はとうに気づいてたけどよ! この機は逃がさねぇ!」
両者ともスラスターを最大噴射。100メートルの空で、激突。
真はライフルを投棄していた。左腕のアームガードに右手を添え、歯を食いしばっていた。
アームガードが悲鳴を上げ、歪む。
一夏はフィールドに落ちていく、ライフルを視界の端に捉えた。
一夏の両目が鬼武者の吊り上がった。
「何を企んでいるかしらねぇが、すべて叩きのめす!」
零落白夜の輝きが増す。白式は一瞬剣圧を緩め、真の左肩から右脇腹へ一閃、袈裟切り。0.4秒。刃はアームガードを再び叩いた。僅かな拮抗のあと徐々に白式が押し始め、一夏、連撃。
「何時まで捌ける!」
逆袈裟、右から左への一閃― 右薙ぎ、真はアームガードで捌き続け、一夏の目に疑念の色が沸く。左薙ぎ、右切り上げ、唐竹、股下から脳天― 逆風……
「雄々々々!!!」
刺突! 一夏の攻撃は超高速で動くアームガードに全て防がれた。突進の効果でわずかに距離が開く。その距離10m。確信を持っていたのだろう、驚きを隠さない一夏に、真はいう。
「一夏。お前、自分の身体が遅く感じているだろ? 打ち込む隙は幾らでもあるのに、身体が追いつかない。それはな、人間の身体って、身体構造以上の動きは出来ないんだ。肩とか腰を見れば、な。だから効かない」
「なんで零落白夜をこれだけ受けて平然としてやがる……」一夏は苦々しく言うと、真は「忘れたか?」と打ち込みで傷が幾重にも付いた左腕を掲げて見せた。
「てめぇ、エネルギーシールドを全部……」
「ご名答」
零落白夜はエネルギー対消滅が最大の特徴であり、唯一の特徴である。真には左腕が無い。それ故に絶対防御が発動する事も無く、弾く為の力場、衝撃を吸収する為の力場、それらの肉体を守る為のエネルギーシールドを全てカットすれば、
「一夏、お前の零落白夜はこの左腕にとってただの鋼の剣。これだけじゃ無い。初手の打ち込みで動きの癖は見せて貰ったし、この腕は肉体の制限を受けないから高速に動く。相性が悪いって言ったのは、それはお前にとって俺が相性悪いって事」
「ぬかせ!!!」
白式は雪片弐型を放り投げた。そして、その拳がみやを襲う。その拳圧でみやは後退を余儀なくされた。
「だったら柔よく剛を制す、剛よく柔を断つだ! 能書きならあの世でたれやがれ!!」
―警告:白式のアクチュエーターパワーが理論限界値を超えています―
「自分の腕力を加えている? ショットカノン並みのパンチとは、相変わらずでたらめだ」
みやは、ハンドカノンを量子展開し、発砲、命中。
白式は、姿勢を乱す。
みやは、追撃、発砲。
白式は、お構いなしにと踏み込んだ。
今度は、白式の右拳とみやの砲弾が激突、至近距離の衝撃波が2人を襲う。
二人は、ダメージを無視し極至近距離で戦い始めた。
一夏は、右拳を撃ち込んだ。命中。
真は、その力を利用し体軸を回転、ハンドカノンのグリップで一夏のこめかみを狙う、命中。
傾いた一夏の首には、今だ攻撃的な双眸が光っていた。
一夏は自分の頭部を、真の頭部に打ち込んだ。
真はハンドカノンを、一夏の腹部に発砲。
静寂。
掴んだ砲弾を放り投げた白式は、みやの右腕を空中で捩じ上げた。
「俺の勝ちだぜ!」
「まだある」
みやはハンドカノンを、左腕に持ち替えていた。
捩じ上げられに乗じて、放り投げていた。
その左腕は、ありえない方向に曲がり、至近距離の白式の頭部に全弾を撃ち込んだ。
一夏が、ふら付いた。
真の追撃、――殴りつけた。
「手抜きか! ふ、ざ、け、ん、なっ!!!」
「喧嘩は終わりだ。これ以上は織斑先生が泣く」
「……ぁ?」
「織斑先生に頼まれた。一夏、お前の増長を抑えたいってな」
その事実に、一夏は激高する。
一夏は真に襲い掛かる。
真は後退もせずに、ある時は上肢を揺すり、ある時は左腕で、その拳を捌く。
「お前が! 千冬ねぇを語るんじゃねぇ!」
真は何も言わず、ただ一夏を捌いていた。
「千冬ねぇはお前を頼る!」
そえれは責任感の強い千冬が当時生徒の真をフランスに行かせたこと見送ったこと。
「俺の知らない顔をお前に向ける!」
それは真が新たな自分を見付けた時の屋上で千冬が送った微笑。
「千冬ねぇはお前を大切にしてる! 俺よりもだ!」
それは真が生徒で無くなると生徒に通知した時のセシリアとのやりとり。"学園を離れる事は無い"
