その空には血と悲鳴と硝煙が満ちていた。
地へ墜ちて行く4つの光。
光る翼を持つそれは、興味も関心も無く、意にも介さず、ただ羽ばたいた。
北アメリカ大陸 西海岸 太平洋上。
ネバダ州 グレーム・レイク空軍基地より距離1500km。
天と海に挟まれた蒼い空。
それは歌を奏でた。
大海を越えたその向こう。
彼方の島国に届かせるために。
-----
大地に映える影が長くなり始めた頃、宿の廊下を行く者が1人いた。白を基調とした学園服。髪は黒いが瞳は赤銅色。腕を組み、眼を瞑り、唇はへの字に結ぶ。
(うーん)
一夏であった。
衛星軌道から降ってきた束騒動。別名にんじん事件。
突如警報が鳴り、事態が飲み込めないまま一夏が空に上がれば、回線に響き渡るのは真の叫び。セシリアは弾かれる様に空へ飛び出し、よく分からないまま終わった。その顛末は彼に知らされる事なく、試験も中止され今に至る。
(あいつ、またトラブル起こしてるんじゃねーだろーな……)
一夏の目の前をディアナが飛び出して行ったかと思うと、千冬もその後を追っていった。居合わせた真耶に問い正しても“特秘です♪”と青い顔であった。その直後起った地震の原因を彼は知らない。
(まぁ良いけどよ。みんな無事だし、嫌な感じも消えたし。今までと少し違うもやもやはが出てきたけど、な)
楽天的。概ね元に戻った彼には重大な悩みがあった。それは無人機とM襲撃と少なからず修羅場をくぐり抜けてきた彼にとっても手を焼く問題である。
(やっぱり言うのが筋だろうなー 言わなくちゃまずいよなー セシリアとか鈴の時に俺も阿呆に散々言ったしなー 言わないと駄目かなー)
徐々に弱気になる一夏に、近づく1つの影。
「なに、にやけてんのよ。キモイ」
黒曜石の長い髪を、左右2つに結い分けて。咲かせるリボンは菜の花色。学園服を纏う小柄な身体は肩と胸を張り、力強く立っていた。鈴である。
「君はもう少し男の子に優しくできんのかね」
「あらいやだー わたくし程心優しい娘は居ませんのことよー」
「……誰だよそれ」
「アタシ」
見つめ合う2人は吹き出した。八重歯を出しながらからからと笑う鈴に、一夏も相好を崩す。そんな一夏に鈴は上目遣う。垂れた前髪の隙間から、妖しくも艶やかな瞳が覗いていた。
「ふーん」
「なんだよ」
一夏は笑いながら見つめ返していた。
「随分いい顔になったじゃない」
「俺は前からいい顔なんだぜ」
「よっく言うー この世の終わりみたいな顔してたくせにー」
「どんな顔だよ」
「いじめっ子におもちゃ取り上げられて泣きべそかいた顔」
「いじめっ子は同意。けど後半は否定します……あのよ、鈴」
「言うな」
「りん」
「言うなって言ってんの。昨日はちょっとおかしかっただけ」
「……分かった」
「そうよ」
「ならよ。夏休みになったらあの阿呆と一緒に五反田食堂行こうぜ。弾に誘われてるんだ」
「なにが“なら”だか分かんないけど……良いわよ。それ位なら許してつかわする」
「許して遣わす、だろ」
「そう言ったわよ」
「言ってねー」
言った、言わない数度か繰り返した後、2人は別れた。
「しっかりやんなさいよ。バカイチカ」
「おう」
-----
真は廊下を歩く少女たちの笑い声で眼を覚ました。束をディアナに引き渡した後、真耶の薦めもあって休憩していたのである。宿の下見から臨海学校の準備。連夜の警備、高高度での精密射撃。疲労が溜まっていた。
睡眠時間は3時間程。未だ疲れが取れない身体に布団が重い。
(ラウラと一夏の体力が羨ましい)
ラウラはその生まれ持った質ゆえ僅かな睡眠・休息で事が足りる。一夏はその存在故だ。彼がその身体を引き起こした時である。彼にはラウラが誰か分からなかった。
「……そうか」
彼は誰に言う訳でもなく呟いた。刻一刻迫るその時に、体がいっそう重く感じた。部屋の窓から陰り始めた海の風景が見える。胸元に手を回すとそこにみやは無く、充電中である事に彼は気がついた。腹が鳴る。