「お前が! 千冬ねぇを語るんじゃねぇ! お前は! 一体千冬ねぇに何をした!!」
真は必死の白式の腕を掴むと、足を掛け回転させた。白式が高度を下げる。真は見下ろしていた。
「……俺より大切にしている? 馬鹿も休み休み言え。恩人に弱音を吐かせやがって。俺ははらわた煮えくり返りそうだ」
淡々と語る真に一夏は殴りかかった。2人の少年を見守っていた箒は、勝負は付いたかと安堵の息を吐いた。そして、足下のシュヴァルツェア・レーゲンを見下ろした。ラウラは、右腕を枕に俯せ、大地に伏せていた。箒は深い溜息をついた。
その銀髪の少女は真を襲撃したのだ。助けようと伸ばした手が重い。今後の為にも胃薬を用意しなくてはならないな、と打鉄を纏った彼女がそう呟いた時、それが起った。
"実験開始"
それは肉声では無かった。勿論通信でも無く、思念ですらない。だが確実に箒には、箒だけには聞こえた弾むような声だった。目を見開き、はっと声を呑む。彼女は振り向き天を仰いだ。
もぞり。彼女の背後でそれは眼を覚ました。
-警告:カテゴリー3のナノマシン反応を検出。即時撤収を進言-
◆
ナノマシンはその力に応じて三つの区分に分けられる。
カテゴリー1、材料的に短期間で崩壊する弱性の型。相応の資格は必要だが主に医療目的で民間でも使用出来る。カテゴリー2、同じく材料的に崩壊するが、ある程度寿命が長くある程度強力な型。身体能力強化など軍事用途や特殊施設の維持管理に用いられる。これら2つに共通する事は目的を与え制御する事が出来る、つまりは道具。
そして、カテゴリー3。自己保存本能を持ち、自己複製能力に制限の無い、最も強力な型。人間の制御を受け付けない、人類が生み出した金属生命体。かってヨーロッパの三国を跨ぐ町で眼を覚ましたそれは、24時間以内に地球上の全生命体を駆逐しようと首をもたげた。時の政府は被害拡大を防ぐためプラズマ弾頭を使用した。人類は1万人以上の犠牲者と数万人の後遺症に苦しむ人達を代償に、一切の研究及び所持を国際法で禁止。発覚した場合、極刑に処される。
それはそれだった。
それは人の形をしていた。
二本の腕と二本の足と、胴体と頭。
それは鎧を纏っていた。
両肩に浮く戦闘的生物的なショルダーガードと脚部を覆う戦車を思わせる分厚いレッグガード。
それは、人間の女の様なシルエットだった。
白い鎧の少年は呆然と姉の名前を呼んだ。髪では無い何かで形作る長い髪を靡〈なび〉かせ、一本の剣を右手に握っていた。それは赤い雷を羽衣のように全身に纏い、まき散らし。周囲の物質を焼き、真っ黒い雲を吹き上げていた。その雷は数十メートル、時には数百メートルにも及んだ。その雲は2つ3つの瞬きの後、早々に闘技場の天蓋に達していた。さながら地獄の蓋を切り裂き、地上に解き放たれた、赤と黒の業火を纏う、巨人だった。
それは打鉄の少女をゆっくり見下ろすと、剣を振り上げた。
『篠ノ之!』その声で少女の瞳に意識が戻る。箒は巨人の刀身に当たりを付け、足と腰と肩の位置を読んだ。それが人と同じであってくれと願いつつ、踏み込んだ。分厚く黒い剣が瘴気を切り裂き迫る。少女は振りかざした刃でその剣戟を辛うじて受け流す。鈍い音と火花が散った。スラスターを最大出力で吹かし巨人の右脇へ駆け抜けた。
巨人はISの3倍以上もある巨躯に見合わぬ身体捌きで切り返し、まだ足下に居た少女を捕えた。真はいつも以上に口煩いみやを黙らせると、アンチマテリアル・ライフル"チェイタックM200i"量子展開。30mmx173 HVAP(高速徹甲弾)装填。引き金を引いた。
銃口から閃光と雷鳴が響く。その反動はみやのPICに吸収された。超音速の弾丸は周囲に衝撃波を撃ち広げ、砂塵を巻き上げた。振り下ろされた巨人の切っ先を弾き、砕き、太刀筋を乱す。逸れた剣圧がフィールドを断つと、その余波で少女ははじき飛ばされた。転がり闘技場の衝撃吸収壁に衝突する。
一夏は雪片弐型を回収。加速、切り込んだ。
『なんなんだよ! これは!』
『一夏よせ!』
『邪魔するんじゃねぇ! これは千冬ねぇの技だ!』
彼は左手のアンカーを少年に向けて撃ちだした。振動波を打つそれは速さの余り、黒い影を纏っているように見えた。ワイヤーは弧を描き、回り込むと白式を絡め取り、巻き上げ投げ飛ばした。白式は雪片弐型でワイヤーを切断し、フィールドに着地。だが巨人から大きく引き離された。