彼は苦笑いすると、制服に袖を通した。食糧を求めて薄暗い部屋の扉を開ければ、天井から射し込む、オレンジの光。そこに、藍の髪の少女が立っていた。
真の意識に映るのは暗闇に浮かび上がる、紺桔梗(色:こんききょう)の人の影。その逆さ影絵に彼は「やぁ」と言った。赤白黄色、様々な色が混ざり困惑する少女は小さく「どうも」と答えた。
彼は驚かせた様だと、こう告げた。
「突然済まない」
「……なに?」
「食堂の営業時間なんだが、“君”は知らないか?」
「……なにそれ?」
「何かおかしな事を言ったか? 食堂の営業時間なんだが。腹が減ってね」
真は、記憶を失っているそう気づいたとき既に静寐を忘れていた。みやにはラウラが作った記録があるが、みやは手元に無いうえに記録に声は無い。つまり、眼が見えない彼にとって静寐は初対面だった。
彼女は真の眼が見えない事を知っていたが、声は覚えていると当然思うだろう。だからこそ真のこの対応に、苛立ちと困惑と、悲しみを覚えた。
「とぼけてる? それとも一夏への義理? それとも私への嫌がらせ?」
「そうか、一夏の知り合いか。済まない。俺は君の事を覚えていないんだ。名乗ってくれると助かる」
彼は迫ってきた手の平を、上肢を逸らせて躱した。
「最低」
静寐のその言葉は拳と共に放たれた。真は左頬に重い衝撃を受け、壁に叩きつけられた。壁から床にずり落ちる。
「残念だぜ、てめーがそんな奴とは思わなかった……絶交だ」
真を見下ろす一夏は、撃ち抜いた右拳を振わせていた。真は、照明を背に隠す事無く怒りを露わにする一夏を見ながら、眼を瞑ったまま“淡々と機械的に”こう言った。
「そうか。その娘が静寐か……辛い思いをさせた様だ。俺の事は忘れて欲しい。本当に済まなかった」
騒ぎに集まった少女たちは、困惑した様に3人を見つめていた。
----
宿の脇で鎮座し、低い唸りを上げているのは学園所有の移動指揮車両である。全長12メートル、総重量11トン。民生品大型トラックを改造した物だ。一見、白色のありふれたトラックに見えるが防弾装甲や発電機を追加し、指揮に必要な情報処理システムや通信機を備え、一通りの作戦行動に対応出来る。今まで臨海学校で使用された事は無かったが、ラウラと真の強い要請に千冬が許可を出した。
荷台の指揮区画に備えられた、高さ、幅2.5メートルほどの空間には、機材が所狭しと設置されていた。大型エレベータほどのスペースで、千冬は薄暗いオレンジの光が灯る車両の中、冷静に務めていた。彼女は目の前に居る10代の少年少女3人を一瞥した。漂う妙な緊張感に頭も痛い。
(危機に対する勘が良い、と言いたいが)
彼女が苛立つのは、彼女がよく知る目付きの悪い少年であった。
(この忙しいときに、次から次へと全く、)
“一夏と真が喧嘩した”
“蒼月が静寐を泣かした”
“蒼月君の様子がおかしい”
(年の功もあるだろうが……馬鹿者)
千冬は不安を募らせる女生徒からの報告を受けていた。少女たちも何か異変を感じ取っていたのである。見ればその噂の主の左頬は赤く腫らしていた。だが、“右腕に包帯”は報告になかった。問いただしても、怪我ではないというので追及はできなかった。
壁面にもたれ掛かる真を鋭く睨んだが、狼狽える事なく涼しい顔だった。苛立ちを募らせる。ディアナの促しに千冬は、気を引き締め厳かにこう告げた。
「これは軍事作戦だ」
ラウラを挟んで立つのは一夏である。彼は僅かに表情を動かしたが、終始無言で虫の居所の悪さが一目で分かる。
「慌てるな。これから説明する― 」
千冬の声に応える様に、壁面のディスプレイに、ある映像が表示された。それは迫りつつある銀色の危機、アメリカの第3世代実験機がテスト中に制御を離れ暴走したのである。
「銀の福音。通称“シルバリオ・ゴスペル”は米軍の防衛線を突破し、現在太平洋を横断、真っ直ぐ日本に向かっている。
現在アメリカ海軍 第7艦隊がその迎撃に向かっているが、極秘に支援を要請され、学園は例の一件(真の解放)の借りを返す為これを受けた。従って日本政府はノータッチ。あくまでアメリカと学園の作戦になる。
ただ、現在の予測では東京を通過する恐れがある為、日本政府も自衛隊の準備は進めている。だが、米軍ですら手を焼く話だ。人的損害が出れば、大事になる。そこで、」
「俺らですか」
「そうだ」
真の問い掛けに千冬が頷いた。ラウラが手を上げる。
「教官。アメリカ軍が何故学園に? 手に負えないから泣きついた、その様に見る事が出来ます。大国にも意地もあるでしょうし面子を考えれば非常に考えにくい」
「未確認だが阻止任務に当たった米陸軍のアラクネ小隊(4機)が撃墜されたらしい」
ラウラは押し黙った。
「第7艦隊所有のISはアラクネ4機。横須賀配備の機体は現在2機。残りは嘉手納基地。間に合わない上に、4機で迎撃に向かっても同じ轍を踏む可能性が高い。
知っての通り私とディアナは学園外でのIS装備を制限されている。無許可で運用すれば、首切りでは済まない。だが委員会の審査を待っている時間が無いうえ、これは極秘だ。諸外国に知られる訳に行かない。専用機持ちの連中は、各国の代表。誓約させてもパイロットに何かあれば国際問題に発展する。
従って。織斑、蒼月の両名は米軍と協力し対応に当たれ。ラウラはバックアップ。ここまでで質問は?」
一夏は手を上げると、静かにこう言った。
「織斑先生。俺は降りる……命を預けられる奴じゃない」
思いも寄らない弟の言葉と態度。初めて見る決意を見せた弟の姿に、彼女は一瞬言葉を詰まらせた。
「織斑。お前は未成年で学生だが、専用機持ちにしてトーナメント優勝者だ。はっきり言おう。私たちを除けばお前らは学園において事実上のトップだ。考えを改める気は無いか?」
静かな怒りを湛える姉に、一夏は静かに首を横に振った。ラウラがゆっくりと立ち上がった。踵を付けて背筋を伸ばす。
「教官、私が出ます。未成年の学生に無理強いは出来ません。私はドイツ籍ですが、学園所属です。機密は私の名にかけて守ります」
「良いだろう。教師は訓練機にて日本近海で防衛戦を敷く。織斑は部屋に戻れ」
一夏が背を向けたその時である。真が口を開いた。
「一夏。お前は兵士ではないし、気に入らない仕事を割り切るには少し若い。だが作戦行動中に好きかってされると困る……白式はおいていけ」
一夏は黙って右腕の白いガントレットを机の上に置き、立ち去った。
彼はその直後めまいを起こし、ラウラは慌てて支えた。少年2人のやりとりを見守っていた千冬は、ラウラと真に先行するよう命令を下した。その現実を遠ざけようと。
-----
陽が傾き赤みを帯びる頃。
シュヴァルツェア・レーゲンとラファール・リヴァイヴ・ノワール―“みや”が発進した。先行する黒の2機を見送った千冬は次ぎにディアナを見た。彼女はライトグレーのジャケットにパンツ。金色の髪を結い上げて。正装に身を包んでいた。
2人の視線の先。そこで轟音を響かせるのは、航空母艦ヘリ“SH-60F オーシャンホーク”である。その姿は全長20mの空飛ぶ巨体、背にローターを持つ灰色の巨大な一角獣の様である。
千冬かディアナか。どちらかが同行する事になり、ディアナが希望したのである。“米軍は慣れているわ”そう、遠い目をディアナは千冬に向けていた。
ヘリに歩み寄るディアナは背後の千冬に振り返らずこう告げた。
「真のあの口調と雰囲気、職務による物だと思う?」
「さあな」
「千冬。もうきっとリミットよ。今を受け入れるか、拒絶するか。世界は人の心など気にせず回るわ。覚悟だけは決めておきなさい」
「……お前はどうする」
「何度も言ったわよね。私は目的を持たないからどちらでも同じ」
「ディアナは良いな。私はそこまで割り切れない」
「酷い人に散々酷い事されたもの。性格だって歪むわよ……なら行くわね」
千冬は何も言わずただ立ち尽くしていた。ディアナを引き留めたのは黒髪の少女であった。
「リーブス先生! 私も同行を!」
ディアナは駆け寄る箒とその後ろ。控えるセシリアを確認するとこう言った。
「お姉ちゃんからのプレゼントを預けるなら構わないわよ。セシリアはどうするのかしら?」