黒い雲で満たされつつあるその戦場で、みやの両肩に在る新しい2つの目が唸りを上げる。
右肩のLANTIRN-Bは、命を持たない雲越しの巨人を正確に捉えた。
左肩のスナイパーXRは、“高速機動下”においてでも、意識を持たない巨人に照準補正した。
飛び来る巨人の剣圧を左に避け、2発目を撃ち、右肩を砕き吹き飛ばす。巨人は一歩分退いたが、即座に体勢を立て直す。破壊した肩は急速に修復されていった。彼は一つ舌を打つ。
-警告:有効な装備ゼロ―
-警告:カテゴリー3反応の露見はプラズマ弾頭による殲滅-
-警告:即座撤退を進言-
(何処に逃げるって言うんだ。俺は学園の俺だぞ、みや)
真は右腕を覆う鎧を量子格納、自身の右手をちらと見た。そして打鉄の少女にこう言った。
『篠ノ之はシュヴァルツェア・レーゲンと白式を回収、撤退しろ』
『どうするつもりだ!』
『策がある』
少女が見る彼の姿が、対抗戦のとき制御室で見たそれと重なった。欠け濁る刃を、右下段に構え加速する。
『嫌だ! お前は戦うのだろう!? ならば私も共に行く!』
『……箒、一夏を見捨てるな。多分きっとそれが本来の在り方』
『真、私は―』
『足手まといだ。下がれ』
少女は立ち止まり躊躇いの後、少年に向かった。彼はそれを確認すると、飛翔した。それを見た少年が叫ぶ。
『やめろ! 真! それは! それだけは俺がやらなくちゃいけないんだ!』
少年の中にイメージが流れ込む。それはエネルギーが尽き鎧を失いつつも、少年だけの少女たちと協力し打ち倒すイメージ。それはこの今の少年が知らない、本来知るはずだったモノ。
彼は、迫る巨人に向かう。少女は少年を拘束・制止していた。
「放せ! 箒!」
「駄目だ! 撤退するんだ!」
「放せーーー!」
掴もうと右手をかざす少年は、巨人の中に取り込まれ逝く彼を、為す術も無く、絶叫した。
「止めろ! 止めるんだ! 止めてくれ……」
俺を奪うな!!!
選ばれし者と選ばれてしまった者
世界とは泡。
無に浮かぶ泡。
無とは。
始まりも無く、終わりも無く。
高位の意思も及ばず、無く。
時間も無く、距離も無く。
唯一の理によって永遠に回り続ける閉じた系、永久機関。
何かはそれを混沌と呼び、またある者は虚無と呼んだ。
世界とはこれに浮かぶ泡。
産まれ、弾けて、消える、泡である。
無数にある世界。
一つの世界に一人、完全なる者が居る。
彼は力を自覚しない。
だから力に溺れない。
彼は一人の誰かを愛さない。
だから誰もを等しく愛する。
彼は目的を持たない。
だから全ての者の為に立つ。
全ての者に愛され、全ての者の守護者。
それは超人であり、神であり、そして英雄である。
世界は独立し交わる事は無い。
だが世界は存在する生ゆえに矛盾を内包する。
無限の条件が重なり、ごく稀に世界を渡る者が居る。
ある時二つの世界は交わり、ある者が異なる世界に現れた。
渡ってきた者は汚れていた。
深く、黒く、決して断つ事の出来ない糸に絡まれ汚れていた。
偉大な力を持つが、その資格を持たない矛盾した者。
歪んだ英雄。
歪んだ英雄は災厄を招き寄せた。
宙に浮かぶ過重力の渦の様に。
二人は出会ってしまった。
この世界の真なる英雄と、歪んだ英雄は出会ってしまった。
真なる英雄は卵だった。
出会うのが早すぎた。
這いつくばる歪んだ英雄は真なる英雄の足を掴んだ。
元来、力強く、気高く、無限の慈悲を持つ真なる英雄は、
成長する、否、目覚める契機となるはずの試練を奪われた。
徐々に汚れていった。
汚れつつある真なる英雄。
世界は歪み悲鳴を上げる。
泡が歪に撓む。
弾けんばかりに歪む。
世界は、その歪みを否定した。
蒼月真という存在に亀裂が入ったのである。
一夏をこの様に解釈すれば、
朴念仁も、戦いに対する無頓着さも。
原作のラウラ戦の後、一夏がラウラに告げたセリフ、
「強くなんか無い。強くなりたいから強いのさ」
これは目的では無く手段のことを指していると思いますが、これも。
千冬が「一夏を見ていると強さとは云々」とかも。
その辺も上手く辻褄合うと思うのです。
それで一夏と真の有り様はこうしました。
イエイ、有り様、イエイ。
2012/12/08