「立場というのは面倒な物ですわ」
「そう。なら待っていなさい」
「ええ」
千冬は黙って見送った。横に立つセシリアも何も言わなかった。
-----
アメリカ海軍 太平洋艦隊 第5空母打撃群所属 ニミッツ級6番艦 原子力航空母艦“ジョージ・ワシントン”
排水量104,178トン。全長333メートル(東京タワーの高さと同じ)。飛行甲板は1.8ヘクタール(東京ドームグラウンドの1.4倍。13,000平方メートル換算) アメリカ国外の基地(横須賀)を事実上の母港とし、士官・兵員・航空要員5,680名が刃を磨く、海の要塞である。
その要塞は一隻の巡洋艦と二隻の駆逐艦を伴って、静かにゆっくりと。そして重厚に海を歩んでいた。
その甲板の上で待つのは海軍の兵士たちである。ある者は白い礼服に身を纏い、ある者はワーキングカーキ(作業服)を纏い整列していた。白い肌の色。黒い肌の色。その中間。黒髪に金髪にブラウン。思想も価値観も異なる彼らをまとめているのは、米海軍という組織であり仲間たちである。
一人の兵士が口を開いた。
『ところで、これから誰が来るんだ』
『あの学園のISだとよ』
『なんだガキか』
『最近のガキは侮れないぜ』
『そんなだからお前はドリーに振られるんだ』
『ドリーは男だろ』
『知ってる』
『……カタパルトで放り出すぞ、エディ』
『落ち着けよ。これは極秘だが、女神がこの船に降臨するらしいんだ』
『鮮血の女神が米海軍に何の用だよ』
『決まってるだろ、俺らに救助を求めてるんだ』
『俺らになにが出来る。あの、オルレアンの絶叫だぜ?』
『男日照りから救って欲しいんだと』
『しまらねーな』
品無く笑う兵士たちに下士官が一喝を加えた。
『ナニをハム切りされたくなければそのイカ臭い口を閉じろ……お目見えだ』
-----
ラウラは空の上、呆れかえっていた。今の状況を、合理的かつ要領よく、みやと連携しながら“状況を”真に伝えた。そこまでは良い。念のためにと軽く模擬戦を行ったが、彼の腕前は落ちるどころか逆に跳ね上がっていたのである。
そのラウラは、不愉快極まりないと今は憤慨していた。ハイパーセンサーを介して聞こえる甲板上の兵士たちの事であった。彼女は斜め後方20度、距離460mを飛行する真にこう言った。
『あれで兵士か。情けない』
『ボーデヴィッヒ。米軍は初めてか?』
『肯定です少尉。それと、私はラウラとお呼び下さい』
彼は頷いた。
『ドイツ軍は知らないが米軍は大抵あんな連中ばかりだ。だがやる時はやる連中だよ』
『そう願いたいものです』
『それと少尉は止めてくれ。昔の、もう終わった話だ』
『失礼しました……真。正直抵抗があります』
つい先程までそう呼んでいた。それを忘れ去った様な彼女に真は笑いを堪えきれなかった。
『おかしいですか?』
『意外と不器用だな、ラウラ』
『不器用な方の記憶を持っていますから』
してやられたと彼は頬を掻く。少女は笑っていた。高度500メートル。着艦まで2分の距離である。
-----
見上げる空は澄んだ瑠璃の色。見下ろす海は深みのある紺青の色。その空には白いレースの様な雲が流れ、その海は陽の光を浴びて光っていた。彼方に見える空と海の境界線、2つの蒼が美しいコントラストを魅せていた。
彼が鋼の足を下ろした大地もまた鋼の板であった。肉眼では霞む程に遠い甲板には“73”とナンバリングされた艦橋が見える。6階建てのマンションに相応するそれは全てを見透かさんと、そびえていた。翼を休めている戦闘機と、兵士たちの視線があった。
奇異、困惑、苛立ち。警戒を隠さない兵士たち。甲高い機動音と共に着艦したラウラは詰まらなそうにシュヴァルツェア・レーゲンの黒い巨体を動かした。流れる白銀の髪も不愉快そうだと揺れていた。風は無かった。
拒絶する様な雰囲気の中、真は甲板上の戦闘機に眼を奪われていた。それは。彼にとって2006年に退役したはずの、可変翼型艦隊防空戦闘機であった。
(トムが退役していない……?)
彼は慌てて今日の日付をリヴァイヴに問うたが反応が無い。何度か繰り返すが反応が無く、訝しる。
『“みや”です。真』
ラウラの指摘に、その機械がとても人間くさいものだと彼は悟った。彼の意識には2012と記されていた。
思案に耽る彼を現実に引き戻したのは、どよめきだった。ラウラと真の間。その後ろ。未だ熱が冷めないヘリのハッチが開き、ディアナが姿を見せたのである。なめ回す様な荒くれ達の視線。彼女は平静を装っていたが、真には不機嫌さが手に取る様に分かった。
ディアナを出迎えたのは黒髪ショートカットの褐色肌の女性である。身長はディアナより数センチ高く、目が大きく堀が深い。動物に例えれば豹が適切だった。
彼女は半袖長ズボンで柴染(ふしぞめ)色のワーキングカーキを身に纏い、右腕にネイビーカラーのブレスレットを付けていた。それは待機状態のアラクネである。
彼女は申し訳なさそうにこう言った。
「遠巻きに見るだけの連中です。お気になさらないで下さい」
「いえ。偶に訪れる動物園も楽しいですわ」
彼女は笑みを堪え、ラウラもそれにつられた。
「リーブス様、蒼月様、中将がお待ちです、どうぞこちらへ。申し訳ありませんがボーデヴィッヒ少佐はここでお待ち下さい」
「お名前を伺っても?」
「ハル・バリー、大尉です」
真は、ディアナの後に現れた学園制服の少女に一瞥を投げると、ラウラに秘話通信を開を開いた。
『ラウラ。ここはアメリカ領土だ』
『はい』
『もう一つ。彼らはISをよく思っていないだろう』
『でしょうね』
真はみやを全解除。太陽で加熱された甲板は素足には厳しい。眉をしかめた。奇異の視線を浴びながらラウラはこう言った。
「ご心配なく。自重します」
一抹の不安がよぎったがバリーに促され彼は甲板を歩き始めた。歩み寄る箒は無言で彼の手を取ると艦内へ誘った。米海軍の軍艦の上、白を基調とし赤のアクセントを付けた学生服が歩く。それが世間に知られれば、どこかの不幸な誰かの首が飛ぶかもしれない、彼はそう考えながら、右手に感じる少女の指に不思議な感覚を覚えていた。
箒は振り向いて、黒髪の目付きの悪い、傷だらけの、碧の眼をした彼にこう問い掛けた。少女のそれは、かってそうで在った様に今そうで在る様に、眼差し鋭く凜としていたが、とても優しいものだった。
「なぜボーデヴィッヒをおいていく」
「あの娘は学園所属だがドイツ軍籍だ」
「これから共に戦うのだろう?」
「篠ノ之。この世は、」
「調和的ではない、もう聞いた。それでもだ」
「そう思うのであれば、それが正しいと声を上げてみる事だ。世間にしろ、自分にしろ。何事もそれから始まる」
「正論だな……うん。そうしてみる事にしよう」
「時に、誰がその様な碌でもない事を教えた?」
「碌でもないか?」
「ひねくれている。少なくとも10代の学生に言う事では無いな」
「当然だな。そいつは碌でなしで、ひねくれている」
「友人は選べ」
「友人ではないんだ」
「それならば良い」
「ただ近くに居られれば、そう思っている」
-----
艦の構造材料に塗料を塗っただけの様な無機質な冷たい艦内。電装品を収めたケースやパイプ・ケーブルが、壁を天井を這う様に走っていた。開いた浸水防止用のハッチがあった。
通路のあちらこちらに、小さな騒ぎが聞こえ、下士官がそれを抑えていた。“見えない”“どけ”耳を覆いたくなる様な罵声が飛び交った。拳銃を携帯する下士官を見てディアナはそれをどちらに向けるのか、そう聞いてみたくなった。
バリーがノックをし部屋の中から声が聞こえた。招かれた部屋は無機質な艦内において、暖かみと荘厳さを伴う、艦長室だった。星条旗を背後に出迎えた人物は男性2名。
堀が深い顔立ち、白とグレーが混じる髪で、白い肌と碧い眼、鷹の様な面持ちの彼は半袖シャツに折り目の付いたパンツ、ワーキングカーキの軍服に身を包んでいた。
ディアナはその人物に歩み寄りこう言った。
「わざわざお越し頂くとは光栄です。ハミルトン中将」
「光栄なのはこちらですな。ようこそジョージ・ワシントンへ。ミス・リーブス」
3人を出迎えたのは、第7艦隊司令ジョージ・ハミルトン中将と空母G.Wの艦長である。
「部下に不愉快な思いをされていなければ良いが」
「お気遣い感謝いたしますわ。軍属の方は慣れています」
「そう言って頂ければ有難い」
ハミルトンがディアナの後ろに控える少年と少女を見ると、ディアナは微笑を湛えてこう言った。
「私どもの生徒、看護役の篠ノ之箒と、彼の説明は必要でしょうか?」
「国防総省に知られれば大騒動ですな……折角の機会だ。貴女との会話を楽しみたいが、時間が惜しい」
ディアナは静かに頷いた。ハミルトンの促しで脇で控えていたバリーが歩み出る。
「状況は良くありません」